その19、まさに汚れ仕事
その19、
「…………うーむ」
黙々と作業を続けるゴーレムたちを見つめながら、ゴローはうなった。
晴れた昼下がり。場所はツギンの街の北。
酒場や娼館が立ち並び、いわゆる歓楽街と呼ばれるような地区。
一般に歓楽街というやつは街の北部にできるらしい。
聞いた話では、王都でも歓楽街は街の中心地である王宮の北に位置するそうだ。
ちょうど江戸の吉原が江戸城の北にあったという話と似ている。
それはまあ、さておき。
昼間の歓楽街と言うのは、何となくマヌケな感じがするものだ。
ゴローはそんなことを考えながら、ゴーレムを動かしている。
計二十体の人間サイズの岩ゴーレムたちが右に左に動いて、作業に勤しんでいた。
やっていることは、ぶっちゃけ清掃。大掃除だ。
ゴミだらけ、糞尿だらけのエンガチョな街並み。
それを岩ゴーレムたちは汚れも厭わずに、黙々と清めていく。
街の人間……一目見て、ああ、これは……というような方々。
ヤクザ風、水商売風の男女がその様子を遠目に見ている。
掃除なんていうのは、わりと手慣れた作業だからそうてこずることはなかった。
清掃用具だけは用意してもらったものを使っているが、大した費用でもあるまい。
疲れ知らずのゴーレムによって街は見る見るきれいになっていく。
(しかしなあ……)
ゴローは連れれ来られて最初に見た街の惨状に唖然としたものである。
掃除をやれてと、言われていたし、汚いとも聞いていた。
だから、ある程度の想定はしていたのだが。
しかし現物は想像を上回る凄まじさだった。
汚いとするよりも穢い。とにかくもう、穢い。
よくこんなところで飲み食いしたり、いちゃついたりできるものだ。
いたるところに糞尿と食物の腐敗臭と、野良犬のそれをミックスした香りが充満。
近づいただけで鼻がもげそうになり、区内に入ると頭が吹っ飛びそうだった。
あるいは脳みそが腐れ爛れて、耳から漏れる幻影すら浮かびそう。
「まあ、こんな有様だからちょくちょく流行り病が発生するし、ネズミや虫もひどい」
案内しながら、ソムニウムは他人事のように言った。
こうなって気付いたが、彼女は消臭剤らしきものを常に身に着けているようだ。
「前々から大掃除をしたいと思っていたんだが、なかなか良い人材がいなくてね。人手不足と言うじゃないが、いてもちゃんとするヤツは少ない。ほぼゼロね、実質ゼロですよ。見張っていりゃあ話は別だろうけど、こっちも掃除が終わるまで始終張り付いているわけにもいかないわけですよ。多忙です。それにこんな街の一か所と言ってもけっこう広い。見張りを用意する手間を考えると頭が痛い。頭痛ですよ。偏頭痛ですよ」
「…………。で、自分に掃除をしろと」
「そうですよ。正解ですよ。まあ、ガシャガシャッとやってくださいよ」
(簡単に言ってくれるよ……)
とはいえ、金銀の硬貨が詰まった革袋を前金として渡されてしまっている。
また、師匠であるバレンシアからゴーレム操作を練習せよと命も受けていた。
色々あって反抗してもしょうがないので、ゴローはすぐにゴーレムを造り出して、まさしく雑多な街を清掃する。
気乗りはしなかったけれど、いざやってみるとどういうというこもない。
しかし、掃除作業よりも気になるのは――
あちこちを掃除して回る岩人形たちに、多くの好奇の視線が集まることだ。
魔力を送る効率上、木箱の上に立ち、両手をかざしているゴローの姿。
流れる魔力を知覚できない者からすれば奇異な光景だろう。
ゴーレムたちが嫌でも目立つので、そっちに注意に行く場合が大半ではある。
だが、それでもゴローを見て不審そうに眉をしかめる連中もけっこういた。
パッと見には、変な子供が箱の上で手をかざしているだけではあるのだが。
物乞いには見えず、変な宗教の宣伝にも見えない。
とにもかくにも、あまり気持ちの良い視線は送られてこないのだ。
現状、ゴローはフード付きの裾の短いローブを着ている。
これのおかげで顔が見えないのが、せめてのもの慰めかもしれない。
そもそもの話。
昼間とはいえ、歓楽街に子供が一人でいるというのは、どうしたものか。
自分を連れて来たソムニウムは、現場に案内するとさっさと帰ってしまうし。
(とにかく、早く終わらせて帰ろ)
作業を急がせるゴローだが、それでもなかなかには終わらない。
ゴミを捨てたり、壁にモップがけをしたりと、とにかく面倒臭いのだった。
特に路地裏にはもはや詳細のわからないゴミがどっさりとある。
(そのうち、人間の死体も出てくるんじゃねーの……?)
次第にゴローは不安になってくる。
さすがにそれはなかったが、代わりに野良犬や野良猫の死骸は複数出てきた。
これはゴミ箱に捨てるになれず、仕方ないので近くの空き地に穴を掘って埋葬。
街の住民はそんなことを気にしない連中ばかりのようだが、ゴローはそうもいかない。
しばらくするとゴーレムに石を投げたり、上から大小便を落とすのまで出てくる。
このヤロウ、とゴローは切れかけたが、すぐにそういうこともなくなった。
さすがにその程度のモラルはあるのか、と思っていたが――
「やあ、やあ。やってくれているね。熱心だね、真面目に仕事をこなすのはいいこですよ」
どこかに行っていたソムニウムが手を振りながら戻ってきた。
手には二つの小さな革袋を下げており、中は水と焼き菓子だった。
「ま、これでも食べて景気をつけてくださいよ。差し入れ、陣中見舞い」
「……あんまり飲み食いしたいところじゃありませんけどね」
ゴーレムを操りつつ応えながら、ゴローは薄っすら滲んだ汗をぬぐう。
「ほお、やっぱり魔法を使うのもそれなりに消耗するもん? あははは」
と、ソムニウムは笑いながらハンカチらしきものでゴローの額をふく。
ハンカチからは微かに香水の良い香りがした。
その上品な匂いがあまりソムニウムやこの場所とそぐわず、ゴローは変な気分になる。
「どうやらもう、変なイタズラをするバカはいないね、けっこう毛だらけ」
ソムニウムは手をかざしてゴーレムを見ながら、何度かうなずいた。
「すると……?」
「ああ。若いやつに言っておとなしくさせましたよ。テーブルマナーですよ」
「おとなしくね……」
何となくゾッとしない気がしたが、平穏に仕事をこなせるのは良いことだ。
そういうことにしておこう、とゴローは内心の汗を見ないふりをする。
「言っておくけどちょこっとちょびっと、叱っただけですよ。血生臭いことは今のところしてないですよ。平和主義ですよ」
こっちが特に何も言わないのに、言い訳するようにソムニウムは両手を広げる。
「で、後どのくらいかかりそうですか。目安とかないの?」
「こっちも初めてで何とも言えませんけど、今日中には何とか……」
そう言いかけてゴローは黙然となる。
「どうかした? 腹痛にでもなった? 便所行く?」
「いえね、掃除をしたところでどれくらいもつのかなと……」
最初に見た汚れ具合だと定期的どころか毎日出動しないと、清潔さは維持できまい。
地域住民の心根が変われば別だろうが、汚れてるのが当たり前どころか、きれいにしている状態の方が非日常ではあるまいか。