予期せぬ襲撃と不安
ノアたちは店で軽く食事を取った後、宿屋に泊まった。寝心地は良いものではなかったが、ノアは疲れていたため、すぐに眠ってしまった。一方のゾーイは月を眺めていたー
ノアたちは通りの食堂で朝食を食べていた。
[昨日はいろいろあって詳しく話してもらえなかったけど、どうしてゾーイは追われてるの?]
[施設に入っていて、そこから抜け出したから。]
[抜け出しただけで、警察がこんなに動くものなの?]
[施設から外に出られないように厳重に警備されてたから、逃げ出されたくなかったのかも。]
[その施設には生まれてからずっといるの?]
[ずっと。施設から一回も外にでたことなかった。]
[あと、拳銃の腕も立つし、剣も使えるようだけど、どうやって技を身につけたの?]
[施設の中で教わった。]
[すごい施設だね。よく分からないけど、ゾーイは重要な存在だから警察が連れ戻そうとしてるんだね。]
[そう。でも、私の存在は知られたくないはずだから公衆の前では捕まえられないはず。だからなるべく人がいるところで行動すれば問題ないと思う。その上、隣国に行けば絶対に手は出せないはず。]
[ふーん。あと、ゾーイって僕のお父さんと面識あるの?]
[何で?]
[拳銃をもらったんでしょ?僕のお父さんが拳銃を持っているのも不可解だけどね。手に入らない訳じゃないけど。でも、何でそこまで僕のお父さんがゾーイに肩入れしてるのかなって。知り合いなの?]
[面識はないけどー]
[けど?]
[ううん、何でもない。]
[まあ、いいや、今からクリムゾンに行くんでしょ?だったらここから列車に乗って行くよ。このまま列車に乗っていけばクリムゾンに着くから。]
ノアとゾーイはフォーキー村の駅にいた。車庫からプラットホームに列車がやってきた。古びた感じの列車だった。列車は屋根がついてるだけで密閉されてるわけでもなかった。ノアとゾーイは列車に乗り込んでゾーイが外側に座って、その横に、ノアが座った。出発までまだ少し時間があるので他に人はいないようだ。ゾーイはずっと外を眺めている。一方のノアはシールドの置き場に困ってしばらくシールドと悪戦苦闘していたが、結局いい場所がなくて膝の前に置いた。しばらくすると他の客もまばらながら少しずつ入って来た。
しばらく時間をもてあそんでると、汽笛が鳴り響いて列車はゆっくりと発車した。周りは一面森でそれがずっと続くもんだから退屈になってしまった。しかしゾーイは飽きることもなく外を見続けている。しばらく時間が過ぎた後、後ろの方で一人の客が突然立ちだした。なんだ?と思ってノアが振り替えると、客はこちらに近づいてきて、腰に手を当てたと思うと、短剣を取り出してゾーイに振りかざそうとする。ノアが危ないと言うよりも早く、ゾーイの剣は客の首に突き刺さっていた。ノアとゾーイは急いで膝の上の荷物と武器を持った。そうこうしてるうちに、他の客も一斉に立ってゾーイを倒そうとする。だが、ノアがシールドで隙間を塞いだので加勢することができない。一方のゾーイは列車の中で剣を振り回そうとするも狭いので短剣を持っている相手に苦戦していた。
[他の車両逃げよう。]
そう言ってノアはシールドで相手を突き飛ばした。その隙に二人は荷物を持って、通路に出て、こちらの車両のドアを開けようとした。だが、開かない。閉じ込められてしまったようだ。
[外に出るよ。]
ゾーイはそういうとノアの手をつかんで、席の上に立ち、勢いよくジャンプして列車の外にダイブした。ノアもゾーイにつられるままジャンプしようとするがシールドがあってうまく飛べそうにない。しょうがなく、シールドを外に放り投げて、その後自分もジャンプした。線路の横は雑草が生えていたのでけがをすることもなかった。敵のやつらも追いかけてくる様子はない。よかった。でも、まずは投げたシールドを探さないといけないなあ、ノアはそう思って、線路沿いを下っていった。幸い、シールドは近くに落ちていた。ノアがリュックの上からシールドを背負おうとしたとき、遠くからゾーイがやって来た。
[ここ、どこか分かる?]
ノアは地図を取り出して見た。地図によると、ひときわ大きい樹があって、目印になるらしいけど。ノアは周りを見渡してみた。すると、南にこんもりしている木があった。あそこにあるってことはここはフォーキー村からそこまで離れていないということか。
[どうする?]
[うーん。線路沿いを歩いて行ってもいいけど、警察は、僕たちがどの列車に乗るかどうかもピンポイントで把握してたし、総攻撃をかけられそうな気がする。それよりも、森の中を進んだほうがいいかも。あそこに大きな樹が見えるでしょ?地図によると、あの付近に集落があるはずなんだ。だからそこに行こうと思う。]
[食料は?]
[自生してる植物に食べられるやつがあるからそれを食べればいいよ。]
[そう。]
こうして、ノアとゾーイは森の中に入っていった。ノアは持って来た地図と方位磁針を便りに森の中をひたすら南へと進んでいく。以前通ったフォーキー村付近の森とは違って、日が差し込まないので、まだ昼なのにまるで夜のような暗さである。しばらく進むとノアはふと立ち止まった。
[この赤い実、食べられるよ。]
ノアが指差す先には背の低い植物があって、小さな実がなっていた。
[なんて名前だっけな、本で見た気がする、ソートラだったけな。]
そう言いながらノアは実を取って食べた。
[うん。悪くない。]
果物の酸っぱいところを濃縮したような味がした。ノアが食べるのを見てゾーイも恐る恐る口にした。
二人とも、実をある程度食べたので空腹の心配は無さそうだ。二人は食べ終わった後、またひたすらに暗い森を進んでいった。だが、ノアの意識は目の前の森ではなく、ゾーイに対することでいっぱいだった。というのも、今まで、ゾーイの言うがままに行動してきたがその行動に自信を持てなくなってしまったのだ。もしかして、ゾーイの言うことはすべて嘘で、施設なんかもなくて、ゾーイは刑務所から脱獄した殺人犯ではないかと思ってる自分がいた。警察の執拗な攻撃はそれを物語っているのではないか?最初、ゾーイは警官と対峙したとき、何の躊躇もなく発砲したように見えた。冷酷すぎる。それに、列車に乗ったときも襲撃を受けたが、動揺もすることもない。普通の人間とは到底思えない。お父さんも、ゾーイの話を鵜呑みにしすぎなんだ。どうして疑わなかったのか。自分は、殺人犯が国外逃亡する手助けをしてるだけなんじゃないか。そう思ってふと、ノアはゾーイのことを振り返って見た。ゾーイは森の中の植物を物珍しそうに見ていた。それをノアは見て、はっとした、僕はなんてことを思ってたんだろう、なんてくだらないことを考えてたんだろう。ゾーイは本当に森を見たことがないんだ。僕なら分かる。僕も生まれ故郷を出るのは初めてだ。だから森なんて見たことがなくて、だから周りのすべてのものに興味津々なんだ。僕だって、ゾーイのせいで危ない目にあったけど、こうやって新たな環境を楽しむことができてるし、もっと広い世界に出てみたいと思ってるじゃないか。きっと僕もゾーイも一緒なんだ。鳥籠の中から出ようと必死だ。それは単に空間的なものであるだけでなくて、精神的にもそうなんだ。そんなことをノアが考えていると、前から水の流れる音が聞こえてきた。なんだろうと思っていると、さっと視界が開けた。川だ。とてもきれいだ。大小さまざまの石があってまさに自然が作り出した逸物という感じだ。水は透き通っていて川のそこが見えるくらいである。ノアは川に指を入れてみた。かなり冷たいし、水の流れが感じられる。すると、突然後ろでバチャンという音がなって水しぶきが上がった。ノアが振り返るとそこには魚をつかんでいるゾーイがいた。
[す、すごいね。]
[食べられる?]
[うん。その魚は食べられると思うけど、それより、魚を素手で捕まえられるなんてすごいね。]
[食べよう。]
[え?ここで、しかもさっき実を食べたばかりなのに?まあいいか。じゃあひとまず川を渡ろう。]
川に浮いてる石を何個か踏みながらノアたちは対岸についた。