第13話「強襲!コーカサス」
ここは、紫が拠点としているホテルの地下。
ゲームの運営も、ここが参加者の拠点として使われる事を想定していたのだろう。
そこには、タイタンギア用の整備ドックが広がっていた。
資材さえあればバルキリーリング内で整備は出来るが、細かい所までやるには、こういうドックでやった方が早いらしい。
整備用の小型ロボット達が、何機も忙しく動いている。
現在整備を受けているのは、カオルが使用していたマーズトロン。
そして。
「ほんと何から何まで………感謝してもし切れないよ」
ドックを見上げる竜也。
その先には、マーズトロンと共に、整備と補給を受けているガンドラグーンの姿があった。
あの後、紫は竜也達がガンドラグーンの整備や補給も出来ていないという事を知ると、この整備ドックを使うよう提案してきた。
それだけでなく、竜也の左足の負傷には、ちゃんとした治療と共に、特殊サポーターまでつけてくれた。
これで、ある程度であるが健常な時のように歩く事も出来る。
風呂にすら入っていない事に関しては、ホテル内にある露天風呂を提供してくれた。
竜也は久々にさっぱりする事ができたし、伸びていた髭も久々に剃った。
エマも今、入浴している最中だろう。
「先生の御好意に感謝するといい、それと、レズビアン呼ばわりした事はちゃんと謝っておけよ」
「………そうさせてもらいます」
そして、紫に対して働いた失礼をちゃんと謝るよう、カオルから釘を刺される。
竜也は気まずそうに、カオルに頭を下げた。
いくらエマを口説かれて気に入らなかったとしても、礼儀というものがある。
「………所で」
「………まだ、何か?」
声をかけた竜也に、僅かに怒りを孕んだ態度で答えるカオル。
紫に失礼を働いた事に対しては、彼も気に入らなかった様子。
「ああ、ちょっと気になって………カオルさんと紫さんの関係」
「関係?」
「その、なんで「先生」って呼ぶのかなって」
今度の質問には、悪意は含まれていない。
だが、進んで話すような内容ではない為か、カオルは少し考える。
「………先生は、私の恩人なんだ」
数秒の思考の後、カオルは遠い目をして、口を開いた。
………元々カオルは、地方出身の、どこにでもいるただの若者だった。
料理の勉強をする為、上京して都会の専門学校に通っていた。
学費の為に夜遅くまでバイトをし、切り詰めた生活を送る日々だったが、充実した日々を送っていた。
そんな、ある日の事。
通っていた学校で、窃盗事件が発生した。
保管されていた学費が、無くなっていたのである。
犯人探しが行われる中、カオルが疑われた。
地方から来ている上に、学費の為に切り詰めた生活を送る苦学生という事で、学費を盗むには十分な理由があると考えられたからだ。
勿論、カオルはそんな事はやっていない。
だがいくら弁明しようとも、勉強を優先して友達を作らなかったカオルを庇ってくれる者は、いなかった。
両親に相談したが、両親も「お前が盗んだんだろう」と疑い、カオルを信じようとしなかった。
誰も、味方はいない。
世界中全てが、カオルの敵になったように思えた。
「そんな時だ………先生と出会ったのは」
犯人として祭り上げられ、法廷に立つ事になったカオルは、全てに絶望していた。
心身共に疲れはて、せめてもの当て付けに、学校の近くにある公園で首吊り自殺をしようとした、その日。
「初めて会った時は、なんて綺麗な人だって思ったよ」
木にロープを巻こうとした時、背後から話しかけてきた。
振り向くと、そこにはカオルをじっと見つめる、紫の姿があった。
月夜に現れた、その美しさに圧巻されつつも、カオルは恐る恐る訪ねる。
"なにか用ですか"
すると紫は。
"いや、綺麗な月を見に来たらもっと綺麗な人を見つけてね"
と、微笑みながら答えた。
これが二人の出会いだった。
事の巻末を聞いた紫は、カオルの弁護士となる事を決定した。
本来なら大金が無ければ動かないのだが、"美しいものが理不尽な理由で抹殺されようとしている""これを黙って見過ごす訳にはいかない"と、ほぼタダで引き受けた。
そして裁判は、カオルと紫の大勝利に終わり、カオルの無罪は証明された。
後で解った事だが、学費を盗んだのは当時の校長だったらしい。
なんでも、キャバクラに貢いでいたとか。
それを聞いた紫は、ただ一言"醜いね"とだけ呟いた。
「………それから私は、先生に恩返しをする為に、こうして先生の元で秘書兼ボディーガードとして働いているのさ」
「なるほど………」
そんな過去があったのか、と話に聞き入っている竜也。
誰も助けてくれない絶望的な状況で、手を差し伸べてくれたのである。
ここまで忠誠を誓うのも当然だ。
「………んっ?」
その時、カオルの持っていたタブレットから、ピピピという警告音が鳴った。
何事かと見てみると。
「………なッ!?」
「………どうかしました?」
驚いたカオルに、何があったのだと横からタブレットを覗き込む竜也。
そこには、このホテルの敷地内に設置された監視カメラの映像が映し出されていた。
その中の一つ。
竜也達が走っていた森の中に仕掛けられたカメラにて。
木々が、暴風で揺れる。
その原因は、森の上を飛ぶ数機の巨大な飛行物体。
タイタンギアの三分の一ほどの大きさのそれは、両サイドについたジェットエンジンのようなシステムによりその機体を宙に浮かせている。
機体のあらゆる場所に、ミサイルや銃のような物が設置され、まるで火薬庫が空を飛んでいるようにも見える。
「これって………!」
「爆撃殲滅機「コーカサス」………こんな物まであるとは!」
コーカサス。
正式名称・垂直離着陸対地攻撃機UXB-009コーカサス。
アメリカが保有するVTOL機で、爆撃殲滅機の異名通り高い火力を持つ、アメリカ軍の空の怪物。
まさか、こんな物までこの島に用意してあるとは。
そして、そんなコーカサスが複数編隊を組んでこちらに向かっているとしたら、予想されるのはただ一つ。
ここに、攻撃を仕掛けるであろうという事。
「ここを襲うつもりか、なら………!」
そうだとするなら、やる事は一つ。
マーズトロンでコーカサスの部隊を迎え撃たんと、カオルが駆け出す。
すると。
「あ、あの!」
そんなカオルを呼び止めるように、竜也が呼び掛けた。
なんだと言うように、カオルが振り向く。
「助けてもらったお礼………俺も手伝います!」
二人の方が、効率よく戦えるというのもあった。
だがそれ以上に、危機に晒されている紫達を放ってはおけないという使命感が、竜也の中に燃えていた。
………………
入浴を終え、エマは更衣室で身体を拭いていた。
何日ぶりの入浴。
エマにとって、仕方ないとはいえ何日も風呂に入っていないという状況は苦痛であり、それがようやく解消された。
ふと、バスタオルに身を包んだ姿が、眼前の姿見鏡の前に写る。
モデルである彼女の身体は、均等の取れた美しい姿をしている。
それは、バスタオルを巻いていても、見るに明らかだ。
エマにとって、この身体こそが誇りであり、彼女の持つ武器。
モデルという仕事をしている為か、彼女は自分にそう強く言い聞かせる。
だが、半裸の自分の姿を見ていると、どうしても思い出してしまう。
あの、忘れたい過去の記憶。
耳元で聞こえる、気持ち悪い息づかい………。
「………ッ!」
心がトラウマに呑まれる前に、エマは自らの平常心を保った。
目の前にあるのは、自分と、時代以外誰もいない更衣室。
そう、ここに自分を傷つけるものはいない。
自分に言い聞かせ、用意された着替えに手を伸ばした。
次の瞬間。
ズドォッ!
突如、巨大な揺れがエマを襲った。
「今のは………!?」
地震ではない。
この揺れに、エマは覚えがあった。
そう、この島に来てから、何度も味わった揺れ………。
………爆発による揺れである。
………………
広大に広がる、ホテルの前の駐車場。
そこには既に、森の方から向かってきた数機のコーカサスが侵入していた。
弧を描くようにフォーメーションを組み、その身に組んだ重火器をホテルに向けている。
そんな彼等の前には、ホテルを守るように二体のタイタンギアが立ち塞がっている。
一体は、カオルの駆るマーズトロン。
もう一体は、このホテルで補給と整備を終えた、竜也のガンドラグーン。
その手には、空の相手を攻撃する為の、マーズトロン用のマシンガンが握られている。
「修理をして貰ったお礼を兼ねて、慣らし運転といきますか!」
『一機もホテルに近付けるなよ、全機を落とせ!』
「了解ッ!」
二機のタイタンギアが、二手に別れてコーカサスの編隊に向かってゆく。
コーカサス部隊も、まずはタイタンギアを片付けるべきと考えたらしく、二手に別れてマーズトロンとガンドラグーンに向かってゆく。
「むう………ッ!」
降り注ぐ弾丸とミサイルの雨を、マーズトロンはホバー走行で駆け抜けながら、踊るように避けてゆく。
カオルは一切呼吸を乱す事なく、マーズトロンのマシンガンを、眼前のコーカサスに向ける。
そして、目標をセンターに入れて、スイッチ。
ズワォッ!
撃ち出された数初の弾丸が、コーカサスを撃ち抜き、大破させる。
まずは一体、相手を撃破した。
そして、すかさず別のコーカサスに狙いを定める。
一方、竜也とガンドラグーンはというと。
「このおっ!落ちろよぉ!」
がむしゃらに、空に向かってマシンガンを乱射する。
けれども、それは一発も当たらない。
コーカサス事態はVTOL機全体から見ても素早いとは言い難い機体なのに。
それ所か。
ズォ!
「うわあっ!?」
背後にいたコーカサスの放ったミサイルが、ガンドラグーンの背中に命中・爆発する。
大したダメージにはならないが、それはただでさえ焦っている竜也の呼吸を更に乱すには、十分だった。
………ガンドラグーンは、決して弱いタイタンギアではない。
むしろ総合性能では、カオルのマーズトロンを上回っている。
だが、それを動かす竜也は、戦闘に関してはまるで素人である。
それに並び、スピードが遅いとはいえ、自由自在に空を飛ぶ物をターゲットにするのは難しい。
今までは、基本が一対一のタイタンギア戦だった事もあり、ガンドラグーンの性能に助けられてなんとか生き残った。
故に、一対多数、しかも慣れない空の相手に対しては、このように苦戦を強いられる結果となってしまっている。
「この………このぉっ!」
助けてもらった恩返しのつもりが、逆に相手に翻弄されるという失態を見せてしまっている。
それに余計に苛立ち、竜也はなんとかコーカサスにマシンガンを当てようと躍起になる。
無駄に空中に弾丸をばら蒔いた所で、無駄にしかならない。
………はずだった。
「………おっ!?」
古来より「下手な鉄砲数撃ちゃ当たる」ということわざがある。
適当に空に向けて放った弾丸。
その内の一つが、コーカサスの内の一機を貫いた。
ズワォッ!
撃ち抜かれたコーカサスは、全身から火を吹いて爆発四散する。
竜也の、この戦いでの初めての撃墜であった。
「やった!まずは一機!」
歓喜する竜也であったが、これは偶然の産物である。
無我夢中に弾丸を空に向かって撃ち続け、偶然その弾幕が張られた中に、コーカサスの一機が飛び込んだに過ぎない。
けれども、竜也はそれを「成功例」として考えた。
まずは一機。
そして次の一機を狙い、ガンドラグーンの照準を別のコーカサスへと向けた。
コーカサスは、次々と撃墜された。
最初は割りと多く見えた編隊も、今は両手で数え切れるほどに減少していた。
勝てる。
竜也は勿論の事、カオルもそう考えた。
この勝負、もらったと。
そして次のコーカサスを撃墜せんと、マシンガンの照準を向けた、次の瞬間。
「………貰った!」
「「何!?」」
突如、二機のタイタンギアの動きが止まった。
否、止めさせ「られた」のだ。
森の方から伸びた触手が、ガンドラグーンとマーズトロンを絡め取り、動きを封じていたのだ。
『あーははは!ざまぁないわね!』
そんな竜也の前に、 聞き覚えのある声が聞こえた。
他でもない、デパートで自分達に幻を見せて殺そうとした、オクタヴィアを操っていた、あの女の声だった。
「お前………生きてたのか?!」
『当然!お前に受けた屈辱、今こそ晴らす時ぃぃっ!』
ズシンズシン。
足音が聞こえる。
森の木々をなぎ倒し、コーカサス部隊が現れた森の向こうより、それはその姿を、竜也達の前に現れた。




