その04、怪しい者たち
その04、
「変だな」
夕飯の支度を手伝いながら、ゴローはつぶやいた。
「何が変なんだい?」
「いや何でもない」
そばにいた母親を誤魔化し、ゴローは思考に戻った。
ゴーレムには便利な点がある。
それは一度作ったものはどんな遠距離であっても自由に使えること。
行動させるのには魔力を使うが、そう大した量ではない。
次にゴーレムを使うと、その周辺の出来事がある程度わかること。
ただ、見えたり、聞こえたりと感覚を共有しているという感じではない。
そもそもゴーレムには目も鼻もありはしないのだ。
ただ、わかるとするのがもっとも適当な気がする。
その時ゴローは、母親の手伝いをしながら小型の土ゴーレムを操っていた。
何をさせるわけでもない。ただ森や谷間を徘徊させるだけである。
そうするとゴーレム周辺のこともわかるので、ちょっと面白いのだ。
ちょうどラジオやテレビをつけながら作業をするようなものだろうか。
だが森の深部を移動させている時、ゴーレムの近くに何かがいた。
動物ではない。人間のようだ。
変だな、とゴローがつぶやいた時には、ゴーレムはそばの木陰にうずくまった。
その近くを、見慣れない人間が数人走っていくのがわかる。
村の人間ではないし、行商人という風体でもなかった。
そも、この辺は貧しい山村ばかりで、開かれた都市部には遠い。
旅人なんてものはあまり通りかからないのだ。
革製の粗末な鎧をつけ、無精ひげだらけの眼をギラギラさせた男たち。
男たちの腰には山刀や手斧だの物騒なものがぶら下がっている。
(こりゃあまさか……)
ゴローは胸中に嫌なモノをおぼえながら、ゴーレムを通して男たちの声を探った。
「どうだった?」
「金はなさそうだ」
「しかし、食い物はある……」
「それだけで上等だよ」
話し合う男たちの瞳には、飢えた獣のような光がある。
「食い物……」
「ちょいと、つまみ食いなんかするんじゃないよ!」
つぶやいたゴローの声に、母親が鋭く反応した。
その手にはまだ生まれて間もない赤ん坊をしっかりと抱いている。
ゴーレムの働きによって村全体に余裕ができたため、きちんと出産できた子供だ。
「いや、そうじゃなくって」
火加減を見ていた夕飯のスープに目をやった後、ゴローは首を振る。
「このへんは飢饉とかそんなのがあったっけ?」
「ああ。今年は作物の出来が良くなかったからねえ」
ゴローにとっては妹になる赤ん坊をあやしながら、母親は首をひねった。
「でも、他の村じゃ子供を売ったりしたところもあったそうだよ。飢え死にした者がいる村もあったとかなかったとか」
「ふーん……」
それを聞きながら、ゴローは考える。
どうやらこの村を狙っている盗賊だか山賊だかがいるようだ。
しかし、感じからして本職というよりも急ごしらえみたいにも思える。
飢えた農民がせっぱつまって、というところか。
「でも、その分税も安くなってたそうだけどねえ。うちの村は余裕があったからあまり変わらなかったけど」
「え。そうなの?」
「そうさ。蓄えがあるのも良し悪しなのかねえ? おう、よしよし」
答えた後、母親は少しぐずり出した妹をあやす。
(……ってことは、こいつらは近くの村の人間じゃあないのか)
ゴローはゴーレムに監視をさせたまま、うーむ……とうなる。
(盗賊ってのも早合点かも。いや、でもなあ……)
現代日本と違って、殺人も犯罪もわりとよく起こる環境である。
命の値段そのものも安い。
何かあってはならずと、ゴローは至急にゴーレムたちに召集をかけた。
谷間でゴソゴソと動き出す石人間たち。
ズシズシと重たい足音共に村目指して行進を開始するのだった。
(しかし、間に合わないかもしれない……)
監視している盗賊たちの様子からして、行動を起こすのは早そうである。
むん、と精神を集中して村の周辺に土ゴーレムを作ろうと試みた。
だが、これがうまくいかない。
土に送り込む魔法力の流れが、どうしてもうまく制御できないのだ。
ちゃんとした形になる前に霧散して、大気に散っていってしまう。
「母さん。ちょっとごめん」
ゴローは立ち上がり、走り出す。
「ちょっと、ごはんの用意ほっぽりだしてどこいくんだい!」
「おしっこ!」
「もう、汚いねえ……!」
(そのうち夕飯どころじゃなくなるかもしれないんだよ)
呆れ顔な母親の声を背中で聞きながら、ゴローは村はずれまで急ぐ。
人目のないことを確認した後、いつもの要領で土ゴーレムを作り上げた。
急ごしらえのせいか出来が良くないが、それでも一番最初に造ったものよりも完成度が高いようである。
連続して十体以上作り上げ、周辺が穴ぼこだらけになってしまう。
「よし、行け」
命令をくだすとゴーレムたちは機敏に動き出す。
こうなればもう離れていても大丈夫だ。
谷間の石ゴーレムたちが到着するまで時間がかかりそうである。
何かあればこのゴーレムらに村を守らせて、時間を稼ぐ算段だ。
「じゃ、後はまかせたぞ」
小さな声で言った後、もう一度周辺を確認してからゴローは引き返す。
「ウシャシャシャシャ」
その時、走るゴローの耳にいきなり妙ちきりんな声が響いた。
「は?」
思わず立ち止まるが、周りには誰もいない。
ゴーレムたちの近くにもそれらしい者はいないようである。
「気のせい……」
「ウシャシャシャシャ」
また足を進めようとした途端、再び響いた。
そして、ゴローの目の前にボウン、と煙のようなものが噴き上がる。
「うぐ……!」
たまらず顔をかばうゴローの視界に、何か人型のものが怪しく映った。
「お前さんが主のアレかい。マヌケそうな魂してやがるねえ」
嘲笑をあげながら、何か小さなモノがふわふわと浮いていた。