第19話「お風呂とタイムリミット」
竜也とエマの共同生活は、まだまだしばらく続く事になった。
そうと決まれば、これからやらなければならない事がある。
今までは男の竜也が一人で暮らしていた。
が、若い女の子、それも人気モデルのエマニュエル白鳥と同居するのであれば、今まで通りにはいかない。
「この部屋なんかはどうかな、わりと綺麗だと思うけど………」
竜也は、廃ビルにある部屋の中で、極力綺麗で片付いている部屋にエマを連れてきていた。
そう、まずは部屋だ。
今までは竜也が生活している部屋しか使われていなかったが、そこに一緒に住む訳にもいかない。
ましてや、エマは女の子。
プライバシーは守らなければならないのだ。
その為、竜也は同居するに当たって彼女の部屋を用意する事にしたのだ。
「好きに使ってくれていいよ、何か足りない物があるなら俺が………」
「いえ、その必要はありません」
家具でも何でも用意しようと竜也が言おうとした瞬間、エマはそれを制止した。
「だって、私の部屋なんでしょう?だったら、竜也くんに頼らず、私がなんとかしませんと!」
「そ、そう………」
エマはその大きな胸を張って、言ってみせた。
竜也は、交際経験が無い故か、女性という物は大なり小なり「アッシー」や「メッシー」に代表されるように、男性に色々としてもらうと思っていた。
が、エマは違うようだ。
これも、新しい時代故の変化という物だろうか。
「じゃあ、私この部屋を軽く掃除しちゃいますね、終わったら声かけに行きます」
「そうかぁ、頑張ってね」
廃ビルの一角にあったロッカーから見つけてきた箒を手に、エマは自室となる部屋の掃除を始めた。
その腕はかなり手際がよく、彼女の生活力の高さを感じさせる。
「………さて、と」
エマの自室の掃除はエマ自信に任せ、竜也は廃ビルの一階に降りてゆく。
エマと同居するに至って、もう一つ用意しなければならない事がある。
それは。
「後は………ここだな」
竜也が向かったのは、一階にある少し広い部屋。
一面がタイル張りで、蛇口や排水溝が設置してあるそこは、窓から入ってきた落ち葉が散乱し、各部に穴が開いており、汚れている上にボロボロだ。
そして、部屋の入り口に温泉マークが描かれていた。
そう、お風呂である。
これも、交際経験が無い故の竜也の偏見なのだが、女の子とはよく風呂に入る物だと考えていた。
そうでなくとも、身体を清潔に保てば、病気や風邪のような、ゲーム上で不利になるような事態を回避できるというメリットがある。
その為、いつか風呂が入れるようにしようとは考えていた。
だが、竜也は日々を生き抜く為の食料確保等の方が忙しく、風呂の事を後回しにしたまま、ずるずると今日まできてしまった。
これからエマと同居するのであれば、もう後回しにする訳にもいかない。
竜也は、この風呂場の掃除と改修に、本腰を入れる事にした。
幸い、水道と湯船を暖めるシステムはまだ生きていた。
後は、掃除をして部屋の破損箇所を埋めるだけだ。
「以外と散らかってんなぁ………」
サッサッ、と竜也もまたエマのように、廃ビルのロッカーから取ってきた箒を使い、落ち葉を掃除していく。
が、エマと比べるとお世辞にも手際がいいとは言えず、落ち葉も思うように集まらない。
「こんな所にまで穴開いてたのかよ………」
落ち葉を掃除したなら、次は破損箇所の修繕だ。
ガオウの王国からここに向かうまでの道中手に入れていた、家の修繕等に使うパテをチューブから取り出し、割れたタイルの間に塗り込んでゆく。
実を言うと、竜也は小学生時代に粘土細工を趣味にしていた事がある。
その為か、こういう作業に関しては、得意分野に入る。
最も、粘土細工で使っていた紙粘土とパテでは、質感も重さも違うのだが。
「………あっ」
そんな感じに、昔楽しんでいた粘土細工を思い出しながらパテを塗っていると、竜也の目に一枚の落ち葉が目に入った。
箒で掃除をしていた時に、取りこぼした物だろうか。
場所的に邪魔な場所にあるという訳でも無かったのだが、竜也はそれを退かそうとし、手を伸ばした。
………さて、今竜也がいる場所は、山奥にある廃ビルの屋内である。
そして風呂場、つまりは水場、湿度のある場所である。
おまけに、このゲームの運営は、実際の街を再現する為に色々とこだわる物好きである。
もし、この話を読んでいる読者諸君の中に、自然の溢れる田舎に住んでいる方がいるなら、これから起こる悲劇に感づいた人もいるかも知れない。
竜也が落ち葉に手を伸ばし、後ろに投げ捨てる為に掴んだ。
ぬ る り
竜也の手に、まるでウナギでも掴んだかのような、ぬるぬるした気持ち悪い感覚が走った。
それと同時に、竜也の背中にゾゾゾと寒気が走り、顔がどんどん青くなる。
これは、まさか。
恐怖と嫌悪感に支配されながら、おそるおそる、竜也は落ち葉を掴んだ自分の手を見る。
そこには、その落ち葉の裏、直に竜也の親指に触れているそこには。
………粘土をぶつ切りにしたような短い身体。
………無脊椎動物特有のヌメヌメしたさわり心地。
………そして、カタツムリと違い殻を持たないその姿。
そうさ、それは紛れもなく、奴だ。
蛞蝓。
ゴキブリ、ミミズ、芋虫毛虫と並ぶ、気持ち悪い動物達の筆頭。
カタツムリのように陸に住む貝の仲間であるが、殻を持たないという変わり者。
この世全ての「気持ち悪い」を濃縮したような、生きた不愉快現象。
それを竜也は、手で直に、落ち葉諸共掴んでいたのだ。
途端に、青くなった顔は青を通り越して紫になってゆく。
そして。
「んぎいぃぃぃぃぃいいあああぁぁぁああああーーーーーーーーーーーッッッッッ!!!!」
まさしく、声にならない叫びだった。
声が裏返り、まるで鳥か何かが断末魔の叫びをあげたような。
それこそ、地獄の底から這い出てきた悪魔のような叫びが、廃ビルに響き渡った。
「た、竜也くん!?」
自室の掃除を一段落終えようとした時、エマはその叫びを聞いて飛び上がった。
叫びは一階の方から聞こえた。
竜也に何かあったのではと思い、その場から駆け出す。
………いや、ナメクジ素手で触っちゃっただけなんですけどね。
「竜也くん!」
階段を駆け降り、竜也の姿の見えた風呂場へと駆け込む。
「竜也くん!何があったんですか?!」
駆け込んだそこにあったのは、ひっくり返ってガタガタと痙攣している竜也の姿。
顔は青ざめ、ガチガチと波が鳴っていた。
「竜也くん!しっかり!」
「な、なめ、ナメクジ………なめ………」
すっかり気が動転してしまっている竜也。
………そう、竜也はナメクジが大嫌いなのだ。
特に、今回のように突然遭遇するパターンが、大の苦手だ。
今までは水場に近づかなかった事もあり、遭遇する事はなかった。
その為、すっかり警戒が解けてしまっていたが、考えが甘かった。
このゲーム運営は、野良犬や鳥だけでなく、ナメクジも島に放っていたのだ。
「ナメクジ?ナメクジがどうしたんです!?」
「なめ………ナメクジが………ががが………」
状況が飲み込めず、混乱するエマ。
相変わらず、バグってしまっている竜也。
そして、竜也に放り投げられ、落ち葉と一緒に窓の外に落ちて、まるで自分は関係ないと言うように大自然に帰ってゆくナメクジ。
内心、エマにいい所を見せる為に腰をあげた竜也だったが、結果的には、エマの前でこんな醜態を見せる結果に終わったのであった。
ちゃんちゃん。
………………
この所、ある噂があった。
第一都市部と第二都市部の間の、森を挟んだ向こうの、海の方にあるホテル。
そこを拠点にしているある参加者が、数十機の敵を相手にして、たった一体のタイタンギアで圧勝したというのだ。
当然、多くの参加者はその場所を避けるようになった。
当たり前だが、みんな死にたくないのだ。
だが、命知らずのバカというやつは何処にでもいる者だ。
特にタイタンギアを手に入れて調子に乗ってる者達は、そのホテルの主を仕留め、手柄をあげようと考えた。
手柄をあげて、ガオウの後釜になろうと考えたのだ。
だが。
「くそっ!どうなってやがる!」
一人の男が、タイタンギア・ジーガロスのコックピットで狼狽えている。
この男も、ホテルの主を倒し、名をあげようと考える者の一人。
部下のマーズトロン二機を従え、第二都市部からわざわざやってきたのだ。
「情報じゃ重武装で動きは鈍いんじゃなかったのかよ………!」
仕入れた情報では、ホテルの主の駆るタイタンギアは、重武装と重装甲の為に動きが鈍いと聞いていた。
ので、三機で囲んで攻撃すれば勝てると、考えていた。
だが、実際は。
「………なんでこんな素早いんだよッ!」
そのタイタンギア・プルトーネは、確かに重武装・重装甲の大型タイタンギアだった。
だが、情報と違った事が一つある。
それは、プルトーネがホバー走行システムを採用しており、素早い挙動が可能という事だった。
既に、味方のマーズトロン一機が撃破され、ジーガロスは残ったマーズトロンと共に、プルトーネに向けてマシンガンを乱射している。
だが、キィィンとホバーで地面から浮き、アイススケートのように滑らかに駆けるプルトーネには、一発も当たらない。
あの大きさで、その挙動である。
「………そろそろ、終わらせるか」
コックピットに座る紫は、もう少しだけ相手をしてやるつもりだったが、もう飽きたようだ。
プルトーネの両手にバスターアックスを握りしめ、相手と距離を詰める。
そして。
ぐしゃあっ!
二本のバスターアックスは、ジーガロスとマーズトロンのコックピットを叩き砕く。
先程までマシンガンを乱射していた二体のタイタンギアは、糸の切れた人形のように倒れ、動かなくなった。
プルトーネの勝利。
ここに来て、何十回目かの勝利である。
「お疲れ様です、先生」
「お迎えありがとう、カオル君」
タイタンギアのコックピットから降りた紫は、カオルに出迎えられた。
プルトーネは、自動操縦で地下の格納庫にひとりでに歩いてゆく。
「いやあ連勝連勝!この所はほんと調子がいいよ」
「先生の腕がいいからです」
「カオル君の整備がいいお陰だよ」
「恐縮です」
竜也達と会って以来、このホテルに関する噂が広がり、手柄を立てたい者達がこのホテルに向かうようになった。
そしてそれを、紫はたった一機で倒し続けている、というわけだ。
「結構倒したんじゃない?この調子だと、運営のいう好成績ってのも夢じゃない………」
今日も、いつものように敵を倒し、カオルと談笑しながらホテルへの帰路についていた。
その時である。
「………うっ!?」
突如、紫の胸に走る痛み。
がくりと、その場に崩れ落ちる。
「ぐうあっ………!」
「先生!」
咄嗟に駆け寄るカオル。
紫の目は見開き、呼吸は荒くなり、脂汗が浮かんでいる。
一目で、正常でない事が解る。
「先生!これを!」
「う………ぐ………!」
慌てて、カオルは錠剤のような物を紫に手渡した。
紫は、藁をも掴む思いでそれを掴み、震える手で口に押し込む。
「水です先生!」
「んぐ………ぐ………ぐ………」
最後に、カオルが手渡した水筒の水を使い、それを流し込む。
前回は水も無かったが、今回は水で飲む事ができた。
「はあっ………はあっ………はあっ………」
痛みが引き、ようやくいつもの紫に戻る。
これが、タイタンギアから降りた後だったから良かったものの、乗っている最中だったらどうなっていた事か。
「………いつもすまないね、カオル君」
「いえ、先生のお体が第一です」
「ふふ………ありがと」
………高町紫は、ある病気にかかっている。
病名は「サタンシンドローム」。
体内の臓器が、生きながらその機能を失い、壊れてゆき死に至るという奇病だ。
発祥者には、心臓の痛みを伴う発作が伴う。
紫がそれに気付いた時には、既に病気の進行が進んだ後だった。
現に、もう子宮が機能を失い、子供の生めない身体になっている。
治療方法はあるが、サタンシンドローム自体が珍しい病気という為に治療費は高く、さらに三年順番待ちをしなくてはならない。
これでは、順番が回ってくるよりも早く、紫に限界が来てしまう。
諦めかけたが、カオルが別の治療方法を探している時に、このデスゲームの事を知った。
勝ち残れば、何でも願いが叶う。
これを利用しない手はない。
紫とカオルは、このデスゲームに自分から参加した。
サタンシンドロームの治療を受けるという、願いをかけて。
「立てますか?」
「ごめんカオル君、肩貸して」
「では」
カオルに支えられ、ホテルの中へと消えてゆく紫。
残された時間は、あと僅か。




