その07、チートするにも……
その07、
「と、止めないと……!」
そう叫んだ時には、ゴローはゴーレムを走らせていた。
目標はもちろん走る盗賊たちだ。
しかし、ゴーレムは基本どれも鈍足である。
特に岩石ゴーレムはズシズシとうるさいばかりで、なかなか進まない。
材質や形状のせいもあるが、操り手であるゴローが完全に気が動転している。
これでは思うようにいかなくて当然だった。
しかし、事態はさらに悪い方向に進む。
「うぎゃあーーー!」
追われていることに気づいた盗賊たちがさらに狂乱したのである。
声もなく追ってくるゴーレムの群れに、ただでさえ興奮していた盗賊たちは完全に錯乱してしまい、無茶苦茶に走り出す。
こうなると疲労も何もあったものではなかった。
中には樹木にぶつかって転倒する者もいたが、それでも止まらない。
あわてて立ち上がり、這うようにして再び走り出すのだ。
「やばい、やばい、やばい……!」
ゴローは辺りを見回しながら、ガクガクと震える。
とにかく盗賊たちを捕まえたいのだが、ゴーレムは追いつけない。
今まではとにかく力仕事・野良仕事に従事させるばかりだったから、走ったり跳ねたりするような事態はまったくの未経験だった。
だからこうも無様に後れを取る。
「下手を打ったらしいなあ」
煩悶するゴローを、小悪魔のシャグマは面白そうに見ている。
「な、何とかならないか……!」
「知らん」
シャグマの態度は冷淡である。
知恵を絞れば対策はまだありそうなものだが、混乱しているゴローはただ狼狽えるだけ。
はあっ、というため息が漏れたのはその直後だった。
「しょうがない――まさか来て早々こんなことになるとは……」
フードの女は疲れた声で言うと、すっと小さな杖を取り出す。
ちょうどタクトのような形状をした、細く小さなもの。
フードが小さく呪文を唱え、杖を一振りする。
途端に周辺の地面から土が盛り上がり、四足獣型のゴーレムが生み出された。
数は十数体。
「行け」
フードの声を受けて、ゴーレムたちは森の方向に向かって走り出す。
それからフードはゴローに近づくと、
「落ちつきなさい」
一声叫んで、その頬を軽く打った。
「あ……」
そのショックにゴローは何とか気を取り直し、目を白黒させる。
「魔力の質は最高だが、心構えがなってないわ」
「……すいません」
言われて、ゴローはうなだれるしかない。
ゴーレムを好きに作り、操れるというチートがあるので何かあっても何とかなるだろう、と高をくくっていた。
しかし、いざ現実の事態に直面するとあわてるばかりで何もできない。
これではチートがあっても意味がなかった。
やれんなあ、と自己嫌悪に苛まれながらゴローは暗い気分になる。
「しかし、まあ。それでこそ鍛えがいもあるというものかしら――」
わずかに笑みを含んだ声で、フードは首をかしげた。
「……そういえば、あなた一体」
「それはまずあなたのご両親に」
と、フードが何か言いかけた時である。
「こらあっ!」
怒声が響いて、無意識にゴローが首をすくませた。
「母ちゃんの手伝いを放り出して、いつまで小便してるつもりだ!」
見ると父親が拳を振り上げてこっちにやってくる。
(そういや、飯の支度、途中で抜けてきたんだっけ……)
思い出し、まずかったなとゴローは頭をかいた。
「……何だ、あんた?」
息子を追ってきた父は見慣れぬ者がそばにいることに気づき、警戒心も露わに言った。
小悪魔使い魔のシャグマは、いつの間にか姿を消している。
ゴローは父親にどう対応していいのかわからず、口をつぐんだ。
「失礼。この子のお父様、ですね?」
フードは丁寧な態度で頭を下げると、そのフードを取った。
「あ」
「あれ」
どちらが父で、どちらがゴローだったろうか。
とにもかくにも、親子の男がそろって呆けたことは確かだった。
フードを取ったその顔は、輝く月のような美貌である。
黒曜石のような切れ長の瞳。同じく夜の闇を溶かしたような黒髪。
白い、しみ一つない肌。不思議な赤さを持った唇。
そして、長く伸びた両の耳。
「エルフ――」
思わずゴローはつぶやく。
そのような人以外の種族も存在するらしい、とは聞いていた。
しかし、こんな神がかった美貌を持つ者がいきなり現れるとは。
「いかにも、私は流浪のエルフ族で、名をバレンシアと言います」
エルフは名乗って、微かに微笑んだ。
思わず魅入られそうな、美しくも怪しい輝きを放つ微笑だった。
「そりゃあ見ればわかるが……旅の人が何の用で?」
父親はキョトキョトと落ちつかない顔色で言った。
「あっさり言わせていただきましょう。あなたの息子さんが欲しいのです」
「はあっ? こいつを?」
「そうです」
バレンシアはうなずき、すっとゴローを見た。
思わず背筋に冷たいものが走り、気が遠くなるゴロー。
「人買い……ってわけでもなさそうだが……」
「もちろん、そういう類の者ではありません」
「こんなの引き取ってどうする気だい」
「そうですね……。いえ、もう日も暮れますし、明日にまた出直しましょう」
言いながら、バレンシアは静かに背中を向けるのだった。
「しかし、決して悪いようにはいたしません」
念を押すように言って、黒髪のエルフは森の中に消えていく。
「……何だ、ありゃ」
「さあ……?」
首を振りながら、ゴローはゴーレムの近くにあるものを探る。
薄暗い森の中、大勢の男たちが縛られ、引きずられていく姿を確認できた。