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その16、魔法のあれこれやら

 その16、




(もっと色々勉強しておけばよかった……)


 と、ゴローは痛切に思った。


 前世日本において、学ぼうと思えば幾らでも学べたであろう諸々。

 それを今開示できれば、たとえ知識だけでもかなりの財産になったはずである。


 いや、しがない失業者であった前世においても財産になっただろう。

 しかし、今できることは日本で過ごした数十年間を脈絡もなくダラダラと話すことだけ。


 情けない、と思う。いかに記憶が薄れているとはいえ……。


「はあ……」


「どうしたんですか、急に?」


 そう言ったのはティタニアである。


 商館の中庭に設えられたイスとテーブル。

 上には品の良い茶器と甘みの少ない焼き菓子。


 ゴローはメドゥチと共に、ティタニアと思い出話の最中であった。

 語るのは、あの貧しいメハジ村のことではない。


 日本人・山田五郎として生きていた前世のことだ。

 そこでラジオやテレビ、インターネットや映画。その他の文化や政治、経済などを頼りない知識とも言えないモノで語っていた。


 自分でもしゃべりながら、わけわからないなと何度も思う。

 しかし、聞いているティタニアはそうではないらしい。


 何度も興味深げにうなずき、ノートにメモを記しているようだった。


「いやあ、こっちのことで。しかし、こんな妄想みたいな話をそんなに熱心に……」


「わたしの祖父は、遠い土地の生まれだったそうです。話しましたよねえ?」


「ええ」


「わたしが生まれてすぐに事故で亡くなったから直接話した記憶はない。顔もおぼえていないのだけれど……以前からこんなことを言っていたそうで――」


 ティタニアは一息つき、お茶を飲んでから、


「娘には、ティタニアと名前を付けたい。自分の一番好きな芝居の登場人物なんだ」


 と、そうティタニアは付け加えて遠くを見つめたようだった。


「お芝居、ですか?」


「題名まではわかりません。ティタニアというのは妖精の女王……の名前らしいですねえ」


「それは……」


「ムリアンを妖精と思ったのでしょうかねえ」


 妖精なんて不気味で性悪なタイプのほうが多いのに、とティタニアは苦笑。


「そういうものですか」


 ゴローはそこで、村にいた頃のことを思い出す。


 妖精にイタズラをされないように気を付けろ――


 そんな話を、村の年寄りがちょくちょくしていた。

 実物を見たことはないが。


「妖精なんてホントにいるんですか?」


 魔法が当たり前にある世界だし、別にいたっておかしくもないのだろうが。


「いますねえ」


 あっさりとティタニアは答える。


「まあその種類とか姿は千差万別で馬鹿みたいな苦労をしなければれないモノから色々と。もっともできることなら、あまり関わらないことをお勧めしますねえ」


 ティンカー・ベルみたいな可愛らしく美しいものとは違うらしい。

 なんか妖怪みたいだな、とゴローは思った。


「それで、その、おじいさんのご出身というか、お生まれになった場所とか」


「あんまり大したことは記録されてないですねえ。祖父はあまり故郷に良い思い出がなかったらしいと聞いているので。ただ……」


 ランダンとかロンドンとか、そんなことを口にしていたと、そうティタニアは言う。


「ろんどん」


 それは、イギリスの首都と同じ発音なのか。


 曖昧な記憶の中でしか比較できないため、どうにもハッキリしたことは言えない。

 ゴローもイギリスについて詳しいわけでもないのだ。


「他に何かないですか。言葉の他に、文字とか……」


「文字。そうか、そういえば祖父の残した手記を読んだことがあった。見たこともない文字で書かれていて、古老にも読めなかったと聞いていますけれど――」


「それって、例えばこんなんですか?」


 ゴローはティタニアのノートに、ペンでABCを書いて見せた。


「似てる。現物が近くにないから確認できないけど、確かこんな文字でしたねえ」


 前世で使っていた文字? と、ティタニアは尋ねかける。


「まあその一部ですか。自分にとっては外国語ですけど。アルファベットです」


「現物があれば読んでもらえるのに。残念です」


「いや、あっても多分読めないと思いますよ。外国語ですから」


「でも全くわからないわけではないでしょう?」


「そりゃ一部の単語くらいはわかるかもしれませんけど……」


「なら――」


「でも、無理ですって。自分、どっちかというと低学歴に属する人間でしたから」


「読み書きができなかったのですか? いえ、違いますねえ」


「ええ、それくらいはできましたけどね。ここで言う……ほら、一般的な商家の人とかに求められるモノと、魔法使いじゃ違うでしょ?」


「……ふむ。何となくわかる気がしますねえ」


 ティタニアは顎を撫でながら、数度うなずく。


「どっちかと言うと、今のほうがちゃんとした専門知識とか知ってますし」


「進歩があるのはいいことですねえ」


「まあ、そうですけど」


「ちなみに、あなたの国ではどんな文字を使っていたのですか?」


「こんなですね」


 とりあえずゴローは自分の名前と漢字とひらがなで書いてみた。


「……これは、まるで違う系譜の文字に見えますけれど」


 ティタニアはその大きな目を細めて、『山田五郎』の文字を見つめる。


「あ、はい。こっちは漢字と言いまして、元は外国の文字ですね。こっちがひらがな。簡単と言いますか学校ではまずこっちから教えられます」


「もっと詳しく教えてもらえますか」


「あんまり大したものじゃありませんが……こんな感じです」


 ゴローは乞われるままに、ティタニアに日本の文字を教えていく。


 あいうえおを中心に、小学校低学年で習うような内容である。


「うーーん……。これはなかなかよくできてますねえ。いや、すごい」


「まあ別に自分が造ったわけじゃありませんが」


 それでも称賛を受けるのは嬉しいな、と思うゴロー。


「しかし、こんなあるかないかわからないところの文字なんか役に立ちますか?」


「お前、魔法使いがそれを言うか?」


 背後から呆れた声がするので、振り返るとメドゥチがいた。


「へ」


「魔法使いは記録を残す時も自分だけにわかる暗号を使うことが多いんだよ」


「そういうもんですか」


「ああ。特に、錬金術をやる連中はまともに読んだらまったくデタラメにしかならないように研究文書を書く。下手なことをすると情報がよそに漏れるからな」


 なるほど、そう言えばうちも口頭で説明することが主で、ノートの書き取りなんてのは全然しなかったな、とゴローは思い返す。





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