その02、五歳になって
その02、
瞬く間に時は流れていき、山田氏が転生して五年となった。
最初の頃、山田氏の魂は半分幽体離脱状態だったのだが、成長に伴い肉体と同化していき、現在ではほとんど一体化している。
ただ、寝ている時などにちょくちょく魂が抜け出てしまうこともあったが。
それでも、肉体とはしっかりとラインで結ばれており、ちぎれることはなかった。
「ゴロー、ちょっと来て手伝いな」
幼児らしく道端で遊んでいるところへ、母親が声をかけてくる。
しょうがないので、遊びを中断して家の手伝いに。
(けど、これがチート待遇なのかねえ……?)
母の言うまま水を汲んだり、畑の麦を踏んだしながら山田氏は思う。
確かに衣食住は保証されている。一応だが。
しかし、日本のそれと比べると圧倒的に低い生活水準。
ろくなものは食べられない、入浴する習慣もない。着の身着のままの毎日。
かといって村全体がそんなレベルで、山田氏が格別ひどいわけではない。
野獣だのモンスターだのが襲撃してこないだけマシというものか。
「あんたは恵まれてるよ」
何かにつけて母親はそう言う。
それはある意味でその通りなのかもしれない。
他の子供が鼻水を垂らし、病気などであっさり死んでいく中で――
山田氏ことゴローはとにかく健康で、生まれてこのかた病気知らず。
視力も聴力も良いし、口の中には虫歯一本ない。
健康こそ何よりの財産、と考えれば十分チートで恵まれているのだろう。
その上前世の記憶なんぞもあるので、妙に早熟な子と見られている。
正直なところ敬遠されがちで友達はいない。
というか、今現在も母親の手伝いにこき使われている最中で遊ぶ暇などなかった。
ま、そのへんは他の子供も似たようなものなのだが、五歳という年齢でゴローほど親の用をちゃんとできる子供はいないのだった。
普通に考えるとゴローが異常なのだが、貧しい山村という環境のためかそのへんを理解する人間はあまりいないのである。
「あんたンとこの息子は聞き分け良くっていいねえ」
「こせこせとませてるだけさ」
ゴローが手伝いをしている横で母は近所のおばさん連中とおしゃべりをする。
(ガキに働かせて無駄話なんかするな、おばはん……)
ゴローは心中そう思いながら用事をこなしていく。
実のところ体力面で五歳児離れしているのだが、別に怪力を発揮したり空高く跳躍したりと目立つことをするわけでもないので、気づかれない。
ただ、頑丈で健康というお墨付きだけはちょうだいしている。
(そういえば病気だけじゃなくってケガもあんまないな)
転んですり傷などをおうこと自体が少ないし、ケガをしてもその回復は常人よりもずうっと早いのだった。
(これで老けにくくて、長生きだったら……この世界じゃチートってことかあ)
生活環境のせいか子供の死亡率だけではなく、長生きする老人も少ない。
ついこないだ病死した近所のばあさんも六十半ばだったが長生きだったと言われている。
(しかし、こんなとこで長生きしてもなんだかなあ……)
娯楽はないし、ただただ黙々働くだけの毎日だ。
家の貧しさを考えると結婚できるのかどうかも怪しい。
村を捨てて都会に出ていこうという人間も多いのだ。
もっとも、都会でも人並に暮らせる保証はないらしいが。
何だかんだで用事を片付け、その日も質素な食事を終えて就寝となる。
五歳児という肉体のためか、ゴローの眠りは早く深い。
黴臭いベッドに潜りこんだ後は、あっという間に寝息を立てている。
しかしながら、これでも尋常ならざる転生者。
他の人間にはない特技というか、体質もあるのだ。
それは就寝後の幽体離脱である。
幼児の肉体から魂だけとなった山田氏がふわりと浮き上がり、散策を始めた。
この状態だと闇夜も昼間以上にものが見え、聞こえる。
ちょくちょく両親の夜の営みを目撃してしまうこともあるのが、玉に瑕だ。
最近では注意して見聞きしないようにしているのだが。
幽体離脱したところで魂の尻尾というか紐はしっかりと肉体と結びついている。
うっかりそのまま死亡するのは御免なので、そのへんは確認を怠らない。
しかし、幽体離脱したからといって特に見るものがあるでもなかった。
あまり遠くに行けるわけではないので、村の様子だの近くの森も見れない。
最近ではこの状態になるのが億劫になることも多かった。
何せ魂状態だと眠ることもできないのだ。
しょうがないので前世のことを思い出してみたり、家の周辺をウロウロするくらい。
それなら肉体に戻ればいいのだろうが、いざそうすると今度は体ごと目を覚ます。
どうにも不自由な具合なのだった。
この夜もそんな風に過ごすのかと、山田氏ことゴローがウンザリしていると――
ヒソヒソと両親の話す声が聞こえてきた。
最初は夜のスキンシップかと思ったが、どうもそんな様子ではない。
何となく気になって、ドアを抜け、壁を抜けて両親のもとに行ってみる。
部屋ではランプの灯りの下、父と母が深刻な顔で話をしていた。
「……どうするったって、おろすしかないだろう」
「……でも」
「うちじゃこれ以上子供を養えないぜ。諦めろよ……な?」
「男にはわからないよ、この気持ちは……!」
どうやらゴローの弟か妹ができたらしいが、この貧しい山村ではめでたくもあり、しかしてめでたくもない出来事だった。
その理由は両親の会話で十分説明されている。
「ゴローをどこか奉公に出せば……」
「おいおい……あいつはまだ五歳だぞ。どこも雇ってくれるもんか」
「けど……」
「それとも人買いにでも売るか? 次の子供を育てるために?」
明らかに疲れの見える父の声に、母も沈黙した。
「もう寝よう。明日は前の畑を耕さないと……」
両親が寝てしまった後、ゴローは魂のまま外に出ていった。
ボロ家の前には、この家の唯一の財産とも言える畑がある。
耕運機など存在しないこの世界では、畑一つでもけっこうな労力がいる。
「何とかならんもんかなあ……」
浮遊したままゴローこと山田氏は考え込む。
何か、労働を軽くできるような道具でもあればいいのだが。
そんなことを考えた時、パチンと頭の奥で何かが弾けたような。
何かの図面らしきものが、一瞬脳裏をよぎった気がした。
「簡易ゴーレム?」
突然入り込んできた図面と文字に、ゴローはつぶやいた。
簡易ゴーレム製作魔法。
その『情報』を心のうちにで反芻しながら、ゴローは無意識に両手をかざす。
何か力強いものが迸るような感触の中、淡い光が一瞬月下の村に灯る。
一瞬後、地面の土が盛り上がって人型となっていた。