第17話「少女は血の海で笑う」
「こいつ、何なんだ!?」
その突然の介入者を前に、竜也は困惑した。
ブラッディマリーとそれを操るゴスロリ少女は、確かに強かった。
だが、単にタイタンギアの操縦が上手いとか、戦い慣れしているとか、そんな次元ではない。
「くっそおおっ!」
ブラッディマリー向けて、ガンドラグーンがマシンガンを放つ。
飛来する無数の弾丸に対して、ブラッディマリーは。
『あはっ!』
まるでバレエか何かのように、身体を大きく反らせて、踊るように回避した。
いくらタイタンギアが人型………人体を模して作られているとはいえ、ここまで出来るパイロットなど、世界中でも居ない。
「この………ッ!」
そこに、畳み掛けるかのようにジーガロスがカーボンバトンを叩きつけようとする。
回避の直後なら、攻撃が当たると思ったからだ。
振り下ろされたカーボンバトンが、ブラッディマリーのか細い身体を打ち砕こうとした、その時。
『あははっ!』
ブラッディマリーは身体を反らせたまま、逆立ちの要領で脚を振り上げて、カーボンバトンを握ったジーガロスの腕を蹴り飛ばす。
「がっ!?」
かち上げられ、のけ反るジーガロス。
蹴り飛ばされてジーガロスの手を離れたカーボンバトンは、空中を舞った後に、ジーガロスの後方に落下。
地面に突き刺さった。
『あははははっ!』
ブラッディマリーは、逆立ちの体勢のまま腰部を回転させ、ジーガロスに対して次々と蹴りを浴びせる。
まるでサーカスの曲芸のような蹴りの連撃に、ジーガロスは手も足も出ない。
「いい加減にしろぉっ!!」
次の蹴りが来た直後、しびれを切らした晴斗
は反撃に出た。
ジーガロスの左腕を構え、腕のガトリング砲を放とうとしたのだ。
見た所、ブラッディマリーは細身の、スピードを重視した機体。
装甲も薄く、ガトリング砲でも十分なダメージが与えられると考えもあった。
だが、勝負の駆け引きにおいては、ブラッディマリーのコックピットで笑う少女の方が上手だった。
『あっははぁ!』
「何ぃっ!?」
ガトリング砲が放たれるよりも早く、ブラッディマリーが両足を大きく開いた。
ジーガロス向けて、股関に位置する場所が展開する。
そして。
バシュウッ!
股関より、液体が射出された。
それはジーガロスの左腕に浴びせられ、特殊合金で作られたジーガロスの左腕をクリームのように溶かしてしまった。
アシッドショット………強力な酸による攻撃だ。
「さ、酸だとぉ?!」
そのまま、ブラッディマリーはまるでアクロバットのようにバク転し、二機と距離を開けて元の直立状態に戻る。
ガンドラグーンと、左腕を失ったジーガロス。
二体を相手にしている状態でも、こうも弄ぶ。
あくまで操縦をしている竜也や、格闘センスの延長線上にある晴斗とは次元が違う。
まるで、機体そのものと一体化し、文字通りの手足として操るテクニック。
人間離れした、野生の肉食獣のような戦闘スタイル。
竜也は本能で理解した。
「今の自分達に、こいつを倒すのは不可能だ」と。
そして、竜也の取った行動は。
『………ジーガロスのパイロット、聞こえるか?』
ガンドラグーンのスピーカーを通じ、竜也は晴斗に対してコンタクトを取った。
『このままじゃ、俺達両方ヤツの餌食だ、どうにかして逃げる』
『どうにかしてって………作戦はあるのか?』
『ああ、上手くいくかは解らないけど………』
本来なら敵同士だが、この状況で生き残るには協力するしかない。
晴斗もそれを解っていたらしく、竜也の提案に耳を貸している。
『ちょっとぉ~、私を除け者にしてヒソヒソ話ぃ?』
その様子が面白くないのか、ブラッディマリーのチェーンソーを小刻みに動かしながら、スピーカーから少女が文句を漏らす。
『私も………混ぜなさいよっ!』
足のホイールとチェーンソーを高速回転させ、ブラッディマリーが再び二機に向かって突撃する。
『じゃあ、伝えた通りにやるよ!』
『わかった!』
対するガンドラグーンとジーガロスも、今度はブラッディマリーに向かってゆく。
まずは、ガンドラグーンが前に出た。
「行け!ブレストナパームッ!」
そして、ブラッディマリーの方に向けて、ブレストナパームを発射。
『あはっ!それで攻撃のつもり?』
そんな物、目を瞑っていても避けられる。
そう思っていたゴスロリ少女だったが、竜也の狙いはそこではない。
「今だ!」
ブレストナパームがブラッディマリーの眼前まで来た瞬間、ジーガロスが右手のガトリング砲でブレストナパームを狙撃。
ブレストナパームは、ブラッディマリーの眼前で大爆発を起こした!
ドワォッ!
「きゃあっ?!」
爆煙が広がり、ブラッディマリーの視界が遮られる。
そう、目眩まし。
これこそが、竜也の狙いだった。
「エマさん!早く!」
「た、竜也くん!」
ガンドラグーンは下がらせていたエマの乗る車を手に持ち、急いでこの場所から離れる。
「この借りは………いつか返す!」
ジーガロスもまた、失った左手を庇うように、ブラッディマリーの視界が晴れるより早く、自らの狩り場を後にした。
そして、爆煙が晴れた頃には。
『………あれぇ?』
そこには、ブラッディマリーとゴスロリ少女以外、誰も居なかった。
竜也の下した判断。
それは、「逃げる」。
廃墟の街に残された殺戮人形は、パイロットと同じように、ただただ呆然と立ち尽くしていた。
………………
拳銃を突きつけられ、威嚇射撃までされたというのに、紫は怯える所か相変わらず表情を崩さない。
「うん………セキュリティを掻い潜ってここまで来た君の腕は、確かに評価に値するよ」
後頭部に拾を突きつけらながら、紫は飛び散った紅茶で汚れた手を、ハンカチで拭く。
その様が、より連の怒りを煽り、サンマグナムを握る手を震えさせる。
この時、連の心はアンジェラもそうだが、紫への怒りで染まっていた。
「でも………私が何の対策も無く君をここまで侵入させたと思う?」
だから、かも知れない。
蓮は、今になってようやく、自分の背後から迫る敵意と殺気に気付いた。
「───ッッ!!」
まずは手刀が飛んできた。
蓮はそれを回避したが、ギリギリだった。
手刀が擦った頬には、切り裂かれたような痛みが走る。
「このッ!」
ならばと、蓮は背後の相手に回し蹴りを繰り出した。
だが、彼はまるでカンフー映画のように飛び上がり、それを軽々と避ける。
その着地位置を予想し、蓮はそいつにサンマグナムを向けた。
着地直後なら、隙が出来ると考えたからだ。
だが。
「ッ!」
「な………ッ!?」
サンマグナムは、そいつの額に突きつけられていた。
だが、そいつも手刀を、蓮の喉元に突きつけていた。
互いが、互いの命を握っていた。
動きが止まり、連はようやくそいつの………湯野カオルの姿を、はっきりと確認した。
凍てついたような顔をしたカオルは、あれだけの動きをしたというのに、息を全く乱していない。
それ所か、空いた手で蓮のもう片方の手を掴み、封じている。
カオルに捕まれた手は、ぴくりとも動かない。
一体この細身の優男の、どこにこんな身体能力があるというのだろうか?
「ぐ………ッ!」
時間に換算すると、五秒もない格闘。
その短い間に、蓮はここまで追い詰められていた。
蓮は、冷や汗を流しながら理解した。
カオルは、自分がサンマグナムの引き金を引くより早く、首に手刀を叩き込む事ができる。
この男には勝てない、と。
「………さて刑事さん、私からそのアンジェラについて言える事は一つ」
ようやく、紫は立ち上がって蓮の方を見た。
自分が安全になった途端に腰をあげるのかと、蓮は若干、紫に対して嫌悪感を覚えた。
だが、今の彼には紫を非難する事も、罵倒する事も出来ない。
「知らない、それだけさ………私はアンジェラがこのゲームに参加している事も初めて知ったし、アンジェラが今どこで何をしているのかなんて、全く知らない」
カオルに動きを止められている蓮に対して、紫は言える事をすらすらと言った。
どうやら、嘘をついているとか、隠しているという訳ではなく、本当に知らないようだ。
「………そうかよ」
ケッと吐き捨てるように蓮が言葉を漏らし、サンマグナムを握った手を下ろした。
それが、もう蓮に争うつもりはないという意思表示であるという事を感じ取ったのか、カオルも手刀を下げ、蓮を解放する。
蓮はカオルを少しだけ睨んだ後、サンマグナムをコートの中に仕舞った。
「邪魔したな」
そして紫に対して一礼し、二人に背を向けて部屋の外へ足を進める。
怒りの感情も引いたらしく、もう殺意も感じない。
「………ああ待って、最後に一つだけ、聞いていい?」
蓮としては、わざわざ乗り込んで行った先で返り討ちにされたのだから、早くこの場所から離れたかった。
だが、紫の問いかけが、それを引き留める。
「一応聞いておくけど………アンジェラに会って、何をするつもり?」
紫の問いに、再び蓮の拳が固く握られる。
静かな怒りに震えながら、蓮は地獄から這い出てくるような声で、答えた。
「………殺すに決まってるだろ」
振り向いたその顔は、溶岩のような怒りで燃え、永久凍土のような絶対の憎しみを孕んでいた。
「アンジェラ………「佐瀬アリア」は数えきれないほどの命を奪った………そんなド外道は殺されて当然だ!」
憤怒と憎悪の籠った答えを返し、蓮は再び外に向かい歩いてゆく。
今の自分に、立ち止まっている時間などない。
紫とカオルを他所に、蓮は再び「アンジェラ」の手がかりを探しに向かった………。
………………
ケイオスアイランド地下。
電気が通り、風呂やトイレもあるこの島。
当然、下水道も存在する。
そんな下水道の道に、一枚の扉があった。
恐らく、ここも参加者の拠点として用意されていたのだろう。
迷路のような下水道の一角にあるその部屋は、普通の人間にはたどり着くのは難しい。
だが「彼女」なら、何の問題もない。
「たっだいまぁ!」
ゴスロリ少女が、満面の笑みでその部屋に入る。
皮膚を縫い合わせた人形が、彼女を出迎える。
「いやー新しい素材は手に入らなかったけど、珍しく腕の立つやつと戦えて楽しかったよ」
無邪気に笑いながら、ゴスロリ少女はバルキリーリングに収納していたお菓子やジャンクフードを、鮮血の飛び散った机の上に呼び出す。
その前には、女が。
手塚宰………「だったもの」が居た。
瞳は暗く、肌は土の色。
表情は苦悶に満ちたまま固まっている。
ゴスロリ少女が「加工」に慣れていた事もあり、異臭もしなければハエも集らない。
腹が花のように開かれた「作品」となり、そこにいる。
見れば、宰だけではない。
部屋中に、このような冒涜的な「作品」が飾られていた。
目を覆いたくなるような、現世に現れた地獄のような風景が、そこに広がっていた。
結果的だが、このゲームに参加した事は、彼女にとってプラスに働いた。
14の時にしくじってから二年、ずっと創作意欲を我慢して暮らしてきた。
そんなある日、彼女の父親があるツテを伝い、このゲームを紹介してきた。
殺し合う………すなわち隠れる事無く、堂々と「素材」を調達できるゲーム。
父親は、ゲームの中で家系の疫病神とも言える彼女が死んでくれる事を願っていたのだが、彼女自体は喜んでこのゲームに参加した。
二年間燻っていた創作意欲は、一気に爆発した。
「素材」がそこら中に転がっている上に、自分が「素材」を得ようと人を殺しても、誰も文句を言わないのだ。
「それじゃあ!いっただっきまーす!」
赤黒いいくつもの「前まで命だったもの」に囲まれて、彼女は食事を始める。
そう、ここは彼女の「アトリエ」。
鮮血と肉の支配する、アンジェラの………佐瀬アリアの、狂気の世界なのだ。




