第12話「海辺の麗人」
マーズトロンに横転したジープを起こしてもらい、竜也とエマはマーズトロンの後に続いてジープを走らせていた。
燃料は残り僅かだったが、「先生」とやらが待つ場所は、ここから遠くはないから大丈夫、との事。
タイヤを撃たれた為に多少ガタつくが、それでも走れている。
流石は軍用にも使われる車、頑丈さも段違いだ。
後部座席に座る竜也は、そう感心していた。
しばらくジープを走らせた後、開けた場所に出た。
そこは。
『着いたぞ』
竜也達の目の前にあったのは、広い駐車場。
そこから見える、海と白い砂浜。
そしてそれらを全て見渡せる場所に立つ、白く巨大な建造物。
それは。
「………ホテル?」
よくテレビでCMをやっている、海辺に建てられた高級ホテル。
竜也とエマの記憶の中にある、その高級ホテルのイメージと、ぴったり重なった。
晴れ渡る青空。
ザーンザーンと打ち付ける波の音。
森を抜けた先にある為か、周りに他の建物はない。
ただホテルのみが、自然の中に唯一の建物がごとく聳え立っていた。
このデスゲームの運営は妙な所に拘るという事は、竜也もエマも知っていた。
だが、市街地だけでなく、まさかこんな物まであるとは。
エマが破損したジープを駐車場に止める。
竜也とエマがジープから降りる。
その隣で、マーズトロンの方も地面に跪き、頭部のハッチが開き、中から一人の人影が出てきた。
「あの人がマーズトロンを………」
竜也は、50m近くあるマーズトロンの頭部から、自分達を巻き込まずにバイク部隊にのみバルカンを………それも「わざと」直撃させなかった腕前のパイロットを前に、息を飲んだ。
地面に降りた後、その人影はバルキリーリングでマーズトロンをデータ化し、内部に仕舞う。
そして、竜也達の方を見ると、こちらへ歩いてきた。
近付いた事で解ったが、彼は美しい顔立ちをしていた。
まるで、平成時代の少女向け漫画の世界から飛び出してきたようだ。
もし声を聞いていなければ、女性でも通じるかも知れない。
肩の辺りまで伸びた、流れるような綺麗な茶髪をしており、眉毛は細く、キリリとしていた。
身長も、竜也は勿論の事ハーフのエマよりも高く、細身の身体を緑色のスーツで進んでおり、金持ちや王族に使える「執事」を彷彿とさせる。
俗に言う「イケメン」に分類される中でも、彼は異常に美しい。
今時テレビや映画でも、彼ほどの見目麗しい者はいない。
イケメン………いや、そんな言葉では言い表せない。
まさしく「美形」「美男子」という言葉が似合うような存在が、そこに居た。
「はじめまして、私は「湯野カオル」と申します」
「こ、こちらこそ………」
礼儀正しいマーズトロンのパイロット………カオルの一礼に、竜也とエマも頭を下げて答える。
一礼する姿も、やはり漫画やアニメで見る執事のようだ。
「先生がお待ちです、こちらへ………」
カオルの案内に従い、竜也とエマはホテルの中へと入ってゆく。
自分達の乗ってきたジープ以外に、誰も止まっていない駐車場。
ホテルの向こうの浜辺から、波の音が聞こえてくるほどの静寂。
その静けさは、竜也に少しの不気味さを感じさせていた………。
………………
ホテルの自動ドアが開き、エントランスに入る竜也とエマ。
ゲーム開始から二週間が経ったにも関わらず、このホテルは奇跡的に、戦いの舞台にはなっていなかったようだ。
無人のエントランスは、ソファから花瓶に至るまで、全てが綺麗なままだ。
「こちらです」
カオルに誘導され、竜也とエマは、黙ってホテルの中を歩く。
見れば、ホテルの壁や天井には、天使や神を描いた絵が描かれている。
本当に、このゲームの運営は細かい所に拘るのが好きだなと、竜也は改めて感心していた。
そしてしばらく歩き続け、二人は広い部屋に連れて来られた。
そこは、一面がガラス張りにされていた。
外には植物園が広がり、木々の隙間から差し込む太陽の光が、部屋をキラキラと照らしている。
見れば、奥にダイニングのような物があり、その中に皿や厨房が見えた。
どうやら、ここはレストランか食堂、またはカフェか何かだったようだ。
だが、その部屋に置かれているテーブルは、たった一つ。
そして、テーブルの前に三つある椅子の内の一つに、一人の人物が座っている。
真っ白のスーツを着たその人物は、一見すると酷く顔の良い男に見えた。
だが、肩幅と顔の作りから、よく見ればその人物が女であるという事が解る。
スラリとしたスタイルの良い身体をしており、エマとは別の方向で、モデルのように見える。
ライトブラウンの短髪を後ろで纏め、赤のメッシュの入った前髪を伸ばしている。
目は切れ長で、猛禽類を思わせる鋭さをしており、血色のいい肌をしている。
まるで、貴族を思わせる美麗さをした姿。
そんな彼女が、テーブルに乗せたティーカップを手に、コーヒーを飲んでいる。
ある意味では、男よりも男らしい。
日本に、男装が有名な某歌劇団があるが、竜也は彼女を見てそれを思い出した。
「先生、木葉竜也とエマニュエル白鳥、両名をお連れしました」
「ありがとう、カオル君」
カオルの報告に、彼女は微笑んで答える。
その声は、女の物でありながら低く、少年の物にも聞こえる。
そこには気品があり、カオルが執事のような事も相まって、まるで中世の貴族か何かのように見えてしまう。
「ささ、座って座って」
「ああ、はい………」
女の誘いに乗り、竜也とエマは残り二つの椅子に腰かける。
「カオル君、二人にコーヒーを入れてあげて」
「かしこまりました、先生」
一礼の後、カオルはダイニングの奥、キッチンへと向かう。
その場には、竜也とエマ、そして「先生」と呼ばれた女のみが残された。
「………さて、まずははじめまして」
改めて、と言うように、彼女は竜也とエマに挨拶をする。
女と会話しているハズなのに、まるで男、それも何処かの国の王子様か何かと話をしているような奇妙な感覚を、二人は感じた。
「私は「高町紫」、日本では弁護士をやっている、まあよろしく」
「こ、こちらこそ………」
にこやかに笑う女………高町紫。
その微笑みを見ていると、竜也もエマも、何故だか落ち着かない。
妙な気分になってくる。
「どうぞ」
しばらくして、カオルが竜也とエマに、コーヒーを二つ持ってきた。
二人に小さく一礼した後、控えるように紫の後ろに回った。
「………ん?待てよ?」
ふと、竜也が何かに気付いた。
いや、思い出したと言うべきか。
「高町紫………紫………あっ!」
しばらく考えた後、紫の方を見て目を見開く。
「テレビで見た事あります!スーパー弁護士の、高町紫って………!」
竜也は、彼女に見覚えがあった。
そう、高額な報酬と引き換えに、どんな裁判でも必ず無罪にしてしまうというスーパー弁護士。
女性ながら、そのイケメンぶりでお茶の間を………特に奥様方を賑わせた、男装の麗人。
最近テレビで見ていなかったが、まさかこのデスゲームで会う事になるとは。
「すごい、本物だ………」
「ふふ、私も有名になったものだね」
相変わらず笑いかける紫を前に、竜也に次の疑問が浮かぶ。
それは。
「………それで、そのスーパー弁護士が、俺達に一体何の用が?」
まずは、その疑問。
竜也達が追われていたとはいえ、わざわざタイタンギアを出してまで助けて、ここに連れてきた理由だ。
その問いに対して、紫は。
「………なぁに、あのガオウを倒した二人がどんな者なのか、少しばかり気になっただけさ」
竜也達はただ生き残る為に必死だった為、そこまで気にした事はなかった。
が、三日天下だったとはいえ、ガオウはこのケイオスアイランドの一大勢力として君臨していた。
そんな、いわばケイオスアイランドを統一しかけた存在を倒したとなれば、嫌でも有名になる。
ガオウを倒した武勲としても、ケイオスアイランドの勢力図に大きな変化をもたらした者としても。
「………倒したの、俺達じゃないんだけどな………」
だが、申し訳なさそうな竜也の言う通り、実際にガオウに引導を渡したのは自分達ではなく、蓮である。
が、どういうわけか、ケイオスアイランドの「世間」では、竜也達が倒した事になっているようである。
「それにしても………」
「………えっ?」
コーヒーを一口飲んだ後、紫の目線がエマに移った。
女同士のはずなのに、エマはまるで、絶世の美形に見つめられたかのような、変な気分になってしまう。
「エマニュエル白鳥さん、だね?」
「は、はい………」
「よくテレビで見かけるけど、本当に綺麗な人だ」
「えっ?は、はあ………」
「いや、本当に綺麗だよ、まるで天使だ」
躊躇う様子もなく、エマの手を握って、そんなキザな事を言ってみせる紫。
エマはよけいに顔を赤らめ、恥ずかしさから目をそらしている。
そんなエマを前に、相変わらず微笑みを浮かべている紫。
気のせいだろうか、背景に百合の花が咲いているようにも見えてくる。
「………あの」
そこに、取り残された竜也が割って入った。
残念ながらこの話は百合色の物語ではない為、竜也にも発言権はある。
「………何か?」
そして紫も、一旦エマから手を離して、微笑んだままそれに答える。
「あの、失礼な事を言いますけど………高町さんはレズビアンか何かなんですか?」
率直な感想である。
第三者視点から見て、たしかに紫の言動は、まるでエマを口説こうとしているように見える。
そして竜也も、肉食系とまではいかなくとも立派な男。
今まで行動を共にしてきたエマが、同性とはいえ他人に口説かれるのを見るのは、面白くない。
「貴様………!」
「いいよいいよ、カオル君」
怒った様子で身を乗り出そうとしたカオルを、慣れた様子でなだめる紫。
「レズビアンね………ちょっと違うかな」
そして竜也の問いに、笑顔を崩す事なく答える紫。
威圧感を感じないので、怒りを隠している訳ではなさそうだ。
「私はね、美しいものが好きなんだ、それが男でも女でも、生き物でも無機物でも………美しいものに性別なんて関係ないよ」
流石というべきか、言葉の節々からエレガントさが出るような回答をする紫。
見た目から中身まで、絵に書いたような貴族っぷりだと思いながら、竜也は手元にあるティーカップを取り、コーヒーを飲む。
ほんのりとした苦味が、口の中に広がった。
………………
紫が拠点としているホテルから、少しばかり離れた場所。
デスゲームの余波で荒れ果て、廃墟となったビルの中。
「それで、おめおめと逃げ帰ってきたと」
「はっ、申し訳ございません」
あの時竜也とエマを追い回していたバイク部隊が、一人の女の前で、まるで女の部下のように振る舞っていた。
女は「はぁ」と、若干苛立ったようなため息をついた後、その紫のメッシュの入った髪をかきあげた。
そして。
「まあいいわ………全員、これを見て」
女は胸にぶら下げていた、電力ヒューズのようなペンダントを、バイク部隊の者達に見せつける。
次の瞬間、ペンダントが赤い光を放った。
怪しい、人魂のようなぼんやりとした光。
それは、バイク部隊達の目の中に広がり、彼等の意識を朦朧とさせる。
「………第二波攻撃を仕掛けます、あなた達はたとえ自分の命を失おうとも、敵に突っ込みなさい」
「………了解いたしました」
女の言葉に拒否をする様子も見せず、バイク部隊はこくりと首を縦に振った。
そしてペンダントの発光が収まると、ぞろぞろとその場を去っていった。
「………ふふ、流石は私、奴等は完全に私の手下ね」
ペンダントを見つめ、女は自らの才能に酔う。
………女は名を「手塚宰」と言った。
年齢は29歳。
元々は、某有名大学に所属する科学者で、人間の脳について研究をしていた。
その過程で、彼女は二つの物を開発した。
一つは、聴覚を通して人間の脳に影響を与え、虚像………つまりは幻覚を見せる特殊スピーカー。
一つは、人間の視覚に作用し、外部から脳に命令を与える発光装置………今ペンダント状にして持っているもの。
いずれも、人類の科学に役立つ物だと、宰は確信していた。
所が、宰の研究は国からストップがかかった。
双方共に、洗脳等の犯罪行為に使われる可能性が高いと、危惧されたからだ。
日本の平和主義が、兵器転用も可能なこの技術を許さなかった、というのもある。
同時に、彼女の研究室も解体された。
そして、自分の研究を否定されたという失意の中で、宰はある情報を掴んだ。
生き残った者は、あらゆる望む事が叶うという、このデスゲームだ。
殺し合いの繰り広げられるこのゲームは、宰の開発したシステムを役立てるには丁度いい。
宰は自分から、このゲームに参加した。
二つのシステムは、予想通り効果的に働いた。
デパートに設置した特殊スピーカーは、食べ物を求めてやってきた他の参加者に、彼等が「最も恐れるもの」の幻覚を見せ、次々と自滅に追いやった。
発光装置は今やったように、バイク部隊のように洗脳した人々を、意のままに操っている。
ここまでは順調に進んでいた。
だが、特殊スピーカーによる幻覚をはね除け、自滅しなかった者達が現れた。
木葉竜也と、エマニュエル白鳥である。
自分のシステムこそ完璧だと考える宰にとって、彼等の存在はまさしく障害。
ゲームを勝ち残る前に、こいつらをなんとしても排除しなければならない。
あの時、エマに撃たれた肩を撫でる。
治療を施され、包帯で巻かれているものの、触れば僅かに痛みが走る。
「見ていなさい………私の研究を否定した事、後悔させてあげるから!」
怒りを込めて、歪んだ笑いを浮かべる宰。
その瞳には、憎悪で燃え上がる漆黒の炎が浮かんでいた………。




