5 逆さ虹の丘
「ところで、仙人さん、落ちた逆さ虹の場所は、ちゃんとわかるの?」
いたずら好きのリスが尋ねました。そういう話でしたが、やっぱり確かめたくなります。
「当たり前じゃが、そこからわしは川の皆がおるこちら側に来たからのう」
オンボロ橋を渡ると森は若干開け、下生えの草を生い茂る心地よい草原になりました。木々が無いせいか青一色の夜明け前の空が一面上空には広がっています。
草原は若干つま先上がりでのぼっています。
「あれじゃ」
仙人はクマの肩から飛び降りると、丘を登り駆け出しました。
一行は、走り出した仙人に引きづられるように走り出します。なんとなくもうゴールが近い気がするのです。
ヘビとクマが遅れがちです。
「待ってぇ」
それでもヘビは無表情です。
夜明けが近く、仙人は焦っているのかものすごい速度で走っていきます。
足の早いはずのキツネやアライグマも追いつけません。
丘の上で仙人は仁王立ちをしています。
はぁはぁ言いながら、動物たち一行が追いついて丘を登ってきました。
「皆の衆、あれを見よ、虹じゃ」
仙人は丘の頂上で昇ってきた先を指さします。
「おおおおおおお」
動物たち全員が歓喜の声を上げます。歌の上手なコマドリは著作権上ここでは書けない虹に関する戦前の超有名映画の主題歌を歌います。この曲はもとからヒットしています。
カラオケ・ボックスだと思ってください。
逆さまでUの字になった虹が丘の斜面にでーんと見事に転がっています。
丘の上からだと、スキージャンプのジャンプ台に見えます。
「虹って厚みがあるんだね」
クマが言いました。
「ところで、仙人さんよ、どうやって、あの逆さまの虹を天界まで持ち上げるんだい?」
アライグマが尋ねました。
動物たちはみんな云々と頷いています。
刑罰でこんなに小さくなってなってしまった仙人があんな大きな虹を持ち上げられるはずがありません。
こんな巨大な虹、クマでも動かすのは無理でしょう。
「まさか、魔法とか、、、」
「馬鹿な、魔法など使えたら、ドングリ池で願い事などしとらんわい」
動物たちはみんな云々と頷きます。
「御一行よ、まだもう少し、体が大きかった頃、わしが用意したものじゃ、見てくれい」
仙人は丈夫そうな縄を丘の何処かから持ってきて動物たちの目の前に差し出します。
「おおおおおおおおおお」
動物たちからは感嘆の声が広がります。動物たちが縄一つで驚けるのは純粋で幸せな証拠です。
「縄の端っこをわしに結ぶのじゃ、ちゃんとな。で、もう一方を虹に結ぶ。そうそう丘の上の方の端をじゃ」
もう夜明けが始まっています。仙人は実践しながら説明していきます。
「ちゃんと結んでくれい、そう力持ちのクマが良い。やってくれい」
クマは仙人に言われたとおりにすべてをします。虹のUの字を丘の上側を縄で結び。その縄の逆を仙人の木の葉っぱを合わせてできた服を着た胴体に結びつける。
「そうじゃ。完璧じゃ」
動物たちは興味津々です。
「で、わしがじゃな、この虹の丘の上のほうから逆さ虹を滑り台に見立てて超高速で滑っていく。そしてこの虹をジャンプ台に見立ててトゥルンっと反対側に飛び出すと同時に空へ向かうわけじゃ、で、その勢いで縄でわしと一体化した虹がわしと一緒に空へ飛んでいくという仕掛けじゃが」
「おおおおおおおお」
逆さ虹が見つかったときと縄を見せられたときに比べると、幾分小さな感嘆の声が動物たちから上がりました。ヘビはずーっと無表情でしたが。
「?????????」
この個性あふれる動物の一行に頭のいい動物はいませんでしたが、自然と動物たちは座る位置が丸くなり車座になりました。
そして、ああだ、こうだ、と小会議。
果たして仙人は虹とともに空へ飛べるのでしょうか?。
動物たちはニュートン力学を知りません。知っていても結果は同じだったかもしれません。もしくはこれをきっかけに偉大なる物理法則に出会えたかもしれません。
虹とともにトゥルンっと飛べるかは別にして飛ぶのは仙人です。仙人がやりたいというのであれば、まぁやらせてあげようというところあたりで動物たちの会議は決着をみました。
これも、多様性を尊重した結果です。
「皆の衆、わしの生涯で最高の良き旅じゃった」
仙人は縄で結わえられた体でありながら、動物たち一人一人と抱き合って旅を完遂した喜びと別れの悲しさを分かち合います。こんな感動はおそらくあらゆる意味でも誰も味わえないでしょう。
喜びと別れの儀式は終わりました。
「もう夜明けじゃ。いかねばならぬ」
丘の先の地平線からは太陽が顔を見せようとしています。
六頭の動物が見守る中、仙人は丘の頂上側の虹の端によじ登りました。仙人の別れの挨拶がこれほど簡潔なものとは誰も想像していませんでした。
「では」
仙人は、逆さ虹の滑り台を頭を下に超高速で滑り落ちていきます。動物たちは丘の上から身を乗り出して仙人の行く末を見守ります。ここは加速段階、飛ぶための準備段階です、飛ぶ必要はありません。
虹の裏側の摩擦係数は相当低いらしく、恐ろしい速度で虹の裏側に沿って仙人は滑り落ちていきます。
今まで動物たちが見たことのある早いもののなにものよりも高速です。
純粋な動物たちはやはり声を漏らしました。これは偉大なる物理実験ショーでもあるのです。
「おおおおおおおおおお」
位置エネルギーを速度に変えた最高速でUの字の最底辺に到達した仙人はそのまま虹の裏側を利用して離昇カタパルトへとコースを進んでいきます。
あとは、トゥルンが待っているだけです。
離昇コースに行っても仙人の速度が落ちる気配は一向にありません。虹の裏側は相当つるつるなのです。
仙人は恐るべき速さでジャンプ台、もとい、逆さ虹から撃ち出されました。
確かに仙人は飛びだしていきました。確かに飛んでいます。トゥルンです。
「おおおおおおおおおお」
丘の上に動物たちの感嘆の声が響き続けます。仙人の知性、計画性、実行力、その結果に感嘆しているのです。
飛ぶ小さな仙人。その後を弛んだ縄がしゅるしゅると付いていきます。
まだ、計画どおりです。まだという言葉を使ってはいけません。
恐ろしい速度で打ち上げられた仙人です。あっという間に縄の弛みがなくなりました。
世紀のトゥルンです。
しかし、トゥルンは思わぬ結果を生みました。
「おおおおおおおおおおお」
動物たちが更に大きな声をあげるのも無理からぬ事です。
仙人に結わえられた縄がピーンと張ってもトゥルンとなって逆さ虹は一切動かず、逆に飛行中の仙人の木の葉っぱを幾重にも合わせた衣服がトゥルンとなって脱げてしまいました。
仙人に結わえられていたというより仙人の衣服に縄は結わえられていたのです。
すっぽんぽんになった仙人は細いのは腕や足だけで胴体は意外と小太りでした。赤ちゃんのような体型です。
そして小さな葉っぱを重ねた衣服が脱げた拍子に顔を隠していた長い白い髪の毛、眉毛、髭、鼻毛、すべてが衝撃で衣服とともに後方へと脱着されていったのです。頭も動物たちが思っていたのよりかなり大型です。
そして。なんと、仙人の背中には小さな羽が生えていました。
「おおおおおおおお」
仙人は天使だったのです。
天使は小さな羽をパタパタさせ、動物たちに背を向けたままそのまま空を飛んでいきます。
ただ、逆さ虹は微動だにせず、落ちた状態でそのまんまです。
動物たちはここで感嘆の声を止め、あまりに多くのことが一度におきたので理解できずにお互いを見つめ合い目をパチパチさせています。
その時です。天が落ち、地が裂け、川が遡上し、海が干上がるような大音声がこの世すべてに響きました。
「うぬ、おまえたち、よぉーく頑張った、褒めてつかわすぞ」
天から、大きな腕、右手が現れると天使をむんずっと掴みました。
そしてちょっと離れたところから大きな腕、左手が現れました。
「ぎやぁあああああああああああああ」
動物たちはまさに阿鼻叫喚の騒ぎ、悲鳴を上げ逃げ惑います。ヘビも無表情で逃げています。暴れん坊のアライグマでも逃げています。
「こやつが、迷惑をかけた。そのほうら、あっぱれな働きぞ、ここに礼を言い褒めて使わす」
これが天界王の右手と左手なのです。
左手はむんずと逆さ虹を掴むとここで、トゥルンがおきてしまいました。天界王はちょっと持ち上げた逆さ虹を落としてしまいました。
ドッカーン。
「ぎゃあああああ」
地上では、大揺れです。しかも、虹が二重に割れてしまいました。
「いかん、いかん、これでは、こやつと同じになってしまう」
右手で掴まれた天使が頭をすくめてペロッと舌を出しています。
そう天界王は言うと、きっちり逆さ虹を掴み直し虹を天まで引き上げました。
その日の午前中いっぱいは見事な美しい二重虹が小雨も晴れてもいないのに続きました。
その後も、その森は、逆さ虹の森と呼ばれましたが、逆さ虹の森では夜が永遠に続くということはなく、以前と同じ穏やかな日々が続きみみなが幸せに暮らしました。
六頭の動物たちは落ちてしまったオンボロ橋を迂回して元の場所まで仲良く戻りましたが、それはまた別の物語です。
設定が良く出来た"お題"だったので全部つなげて、書くことそのものは楽でしたが、ちょっとふざけすぎたかな、、。動物たちと一緒でめちゃめちゃになったかもしれません。