第11話「森での遭遇」
………その日の夜。
青く美しい月が、ケイオスアイランドの夜を照らしていた。
時刻は、深夜2時。
夜間の殺しを禁止されている事もあり、参加者の多くは、明日の生活に備えて身体を休める時間。
草木も眠る、丑三つ時。
月に照らされた、ガラス張りの部屋。
海を見渡す場所にあるらしく、窓の外には砂浜が広がり、ザーンザーンという波の音が遠くから聞こえてくる。
どこまでも静寂たる、夜の世界。
「聞いた?カオル君」
女は、それらを見渡す大きなベッドの上にいた。
月に照らされ、女の雪のように白い肌が、夜闇に光る。
上体を起こし、腕に巻かれたバルキリーリングを操作し、ゲームの参加者を確認している。
そのスラリとした肢体は、一糸すら纏われておらず、その肉体美を月下の元に晒していた。
「ガオウの奴が"脱落"したらしい」
「………はい、他の参加者が話しているのを聞きました」
その隣には、男の姿もあった。
顔と体型のせいで一見すると女にも見えた。
が、女より若干広い肩幅と、少しばかり低い声、そして身体の作りが、彼が男である事をかろうじて物語っている。
女と比べて、若干肌の色が暗い。
それでも、美白………とまではいかないが、綺麗な肌をしている。
「ガオウは一大勢力になりかけていました、それが崩壊した………また、島の勢力がややこしい事になりますね」
男もまた、一糸纏わぬ姿を月下に晒していた。
人も、草木も眠る深夜。
シワがつき、乱れたシーツ。
人が二人入る事を前提とした、大きなベッド。
そして、己の裸体を晒し、それを隠そうともしない男と女。
先ほどまで、ここで何が行われていたか、見てとれる。
「どーでもいいよ、島の勢力なんて」
「しかし………」
「いくら仲間を作ったって、最終的に生き残れるのは最大で二人でしょ?それに、アイツ嫌いだし」
女はそう言って、男の上に覆い被さる。
その目はとろんとしていたが、口元は僅かに上がっている。
捕食者の顔をしていた。
「………もう真夜中ですよ、先生………もう寝ませんと………」
男は、己の中の理性を頼りに、「夜更かし」を続けようとする女をいさめる。
だがその顔は、羞恥で赤く染まり、まるで少女のようだ。
「いいじゃない、どうせ眠ってる間は殺されないし………何かあってもカオル君が守ってくれるんでしょう?」
ぴちゃり。
女が、男の胸板を舌で舐める。
「………ッ」
「ふふふ………可愛いよ、カオル君………」
女が男の身体を愛撫する度に、男は淫らな艶声を漏らす。
それが女の加虐心と悪戯心、そして肉欲を刺激し、行為をエスカレートしてゆく。
男の艶声。
苦しむような女の息。
そして、シーツの擦れる音。
女同士にも男同士にも見える、その倒錯した情事を見ているのは、彼等を照らす青い月のみ。
二人の夜は、始まったばかりだ。
………………
………このデスゲームが始まってから、二週間が過ぎた。
残りの参加者は、未だに1400人代で止まっている。
当初は混乱する者や、自暴自棄になる者が多かったが、どうやら今は落ち着いてきているようだ。
それでも、誰かが殺されているらしく、参加者は少しずつであるが減っている。
そして時間が経つに連れて、参加者にも変化が現れた。
数人の参加者がチームを組み、集団で行動し始めたのだ。
やはり人間という物は群れる動物らしく、殺し合いのゲームの最中でも、力を合わせて生きていこうとする者が多いようだ。
………最終的に生き残れるのは、最大でたった二人なのに。
今や、ケイオスアイランドにはいくつものチームが存在する。
一大勢力になりかけたガオウの軍団が崩壊し、物資や兵器が散らばったという事も、理由の一つである。
そしてここにも、チームとまではいかないが、二人で協力して、このデスゲームを乗りきろうとする者達が居る。
木葉竜也。
そして、エマことエマニュエル白鳥。
この二人である。
ガオウの元を脱出してから今の今まで、彼等は共に行動していた。
デパートにてタイタンギア「もどき」ことオクタヴィアを操る女を退けてから、改めて二人は同盟を結んだ。
そして今は、遠く離れた場所にあるという竜也の拠点を目指していた。
目指していた………のだが。
「くうう………ッ!」
デパートの駐車場で手に入れたジープのハンドルを握り、エマはガタガタと揺れる森の中の道を疾走する。
その表情には、焦りが見えている。
「この………しつこいッ!」
後部座席に座る竜也は、拳銃を構えて発砲する。
だが、振動で揺れるジープに乗っている上に、動いている「相手」の為、中々当たらない。
………オクタヴィアの女を倒し、拠点へと向かっていた竜也とエマ。
だがその道中から、他の参加者からの襲撃を受けるようになっていた。
一度や二度ではない。
最初は偶然だと思っていた竜也達だったが、次第に頻度が上がり、自分達が何者か………自分達のように「群れる」事を選んだ参加者達の内の一陣営から狙われているのだと気づいた。
酷い時には、朝起きた直後にマーズトロンで襲ってくるといった事も起こるようになった。
そして今も、このようにバイクに乗った数名の参加者に追いかけ回され、森の中を走っている。
しかもこのバイク部隊、搭乗者と銃を持った射撃役の二人乗りであり、こちらに向かって発砲してくる。
こちらも動いている為に中々当たらないのだが、竜也達からすれば十分に驚異である。
ガオウの軍の残党かとも思ったが、おそらく違う。
ガオウの軍のならず者達は、単に銃で相手を脅すか、または銃を持たぬ相手を一方的に虐殺するだけだった。
だが、今竜也達を追い回しているバイク部隊は、編隊を組み、徐々にではあるが竜也達を追い詰める為に動いている。
こいつ等は、ただ追い回すのではなく「作戦と戦略を持って行動している」のだ。
まるで、よく訓練された軍隊のように。
対する竜也達は、彼等のような作戦も戦術も持ち合わせていない、ただの一般人と芸能人。
どちらが有利かは、一目瞭然だ。
「くそっ………ガンドラグーンさえ使えれば、こんな奴等………!」
そしてもう一つ、竜也達が不利な状況に立たされている理由がある。
ガオウの元を脱出する際に手に入れ、オクタヴィアも倒したタイタンギア・ガンドラグーンが使えないのだ。
ガンドラグーンは確かに強い。
素人の竜也の操縦で、二度の激戦を切り抜けた程だ。
だが、その力は有限ではない。
ビームセイバーを初めとする技術で作られていても、ガンドラグーンは他のタイタンギアがそうであるように、人の手で作られた機械なのだ。
起動すればエネルギーだって減るし、間接も擦りきれ、弾薬も使えば無くなる。
前述した二度の激戦に加え、竜也達を襲撃した者達が度々タイタンギアを持ち出してきた為。
そして、操縦者である竜也がタイタンギアでの戦い方を知らない初心者だったが為に、ガンドラグーンは戦う度に消耗していった。
補給物資をバルキリーリングに入れておけば補給は出来たが、その補給物資がどこにあるかも、どうやって手にいれるかも竜也達は知らなかった。
結果、ガンドラグーンのエネルギーは残り10%を切り、ブレストナパームの残弾は底を尽きた。
相手は数が多く、作戦を持って確実にこちらを仕留めにかかっている。
対するこちらは闇雲に逃げてるだけの素人二人組みで、頼みの切り札であるガンドラグーンは使えない。
絶体絶命という言葉は、こういう時に使うのだろう。
弾を切らした拳銃に、次の弾倉を充填しながら、竜也は考えた。
………………
暖かな日差しが差し込み、部屋を明るく染める。
子洒落た家具や、壁に飾られた大きな絵。
とてもそこが、殺し合いを繰り広げられている島の一角とは思えない。
「………うん」
そんな部屋の真ん中。
白いテーブルの前で白い椅子に座り、女はその日の朝食を取っていた。
朝食はパンケーキ。
はちみつをかけた物をナイフで切り、フォークで口に運ぶ。
口に入れた瞬間、安心したかのように女は微笑んだ。
「やっぱり………どんな料理よりも、カオル君が作ってくれたのが一番だね」
単にパンケーキを食べているだけなのだが、その姿にはどこか気品のような物を感じさせる。
今がデスゲームの最中だという事を、忘れさせるほどに。
「………先生、朝食の最中失礼します」
そんな優雅な朝食の最中に、男は現れた。
手には一枚の電子タブレットを持ち、そこには彼等が居る場所の、外の映像が流れていた。
「敷地内に侵入者です」
「侵入者?どれ………」
女は嫌な顔一つせず、ふむと笑みを浮かべながら、男の持っているタブレットを覗き込む。
そこに映っているのは、彼女達の「敷地」内にてカーチェイスを展開する、一台のジープと、それを追う数台のバイク。
「彼女は………なるほど、彼等がガオウの軍を壊滅させたという………」
ジープを運転する「彼女」を見て、女は頷く。
既に「彼等」の噂は、女と男の耳にも入っているのだ。
女はそんな「彼等」を前に、手元にあったカップの紅茶を一口飲み、見つめている。
「………いかがなさいましょうか」
男からの問いに、女はカップを置き、少し考えるような仕草を見せる。
そして数秒の沈黙の後、答えを出した。
「………今回は特別、助けてあげて、彼等の話も聞きたいし」
「では、そのように」
女は、会話の後朝食を再開した。
再び、パンケーキをナイフで切り、口に運ぶ。
はちみつの甘い風味が、口の中に広がった。
………………
しばらく、竜也達の逃走劇は続いた。
そして、ジープの燃料の残りがイエローゾーンに入った時、その終わりは唐突に訪れた。
バンッ!
バイク部隊の一人が放った銃弾が、ジープのタイヤに命中。
穴を開けた。
「うわっ!?」
「きゃああ!!」
バランスを崩し、ジープはその場に横転。
竜也とエマを投げ出し、近くにあった木にぶつかり、静止した。
「いたた………くっ」
投げ出された竜也とエマを、バイク部隊が取り囲む。
その場に倒れた二人を、逃がさないように睨んでいる。
そして、バイク部隊は二人に拳銃を向ける。
どうやら、ガオウ軍のように捕まえるのではなく、確実に殺すのが目的のようだ。
左足に痛みの残る竜也は勿論の事、エマもこの状況から逃げられるほどの運動神経は持っていない。
何より二人とも、車から投げ出されたのだ。
怪我もしている。
どうにもできない。
ここまでか。
竜也の額に汗が伝う。
せめてエマだけでも逃がそうと、バルキリーリングに手をかける。
今のガンドラグーンなら、こいつらを追い払うぐらいの事は、できるだろうと。
バイク部隊が狙いを定め、拳銃の引き金に指をかけた。
その時。
「うわっ!?」
「があっ!?」
どういう訳か、バイク部隊の方が吹っ飛んだ。
竜也達の背後から飛んできた一撃により、バイク部隊が吹き飛ばされたのだ。
「な、何が………!?」
結果的に助かったとはいえ、いきなりの出来事に困惑する竜也とエマ。
すると、ズシン、ズシンと、彼等の背後から足音にも似た地鳴りが響いてくる。
一歩歩くと同時にバキバキと木々を押し倒し、それは姿を現した。
50mほどの巨体。
頭に伸びる一本角。
それはまぎれもなく、タイタンギア・マーズトロンだった。
カラーリングが緑を基調とした物に変更され、左肩にミサイルランチャーがついている事を除けば、ガオウが従えていたマーズトロンと変わらない姿をしている。
見れば、頭部に対人用のバルカン砲が付けられている。
バイク部隊を吹き飛ばしたのは、これによる物だ。
『侵入者に告ぐ、ここは私の主の敷地内だ、殺されたくなければ去れ!』
マーズトロンから声が響く。
少々高いが、男の物と解る声だ。
バイク部隊はしばらくマーズトロンを睨んでいたが、すぐにマーズトロンに背を向けて走り去って行った。
バイクと拳銃では、タイタンギアに対抗できないと、解っていたからだ。
『………さて』
マーズトロンが、竜也とエマに目を向けた。
身構える二人に向かい、マーズトロンのパイロットは。
『………木葉竜也様と、エマニュエル白鳥様ですね?』
マーズトロンのパイロットは、竜也とエマの事を知っていた。
驚く二人の前で、マーズトロンのパイロットは話を続ける。
『私の"先生"が君達に会いたがっております、ご同行をお願いします』
竜也は、今の状況を分析する。
自分は左足を負傷しており、ガンドラグーンはまともに戦闘も出来ない状態。
移動手段に使っていたジープは横転し、使い物にならない。
仮に、あのマーズトロンのパイロット、及び彼の言う「先生」が自分達と敵対する人物だったとしても、今の自分達に彼等から逃げ切る手段はない。
「………わかった、君達に従おう」
ので、彼等の言う事に従うしかなかった。
今の竜也に、これ以外の選択肢は無かったからだ。




