幼なじみがいるけど、認めません
「んん~……」
窓の外からチュンチュンとすずめが鳴き、カーテンの隙間から朝日が差し込み俺はぼんやりと目をすがめた。
寝起きが心地良い。
目覚まし時計はまだ鳴っていない。ということはまだ起きる時間ではないということだ。
俺は開きかけていた目を再び閉じ、二度寝に入ろうとする。
朝が来てしまった事実はどうにもならない。しかし今はこの心地よい瞬間を少しでも長く味わっていたい。
夢の中だけは、現実を忘れられる唯一の時間なのだから。
意識が再び遠くなっていく。
現実から乖離し、今さっき見ていた夢とはまた別の夢へ……。
「……。」
俺は再び夢の中へ……。
「……。」
夢へ……入れない……。
夢の中へ入ろうとしているのに、小さな異変が邪魔をし、俺は完全なる夢の境地に入れない。
俺は小さな違和感を気にせずにいられなかった。
「フッ……。ウッ……」
腹に伝わる圧迫感。
そう、誰かが乗っているのだ。俺の腹の上に。誰もいないはずの俺の部屋に、誰かがいるのだ。
「フッ……フッ……フッ……」
苦しい……。違和感が大きくなっていく。
それは人のような重み。まさか金縛り? いやまさかな。こんな朝に金縛りなどあるはずが……。
腕を動かそうとするが、腕は身体と密接しているばかりに、重みの範囲から逃れられない。
目を開けようとするも、金縛りの影響か、やはり開かない。
恐怖。
圧倒的恐怖に汗が沸き、声が出ず、どうすることも出来ない。
数分の間、自分が自分でない感覚を味わっていた。
人が上に乗っているのに、何もせず、ただ黙って俺を見ている。
世界がぐるぐる回っている。
頭がキーンと鳴っている。
意識が別の意味で遠のいていく。
「フッ……フッ……フッ……!」
いつまで続くんだ、この金縛りは……。早く終わってくれ……。
俺は荒くなる呼吸と、失いゆく意識に、落ち着こうと必死だった。
「フーッ……フーッ……フーッ……!」
助けてくれ……誰か……!
息が、出来ない……。
「フー……フー……」
数分後、俺の息はだいぶ落ち着いた。
次第に、ぼんやりとしていた意識も戻ってきた。
キーンという音もなくなっていく。
世界が現実を取り戻し始めた。
目蓋がピクリと動き、視界が開いていく。
ようやく金縛りが終わったようだった。
俺は未だにある腹への違和感を感じながらも、深呼吸をすると。
意を決して目を開いた。
そして。
「起きろ、ばかちん!!! いつまで寝てるのだ、お前はああーーーっ!!!!!」
「グッ、グフッ、ブグフッ、ブグハアッ!!!」
バンッ!
バンッ!
バンッ!
バゴンッ!!!!!!
頭上から両頬を同時に四連続で殴打された。
非現実的な痛みに俺は階下まで響く大声を上げてしまっていた。
俺は咄嗟に上に乗っていた暴力を揮う“そいつ”をはね除け、ベッドから飛び起きた。
そして過呼吸になった。
「え、え、え、え!……?」
「何をいつまで寝ぼけておるのだお前は!!!! このハゲ!!!!」
俺の腹に乗っていたらしき茶金のおさげでクマのフードを被り上下クマのスウェットを着た小柄な“ロリ少女”は暴言を吐き、なおも俺に暴力を揮わんと襲いかかる。
「え、え、え、え……! なんで、なんで?……? 」
わけがわからず部屋の中を逃げ回る俺と、なぜか俺の腹に乗っていて、蹴り飛ばした後も、殴りかかってくる気性の荒いロリ少女。声が高く、近付かれるほどに、童貞の股間が騒ぐ。
「いいから止まれ! 殴れないのだ!!!!」
「なんで、いるの! ごめんなさい! 止まるから殴らないで!!」
「わかったから止まるのだ!!」
ボコ、ボコ、ボコ、ボコ、ボコ、ボコ、ボコ、ボコ。
……。
その後、かれこれ10分間殴られ続けた俺だった。
・・・・・・・・・・・
「……で、誰なんだあんた」
「ヒロインだ。あ、間違えた。幼なじみだ」
「はぁ?」
暴れ回ったせいで埃にまみれた部屋の中で立ち、警戒し息を荒くしながら対峙する俺とロリ少女だったが、そいつの言葉に俺は開いた口が塞がらなかった。
いや、なに言ってんの。
夢じゃないよな……。
非現実的すぎる言葉に、俺はとても痛くなった。
だが、ここは現実だ。
意識が覚醒しているから、夢なはずがなかった。
しかし、なんだこの違和感は……。
「……どこから入ってきた? 俺の部屋に」
「そこの窓から」
見ると、部屋の窓が開いていた。
「何を不思議がっているのだっ」
「……」
怒り気味にロリっ娘幼なじみは言う。
なぜ窓から入ってくる……。
俺は言葉を失い、視線をちんちくりん少女に戻した。
仮に隣の家の窓から入って来たとして、俺のお隣さんは話し声のうるさいババアで、娘なんていない。
どうしても点が線に繋がらない。
そもそも何もかも間違っている。
え、俺どうしちゃったの……え、え、え……。
頭がおかしくなりそうだった。
「もう、いつまで突っ立っている! 早く学校の支度をするのだ!!」
「ちょっと待て! 俺に幼なじみなんていねぇし!」
え、え、え……どういうこと!……?
俺はぼっちで、ぼっちで、友達なんかいなくて、ましてや幼なじみなんているわけもない。
それが、なんで。
「なんで脱がされてるのおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお……!?」
「ん? いつものことだろうが」
俺はロリに着替えさせられている。パジャマを脱がされ、パンツ丸出しで、制服を羽織らされている。
「んっしょ、んっしょ」
なぜ俺が着替えさせられてる……考えろ……考えろ……!
しかも一生懸命脱がせる姿が可愛いし……って違うだろー!
「おい。そこの変態っ。突起物をしまうのだ!」
俺は咄嗟に股間を手で隠し、片足でさらに隠した。恥ずかしすぎる。俺の顔は酔っ払いのように真っ赤に染まっていた。
「ふ、ふ、ふざけるな! 勝手に着替えさせるな! それくらい自分で出来る! あと、か、勝手に俺の身体をじろじろ見るな!」
「どうした。いつものお前らしく……ふふ。そうか。やっとお前も私を女として意識してくれるようになったのだな!」
言って、何を勘違いしたのか頬を赤らめるロリ少女。
いやいやいやいや、やっともなにも、最初から意識してますからー!残念!
「お前がその気なら、私も……」
そう言って、もじもじしだすロリ少女が可愛いが俺は今の状況が意味不明だしそんな気にもなってないしなんなら朝だし。中だし? 何考えてるんだ俺はばかちん。
「やっぱり駄目だ! 男女にはそれなりに順序ってものが! わ私は部屋に戻る! 早く支度するのだ!」
頬を赤らめ視線を外す純情娘は、そう言って足早に窓へと向かうと、屋根から隣屋根へと飛び、窓から隣の部屋へと戻って行ってしまった。
そしてガチャンと窓を閉め、鍵をかけ、カーテンを閉められた。
「……」
……なにこれ? 珍百景?
この状況、わけもわからず、制服を中途半端に着たまま、部屋の中央に立ち尽くすブサイクな俺だった。