2 ドングリ池
ドングリ池は賢そうな老人の顔に見える巨岩をバックにしています。老人には白い美しい髭があり、その髭こそちょろちょろ湧き出る小さな滝の源泉なのです。
湧き出た水はとても美しく、澄んでいて、池の底まで見通せます。
そして、このドングリ池から流れ出た水が逆さ虹の森を左右に分ける大きな左右川に流れ込んでいるのです。
湖底まで見えるので、たくさんドングリが投げ込まれているのがとてもわかります。
あの老人に見える岩にドングリをお供えしてお願いすれば誰でも、願い事が叶いそうです。
「いっぱいドングリがあるね」
「そうだね」
珍しく怖がりのクマが一番に言いました。クマは実は食いしん坊でもあるのです。池の底だけでなく、池の周りにもドングリがたくさん落ちています。
「駄目、駄目、駄目だって」
キツネがヘビのしっぽを掴んで抑えようとしましたがヘビが池に入るまでもなく、もうドングリを食べだしました。
ヘビはパクパク食べるや、流石に無表情では居られず、ほんのほんのちょっとだけ眉間にシワがはいりましたが、やっぱり無表情のままヘビはブドウみたいな体になってしまいました。無表情のままですが少しだけ苦しそうです。
八百屋によく行く人は知っていますが、ブドウというよりゴーヤに似ています。
「なにがドングリ池だ、ふんふん」
暴れん坊のアライグマは、見境なくドングリを拾うや、ポンポン、ドングリ池に向かってドングリを投げ出しました。
「ダメダメ」
「だめだめ」
「ポンポンポン、ポンツツッツツ、ポンポンポン、ポンツツッツツ」
コマドリのボイス・ドラムが炸裂します。♪=180ぐらいでしょうか。アライグマが投げ込んだドングリが水面に当たる音とシンコペーションを繰り広げ、ポリ・リズムを逆さ虹の森で展開していきます。
これは現代音楽かもしれません。
「いてーっ」
アライグマの投げたドングリが賢者の巨岩に当たり巨岩が叫び声をあげました。
「うわーっ」
動物たちはみんなアライグマの後ろに隠れます。クマだけはアライグマの後ろにいるだけで隠れているつもりですが隠れられていません。こんな時でもゴーヤの体型になったままヘビは無表情のまま、もう少しだけ食べようとしています。たくさん食べても、もう少しだけ食べてみたいときは誰しも必ずあるものです。
「許してください、、、全部アライグマが悪いのですぅ」
キツネはお人好しなだけにもう一つ信念がありません。八方美人でいい人なのですがすぐ誰かを裏切ります。誰かを裏切り事で八方美人を保っています。
「お前たち、なんちゅー、ことをするんじゃああ」
「ひぇーお許しを、、、、、」
クマが一番平服しています。みんな平に平に平服しています。ヘビは無表情のままずーっと生まれた時から平服しています。今は食べていないというだけです。
「お前たち、、、」
うん?、ドングリ池の賢者の三言目で、あれっとみんな気づきました。どこかで聴いたことある声だなっと。
「わしは、怒ったぞぉ」
動物たちが思ったとおりでした。声の主はいたずら好きのリスでした。
「なぁーんだぁ、、、」
「ちょっとぉおおおお」
動物たちは非難轟々《ひなんごうごう》です。ヘビも無表情のままリスを非難しています。
「へへへ、、」
リスは頭をかいています。
「おい、てめー」
暴れん坊のアライグマが凄んだところで、リスが言いました。
「池の畔にこんな人が居たよ、人かな?」
リスの横には、リスと同じ大きさの小さな賢者の石にそっくりな顔の小人のおじいちゃんがいました。
「えーっ」
みんな逆にびっくりです。ヘビも無表情で驚いています。これでも驚いているのです。こういうとき無表情なのは損です。ヘビも最近になって少しだけ気づくようになってきました。
リスと同じサイズの老人は白髪と白い髭と眉毛と白い鼻毛が全て一緒くたになり全部が混じって下に向かってなが~くはえていてなんとなくそこあたりが顔だとわかります。そし数えられないほどの数の木の葉っぱで作った服を着ていて、そこから枝みたいな細い手と足が二本づつ生えています。
松ぼっくりの頭に白い毛を載せて、四本小さな枝を差し込んだ感じです。
いや五本でしょうか?細い爪楊枝みたいなぁ杖を持っています。
「誰ですか?」
お人好しのキツネが至極真っ当な質問をしました。
「わしは、天界から落っこちてしもうた、仙人じゃが」
「専任」
「千人」
「選任」
「先任」
みんな表意文字文化の最大の難点、超多数の同音異義語を思う浮かべましたが、ちょっと変わった驚きの感情の表現をしてみただけで、だいたいわかっています。こういうのは動物たちは得意です。
「このドングリ池に来れば、願いが叶うと聞いて、立ち寄って願い事をしておったところじゃが」
みんなヘビのように無表情でお目々をパチパチして聞いています。ヘビに変化は一切ありません。
「♪、センニン、センニン、ウン、センンニン、♪」
コマドリが仙人のテーマ・ソングをインプロヴァイズで作りました。大体、休符を入れて三回繰り返すと一小節になってどんな言葉でも曲になるようです。
この曲はヒットしそうです。でも曲ネタのギャグは芸人としてはは一発屋で終わりそうなので危険です、この事実は逆さ虹の森でも同じです。流れに乗りやすい動物たちは人以上にこの罠にハマりやすそうで危険です。
「何をお願いしていたんですか?」
こういうときお人好しのキツネは人当たりが柔らかく穏やかなのでむいています。みんな興味津々です。
「わしはのぅー、天界で虹をピカピカに磨いとったんじゃが、そしたらのぅ、、、、、うえーんうぇーん、うぇーん」
仙人は人目もはばからず泣き出してしまいました。酔っ払っていない大人や老人が泣くのは大事です。鳴いてばっかり子供っぽい動物たちもよく知っています。
もう逆さ虹の森の動物たちは更に訊かなくてもわかります。
逆さ虹はこの仙人が落としたのです。しかもこの森に。直撃です。
「天界王がえろう、怒ってのぅ、わしに虹を拾ってこいというたのはええんじゃが、毎日毎日少しづつ、体を小さくする罰を与えて、こげぇーな、こんまい体にしてしもうたんじゃが」
「でも僕と同じ大きさだよ」
とリスが言います。大きさがまちまちの動物たちはうんうんと頷きあいます。
「わしも、ちょいちょいと虹のところまで言って上げりゃぁええんじゃがのう、こんなこんまい体ではあの橋が、あの橋が渡れんのじゃが」
橋のことは逆さ虹が落ちる前からも、動物たちはよく知っていてあまり渡ろうとしません。逆さ虹の森の真ん中を流れる川にかかる、今にも落ちてしまいそうな通称、オンボロ橋です。
「あそこはやばいね」
「そうだねー」
「うんうん」
「そうだねー」
動物たちが互いに顔お見合わせて言いあいます。
「何を言ってんだ、お前らあんな橋何でもねえや」
暴れん坊のアライグマのファイティング・ポーズは決まっています。しかし橋をわたるのにどうしてファイティング・ポーズが必要なのか誰にもわかりません。暴れん坊は少し雑すぎて何事に置いても少し信用性と信頼性にかけます。
「それと、虹が明日までに天界に戻らんと天界王が怒ってこの世界を永遠に"夜"にしてしまうのじゃ。それを<冥府の夜>と呼ぶ。どんどん最近昼より夜が長くなっておるじゃろ」
動物たちは<冥府の夜>とか、難しいことはわかりませんが、大変なことはわかりました。それに動物たちがこの森を捨てて数が減っていることは誰よりも知っています。
「誰にも失敗の一個や二個はあるだろ、こんなきつい罰を与えやがって小さいってのは戦うのにめっちゃ不利なんだ、おれが天界王、共々《ともども》ぶっ倒してやる」
暴れん坊のアライグマは多少目的をはき違えています。
「で、仙人さん、橋を渡れたとして落ちた逆さ虹の場所はわかっているの?」
「もちろんじゃ」
仙人の長く白く完全に目を覆った眉毛が八の字から逆さ八に変わります。
「このわしが落としたんじゃから」
「・・・・・・・・」
「────────」
本当に大丈夫でしょうか?。動物たちはお互いの顔を見合っています。
怖がりのクマが言いました。怖がりさんはかなり心配性で相当なネガティヴです。
「これから、ずっと夜になるのは困るね」
「そうだねー」
「そうだね」
「ずっと夜のままでもいいが、わしは、このままでは小さくなって消えてしまう」
仙人が言いました。
「ずーっと夜の方が困るよ」
「そうだよ」
早くも動物チームと仙人と仲違いです。こういうときはお人好しのキツネの出番です。
「まぁまぁ、とりあえず言ってみない」
折衷案や妥協案はどこの世界でも最強です。しかし良い結果を生んだという例は古今東西殆どありません。
動物たちと仙人は逆さ虹の落ちた場所まで行くことになりました。
「♪ジャスッ、ウン、GO、ウン、GO、ウン GO ウン GO♪」
歌上手のコマドリがライブのような裏ビートで一行を励まします。