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その09、新生活は樹木の家

 その09、新生活は樹木の家




「ここが私の家よ」


 そう言ってバレンシアが指したのは、とてつもなく巨大な樹木だった。


 一体樹齢何年になるのだろうか。

 あちこちに苔がはえ、そのへんの木々より太い根っこが盛り上がっている。


 いや樹木の威容もさることながら、ゴローを驚かせたのは、


(ドアがある……)


 木の幹には、頑丈で分厚そうな木製のドアがついていることだ。

 よく見るば幹のあちこちに丸い窓のようなものも見える。


 バレンシアは馬からひょいとゴローをおろすと、手を取って歩き出す。

 すると、木のドアが勝手に開き、同時に中から光が漏れた。


 一歩入ってみると、そこはまさに別世界。

 村で住んでいた家よりもはるかに清潔で、快適そうな空間だった。


 外見のイメージの比べると、若干小さいような気もするが。

 よく見ると木の内部というのがわかる構造ではあるが、天井に大きなキノコのようなものがぶら下がっており、それが電灯に似た光を発しているのだ。


「ありゃ、何ですか……」


「ランプダケよ。いいでしょう、普通のランプよりもはるかに安全で明るいのよ」


「はあ……」


「特殊な方法で栽培されているもので、そこらにはえているものじゃないわ」


「魔法ですか」


「そんなところね」


 言ってから、バレンシアは部屋の中央にある丸いテーブルを指した。


「今、お茶を入れるから座って待ってなさい」


「あ、お茶でしたら自分が……」


「……お茶を入れたことがあるかしら?」


「……」


 ゴローは沈黙する。

 故郷の村ではお茶などという洒落たものはなかった。基本井戸水だ。


 後はせいぜい雑でパン屑っぽい味の麦酒くらいである。

 さらにゴローは幼児であるから、酒なぞ飲んだことはない。


 味については、いつか父親に酒の味について尋ねた時の返答である。

 それでも、未経験ですというのもしゃくさわる気がしたので――


「まあ、前世でなら……」


「前世? あー……。あなたは前世の記憶を持っているんだったわねえ」


 そう言いながら、バレンシアは若草色の茶器を戸棚から取り出す。


「知っているんですか?」


「あの使い魔か――シャグマら聞いたのよ」


「なるほど……」


 聞いて納得するゴロー。

 自分を転生させた相手の部下なら、そのへんは知っていて当然かもしれない。


「まあ、あなたの過去に興味はないわ。あるのはその……」


 才能よ、とバレンシアは無駄のない動作でお茶の準備を終わらせていた。


「あるんですか、才能」


「私にわかる範囲でも、腹が立つくらいにね」


 す、と湯気の上がるカップをゴローの前に置き、バレンシアは目を細めた。

 ありがとうございます、と頭を下げるゴロー。


「そう言われてもあまり実感はないですけど」


「まあ、そんなものでしょうね」


「そもそも才能があるなんてどの分野でも言われたことないんで」


 前世の記憶を掘り返しつつ、ゴローは頭を掻く。

 学生時代は小学校から大学まで全て凡庸でさえないものだった。


 恥を言えば彼女というものすらできたことはない。

 いわゆる『初体験』は、会社の先輩に連れて行ってもらった風俗である。


 そのへんも、他の人間からすれば幸運なものかもしれないが。


「まあ、そんな感じよねえ……」


 お茶を飲みながらバレンシアは嘆息する。


「何かの才能ある人間は大抵才気みたいなものが感じられるのだけど、あなたは全然」


「スイマセン」


「とはいえ、あなた以上に魔力付与の資質を持った者もいないでしょうけど」


「はあ……。それで自分は一体どうすればいいばいいので?」


「そうね。しばらくはここで魔法使いの基本を学んでもらいましょう。それが終わってからは私の財産ともいうべき術を全て叩き込むから」


「お手柔らかにお願いします」


「それは保証しかねるわ。あんまり時間もないし」


 と、ここでバレンシアは渋い顔をする。

 そう言われて、ゴローはゾッと背筋が寒くなった。


 一体どんなスパルタ教育を受けるのやら。


「魔法ってそんなに大変な勉強がいるんですか……」


「ものによるわね。まあ、あんたの場合はある程度はどうやってもできるようになるでしょうけど。でも、ある程度じゃあ困るわけよ。私がここに残す弟子としてはね」


「残す?」


「今のうちに言っておくべきなのかしら。私は近いうちに遠いところに旅立つ予定なの」


「え。じゃあ、修行は?」


「だからその前に、終わらせるつもり」


「終わらせるって、そんな詰込み教育でいくんですか」


 ゴローとしてはついていけるかどうか不安だった。


「ええ。できれば十年以内にね」


「じゅ」


 その言葉を聞いてゴローはお茶を噴き出しかけた。

 紅茶とジャスミン茶を混ぜたような匂いと味のお茶。


「えらく気の長い話ですね……」


 思わず本音そのものを口に出してしまうゴローだった。

 その声に、バレンシアは妙な顔をするが、


「ああ……。人間の感覚で言えば十年は長いほうだったわね」


「十年ひと昔とも言いますから……」


「ま、長いと感じるのならけっこう。けど少しでも早いほうがいいわ。すぐに始めましょう」


「すぐって。今ですか」


「そうよ。あなただって少しでも早く一人前になりたいでしょ」


「まあ、そうですが……」


「だったらグズグズ言わない」


 そう言ってバレンシアは立ち上がり、木製のコップを机にテーブルに置いた。


「ゴーレムが造れるのなら、魔力の操作はできるでしょう? なら、まずこのカップに魔力を付与して強化してみなさい。硬く頑丈にするの」


 いきなり言われるが、確かに魔力の操りかたはイメージできる。

 バレンシアの言葉に従い、コップに魔力を送り込んだ。


 途端、木のコップは熱せられたもちのように膨張し、パチンと弾け飛ぶ。


「魔力の出しすぎ、そのスピードも速すぎる。普通は逆になるもんだけどね。やはり魔力量はダントツだわ。となると、操作の精度ね、問題は……」


 失敗の結果に対し、バレンシアはニコニコと嬉しそうに言うのだった。





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