桔梗
あれはいつの事だっただろうか。
蝉が騒がしかった記憶があるから夏だろうか。
いやでもあの時の彼女の姿は夏とは思えないような涼しさを表していた気がする。
ということは冬であろうか。
いや、やはりあれは夏だった。
あの日はとても暑く忙しくなく蝉でさえもバテてしまうようなそんな日で、そんな太陽の下で彼女はただ一人涼しそうな顔で空を見上げていたのだ。
「そこで何をしているの?」
僕が尋ねる。彼女はひと目もこちらに向けることなくはじめからここに僕がいたことを知っていたかのように答える。
「空を見ているの」
「暑くないの?」
彼女は日焼けなど知らないような白い肌をスラリと持ち上げると流れる雲から目を離すことなく僕とは反対側の方へ指をさした。
僕は額から流れ落ちる汗を拭いながら彼女の指差す方を見る。そこには名前のわからない花が一輪咲いていた。僕が不思議そうに彼女を再び見ると、彼女はまだ雲を見ていた。
「綺麗でしょう?私は今彼女と勝負をしているの。私達どちらももう少しで流れていく、だからどっちのほうが先に流れるか勝負しているのよ」
彼女は僕の質問には答えてくれないようだった。もしくは答えているけれど僕にはわからないだけか。
僕は二人に倣って空を見上げた。
夏独特の立体的な雲がゆっくりと、しかし確実に流れていく。蝉の声が遠のいていくのがわかる。
僕はてっきり雲を見れば涼しくなるのかと思ったのだが逆に太陽に刺されるようで慌てて目を伏せた。止めどなく流れる汗をもう一度拭う。
再び蝉の声が戻ってくる。
そうだ今は夏なのだ。
最後に彼女にもうひとつ聞きたいことがあった。
「永遠の愛、よ」
やはり彼女は僕の質問には答えてくれないようだった。