4 オンボロ橋
一行の前には、森がぱっくり裂けてその避けた割れ目の何メートルも下には轟々と濁流が流れる大きな川が流れています。
そこに、今にも崩れそうな古びた吊り橋が一本。
これは容易ではありません。
「ここを行かなきゃいけないのぉ?」
クマが尋ねます。
「みたいじゃの」
仙人が応えます。流石に今回はクマの肩に乗っていても落ちるときは一緒です。というか、歌上手なコマドリ以外は吊橋が落ちれば全員一緒に落ちます。
「俺が聞いた話じゃ、次の橋は走って二日の距離らしいぜ」
「遠いね」
「期日までに間に合わんのぉ」
「疲れちゃうね」
無表情なヘビが青い舌をピリピリして多分言っています。
『その間にお腹減るね』と。
勇気あるアライグマが裂け目まで行って吊橋の下を覗き込みました。川は濁流な上にクマの二倍から三倍はありそうな大岩がゴロゴロしています。
戻ってきたアライグマは何も言いません。
わかっていたことですが、そうとう深刻です。
「なんとかなるんじゃない?そのための吊橋なんだから」
お人好しのキツネはかなり楽天的です。
「僕はやめとくぅ。小さな仙人さんとみんなで行ってきてぇ」
一番に怖がりのクマが脱落しました。クマ以外の全員の目がクマに集中します。クマは怖がりなのでこういうのも苦手です。語調はだんだんさがり声は小さくなっていきます。
クマが一人残るのも無理そうです。
「良い考えはないかのぉ?」
松ぼっくりに細い腕と足が出ているだけのような小さな仙人も細い足を投げ出して胡座をかいてすわりこんでしまいました。
食いしん坊のヘビは無表情のままとぐろを巻いてしまいました。
「みんなで、行くっていったじゃん」
とお人好しのキツネが全員を勇気づけるために言いましたが、そんなことは誰も言っていません。
よくある組織のように一行は妥協案と折衷案に従ってここまで来ただけなのです。
「クマさん、橋渡れる?」
クマは震えるような声で言いました。
「がんばるぅ」
「もう俺は行くぞ、弱虫なやつは置いてくぞ、仙人さん、俺の背中に乗れ」
アライグマはもう吊橋に向かって歩きはじめています。一方でクマはまだ尻込みしています。一行はめちゃめちゃになってきましたが、この多様性が生物の進化と生き残りを決定付けたことを動物たちは知りません。
アライグマの提案にも係わらず仙人はクマの肩の上です。
暴れん坊はかなり無謀で大雑把ですが先見性と予測が曖昧だと言う半面やっぱり勇気があります。
アライグマは小さい手で吊橋をちょんちょんと踏んだあとどんどん踏み進んでいきます。
「結構平気じゃん」
とアライグマ。
ぎぃし、ぐぅーーし。
これはコマドリのライブ前のSEではありません。古い吊橋のリアルな軋みの音です。
ところが、吊橋は音はひどいですが結構大丈夫です。
といっても、まだアライグマを載せただけですが。
続いて、食いしん坊のヘビは吊橋に向います。やっぱり無表情ですがそれがヘビの内面を物語っています。青い舌をピリピリ。
ヘビは吊橋の踏み板を進むのではなく、横の吊橋を支えている太い縄と蔦を這っていきます。もしかすると蔦にいちごのような実がなっているかもしれません。
続いていたずら好きのリス。いたずら好きは基本スリルが好きなのでアライグマより先に吊橋に挑んでもよかったかもしれません。
コマドリは上空を進んでいきます。重量を吊橋に掛けないということでかなり低く偶然かもしれませんがなにがしかの知性と理性を感じます。
そしてお人好しのキツネ。キツネが近くに居ないとクマは吊橋を渡らない可能性があるので、ここにも組織としてめちゃめちゃになったものの生命の多様性の素晴らしさを垣間見れます。
クマはキツネのすぐ後を進んでいきます。
しかし、やっぱり重量超過だったようです。
クマが一歩ニ歩と進んだところで吊橋はグラグラ揺れて、ギシギシ軋みはひどくなってきました。
「うわぁああああ」
「ああああああ」
みんなでパニックです。
吊橋を支える、もはや縄と蔦が一体化しインテグレーションした支えはどうなっているのか誰にもわかりません。縄状ものがあるといったところです。もちろん動物はインテグレーションなんて言葉は語彙にありません。
踏み板も無い部分が所々、また腐って居る踏み板も多数あります。
ぎぃし、ぐしししぃぃ。
「ああああああああ」
「うわぁーーーー」
「下見ないで、クマさん」
「落ちるぅ」
「おい、みんな早くしろ」
「わしは天界王の懲罰で小さくなって消えてしまう前に橋から落ちて死にそうじゃぁ」
クマが一枚踏み板を踏み落としました。落ちていく踏み板はなかなかバシャーンという音を立てません。ただただ小さくなって行きだけです。
「クマさん下を見ないで」
「次の足を置くところがないよう」
今回だけは、<根っこ広場>であったようないたずら好きのリスのギミックは通用しません。とにかく全員で進むしかありません。
「うわークマさんあまり動かないで揺れるから」
無茶な要請も多数寄せられています。
ブチッ、もう吊橋を支えている右側の縄と蔦が限界です。吊橋は右側にかしいでいます。
アライグマは渡り終えました。
「おい、渡ったぞ」
これで少し吊橋にかかる荷重が軽減されるはずです。
「クマさん左に寄って」
「うん、やってるぅ」
大柄なクマが進むたびに、踏み板は永遠の落下をはじめ、クマが寄った方に吊橋が傾きます。
「あああああ」
「もうちょっと、」
ブチ、とりわけ今までと違った大きな蔦か縄が切れる音がして、吊橋が今度は左に大きく傾きました。
「クマ!、走るんだ!」
「走るぅ」
なんとドタドタ小走りしながらも最後尾のクマが渡り終えました。
「やったぁ」
対岸で動物たちはみんなで抱き合って喜びます。
あれっ、ヘビが居ません。
なんとヘビは切れた左側の縄の代わりをしっぽでもと居た場所の縄に縛り付き渡る先の縄を無表情のまま噛み付いて支えていたのです。
大きな椰子の実を丸呑みして体の形が変わったり、ゴーヤの形になったりするヘビはどうやら多少伸びてももとに戻れるようです。
縄を縛り付けていたしっぽを解くとするするっとこちら側に這ってきて無事に渡りきりました。
ヘビは縄の代わりをして体が伸びておかしく無い気がしますが、全然変化はありません。
「ヘビさん、本当にありがとう」
クマが抱きつきます。
ヘビは青い舌をピリピリさせて無表情で応えます。
ヘビが綱を放し、渡りきると吊橋は軋む音もたてずに川へ真っ逆さまに落下していきました。
「帰りは遠回りしないといけないね」
「そうだねー」