第20話「エマ」
太陽が沈み、夜がきた。
血で血を洗うケイオスアイランドで、唯一安らげる時間が。
エマの部屋の掃除は、終わった。
お風呂の整備も、終わった。
この廃ビルでエマが生活するための準備は、もう万全だ。
さて、この後は。
「………そ、そんじゃ、共同生活、一日目?を記念しまして………」
ここは、竜也の部屋。
今の所、机があるのが竜也の部屋だけだったので、ここが選ばれたに過ぎない。
だが、自分の部屋に女子を招待するという、生まれてはじめての………そして、学生時代に経験したかったイベントに、竜也も緊張している。
眼前には、数少ない家具であるテーブルの上に置かれた、フライドチキンやハンバーガー、缶ジュース等の、竜也のような人種が考えがちな「ご馳走」の数々。
そして、テーブルを挟んだ向こうに座る、緊張ぎみな表情を浮かべたエマ。
「か、かんぱーい!」
「かんぱー、い………」
二人ともぎこちない様子で、ジュースの入った缶で乾杯する。
これは、竜也の提案である。
折角同居するのだからと、わざわざ街の方に行って食べ物を入手し、記念にパーティーをと考えたのだ。
竜也なりに、エマの事を気遣っての行動である。
………だが、竜也は今の今になって気付いた。
失敗した、と。
並べたご馳走も、完全に自分の目線で選んだ物。
肉、肉、スナック菓子、少し野菜。
そして、缶ジュース。
男同士で食べるならまだしも、女の子と一緒のパーティーでやるには、ダメなパターンだ。
SNSで晒しあげられ、学生向け雑誌で「女子の気持ちがわかってないダメオトコ」として紹介されるような。
あぁ、自分は骨の髄まで童貞なんだなと、竜也は痛感した。
「あの………」
「は、はい?」
おそるおそる、竜也は口を開く。
エマの顔に嫌悪感は無いが、きっと自分に失望しているはずだと思いながら。
「やっぱ………こういうのって、モデルさんとしてはお口に合わなかったりする?ほら、普段食べてるような物に比べたら、さ………」
きっと人気モデルなら、自分よりいいものを食べてるはずだ。
こんなジャンクフードとは違う、高級なご馳走を。
そう思いながら、竜也は訪ねた。
「いえいえ、私だってこういうの食べますよ!」
「ほ、ほんと?」
「本当ですよ、確かにスタイル維持の為に油モノは控えてますけど、たまに」
ハンバーガーを持つエマの笑顔に、嘘はなかった。
だが竜也は、きっと自分に気を遣っているのだろうと考え、余計に申し訳のない気持ちになった。
「ささ、竜也くんも、冷めないうちに食べちゃいましょう」
「う、うん、ありがと………」
そう思って、竜也はフライドチキンを手に取り、口に運ぶ。
色んな意味で、それはしょっぱい味がした。
………この、パーティーと呼ぶにはあまりに静かな記念パーティー。
互いに何を話したらいいか解らず、ただ淡々と目の前の食事を食べ続ける。
二人とも思った。
これは気まずい、と。
「………あの」
沈黙を破ったのは、エマだった。
顔を上げ、互いの目が合った。
「な、何か?」
「竜也さんは………何の願いをかけて、このゲームに参加したんですか?」
「願い………?」
エマが話題に出したのは、このゲームにかけた願いの話。
何か話の話題が無いか、頭を捻って出した話題が、それだった。
「………うん、ちょっと言いにくいんだけど」
確かに、このゲームの参加者は、何かしらの願いをかけて参加している。
だが、竜也のかけた「願い」というのは、果たして願いと言っていいのか解らない。
「仕事帰りにね」
「はい」
「道で「願いはありませんか?」って聞かれたんだ」
「あ、それ私も聞かれました」
他の参加者も質問されて参加しているのか。
と、竜也はエマの話を聞いて思った。
そして、少ししり込みした後、意を決して口を開く。
「そこで冗談のつもりで………「5000兆円欲しい」って言ったんだ」
シーン。
二人しかいない、その場が静まり返った。
とどのつまり、竜也は冗談のつもりで言った事が願いとなり、このデスゲームに放り込まれたのだ。
その「5000兆円欲しい」というのが、少し前にネットで流行ったジョークである事を知っていた為、エマにはそれがすぐに解った。
「………ふふっ」
エマは、思わずくすりと笑う。
それに対して、竜也は恥ずかしさで顔を赤くした。
「い、いやだってそうでしょ?!いきなり願いを言えって言われて、まさかこんな事になるなんて思わないじゃん!?」
焦った様子で、事を取り繕おうと必死になる竜也。
竜也の言うとおり、たしかに「願いを言え」と言われてそれが本当だと思う者はいないだろう。
だが、冗談のせいでデスゲームに参加する事になったという参加理由は、いささか間が抜けている。
「ご、ごめんなさい、ちょっとおかしくて………」
「もう………」
とはいえ、それで竜也も大変な目に逢っている事を知っていたエマは、素直に謝る。
竜也も、ムスーと少々膨れている。
「じゃあ、エマさんの参加理由も教えてよ」
「えっ………?」
「だってそうでしょ、俺だけ聞いて、エマさんが言わないのは不公平でしょ」
少し怒った様子で、竜也は逆にエマに質問した。
確かに、間抜けとはいえ自分の参加理由を聞いて笑ったのであれば、それぐらいしなければ不公平だ。
「………そう………そう、ですね」
だが、少し視線を反らして落ち着かない様子を見せたエマを前にして、竜也は「もしかして聞かれたく無かったか?」と考える。
竜也は、どんな理由が出てきても笑うつもりはなかった。
だが、大方「借金がある」とか「スキャンダルを無かった事にしたい」とか、そんな物だと思っていた。
「私は、ね………」
意を決したのか、エマは少しの間を置いて、口を開いた。
「………父親を殺して欲しい、です」
………再び、場が沈黙する。
エマの口から出た願い、それは「父親を殺して欲しい」という、それだけ聞けば物騒極まりない物だった。
「お、お父さんを………殺す………?!」
「そう、殺します」
竜也も、驚きが隠せない。
そんな竜也を前に、エマは辛そうな顔を浮かべつつも、耐えるように話を続けた。
………知っての通り、エマはハーフ。
フランス人の父親と、日本人の母親を持つ。
他と比較する事は無かったが、幸せな家族だったと、エマは思っていた。
あの日までは。
12歳を越えた時から、父親の様子がおかしくなった。
娘であるエマに対して、過度なスキンシップを取るようになったのだ。
彼氏は居るのか等の、軽いセクハラ発言なんて日常茶飯事。
家での酒の席で、エマに酌を頼む際に尻を触ってきたり。
偶然と称して、エマの入浴中に風呂場のすぐ隣の洗面台に入ってきた事もあった。
年頃であったエマは、無論不愉快な思いをした。
だが、声をあげれば家族がどうなるかという恐怖からか、これも父親なりの愛情表現なのだと自分に言い聞かせ、耐えてきた。
「………そして、私が14になった頃です」
成長期真っ只中のエマは、学校で着ている水着のサイズが合わなくなっていた。
当時水泳部に所属していたエマは、新しい水着をねだった。
父親にねだるのは気が引けたからだ。
が、どういうわけか母親は聞き入れてくれなかった。
値段は高いが、自分の小遣いで買うしかないかなと考えていた、ある日の事。
いつものように家に帰ると、なんと自分の部屋の机の上に、競泳水着が置いてあった。
今着ている物よりも大きい、自分にぴったりのサイズの。
きっと母親が買ってくれたのだ。
勝手にそう考えたエマは、喜びからその水着を着てみようと思った。
………思えば、この時点で怪しい事に気付くべきだった。
エマが制服を脱ぎ、下着も脱いだ。
次の瞬間、部屋の押し入れが勢いよく開かれた。
そして………。
「………アイツは、仲間の似たような趣味のヤツを呼んでて………写真まで撮られて………そして………!」
「ま、待って!もういい!もういい、解ったから!」
ガタガタと震え始めたエマを前に、流石の竜也も止めに入った。
いくら交際経験のない童貞でも、エマがどんな目に逢ったか、それが言う事が何を意味するかは、竜也でも解るのだ。
「い、いいえ………話します」
「で、でも………」
「いいんです!言わせてください………!」
だが、エマは恐怖に耐えながら、話すと言った。
彼女を案じて止めようとした竜也に、珍しく声を荒げながら。
純潔を散らされた後も、父親はエマにセクハラを続け、時に犯した。
エマを襲った連中を呼んで、集団でした事もあった。
その度に、エマは恐怖に震え、その感情は死んでいった。
耐えかねたエマは、母親に助けを求めようとした。
だが、ある日の夕飯の時に、エマは気付いてしまった。
母親が自分を見る目は、親の目ではなかった。
女の、嫉妬の目だったのだ。
思えば、父親がエマに何をしていたか気付いていたのかも知れないし、水着を買ってくれなかったのも、この為かも知れない。
自分より若く、父親の気を引いている娘に嫉妬し、憎しみを向けていたのである。
エマは気付いた、家に味方はいないと。
助かるには、一刻も早くこの家を出るしかないと。
「高校を卒業と同時に、家を出て、スカウトされてモデルになりました、そしてしばらく経って………」
人気モデルとして名を轟かせといたエマは、過去を忘れ、忙しくも幸せな日々を送っていた。
だが、過去はそんな幸せな日々を打ち砕くように、突然現れた。
「………ある日、父親から電話がかかってきたんです」
何故自分の電話番号を知っていたかは解らないが、父親はエマに対して「モデルで儲けているなら、それを仕送りしろ」と言ってきた。
当然ながら、エマはそれを拒否。
当たり前だ、あんな事をしてきた両親など、助ける義理はない。
すると父親は「あの日の「思い出」を週刊紙に送るぞ」と脅迫してきた。
エマが犯されている光景を納めた、あの写真を。
それを聞いたエマは、絶望した。
どうしようも無かった。
どれだけ逃げようと親は、トラウマは、どこまでも自分を追いかけてきたのだから。
「………そして、竜也くんのように願いを聞かれて、このゲームに参加しました………」
全てを話し終えたエマは、運動を終えた後のように、ハアハアと息を荒げていた。
エマの、壮絶にも程がある人生を聞き、竜也は呆然としていた。
こんな、趣味の悪い同人誌のような事が、現実にあるなんて、と。
「アイツのせいで………一時期は男の人に会うのも怖かったし………今でも男の人が苦手で………アイツのせいで………!」
怒りに震えるエマを前に、竜也はある事が浮かんだ。
どうやら、父親の所業で、男がトラウマになっているようだ。
なら、自分の事も………。
「………ねえ、エマさん」
エマの恐怖を刺激しないよう、座ったままエマに訪ねる。
「………俺の事も、怖い?」
今までは生きる為だったから、仕方なく一緒に居た。
だから、無理をしていただけで、本当は自分も怖いのではないか、と。
もしそうなら、これからの共同生活も、考え直さなくてはならない。
「………いえ」
「えっ?」
だがエマは、竜也の予想に反して、首を横に振った。
てっきり怖がられているとばかり思っていた竜也は、少し驚いた様子を見せる。
「………竜也くんは、私を助けようとしてくれました、自分が怪我をしているのに、自分を犠牲にしようとして」
そういえば、と、竜也は拠点に向かう道中の事を思い出す。
あの時竜也は、足を怪我して松葉杖をついていた状態にも関わらず、エマを助ける為に飛び込んだ。
あの時は、ただ「助けなければ」という思いだけで行動していた。
考えてもみれば、よくあんな事ができたと自分でも思う。
「………不思議なんです、竜也さんからは、恐怖を感じない………」
そうか、なら安心だ。
竜也は、これで話しも終わったと思った。
だが。
「………むしろ」
だが、エマの話は、まだ終わっていない。
じっと、竜也の目を見つめている。
そして………。




