その17、来客ソムニウム
その17、
「お話の途中で申し訳ありません……」
その時、メイドが小走りにティタニアに駆け寄ってきた。
メイドがボソボソと何かしゃべると、ティタニアはふむと目を上げる。
それから、こめかみの辺りを指で掻きながら嘆息した。
「お通してしてください――」
と、ティタニアがゆっくり言った直後である。
「なんかあんまり代わり映えしてないわ。金かけて魔法使い呼んでおトイレというか御不浄というか、雪隠? それを作り直したっていうけど。どこにお金使ったの。ああ、庭か」
わけのわからないことを言いながら、派手な女が歩いてくる。
(キャバ嬢?)
その姿を見たゴローが反射的にそう考えるほど、女の服装は変だった。
字型の切れ込みが大きく入ったドレスは、両脇が二つに別れており、その健康的な美脚が露出している。
露出と言えばその胸元は半分以上放り出され、腹部の上ぐらいまで見えていた。
それに、何か獣毛らしき素材のコートらしきものを肩に引っかけているのだ。
髪はきれいな金色で、黄金細工みたいである。
細めた瞳は紫色。肌は薄い褐色という感じで、これまた健康そうだった。
バレンシアとも、ティタニアとも、メドゥチともタイプが異なる。
が、美女であるという点は同じだ。
年齢はよくわからないが、少なくとも少女ではない。
「ソムニウム様、いらっしゃいませ」
ティタニアは女の名を呼び、丁寧に頭を下げた。
「やー、ティタニア。相変わらずそつがないね。隙がないというか、達人クラスですよ。ただ歩いているだけで、相手をぶっ飛ばしかねないレベルだよ」
ソムニウムなる女はまたもわかのわからないことを言う。
ゴローは横で聞いているだけで頭がグラグラしてきそうだった。
しかしティタニアは微笑を浮かべているだけだ。
慣れているのか、それとも表情に出さないだけなのか。
ふと見ると、メドゥチは疲れたような顔をしている。
「今日はどのような?」
「わかっていて聞くところが憎いネ。しかし、言いますよ。そのへんの空気は読むよ。一応は客商売も長いから――」
ソムニウムはメイドの用意した椅子にすとんと腰をおろし、形の良いバストをそらす。
「ま、ぶっちゃけるとね。ここでやった下水工事をうちのほうでもやって欲しいわけですよ。それもできるだけ早くにね。兵は神速を尊ぶですよ」
この答えに、思わずゴローはメドゥチと目を見合わせた。
「それはまたどうしてでしょうねえ?」
ティタニアは不思議そうな顔で言う。
「またまた。そういう風にもったいぶるのは良くないよ。意地が悪いよ。下手をすると恨みを買っておしっこを飲まされますよ」
ソムニウムはケラケラ笑った後、ゴローにその目を向けた。
「これ、あんたの子?」
「いいえ。ちょっとお仕事をお願いしている魔法使いさんですよ」
「どうも」
確かにゴーレムを操れるし、多少の知識もあるから、魔法使いであると言えなくもない。
そう思いながら、一応頭を下げるゴロー。
「何か爺むさい子だねえ。苦労してるの?」
またも爺むさいと言われた。
内心結構ショックを受けながら、乾いた笑いで誤魔化すゴロー。
「しかし魔法使いとすると、まさか工事を担当した……」
そう言いかけてソムニウムは首を振り、今度はメドゥチを見る。
「いや、それはあんたか? じゃ、このちっこいオッサンはどういう関係になるの?」
(誰がちっさいおっさんか)
ゴローはそう怒鳴りたかったが、ぐっと飲みこんで知らん顔をする。
「よくおわかりで」
メドゥチは値踏みするようにソムニウムを見て、髪をかき上げる。
美形であるだけに、やはりこういう仕草は絵になった。
それを言うなら、この場にいる人間、控えるメイドも含めて美人ばかりだが。
「水系の魔法使いはトロルが多いから。特に治水関係は専売特許に近いですよ」
「そりゃ、そうか。で、だ。喜んで引き受けたいところだけど。あたしは今回の仕事を師匠に報告しなきゃならない。なので、明日には発たなきゃあいけないのさ」
「え、そうなの? ううん、タイミングが悪いというか運が悪いというか。盛り上がった時に冷や水をぶっかけられたような気分ですよ。ブリザードですよ」
ソムニウムはガッカリした顔で、大げさに肩を落としてみせる。
「それに、こいつも今回のために借りている人材なんでね。ちゃんと送り届けないと」
言って、メドゥチはゴローの頭を乱暴になでる。
「そういった理由じゃしょうがない。今回は諦めますよ、引き際が肝心ですよ」
ソムニウムは苦笑しながら椅子に座り直し、メイドにお茶を要求する。
「さっき使わせてもらったけど、新しくなったおトイレは良いですよ。尿の出もすっきりンと爽やかでしつこくないですよ。快尿ですよ」
おかしな言動をしつつ、過剰に色気を放つ仕草でお茶を飲むソムニウム。
(尿って……)
コメントに困るゴロー。
(一応子供だし、適当なことを言ってもイイ気はするけど……)
そのへんは、この変なキャバ嬢のごとき女にはしたくはなかった。
何というか、鬼門な予感がしてならない。
「何だかすみませんねえ、お忙しいのに」
「別に昼間はわりと暇ですよ、こちらは。夜に咲いて夜に散る商売ですから」
ティタニアに言われたソムニウムにはお茶を半分ほど飲み、舌で唇を湿す。
「それに水商売というからには水回りは重要ですよ。最重要拠点ですよ。だからまあそこらがお強い人材とは昵懇になっておきたかったんだけど。コネ作りですよ」
「水商売ね。まあ、そんな感じだわなあ」
メドゥチはソムニウムをチラリと見て、ティタニアを見た。
「北のほうでお店を開いているかたで、うちのお得意様なんですよ」
「その割にちょいとゾンザイな扱いな扱いに見えるけどね」
「おほほほ」
メドゥチの指摘に、ティタニアは芝居がかった笑い声を上げるだけだった。
「前々から水道の大きな工事は考えてたんだよ。長期的計画ですよ。大規模工事」
ソムニウムは伸びをして、空を見上げた。
「知ってると思うけど、この街じゃ歓楽街の方は開発が遅れてる。ひどいところだといまだにウンPを窓から捨てるよーなとこですよ。前時代的風潮ですよ。えんがちょですよ」
「うんぴー」
「大便ってことですよ。それくらいわかれよ、隠してないだろもはや。むははは」
「あああ」
ソムニウムに言われ、ゴローはうなずく。
そういえば、水洗便所などなかった中世ヨーロッパ期は、街中ではおまるに出した排泄物を窓から外に放り捨てるという乱暴なことをしていたとか。
この世界でも都市部では同様なのだろう。
そういう意味では田舎の農村に生まれて良かったかもしれない。