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その15、大工事の後

 その15、




 その日から工事は始まった。


 メドゥチの指揮のもと商館の地下を掘り返し、資材を運び、下水道を作っていく。


 指示された作業をゴーレムにやらせ、完成したものをメドゥチがチェックする。

 流れはだいたいこんな感じだった。


 ゴーレムはさほど大きさも質も必要とはされなかったが、お世辞にも広く歩きやすい場所でないから、数も限定される。


 だから、人間サイズものから小型サイズ、それ以上に小さいタイプも必要だった。

 メドゥチの指揮は明瞭でわかりやすかったので、作業は順調に進む。


 微細な技術が必要とされる個所は二人でかかりきりになる必要もあったが、全体的にはそう多くはなかった。

 商館から流される排水は浄化槽じょうかそうとでも言うべきものまで運ばれる。


 そこで汚水を浄水に変えた後、川まで引いた水道に流す、という仕組みらしい。

 まあ汚水と言ってもいわゆる大小が主だから、知れていると言えば知れている。


 合成洗剤みたいなものは流通していないのだ。

 近代社会のような工業廃水レベルを心配する必要はない。


 工事は慣れてくると巨大なプラモデルでも作っているようでちょっと楽しかった。

 古い下水道に関わる部分も、基本ゴーレム仕事である。


 さすがに一日で完成とはいたらなかったが、ゴローも操れるゴーレムをフルに活動させて、予定よりも早く工事は完遂された。

 振り返ってみると、大がかなり部分より細かい部分のほうに時間がかかったようだ。


「そのへんは全部メドゥチさんまかせって感じでしたねえ」


 ゴーレムに後片付けをさせ、きちんと整地された庭でゴローは言う。


「お前さんにまかせるつもりは最初っからなかったよ。あたしの専門だからな」


 隣に立つメドゥチは、先ほどメイドが持ってきたお茶を飲んで微笑んだ。


「しかし、トイレ関係のことだからもう少し臭くて汚いものかと思ってました」


 さすがに抗菌処理がされた現代のものほどではなかったが、商館の旧トイレは案外きれいなものであった。

 排出したモノはぽちゃんと下に流れる水路に落ちる仕組みだ。


 他にも家人による掃除がきちん行き届いていたこともあるが。


「本当にお疲れさまでした。やはりその道のかたにお願いすると違いますよ」


 嬉しそうに言うのは家の主人・ティタニアである。

 改めて見ると彼女もかなりの美形だが、今一つ年がわかりにくい。別にどうでもいいが。


「それにしても、どうしてこんな工事を? 古いトイレも十分ちゃんとしたものでしたが」


「ま、お客様をより良くおもてなしできるようにですねえ」


 そういうことらしかった。

 何でも商売柄遠方から来る客が多く、ちょっとしたホテルみたいな役割もあるらしい。


 新しくなったトイレは真っ白でピカピカ。換気もばっちりで、おまけに完全水洗だ。

 他のことを考えると天国のような快適さであろう。


 これに慣れてしまうと、もう他の汲み取り式トイレには戻れないかもしれない。

 考えると確かに評判にはなるな、と納得するゴロー。


「それにしても気になってたけど、あなた……」


 ふとティタニアは不思議そうな顔でゴローを見つめる。


「子供なのに時々爺むさいしゃべりかたですねえ」


「…………はあ、すいません」


 別に謝ることではないが、謝ってしまうゴロー。


「それだけ苦労なさっているとか。それとも前世の記憶でもあったりします?」


「え」


「え?」


 冗談めかして言うティアタニアにゴローは瞠目し、それにティタニアは瞠目した。


「まさかとは思うけど、本当に?」


 ティタニアは探るようにメドゥチに視線を送る。


「あたしゃ、知らん」


 メドゥチは淡々と首を振るばかり。


「いや、その」


「……ふーん」


 誤魔化そうかどうしようかと迷っているゴローに、ティタニアは思案顔だ。


「そのゴーレムの才能は前世の記憶から?」


「いえ、ぜんぜん」


 つい素で返事をしてしまうゴロー。


「へえ。なら、今世で得たものでしょうかねえ」 


「はい、あの。というか、生まれ変わりとか前世とか、そういう胡散臭い……」


「確かに胡散臭いです。でも全くない話でもないのですよ」


 ティタニアは笑うが、すぐに真顔になり、


「そうなんですか」


 故郷にいた時には聞かなかったが、この世界にも転生とかいう考えはあるのか。

 ゴローはそんな風にも思った。


「私のおじいさんは、異世界の生まれと聞いています」


「いせかい?」


「ええ。この大陸がある世界とは違う世界なのか。それとも単に遠い土地なのか。そのへんはよくわからないけれど……そう聞いています」


 ティタニアは言いながら、空を見上げた。

 大小の雲がゆっくりと流れていく穏やかな空模様。


「あたしも紫の空に覆われた魔界って世界があるとは聞いてたことあるがね」


 メドゥチは器の茶を飲み干し、ゆるく笑った。


「魔界っていうと、悪魔とかそんなのがいる世界じゃあ」


「それじゃ地獄だ」


 ゴローの意見に、メドゥチは笑って手を振る。

 魔界と地獄――どっちも似たようなものではないかと、ゴローは思うだが。


「闇の世界……。闇の魔力に身をゆだねたエルフが住むという土地さ。もっとも闇のエルフは空高く浮かんだ島に住むという話もあるけどな。ま、どっちにしろおとぎ話だ」


「魔法使いなのに、そういうことは否定するのですねえ?」


「否定はしないさ。積極的に信じないだけ」


 ティタニアが言うとメドゥチは空の器を近くのメイドに突き出す。

 すぐに器に新しいお茶が注がれた。


 メイドも桃髪に黄色い肌に瞳が大きい。ムリアンである。

 この商館の者はみんなムリアンなのだそうだ。


「あなたに来てもらったのはゴーレムの術を期待してのことですが……。生まれ変わりの話を聞けるとは、これはラッキーですねえ」


「それは良かった……と言うのかどうか……」


「バレンシアさんはあんまりこういう話に興味はないでしょうけど」


 そういえばバレンシアはどのようにして自分のことを知ったのかと、ゴローは考える。

 あの使い魔と一緒にいたところを見ると、彼女から聞いたようだが。


「しかし、そんな夢の話みたいなものなんて」


「そんな判断はこちらのすること。で、あなたはどうなの。おぼえているんでしょう?」


「はい。まあ、そうです。一応は……」


「じゃあ色々と聞かせてください」


 ティタニアは分厚いノートのようなものを取り出すと、ニコリと笑うのだった。


「はあ……」


 生返事をしながら、ゴローは今ではほとんど思い出さなくなった日本のことを思う。





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