少女とムサシ
潮風が鼻に軽く香るこの町が嫌いだ。
どこを歩いてもずっとこの匂いが着きまわるから。
産まれてすぐにこの町に引越し、早17年。
気がつけばもう高校生になる。
特に変わったことや事故なども起きるはずのない、いつもの日常。
周りには何もなく、あるとしたらコンビニぐらい。
この町は嫌いだ。
せっかくの若い体が遊びを求めてウズウズしている。
発散する場所も、そんなことするやる気すら潮風が全て持っていってる気さえしてきた。
はぁ・・・
”どうした?娘。いつも以上に元気がないではないか”
うるさい。
”これはこれは。邪険にされたものだ。まあいつもの調子のようなので安心したぞ”
どうしてこの子はいっつも私に対してこう、上から目線なのだろうか。
視線だけで言えば私のほうが上のはずなのに。
学校が終わり、いつものように帰宅する私。
かばんを部屋に投げ出し、服も着替える。もちろんスエットに。
今日は特に学校で変な事があったせいか、いつも以上に疲れている。もう寝てしまおうか・・・
ちょっとー、ムサシの散歩、いってきて頂戴ー
母からの声だ。二階に向かってしゃべってるせいか少し口調が荒い。
今絶賛へこみ中なのに、親と言うものは子の心をわかろうとしない。
こうしたローテーションが大人になると言うことだろうか。ああ、いやだ。だから田舎の大人は・・・
まだかしらー?早く行って来てー。夕飯できちゃうわよー!
はーい!!!わかったから叫ばないでー!
しぶしぶと階段を降り、いつもの準備をこなす。
携帯よし、財布よし、コンビニの袋よし、軍手よし、イヤホンよし。
いつもの場所においてるおかげで準備だけは早く済ませれる。
ほら、行くぞ
”まったく。待ちくたびれたぞ、娘よ。”
はいはい
リールを首に巻きつけ、私はこの町を歩く。
犬のムサシを連れて。
”ところで娘よ。なぜそんなに不機嫌なのだ?私に話せるのなら話すといい。なんと言っても私は人間で言えばもう60に近いのでな。様々なあどばいすをこなせると思うぞ”
なんで犬に相談しなきゃならんのだ
”そう照れるでない。私だって何の話もなく散歩というのも面白くないのだ。”
へいへい
私は、いたって普通の女だ。
身長で言えば160センチあるかないか、体重だってそこまで太っているわけじゃない。
髪の毛は父親が、どうしても、というのでセミロングまで伸ばしているただの女子高生だ。
顔だって、周りの同級生からすればただのモブ同然である。
そんな私が、今日、つまりは12/22日。終業式の日に告白されたのである。
しかも男子生徒から。
つまりは
愛の告白
である。
”はっはっは!!なんともまあ珍しい!”
笑うな
”いやいやいや!コレが笑わずにいられるか!傑作だ!”
うるさい
”しかしまあ、物好きもいたものよなぁ。家では常にぐーたらすえっと娘であるお前に愛を囁く者がいたとは。長生きはするものだ。して、返答はどうした?”
返事は・・・してない
”なんと往生際の悪い。気持ちが乗らなければ断る。載れば受け入れる。当たり前のことすら躊躇するとは、情けない・・・”
だからあんたに言いたくなかったのよ
”まあそう邪険にするな。しかし人間というものはまこと面倒な生き物よな。我々犬は告白すればすぐに子作りを開始すると言うものを。回りくどい”
それはあんただけじゃないの?
”馬鹿を言え!生物みな同じだ!”
ふーん
犬にココまでバカにされるのも悔しいけど、その実私も同じ感想である。
まさか他の女子にわき目も触れず私に告白とは。
「好きだ!君と話しているときに見せる君の笑顔が未だに忘れられないんだ!ぜひ彼女になって欲しい!」
「はぁ」
「返事はいつでもいい!これメールアドレスと電話番号!俺この一週間は暇だからいつでも連絡くれよな!」
「はぁ」
この調子である。
私が彼と話したことなぞ、それこそたわいもないものである。
テストの点がわるかったなぁ。とか
今日のメシなに食うの?とか
普段はどういったもの見てるの?とか
これでどこに惚れる要素があるのだろうか。
まあ私としても彼と話していて苦痛になるところはない。むしろ今考えると少し楽しかったような・・・?
いやいや、恋愛フィルターがかかってるだけだ。冷静になれ、自分。
”人間はちょっとしたことで惚れるものだ。”
唐突にどうした。ムサシ
”まあ聞け。コレは我が主殿が私に毎日のように聞かせてくれた話でな。”
お父さんが?
”このような話だ。
主殿がまだ若かった頃。そうさな、お前ぐらいの年齢だ。娘よ。ある女に一目ぼれだったそうだ。どう一目ぼれだったかというと、その女が男に話しかけてきたことから始まる。
「今日のテスト難しかったー。ねえ君はどうだった?」
この一言から彼女を見る景色が一変したという。まるでモブのようだった彼女の周りには花々が咲き乱れ、天使のような姿も見えたらしい。まあ私にも信じがたい話だが。
それ以降、彼女と会話することを意識し、年末に告白したという。
当時の彼女は驚いた様子だったが、なんと受け入れたという。
それが今の奥方だ。”
はぁ!?
”嘘ではない。主殿に確かめてみよ”
い、いや。まあ信じるけどさ。・・・お父さん、それもう分けわかんないよ・・・
”人間とはこういった生き物であるのだろう?”
それはごく一部!
”しかしながら今回の状況も同じようなものではないか”
うっ・・・
それを言われては困る。
確かに状況はまるで一緒だったが・・・
だが、決定的に違う部分がひとつある。
”なんだ?その部分とは”
私がこの町が嫌いで、彼はこの町が好きだというところ。
”・・・”
大きな問題である。
由々しき問題である。
私に告白してきた彼はこの海沿いの潮風が当たり一面に広がっているこの町が好きで、この町で永久に暮らし続けることを宣言しているのである。
クラス替えの挨拶でそれはもう確認済みである。
一体なにがいいんだか・・・
どう考えても、都会に住み、若者らしく青春を謳歌すべきである。
学校帰りにカラオケよって、ゲーセンで遊び、クレープをたべ、家に帰る。
ああ。なんと高校生らしい青春だろうか。
こんなちびっこい犬と散歩する以外、パソコンしか娯楽のない人生などまっぴらごめんである。
”ちびっこいとは失礼な。これでも立派なプードルなのだぞ。私は”
プードルが普通こんな渋い声出さない。
”偏見だな”
散歩も半ばを過ぎた。あとは家への帰り道だけだ。
時刻は5時30分。
携帯が震える
(夕飯は貴方の好きなカツカレーよ)
ぐっとガッツポーズを心の中で決めながら散歩を続ける。
”その様子だとどうやら夕飯はかれーのようだな”
よくわかったね。犬の嗅覚のおかげ?
”そんなものを使わずとも、娘の態度を見ればわかる”
へーへー
にしても、ほんとにどうしたものか。
人生初の告白。
答えるほうは悩むものである。
すぐにOKするのは尻軽?それともすぐに返事を出さなければそれはそれでビッチっぽい?
むーん・・・
”まあ悩んでもしかたあるまい。ずばっと電話で答えるのが正解であろう。”
簡単に言ってくれるなー
”なに分、犬のものでな。人間のことなどわからん”
都合のいいときばっかり犬になりやがって。
気がつけば、もう家の前。
カレーのいいにおいが潮風のいやな匂いを取っ払ってくれる。
さ、家に着いたよ。
”散歩、ご苦労であった。”
いっつも通り偉そうなお言葉ありがとうごじゃーす
”そのやる気のない返事もどうにかならんのか”
これが私ですから。
”左様で”
耳からイヤホンをはずす。
どこのどいつかは知らないが、犬の考えてることと人間の脳波をリンクさせて会話が出来る機械を作った聖で、散歩の時まで落ち着いて頭を空っぽにすることも出来ない。
まあ、ある程度話してすっきりしたから、よしとするか。
さて、ご飯まであと少し時間があるな。
電話しないと
犬がきっかけで返事をするなんてのも癪だが、コレも人生を謳歌するひとつの手段ではある。
まだ私は17歳。一人で生活するにはとてもじゃないがまだムリだ。
相手にお金を出して遊ぶのも悪くはない。なんてったって彼女なんだから。
prrrr・・・
「あ、もしもし?私。今日のことなんだけどさ・・・」