第10話「これからもよろしく」
エマニュエルが引き金を引いた理由は、二つある。
一つは、探索前に交わした「有事の際は拳銃で知らせる」という竜也との約束から。
もう一つは、心の底から嫌悪した物に対する、咄嗟の防衛本能から。
「あいつ」に向かい、エマニュエルは銃の引き金を引いた。
抵抗など欠片すらなかった。
だが。
「ぐ………お、のれぇ………!」
銃弾が「あいつ」に当たったまではよかった。
だが問題はその後だ。
「あいつ」の姿が消えたかと思うと、そこには銃弾の当たった肩を押さえている、一人の女の姿があった。
黒髪に紫のメッシュを入れた髪をした、占い師を思わせる風貌をした女性。
妙齢ではあるが、いわゆる「美魔女」に分類されるような、美しさを持っていた。
エマニュエルとは系譜が違うものの、美人に分類される。
そして手には、エマニュエルと同じバルキリーリング。
このゲームの参加者だ。
「まさか、私の与える恐怖を、こんな手段ではね除けるなんてね………!」
「あ、あなたがやってたんですか?!」
「そうよ!ここはいい狩場だからね!」
今までの恐怖は全て、この女が仕組んだ事だった。
エマニュエルにはどうやったかまでは解らないが、今重要なのは恐怖の種明かしではない。
ヤケクソの状態だったとはいえ、拳銃を撃ったエマニュエルの手はその衝撃で痺れている。
そして、さっきまで恐怖を味わっていたせいで、いわゆる腰が抜けた状態にある。
その状態で、他の参加者であるこの女………自分を殺す可能性を持った人物と対峙している。
「本来は恐怖の中で狂い死にさせたかったんだけど………こうなったら!!」
女が、懐に隠していた拳銃を構えた。
今のエマニュエルは、何もできない。
エマニュエルが死を覚悟した、その時。
「死にな………がふっ!?」
突如飛んできた何かが、女を横から吹き飛ばした。
女は倒れ、飛んできた何かが地面に転がる。
それは、竜也に渡した松葉杖だった。
「エマニュエルさん!」
「竜也さん!」
直後、エマニュエルの隣から聞き覚えのある声が聞こえ、滑り込むようにエマニュエルの前に出た。
竜也だ。
松葉杖で女を吹き飛ばし、左足が痛むのを我慢して、エマニュエルを守るように女の前に立ち塞がったのだ。
「この………どいつもこいつも、私を馬鹿にしてぇっ!!」
女は憤っていた。
自分の「殺し」が失敗し、しかも自分が撃たれた。
それだけでなく、自分の邪魔をした女………エマニュエルを助けに、よりによって男=竜也が現れた事により、彼女の怒りは頂点に達した。
「もういい!皆まとめて潰れなさい!!」
「なッ!?」
女がバルキリーリングを起動した。
瞬間、内部データの実体化に伴う光が広がる。
そして呼び出されるのは、巨大な機体。
それは、アウトドア用品売り場を潰し、食品売り場を破壊し、デパートの中で膨らんでゆく。
そして。
ズワォ!
デパート自体がそれに耐えきれず、内側から破裂するように破壊された。
土埃が舞い上がり、ガラガラと瓦礫が崩れてゆく。
………そしてそこから現れた、一体の異形の巨体。
赤く輝く一つ目を光らせ、その両サイドには巻き取り式のケーブルを思わせるドラムと、そこから伸びた長い二本の触手。
コードを思わせる長い「胴」で繋がった「足」があるべき場所には、ホバーにより浮かぶ、亀をロボットにしたような下半身。
それまでに現れた、ガンドラグーンやマーズトロンのようなタイタンギアとは違う、人型のシルエットから大きく離れた、異形。
それもそのハズ、そもそもこの機体はタイタンギアではない。
タイタンギア用の支援ユニットと、大型ホバー戦車を合体させ、タイタンギアと戦えるようにした機体。
昆虫か軟体動物を思わせるその異形は、紅色の装甲を輝かせ、赤い一つ目を妖しく輝かせる。
名を「オクタヴィア」。
外国の人魚姫の童話に登場する、人魚姫に取引を持ちかける魔女の名を冠した機体。
「いい狩場だったけれど………仕方ないわね」
崩壊したデパートを前に、女はオクタヴィアの操縦席越しに、ニヤリと笑う。
竜也もエマニュエルも、瓦礫で潰れてしまっていると。
そう考えるのが妥当だ。
あの状況で常人が助かる方法など、あると考える方が無理な話。
「どれ………あいつらの死体でも見てやろうかしら?」
女は露悪的な性格だった。
無惨に潰れたであろう竜也達の死体を、わざわざ確認しようとした。
オクタヴィアの触手を伸ばし、瓦礫をどけようとする。
その時。
「………は?」
突如、瓦礫が盛り上がる。
そして飛び散り、次の瞬間オクタヴィアは顔を「捕まれて」いた。
それが、女の陥った落とし穴。
連中に、この状況で助かる為の方法も、自分のオクタヴィアに対抗する手段もないと思い込んでいた。
だが、実際は違った。
「どりゃああっ!!」
「た、タイタンギア!?」
そして瓦礫の中から現れる赤き機体。
まるでアスファルトを突き破る植物のようにして現れたそれは、他でもないガンドラグーン。
竜也が操り、その隣にエマニュエルを乗せた、タイタンギア。
オクタヴィアの出現によりビルが崩れる直前、竜也が呼び出したのだ。
それが、その右手で、オクタヴィアの一つ目のある頭部に手をかける。
そして左手のナックルガードを前に展開し。
「だああっ!!」
ドガァッ!
殴り付けた。
今までのお礼だと言うかのように。
殴り飛ばされたオクタヴィアは、そのまま殴られた方向に吹き飛び、その先にあったビルに叩きつけられる。
ビルは崩れ、オクタヴィアと共に倒れる。
対峙する、異形と巨人。
市街地に立つヒロイックなガンドラグーンと、怪物じみたオクタヴィアの姿。
それはまるで、特撮の巨大ヒーローと怪獣を思わせる。
ただ違うのが、これが正義の為の勇者の戦いではないという事。
命をかけた、欲望のぶつかり合う殺し合いであるという事。
よろよろと立ち上がるオクタヴィアに対し、竜也は次の手に打って出る。
今度は、ガンドラグーンの右手のナックルガードを展開したのだ。
「もう一発ぶん殴ってやる!」
どこぞの聖書ではないが、左手で殴ったなら、次は右手でと考えたのであろう。
サイドアーマー内のバーニアを吹かせて加速し、殴りかかる。
右手の一撃が叩き込まれようとした、その時。
「ふん!」
「ぐおっ?!」
ガンドラグーンの一撃は叩き込まれる事なく、オクタヴィアが触手を鞭のように振るい、逆にガンドラグーンを弾き飛ばす。
今度は、ガンドラグーンが吹き飛んだ。
地面に叩きつけられ、土埃が舞い上がる。
「く………くそっ!」
ぐらり、と体制を立て直すガンドラグーン。
そこに、触手をうねらせて迫るオクタヴィア。
ガンドラグーンの武装は、ナックルガード以外では、胸のブレストナパームと、肩に収納したビームセイバー。
近接戦闘に特化した物になっている。
だが、オクタヴィアの武装は、見た所その長い触手。
それはガンドラグーンの武装よりも広い攻撃範囲を持ち、相手を近寄らせない。
近接戦闘に特化したガンドラグーンとの相性は、かなり悪い。
これではナックルガードは元より、ビームセイバーも届かない。
「あの鞭みたいな腕をどうにかしないと………!」
タッチパネルを操作し、武装を選ぶ。
今ガンドラグーンにある武器で一番遠くまで攻撃できる物は。
「………これだッ!」
ブレストナパーム。
流石に狙撃のような事はできないが、攻撃力も範囲も広い。
これだ。
というか、これしか無い。
ジリジリと迫るオクタヴィア。
竜也は、直ぐ様オクタヴィアの両サイドにある、触手の基部にターゲットカーソルを合わせ、ロックオンする。
「そうら!受けなさいっ!!」
女が、再びオクタヴィアの触手を振るう。
それは、ガンドラグーンに向けて再び叩きつけられようとした。
「させるか!ブレストナパームッ!!」
それより早く、竜也は動いた。
ガンドラグーンの胸にある、四つの穴。
その一見すると排気ダクトに見える部分が展開。
内部に隠された銃口が現れる。
ズドンッッ!!
爆音と共に、胸から射出されるナパーム弾。
それはオクタヴィアに向けて飛び、女が気づくよりも早く、オクタヴィアの触手の基部に着弾する。
ドワオォッ!!
命中!
ブレストナパームは、オクタヴィアの触手の基部に辺り、爆発。
基部を破壊され、触手を巻いていたドラムが、地面に落下する。
本体からのコントロールを失った触手は、バグったのか、切り離されたトカゲの尻尾のようにビクンビクンと痙攣している。
「ま、まずい………ッ!!」
オクタヴィアは、攻撃手段を失った。
戸惑う女を前に、竜也は迷わずガンドラグーンを突撃させる。
「今だ!ビームセイバーッ!!」
両手のナックルガードを戻し、ガンドラグーンは両肩のビームセイバーを引き抜く。
赤い閃光の剣を構え、サイドアーマーのバーニアを噴射し、オクタヴィアに迫る。
「でりゃああーーーーッ!!」
「ひいい!!」
そしてオクタヴィアに対し、二本のビームセイバーを振り下ろした。
ずばぁぁっ!!
オクタヴィアは、下半身と頭を繋ぐ「胴」の部分から、真っ二つに切り裂かれた。
そして動力炉が暴走し、大爆発を起こす。
ズワォ!!
吹き飛ぶオクタヴィア。
そして爆煙の中より現れる、ガンドラグーン。
燃え盛る炎の中で、ガンドラグーンはビームセイバーを両肩に戻す。
戦いは、終わった。
ガンドラグーンの勝利だ。
………燃え盛る炎の中から、一機の飛行艇が飛び出す。
オクタヴィアに仕込まれていた、脱出艇だ。
「あいつら………ダダでは済まさないから!」
敗北に対する悔し涙を浮かべ、恨み節を吐きながら、女を乗せた脱出艇は空の彼方へ消えてゆく。
幸運にも、竜也もエマニュエルも、それに気付く事は無かった………。
………………
戦いは終わった。
崩壊してしまったデパートの前に、竜也とエマニュエルは居た。
「え?それじゃあ俺やエマニュエルさんが見たあれやこれやって………」
「はい、方法は解らないのですが、あの女の人が見せてたみたいなんです」
エマニュエルから、竜也は全てがあの女の仕組んだ事だと聞かされていた。
自分が感じる「嫌な物」を、幻惑として見せていたのだ。
「そうか、だから真理が………」
「えっ?」
「ああ、いやこっちの話!」
いつものように、笑って誤魔化す竜也。
そして一息ついた後、竜也は財布を取り出した。
「そうか………だから"これ"が助けてくれたんだ」
そして財布の中から、一枚のカードのような物を取り出した。
それは、一枚のブロマイド。
今の時代中々見かけなくなったそれは、所々がボロボロで、色褪せていた。
「これって………?」
エマニュエルが覗き込む。
そこに写されていたのは、昔の特撮番組のヒーロー。
エマニュエルも、バラエティ番組等で演じた俳優が出る度に、その姿を度々見ている。
「"ネビュラマンアックス"………小さい頃、よく見てたんだ」
幼少の頃、竜也は妹=真理が生まれて以来、両親がそちらの方を優先する為、一人でいる事が多かった。
竜也も、幼いながらも「仕方がない」と考え、我慢した。
そんな時である、ネビュラマンアックスと出会ったのは。
たまたまテレビでやっていたネビュラマンアックス。
宇宙からやってきた、地球を守るヒーロー。
ボロボロになっても立ち上がるその姿は、竜也の心に勇気と、希望をもたらした。
「今でも、つらい事があると思い出すんだ、アックスなら、こんな時どうするかって」
ブロマイドを見つめた後、大切そうに財布に仕舞う竜也。
孤独な幼少時代を過ごした竜也にとって、ネビュラマンアックスは心の支えであり、人生の指針とも言える存在であった。
「………所でさ」
ひとしきりの思い出話を終え、竜也はエマニュエルに話しかける。
これからの事について。
「エマニュエルさんが嫌なら、俺達の関係は、ここで終わりって事にしてもいいよ」
「えっ?」
「ほら、俺あんま強くないし………今だって、エマニュエルさんの足引っ張ってるしさ」
幻だったとはいえ、真理に言われた事は、やはり竜也の心に引っ掛かっていた。
実際問題、左足を怪我した竜也は、エマニュエルを助ける所か足を引っ張っている。
松葉杖も無くしてしまった。
だから、エマニュエルとの関係はここで終わりにしようと、竜也は考えた。
そんな竜也に対して、エマニュエルは。
「………そんな事はありませんよ」
「………はい?」
「だって、竜也さんはあの時私を助けてくれた」
エマニュエルは言う。
竜也は足手まといでも、迷惑でもないと。
実際、あの女に殺されそうになった自分を助けてくれたではないか、と。
「でも、足の方は………」
「あ、ちょっと待っててくださいね」
竜也を待たせ、エマニュエルは瓦礫を避けながらデパートの前の駐車場に向かう。
そこで、放置してあった一台の車を見つけた。
自衛隊等で使われる、いわゆるジープと呼ばれるタイプの車だ。
「えっと鍵は………っと」
バルキリーリングから、一つの鍵を取り出すエマニュエル。
最初から入ってるアイテムの一つで、島にある車の全てのキーに使える、いわゆるマスターキーだ。
エマニュエルはマスターキーを、ジープに差し込む。
すると、ドルドルとエンジンの鳴る音がした。
「これで、足の問題は解決ですね」
と、竜也に対して言う。
そして最後に、エマニュエルは竜也の方に戻り、一言。
「………それと、親しい友達は私の事を「エマ」と言います」
竜也を安心させる為か、笑顔でそう言ってのけた。
驚いた様子の竜也だったが、しばらく考えた後、あきらめたように笑う。
どうやら、彼女は真理の言ってたように、自分を嫌がっている訳ではないようだ、と。
「………じゃあ、これからもどうかよろしく、エマさん」
「………こちらこそ!」
エマニュエル………改め「エマ」の差し出した手を取り、握手する竜也。
どうやら二人の冒険は、まだしばらく続きそうである。




