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お葬式

 窓に頭をあてて、ぼんやりと外を眺める。みるみると景色は流れて、灰色のビルや色のうるさい看板はなくなり、あっという間に山と畑と、それから今にも崩れそうな家がたまに見えるくらい。いかにもな田舎の風景を、二時間に一本の電車は車両を揺らしながらひた走った。

 窓辺にお茶のペットボトル、スクールバッグには1泊分の荷物を無理やり詰め込んで、制服を着て、


向かうは神さまのお葬式。


 学生でよかった、と日菜多は厚いスカート生地を引っ張った。暑くて重苦しいセーラー服を夏の休日に着るなんて、普段なら真っ平だ。けれどお葬式に参列するのに服装の準備に悩まなくていいのは学生の特権らしく、この時ばかりは有難い。


ーー次は××山。次は××山。


 車掌のアナウンスを聞き流しながら、日菜多は目を閉じた。雲が流れて、車窓からの日差しが眩しくなる。夏の日差しは目を閉じても、刺すように明るい。


 かつてのゆきなつ神社も、見るものが白く焼けるような夏だった。




 小学5年生の頃、日菜多はゆきなつ神社に預けられた。夏休みが終わる、最後の7日間。

「自然に囲まれて、休んでおいで」

そういわれ、神社に住む親戚の元へと手を引かれ、母と別れた。


 親戚がすむ神社には、家長である神主のおじさんと、世話を焼いてくれたおばさん、親戚のミノルおじさん、それからおばさんの一人息子の裕翔がいた。確か彼は歳下だったと思う。食事の席を思い起こすと、もっとたくさんの大人がいたから、他にも親戚がいたのかもしれないし、神社で働く人やお手伝いさんが住んでいたのかもしれない。ただ、記憶に残るのは、その4人だけだった。


「神社の、門の真ん中は歩いちゃダメなんでしょう?」

 

 母と別れて、最初に対面したのは、滞在の間、身の回りの世話をしてくれるおばさんだった。彼女にそう聞くと、「鳥居のことだね。よく知ってるねぇ」と笑われたので、日菜多はこっそり安堵した。


 私だって何も知らない子どもじゃないんだから。


 手を引かれ、敷地内の案内をされる。

 会ったばかりのろくに知らないおばさんだが、彼女についていくしか日菜多に選択肢はない。もしここで彼女とはぐれようものなら、日菜多はきっとこの広い神社の敷地とそれを囲む森で遭難してしまうのだ。


 絶対にはぐれまいと、がっしりしたおばさんの腰を追いかける。しかし、それでも目新しい森の葉ずれの音についつい視線は飛び回った。


 葉っぱの音が、風によるものか、鳥によるものなのか、それとも動物? ざわざわとなる自然の音は大きくて、日菜多を覆うように追いかけてくる。足元からは砂利を擦る音が響いていて、知らない音ばかりだ。

 普段聞き慣れた自動車の音や人の騒めきは一切ない。


(知らない音でいっぱいなのに、静かだ)


 日菜多はそんなことを考えながら、棒のように細い足を懸命に動かした。

 高い太陽はじりじりと首を焼く。玉の汗が額から吹き出すのを感じながら、懸命に後をついて行った。けれど、


「迷った……?」

 

 ぽつんと呟いた日菜多に返答はなかった。

 足元の砂利は、今まで歩いていた道のものと同じだから、きっと敷地内からは外れてはいないのだろう。だがおばさんの姿は見えず、案内された境内も手水舎も、家屋の玄関も見当たらない。


 森の入り口とでも言うように、眼前には木々が広がり、朽ちかけた小さな小屋とも呼べない柱があるだけ。相変わらず日差しは強く、木々の隙間から攻撃的な白い光が差していて、目が痛い。耳鳴りのように葉ずれと蝉の音がわんわんと頭に響く。


「どうしよう……どこに」


 咄嗟に「おかあさん」と口が動いたが、声にはならなかった。

 母はもう、日菜多をおいて車で街に帰ったのだ。泣きそうになるのを俯いて誤魔化す。せめて日差しを避けようと一歩だけ森に入ったが、むわりと土の匂いが強まったばかりで、ちっとも心安らぐことはなかった。

 

 駄目だ、溢れてしまう。視界が滲む。こらえきれずうっと小さく呻くと、それに応えるように、森の奥から大人の声が響いた。


「どこの子どもだ? ……泣いてる?」

「泣いてない!」


 とっさに目元を拭って顔を上げる。


 眼前に、日菜多よりずっと歳上の男が立っていた。ちらちらと踊る木漏れ日が、彼の目元を踊っている。

 強い癖のある黒髪が踊っていて、ひょろりと背が高い。涼しげな薄い浴衣に、山歩きも出来そうなどっしりした靴で足を固めている。


(知らないおじさん……変な格好)


すっかり涙は引っ込んでしまった。


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