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小説

砂浜で恋をした

作者: 重原水鳥

・書きかけて放置してたのを多少編集してあげたものになります。婚約者のほうのざまぁまで入れられませんでした。

・指摘していただいた誤字を修正しました。

・海人を「うみびと」と読むのは仕様です。

 ―――今目の前でおきていることは、現実なのだろうか。


 本日の主役である侯爵令嬢のレオポルディーネ・アミキティア――――通称レオーネは大きな目で瞬きをした。

 母譲りの、金の髪が、水に揺れている。僅かに視線をそらすと、その視線の先で、両親と弟たちが酷く嬉しそうにこちらを見ていた。


 レオーネは、バル半島を領土とする、ドレミーファ王国の出身だ。ドレミーファ王国は、国の三方を海に囲まれている。となると、必然的に、他国から攻められ易い場所は、唯一陸続きになっている東側になるだろう。だが、ドレミーファ王国の陸軍は、大陸でも最強の一つと数えられるほど、強かった。かつて長らく争っていた隣国も、「地上戦でドレミーファを破ることは不可能だ」、と言葉を残したほどに。


 と、なると。残る攻め口は、一つしかない。海だ。


 ドレミーファの海は、三方に広がっている。とてもではないが、簡単に護りきれるものではない。

 勿論、ドレミーファはその土地柄、海とも関係が深い。故に、内陸部ではなく、沿岸部の人間は、船の扱いなども心得てはいる。といっても、やはり陸軍も、海軍も、という風に強くするのは難しい。よって、ドレミーファは陸軍に比べて海軍はそう強くないというのが正直なところだ。

 となれば当然、敵国は海を狙ってくるだろう。しかし、それが分かっていても、ドレミーファは海軍に資金を回すわけにはいかない。そうして陸軍が弱れば、陸続きで攻められてしまう。


 こんなとき、どうするか。勿論、厳しいものの、海軍も強くするという方法もあるだろう。だがそれには負担が大きすぎる。よって、ドレミーファが取った行動は「同盟」だった。


 ドレミーファの南西の海の底には、海人(うみびと)と呼ばれる種族が国を作って暮らしていた。

 海人は地上の人間と同じ姿をしているが、海中で呼吸ができ、また、軽々と数キロの海を泳ぐことが出来る種族だ。歌が上手いことでも有名だが、彼らの喉は陸上では音を奏でることが出来ないため、殆どの人間が、彼らの歌、そして声を聞いたことがない。


 そんな海人の国と、ドレミーファは同盟を結んだ。ドレミーファが、地上との架け橋役になる代わりに、海からドレミーファが攻められた際、敵を倒してくれるように。

 一見、圧倒的にドレミーファに有利な同盟のようだが、海人の感覚は地上の人間とは異なる。また、彼らからすれば、一つ大きな波を起こして船を転覆させ、落ちてきた人間を元の場所に戻してくるだけで様々な商品の取引が出来るのだから、海人側にとってはそう不利な同盟でもなかった。


 その同盟が結ばれてから、大分時は経っている。戦争が少し減り、隣国との関係が安定した現在でも、ドレミーファと海人の国の関係は続いていた。両国は時折、王族を相手の王族に嫁がせたりして、現在でも友好な関係を築いている。


 そんな海人の国の王族貴族は、ドレミーファの貴族の子女の間でも人気が高かった。あちらに嫁いでみたい、という言葉を、レオーネは何度も耳にしたことがある。レオーネ自身は嫁いでみたい、とは思うわけにはいかなかった。なにせレオーネには当時、婚約者がいたのだ。だからまあ、訪れてみたいなぁぐらいは考えていた。

 そう、思っていたぐらいだったというのに………。


「レオ」


 (うた)うような声がする。軽やかな、まるで音楽のような音だ。それが自分の名前だと、頭では理解していても、反応はどうしても遅くなってしまう。

 顔を上げると、海色の瞳とかち合った。今レオーネがいる場所も、海の中だというのに、彼の瞳はそれよりも美しい。

 見た目とは違う、どこか幼げな、子供が喜ぶような、純粋な笑顔を浮かべた彼、―――海人の国・アクアリアの第四王子、トゥーレ・マーレは、愛おしそうにレオーネを見つめていた。

 男っぽくて、あまり好きではない愛称なのに、不思議とトゥーレに使われると、嫌な気持ちにならない。


 ―――レオーネは、今日、トゥーレと結婚する。



 *



 そもそも、ただトゥーレと結婚するだけなら、レオーネとてこれほど不思議な感覚―――困惑、動揺などの感覚―――に支配はされないだろう。



 今からおよそ半年前、レオーネは人生で最も暗く重い時間を過ごしていた。今でも、思い出したくもない。


 半年前、レオーネは婚約者だった、ドレミーファ王国第二王子のマンゴルトに理不尽な理由で一方的に、婚約破棄をされた。


 マンゴルトは、ドレミーファ国王が側妃に生ませた子供だ。よくある話で、当代の国王と正妃の仲はあまりよくなかった。正妃が第一王子のエドワルドを生む前から、国王は数人の側妃を囲っていた。正妃や、彼女の出身家である公爵家などは、側妃が先に男児を生むのではないかと気が気ではなかっただろう。そしてなんとか正妃が目出度くも第一王子を産み落とし、国の重鎮たちも安堵した。間違いなく、彼が最初の男児だったからだ(ちなみに、側妃が生んだ女児なら既にいた)。

 が。

 その安堵は、なんと三ヶ月も続かなかった。


 なんと、エドワルドが生まれてたった三ヵ月後、側妃が二人目の男児を―――マンゴルトを生んだのだ。


 しかも、生まれたばかりの長子(エドワルド)を放り、国王はマンゴルトを溺愛し始めた。

 そこから先は、よくあるように、国の重鎮、貴族たちは三つの派閥に分かれて争う日々が始まった。


 第一王子エドワルドを王太子にしようとする一派。


 第二王子マンゴルトを王太子にしようとする一派。


 そのどちらでもなく、漁夫の利を狙っている一派。


 レオーネの実家であるアミキティアは、マンゴルト派(正確には、王の意を汲む派)だった。

 マンゴルトは、国王に溺愛されている、という以外では、王太子になることが出来る人間ではなかった。いや、いい人だな、とレオーネも思っていた。だが、考えてみてほしい。王は、「いい人」というだけでなれるものだろうか。なっても問題がないものだろうか。そうではない。ただの「いい人」は、平民であれば「いい人」だろうが―――、王の場合は「愚王」になる場合がある。

 マンゴルトは悪い人ではなかっただろう。だが、王になるのならば、彼の治世をずっと支える宰相がいるだろう。―――と、あの事件までは、レオーネは思っていた。

 あの事件のことはさておき、国王には、マンゴルトの後ろ盾となる存在が必要だった。そして目をつけたのが、爵位としても上から二番目である侯爵であり、国王の忠実な部下であった、レオーネの父、アミキティア侯爵、そしてその娘であるレオーネだった。

 都合の良いことに、レオーネはマンゴルトより一つ年下。あまりに年の差が大きいと双方(国王にとっては、王子が)馴染めない可能性もあるが、そういった問題はなさそうだった。

 よって、レオーネはマンゴルトの婚約者となり、マンゴルトの後ろ盾としてアミキティア家がつくことになった。


 少し話は変わって。この国には、学院がある。

 十二歳から十九歳までの、貴族、平民問わず全ての子供が入学する事が出来る。………といっても、教室や授業は別のものだ。食堂などは共同だが。

 そんな学院に、レオーネは当然通っていた。レオーネは十七歳、マンゴルト(と、エドワルド)は十八歳だ。学院には十二歳から通えるようになるが、レオーネの年齢で残っている女子はほぼいなかった。何故か。理由は簡単だ。誰も彼もが、卒業する前に、婚約者や結婚が決まって辞めていくのだ。よって、現在いるレオーネと同期の女子生徒(貴族)は、レオーネを除いて五人しかいない。対して同期の男子生徒(貴族)が二十人いることを考えれば、少ないことが分かる。

 男子生徒にとっては様々な知識を見につけるための学院だが、女子生徒にとっては意味が少し違う。基本的には、花嫁修業と婿探しが基本的な目的だ。

 レオーネには、親友ともいえる少女がいた。リガー子爵家の娘、マリーだ。

 マリーは去年まで、つまり十六歳までの四年間、レオーネと共に学院で学んだが、結婚することになり、辞めていった。この国での成人は、男性十八、女性十五だ。基本的に、女性は十五歳のとき、嫁いでいく。よって、そもそも十五より上の年齢になって学院に残っているのは、婚約者が元々いる者ぐらいだ。レオーネにはマンゴルトがいたし、マリーには次期辺境伯爵の婚約者がいた。本当は、マリーも十八まで学院で学ぶはずだったのだが、急遽、前辺境伯爵が亡くなり、婚約者だった次期辺境伯爵が跡を継ぐことになった。よって、妻がいないと色々と問題があることもあるため、マリーは予定を繰り上げて嫁にいった。


 話がずれたが、そんな感じで親友もいなくなり、残った女子生徒は、皆、高い位の婚約者持ちか、大商人に嫁ぐ予定の娘などだけだ。レオーネは、前者だった。女子生徒が減ってきているといっても、それなりにレオーネは穏便に暮らしていた。


 そう、あの婚約破棄(じけん)までは。


「レオポルディーネ・アミキティア! 貴様との婚約は、今ここで白紙とする!」


 マンゴルトの卒業が近くなってきた、ある日。貴族子息子女の通う校舎では、月に一回、恒例のパーティが行われていた。

 通常、婚約者がいるのならその人物にエスコートされるものなのだが、その日マンゴルトは朝から姿が見えず、仕方がないのでレオーネは年下のほうの弟にエスコートを頼んでいた。レオーネには弟が二人おり、年上のほうの弟には既に婚約者がいたので遠慮した結果だ。

 パーティが始まり、やっとマンゴルトが見つかった。それに安堵して、レオーネが彼に駆け寄ろうとしたときの事だった。


 マンゴルトの一言で、パーティ会場の空気は凍った。


「ま、マンゴルト様?」


 レオーネが口に出せたのは、その一言だけだった。その後、記憶にある限り、ちゃんとした言葉を言えた覚えはない。

 マンゴルトとレオーネの仲は、とても悪いわけではなかった。むしろ、良い部類だったのではないだろうか。マンゴルトは少々短気だったが、明るく気さくで友も多く、学院での中心だった。

 レオーネが空気を読んでいたということもあるが、それでも記憶にある限り、マンゴルトに邪険に扱われたことはない。


 けれどその時、マンゴルトの瞳に明らかな侮蔑の感情があった。


「どういう意味ですか!」


 二の句も告げないレオーネを支えるように、下の弟が声を張り上げた。


「お姉様とマンゴルト様の婚約は、陛下とお父様との間で交わされた婚約のはずだ! それがこんな簡単に覆るはずがない! 何かの間違いです!」

「父上は関係ない。これは俺の判断だ」

「はぁ!?」

「その女は、将来国王となる俺の后としてふさわしくない! よって、婚約は破棄する」

「お姉様のどこが、ふさわしくないというんだ!」


 レオーネは、ぼーっとその言葉を聞いていた。

 何がおきているのか、さっぱり分からなかった。


「その女はマリアに執拗に嫌がらせをし続けた!」


 静まり返っていたパーティ会場に、点火されたように囁き声が広まった。

 マリアって誰? 嫌がらせ? アミキティア令嬢はそんなことしたのか? いやそもそもマリア誰だよ。


「貴様のような、卑しい心を持った女が将来国母になるなんて、寒気がする。人の心を踏みにじるようなものなど、願い下げだ!」


 レオーネには、何がどうなってこうなったのか、さっぱり分からなかった。けれど、マンゴルトからの視線がどんどん冷たくなっていくのに耐え切れず、膝から力が抜けるのを感じた。けれどレオーネは床に倒れることはなかった。そっと身体を支えられ、視線を上に上げるともう一人の弟が彼女の身体を支えていた。それを見ながら、レオーネは自分の意識が遠のいていったのを、覚えている。

 ただ、マンゴルトと弟、そしてエドワルドが言い合うような声が、聞こえたような気がした。




 目が覚めたら、レオーネは学院の保健室のベッドの上だった。ベッド脇には弟たちと、上の弟の婚約者である令嬢。教師、そしてなんとエドワルドがいた。


「お姉様! 良かったぁあああ!」


 下の弟がレオーネの右手を痛いぐらいに握ってきた。

 あまりの反応に、何日も眠りこけてしまっていたのかと思ったが、三時間ほど眠っていただけらしい。

 ベッドに寝たまま、レオーネが聞いたことの顛末はこうであった。


 マンゴルトは、国王になんの相談もせず、婚約を破棄すると騒ぎ出したこと。

 マリアというのは、平民の少女で、ここ最近マンゴルトと親しい仲らしかったこと。

 パーティ会場でマンゴルトは、レオーネが気を失った後、「レオーネの悪事」とやらを次々とあげていったこと。だが、それに対して弟たちや、レオーネの友人、知人、教師などが否定していったこと。

 具体的な悪事が全て論破されていった後、マンゴルトは「とにかく婚約破棄だ!」といい、耳にするのも嫌な言葉の数々でレオーネを罵倒していたこと。

 その段階が来た辺りで、王宮から騎士が集まり、マンゴルトを連れて行ったこと。

 気を失ったレオーネは弟たちとエドワルドの手によって、ともかく保健室のベッドまでつれてこられたこと。幸運にもレオーネが目覚めたから良かったが、目覚めなかったら王宮付きの医院まで連れて行こうか、と話し合っていたこと。

 ……レオーネとマンゴルトの婚約は、おそらく破棄されるだろうということ。マンゴルトがあそこまで騒ぎ立てては、事態の収束を図ることは難しいし、おそらく無理矢理婚約を続けたところで、マンゴルトが暴れて仕方がないだろう。少なくともレオーネが幸せになれるとは思えない。そんな男の下に、いくら王の命とは言え娘はやれない。父がそう、言ったらしい。「とんでもない形相でしたよ。あんな父上は初めてみましたね」とは上の弟の言葉だ。


「父上が、すぐに頷いてくださるかは分からない。知っての通り父上はマンゴルトを溺愛していらっしゃるからな。だが、いくら父上であろうとも、今回のことがあっては貴女とマンゴルトの婚約を続行するとは言いづらいだろう」


 エドワルドがそう言った。


 それからの日常は、レオーネにとっては辛いものだった。

 学院には通えなくなった。勿論、レオーネが悪事を働いたというマンゴルトの発言は兄弟によって否定され、それが表向きは事実になった。それでも火の無いところに煙はたたないというのだから、何かしらしていたのではないか。そう思うものもいた。実際に、男をとっかえひっかえしていたなどとマンゴルトが発言したせいで、貴族ではない男子生徒が迫ってきたこともある。……あの事件以降、レオーネの周りにエドワルドが気を使ってくれていたおかげで事なきを得たが。

 元々親しい友人は殆どいなくなっていた学院に、レオーネはこれ以上いられなかった。


 マンゴルトのほうはというと、あの事件以降学院には通ってきていなかった。噂では王宮で謹慎処分を受けているらしいが、真実かどうかは定かではない。


 ひと月ほど経った頃だろうか。王宮から正式な呼び出しがレオーネと父アミキティア卿に届いた。

 父と二人で赴いた王宮で、レオーネは国王陛下、そして正妻の王妃と面会することになった。

 面会の中で、国王は「再度マンゴルトと婚約してほしい。そしてマリアのことは側室として迎えいれることを許してほしい」と、要約すればそういう内容のことをおよそ三十分に渡って話していた。

 それをレオーネはぼんやりを聞いていたが、横の父から漂う怒りのオーラに気付いてからはビクビクしていた。父はそう簡単に怒らない。その代わり、切れた時が恐ろしいという、典型的な人だった。


「恐れ多くも国王陛下」


 その時は、国王も頬を引きつらせてこちらを見ていた。


レオーネ(むすめ)は、あの事件の後、まともに食事も出来なくなり、これほどやせ細っています。この様子をみて、あなた様はレオーネにもう一度婚約しろ(くるしめ)、とおっしゃるのですか?」


 いや、その……と、王が狼狽えたのにあわせるように、王妃が口を開いた。


「全くですわ、陛下。レオーネの様子を御覧なさい。以前王宮に赴いたときよりも、どれほどやせてしまっているか。それにあれから学院でおきたこと、貴方は知らないわけではございませんでしょう? それで尚、彼女にマンゴルトの婚約者をやらせるのは酷ではなくて?」


 いや、その……。

 アミキティア卿と王妃の冷たい視線が国王に突き刺さった。


 結局。レオーネとマンゴルトはおよそ婚約破棄事件からひと月経ち、やっと正式に婚約破棄を交わしたのだ。

 と、問題はまだそこでは終わらない。


 レオーネの次の問題は、王子に婚約破棄される(じぶんの)ような女と結婚してくれる男性がいるのか、ということだった。これは難しい問題だった。どんな理由があるにせよ、レオーネは王子から婚約破棄されたのだ。しかもその問題の是非について、国王は息子可愛さに開示しなかった。つまり、人々は勝手に理由を邪推することができるのだ。噂に尾ひれがついて、当初よりも極悪非道な人間として、レオーネの名は響き渡っていた。

 遠く辺境伯の領地から、わざわざマリーが手紙をよこしてくれたが、それにまともに返す元気もなくなっていた。

 王都にいては、嫌でも人々の視線にさらされ、悪意ある言葉を聞いてしまう。故に、両親と兄弟はレオーネに療養を勧めた。

 そして訪れたのが、アミキティア家の領地でもある、とある海際の街の屋敷だった。


 レオーネは使用人以外とは殆ど顔を合わせないような場所でのんびりとした日々を過ごしていた。流石にこれほど王都から離れると、王子の婚約破棄騒動は伝わっていないようで、街の人々は邪推するような目を向けてくることも無かった。それはレオーネにとって、とても幸せなことだった。


 そこでの生活が慣れてきたレオーネは、ある日浜辺で倒れている青年を見つけた。―――これが、トゥーレである。その時のレオーネはトゥーレが海人であると気付いておらず、慌てて彼を助け、人を呼び、介抱した。

 目覚めたトゥーレは、声を発さなかった。レオーネは何かしら、自分のようなショックを受けて声が出せなくなったのだと勘違いをし、彼を必死に介護した。勿論、具体的な介護は使用人がしたが、毎日彼を訪れ、話し相手(一方的にレオーネが喋っているだけだが)になった。

 実の所、海際に長らくすんでいる使用人たちは、彼が海人であろうことは感づいていたらしい。だが当の本人(トゥーレ)が、明らかに勘違いされていると分かっているはずなのに放置しているのを見て、あえて言わなかったんだとか。

 勿論、二人っきりになったりしないよう、気付かれないように監視はしていたようだが。


 二週間。トゥーレは屋敷で生活した。その間に、明らかにレオーネはトゥーレに好意を持っていたし、トゥーレもレオーネに好意を持っていた。使用人たちは勿論トゥーレのことを王都の本家のほうに連絡してはいたが、そろそろどうするかを伺いたてるべきか、と思っていだした頃、トゥーレがレオーネに別れを切り出した。


【帰らなくてはいけない】


 そう書かれた紙を差し出され、レオーネは「まあ、そうなの。気をつけてね」と笑顔で見送った。屋敷から出て行く彼を見送り、そして部屋で泣いた。

 ポロポロと涙をこぼす彼女を、使用人たちはそっとしてあげた。レオーネにとってそれは、おそらく初恋だったのだ。


 それから数日後。突如、王都から父が訪れた。父は王都からつれてきた使用人たちに、瞬く間に何かの準備をさせた。使用人の中には王都でレオーネの服装全般を請け負っていた者達もおり、彼ら彼女らによってレオーネはドレスに着替えさせれていた。

 何が起きるのか。

 困惑していたレオーネは、父に命じられるまま、応接間のイスに腰を下ろしていた。

 だがそれ以上の驚きが彼女を襲った。


【会いたかった】


 そう書かれた紙を持って、なんとトゥーレが現れたからだ。


「トゥーレ!?」

【ちょっとぶり、レオ】


 再会を喜ぶ二人は、アミキティア卿のこほん、という咳払いでそれぞれ席についた。

 ふと、父にトゥーレを紹介しなくては、と思ったレオーネが口を開こうとするが、その先手を打ってトゥーレと共に部屋に入ってきた男が口を開いた。


「本日はお時間を頂きありがとうございます。こちらが我ら海人(うみびと)の王、ネプチューン王からの書状になります」

「拝見します。……確かに本物なようだ」


 レオーネは、男から父に渡された書状より、海人(うみびと)という単語に驚いていた。

 声が出ないのは、喉を怪我したか、生来の生まれつきなのか、それか何かしらのショックな出来事によるものか。そうだと思い込んで、信じていたのだ。勝手に勘違いしていたのは自分だと気付き、頬を染める。

 レオーネは手に持っていた扇で顔を隠しながら羞恥に襲われていた。


「しかし……本気ですか。ドレミーファ(こちら)でのことは、アクアリア(そちら)もご存知でしょう」

【本気です】「本気ですよ。我らが王子(トゥーレ)様は」


 紙に本気、と書くトゥーレがそれを見せるのに被せ、男が言う。

 アミキティア卿は息を吐き、それからトゥーレを見た。トゥーレはしっかりとアミキティア卿の目を見返している。


「……よいでしょう。許可します」

「………? 何がですか、お父様」


 羞恥心に襲われそれどころでなかったレオーネは、その時になって、やっと顔を上げた。

 王都から連れ出す前は、いつもぼーっとして白い顔で、頬もやつれていた。そんな娘が、―――少々貴族としてはよろしくないが、―――かつてのように笑っている。それだけで、父親としては許可を出すに十分だった。

 全く会話に追いつけていないレオーネに、トゥーレが近づき、ひざまずいた。彼はそっとレオーネの左手を握って、事前に書いておいたのだろう、一枚の紙を見せた。


【レオポルディーネ・アミキティア殿。どうか、私、トゥーレ・マーレと結婚してくださいませんか】


 あまりの衝撃に、レオーネは声を出すことも忘れて紙を凝視した。

 マーレ。それは海人(うみびと)の国、アクアリアの王族がもつ名前だ。この時になり、レオーネはやっとトゥーレが隣国の王子だと気付いたのだ。


 混乱していたものの、辛うじてレオーネは「はい」と返事をした。その間、何度も父とトゥーレの間を視線が行き来してはいたが。父が何度も頷くので、これはイエスと答えてよい……いやむしろ、答えなければいけないものだと悟った。


 そこからは、前の婚約破棄(じけん)のときのように、時間が目まぐるしく過ぎ去った。だが今回は、ずっとずっといい意味で、だ。


 結婚。

 婚約をすっとばしてそれであったことにレオーネが気付いたのは、一旦帰ったトゥーレがもう一度現れ、結婚式の日取りを父と話し始めたときだ。淑女としての教育が、辛うじてレオーネに「え」という。情けない声を出させなかった。

 気付けば王都から母や多くの人々がやってきて、結婚式で必要なものなどの準備が始まった。



 *



 そして結婚式当日。


 レオーネは、アクアリア側が用意した服やアクセサリーの中から、母と侍女たちが選びこんだウェディングドレスを身に纏い、父の手を引かれてバージンロードを歩いた。

 そっとレオーネの耳に、トゥーレが耳飾りをつけた。

 アクアリアはドレミーファとは違い、指輪を交換する習慣がない。その代わりに、彼らは真珠や珊瑚、海宝石と呼ばれるアクアリア原産の石などを加工して作る耳飾りを交換し、互いの左耳につけるという風習があるのだ。何故左耳かと言うと、アクアリアでは生まれたときに親から耳飾りを貰う風習があり、それは右耳につけるのだ。そのため、右耳しか耳飾りをしていなければ独身で、両耳に耳飾りをつけていれば既婚者だと分かる。

 レオーネはたどたどしく、トゥーレの左耳に耳飾りをつけた。

 つけ終わると、またトゥーレと視線が合わさる。


「新たな門出を迎える二人に、祝福の拍手を―――!」


 狭い陸の上ではなく、広い海の中で、そっと二人は誓いの口付けを交わした。

◆レオポルディーネ・アミキティア Leopoldine Amicitia

通称レオーネ。レオとも呼ばれるが、男の子みたいであんまり好きではない。

ドレミーファ王国・アミキティア侯爵家の長女。マンゴルトの婚約者だったが、彼の独断による婚約破棄される。

母親譲りの金髪。


◆トゥーレ・マーレ Thure Mare

海人の国・アクアリアの第四王子。海色の瞳を持ったイケメン。



◆マンゴルト・レークス Mangold Rex

ドレミーファ王国・第二王子。後ろ盾である侯爵家を失った彼の今後の行く末は……言うまでも無い。

レークスは王の意。


◆エドワルド・レークス Edwald Rex

ドレミーファ王国・第一王子。マンゴルトの兄。

レオーネとは別に仲がよいわけでも悪いわけでもなかった。互いに殆ど関わりがなかった。

マンゴルトがあまりに馬鹿で驚いている。そこまで王位に興味も無かったが、愚弟に任せるわけにはいかないと考え直した。

別の国(しょっちゅう争っていた隣国とは別の国)のお姫様の婚約者がいる。


◆ドレミーファ国王

マンゴルト、エドワルドの父親。正妃より側室を溺愛していた。なのでマンゴルトをとても可愛がっていた。そのせいで今回のことがだいぶショック。

王様としては、賢王ではないがそれなりに良い王。父親としては……お察しください。


◆正妃

エドワルドの母親。政略結婚で嫁いできた隣国(しょっちゅう争ってたところ)の姫。

政略結婚なので愛がそうはぐくまれないのは百も承知だが、それなりに国王のことを尊敬してはいる。ただし跡目に関する考え方は真っ向から対立している。子供はエドワルドしかいないので厳しくも愛情を持って育てた。



◆マリア Maria

平民。マンゴルトにほのかな恋心を抱いており、いくつか嘘をついた。マンゴルトが味方をしてくれるので嘘のレベルがエスカレートしたが、本人的にはレオーネを追い落として王妃の座に収まろうなんて思ってなかった。



◆アミキティア卿

レオーネの父親。国王の意思を尊重する派の代表選手だったが、マンゴルトの一件から、跡継ぎ問題に関しては中立へと変わる。国王はショックを受けた。国王の自業自得である。


◆上の弟・下の弟

レオーネの弟たち。よくできたいい子。兄弟仲は良い。


◆母

金髪の女性。政略結婚ではあるがアミキティア卿とは仲睦まじい。



◆アミキティア侯爵家

 かつてある王族と、強い『友情』を結んだことにより、爵位を与えられた一族。

 海辺に領地を持つ。

 基本的には国王側だが、国王を諌める役を担うこともある。

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― 新着の感想 ―
[一言] まさかの「うみんちゅ」を「うみびと」と翻訳するとは(笑) 因みに私は島人(しまんちゅ)です☆
2017/12/20 01:40 退会済み
管理
[一言] 行為を持っていた(意味深)
[気になる点] 序盤のドレミ―ファラッシュ レオーネ、最初と最後水の中に居るけど溺れないの? [一言] 2/3ぐらい トゥーレは屋敷で生活した。その間に、明らかにレオーネはトゥーレに「行為」を持っ…
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