ロボットと博士
博士が人間に近いロボットを作ろうとする話です。
あるところにロボット工学者の博士がいた。
その博士の長年の夢は人間に近い、又は人間にそっくりのロボットを作ることだった。
そのため、博士は小さい頃から猛勉強し、幼少期の楽しみも、青春も、文字通り全てを捧げて研究に打ち込んだ。
「とうとう完成したぞ。」
博士が会心の笑みを浮かべるその目の前に、人工皮膚に覆われた人型ロボットが立っていた。
背丈は博士と同じくらい、博士も中々の美青年だったので、自分の顔をモデルにしたそのロボットも中々のハンサムだった。
しかしそれはどうでも良いらしく、
「長年の夢がついに実現した、これぞ究極のロボットだ。早速動かしてみよう。」
と喜び勇んでスイッチを入れた。
スイッチを入れると、何の機械音もせずに、ロボットの目が開いた。人に似せることにこだわった博士は、徹底的に機械的な要素を排除した。
「こんにちは、博士。僕はサムです。」
なめらかな発声、人間の発声器官を模した人工声帯は、聞く者の耳に何の違和感も感じさせなかった。
「おお、素晴らしい。正に最高のできだ。」
博士は小躍りして喜んだ。
それから、博士とロボットという二人の生活が始まった。
初めロボットは何も出来なかったが、学習機能が付いていたので、博士が口や行動で教えると、次第に色々なことが出来るようになった。
「サム、食事の用意をしてくれ。」
「はい、博士。」
料理の腕も日に日に上達しているようで、今日は博士の好きなポークソティーが出てきた。
「おお、美味しそうだ。それでサム、いただくよ。そうだ君も一緒に食べよう。」
「はい、博士」
ロボットも食卓に腰を掛けさせると、博士はもう一セット食器を用意して、自分の食事を半分切り分けて載せた。
「それでは、いただこう。」
博士は、ポークソティーに齧り付いた。
「実に旨い。」
大好物に舌鼓を打つ博士の正面で、ロボットも食べる仕草をした。
「美味しいですね。」
ロボットがそう答えながら、飲み込めない食事を、フォークとナイフで口に持って行き、又そのまま下げるという仕草を繰り返すのを見た博士は顔をしかめた。
「本当に美味しいのか。」
「はい美味しいです。」
博士は答えは解っていながら 、
「どう美味しいのだ。」
と尋ねた。
ロボットは、
「はい、いつもより値が高い豚肉を使い、赤身と油が程よくあった上質の肉質で、塩気の強いソースが合っています。」
と答えた。
そう言いつつ、相変わらず手を上下させるロボットを見て、博士は食事もそこそこに、ロボットを研究室に連れて行った。
「さあ、これでどうだろう。」
新たに、味を感知する舌と、飲み込みと排泄する機能を備えたロボットは再び食卓に座った。
「味はどうかね。」
博士が尋ねると、今度はポークソティーを咀嚼して飲み込み、
「柔らかくて美味しいです。しかし少し冷めてしまいましたね。」
と答えた。
博士はすっかり満足して、冷え切ったポークソティーの残りに取り掛かった。
数日後、博士は風邪を引いて寝込んでいた。その前の晩、風呂から上がった後、髪も乾かさないで、お気に入りのテレビドラマを見てそのまま眠ってしまったのだ。
「博士、大丈夫ですか。」
ロボットの問いかけに、博士は、
「お腹が空いた、何か作ってくれ。」
と布団を被りながら言った。
「はい。」
ロボットは台所へ行った。
しばらくして運ばれてきた食事に博士は驚いた。
「ポークソティーじゃ無いか、こんな体調の悪いときに、こんな重い物は食べられないよ。別な物が良いよ。」
ロボットは、
「すみません、博士の一番の好物ですから。それでは、何を作りますか。」
と答えた。
博士はまた顔をしかめ、自分が病気なのにも拘わらず、ロボットを研究室に連れて行った。
しかし、人間の体調が変わると言うことをインプットしようとして、はたと手が止まった。
「人間の体調の情報だけをインプットしても、また不具合が出るだろう。そうだ、いっそのこと体調が変化するようにしよう。食べた物を消化して自分の体を構成する、風邪にも罹患する、そうすれば、そういうとき何が必要で、何が不必要か自分で理解出来るぞ。」
今度はひどく大がかりになった。
人工の皮膚と支持機構、動力、コンピューターまでも、人間の食物を介して、定期的に再構成するようにし、そのための消化機能も付けた。そして適度に調子が悪くなるようにし、風邪のウィルスを検知すると体温が上がり、咳をする機能まで付けた。
ひどく熱が上がり、フラフラになりながらも、博士は会心の笑みを浮かべた。
しばらくして、風邪が治った博士は、ロボットを連れて散歩に出かけた。
久しぶりの太陽が眩しく感じられ、博士は心地よく思った。
「いい天気だね。」
ロボットに尋ねると、
「はい、博士。」
とロボットは言った。
博士は少し違和感を憶えたが、そんな物かとその時は気にならなかった。
道行く顔見知りの人が、
「ご兄弟ですか。」
と尋ねるたび、博士は満足そうに頷いた。
公園につくとベンチに腰を下ろしながら、ジュースを二本買い、ロボットに差し出した。
ロボットはジュースを飲もうとせず、
「今は飲みたくありません。」
と言った。
博士は一瞬驚いたが、満足そうに笑みを浮かべた。
博士はジュースを飲み、しばらく二人でベンチに座っていると、子供達が駆けてきて、目の前で転んだ。
「えーん、えーん。」
子供は激しく泣き出した。
その声を聞いたロボットは、直ぐに走り出し、子供を抱えて、水道に行った。そして、蛇口をひねると傷口に水を掛けた。
「ぎゃー。」
勿論、生傷に水を掛けられた子供はさらに泣き出し、ロボットの腕を振り払うと、そのすねを思いっきり蹴り飛ばし、母親の所へ駆けていった。
それからが大変だった。子供の母親が凄い剣幕で、博士はこいつは世間知らずだから、とか、しばらく海外に住んでいたとか、適当にごまかして、平謝りした。ぷんぷん怒って行ってしまった母親の背中を見ながら、博士は直ぐに家に帰り、ロボットを研究室に連れて行った。
「うーん、処置としては間違いでは無いが、これは痛みが解らないせいだ。怪我に対する対処法をインプットしてもまた不具合が出るだろう。それに、子供に蹴られても、けろっとしているのも違和感だ。そうだ、身体が傷つくと、痛みを覚えるようにしよう。」
今度も大がかりになった。
身体が傷つくとある程度自動で修復されていたが、そのスピードを人間の修復程度に落とし、さらにその期間は適当に痛がるようにし、その状況を事前にも回避するようにした。
しばらくして、博士はロボットと一緒に散歩に出かけた。
「雨が降りそうだな。」
博士が声を掛けると、ロボットは、
「ええ、傘を持ってくれば良かったですね。」
と答えた。
博士は満足そうに頷き、散歩を続けた。
「うー、うー。」
突然二人の前に、野良犬が現れた。
博士は小さいとき、犬に噛まれて以来、犬と言う物が苦手になった。
「わー、助けてくれ。」
叫ぶ博士を尻目に、ロボットは一目散に逃げ出した。
「なんて奴だ、ロボットのくせに…。」
そう言いかけて、博士は自分がそうしたことを思い出した。
二人は逃げ、適当な木によじ登って事なきを得た。博士はそれでも、自分の設定したとおりになったと笑みを浮かべた。
しばらくして、博士は家でお気に入りのテレビドラマを見ていた。ロボットも隣に腰を掛けて一緒に見ていた。
ドラマは、最終回で、主人公の男の子が皆に意地悪されて、雪の中、天に召されるシーンが映った。
博士は泣き、思わず顔を伏せた。
番組が終わり、テレビを消すと、まだ泣いている博士を尻目に、ロボットはすたすた家事に戻った。
博士は気分を害し、ロボットに声を掛けた。
「サム、この場面を見て何も思わないのか。」
ロボットは、
「彼は何故、雪の中なんか歩いたのですか。冷たかったでしょう。体が冷えて傷つきます。」
と答えた。
博士は、又顔をしかめて、ロボットを研究室に連れて行った。
「うーんどうしたものか。死というものを理解していない。これは難題だぞ。ロボットに死を教えねばならない。おかしな事だ、死を知らなければそもそも生を知らない。人間に近くするためには死を教えなければならないが、そもそもロボットは死ぬのだろうか。少なくとも死を回避するようにすれば良いのだが、私自身、死も生もきちんと理解はしていない。」
しばらく考えて、
「それに、人間に近いロボットを作ることに際限が無いように思えてきた。さらにそんな物作ってもむなしいような気もする。機械は私たちが出来ないことを、人間の助けとして、する範囲で留まっていれば良いのかも知れない。それにもう私は機械で人間を再現するのに飽きた。金輪際この分野には手を出さない。」
と独り言を言った。
博士はロボットを一番最初の状態に戻した。そして、博士は、別の研究に専門を変えた。
それからさらにしばらくして、博士は今まで研究のため割いている時間が無いと断ってきたにもかかわらず、今でも博士とお付き合いしたいと言ってくれる奇特な幼なじみの女の子に、博士の方から頭を下げてお付き合いを申し出た。彼女は優しくも博士の申し出を快く受け入れてくれた。
現実世界にこんな男を好いてくれる奇特な女性はいないと思います。ご都合主義ですみません。
この博士はロボットより初めに人間とは何かを勉強するべきだったのかも知れません。
最後まで呼んで戴ければ幸いです。