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その14、ムリアン

 その14、




「うーむ……」


 と、ゴローは外の景色を見てうなった。

 バレンシアの住む森から、正確にはその入口からほろ馬車に乗り五日ほど進んだ後――


 見えてきたものは多くの人で賑わう街並。

 色んな商人が店を出し、物売りがそれぞれ独特の声で売り歩く。


 様々な肌や髪の色をした人々が売り買いをし、行き交っている。


「ここですか」


「ここだな。このへんじゃ一番大きなツギンの街だ」


 馬車の中でゴローとメドゥチはそんな会話を交わすのだった。


「あんまりびっくりするなよ、王都に行ったらこんなもんじゃあないぞ」


「王都……そこにも行くんですか?」


「いや、行かないけど。今後行くかもしれないだろ」


「そうですねえ」


 煉瓦れんがで舗装された道路をゆっくりと進む馬車の中、二人の会話は尽きない。

 しかし、それにしても興味の尽きない光景だった。


 人は道ばかりではない。

 空にもいた。


 時折丸い透明なモノに包まれた人間らしき物体が街の上空を行く。

 馬車よりも若干早いが、そう大したスピードでもない。


「ありゃあ、一体……」


「ああ、移動魔法に長けた連中さ。機動力ってことに関しちゃあ一番だからな」


 思わずゴローがつぶやくと、メドゥチが律儀に答える。


「しかし、こんな田舎じゃ大した力を持ったヤツはいないな。いくら飛べてもあれじゃな」


 ガキの弓矢でも射落とされかねないぜ、メドゥチは笑うのだった。

 確かにもう少し距離があれば、ゴローの投げる石でも当たりそうではある。


「そういえば空に浮かぶ術はまだ習ってないですね……」


 少し懐かしささえ感じるバレンシアの顔を思い浮かべ、ゴローは首をひねった。

 あんな術が使えればさぞかし快適だろうに。


「お前には優れたゴーレムの術があるだろうが、そのうち空を飛ぶのも使えるさ」


「早く使いたいですなあ。空を飛ぶってのは憧れます」


「そんなにいいもんかね?」


 本心からそう言うゴローに、メドゥチは納得のいかない顔である。


 やがて馬車は大きめの商館の前で停まり、ゴローたちはそこで下車した。

 川沿いの道に建てられた青い屋根や壁の目立つ商館。


「遠路はるばるようこそ」


 商館で二人を出迎えてくれたのは、三十歳くらいの女性だった。


 動きやすい中性的な身なりをしており、動きもキビキビとしている。

 桃のような色合いの髪に、黄色い肌。黒目勝ちのパッチリとした黒い瞳。


 ゴローたちとも、バレンシアのようなエルフとも、またメドゥチとも違う。


「ムリアンを見るのは初めてですか?」


 我知らずのうちに見入ってしまったゴローに、女性は笑いかけた。


「むりあん?」


 知らない言葉だった。


「あなたとも遠い先祖は同じはずなんですけどねえ」


「でも、自分は人間……」


「その人間って言葉――元はどういう意味だったか知っておられます?」


 桃髪の女性は指を立てながら、フッと微笑する。

 ここで使われている『人間』を意味する言葉。


 発音のみを文字にすれば、多分『アートラス』というのが近いだろう。


「いえ、知りませんが……?」


 しかし、色んな方言や言語がたくさんあるから、あくまでこの近辺では、だが。


「それって、わたしたちの祖先がつけたのですよねえ」


「と言いますと……?」


 思わず、ゴローは身を乗り出した。何やら重要なことらしい。


「その昔、初めてわたしたちの先祖があなたたちの先祖と出会った時……お互いの言葉が全然わからずに苦労したそうで。その時、相手が持っていた書物を指して何か言っていた。先祖が質問をすると『アトラス』という言葉を言った。やがて、どうやらこの男性はアトラスという土地から来たらしいと、先祖は思い至ったわけですねえ」


「はあ」


「そこから、人間のことを指してアトラスと呼ぶようになったのです」


「なるほど。そういうお話があるわけですか」


「お話といより、公式記録。知らないでしょうけど、ムリアンは歴史や記録というのを正確に残すことを旨とする種族なので」


 ピンと人差し指を立て、自慢そうに女性はムリアンの言った。


「ところで、先祖がつながってるようなことをおっしゃられてましたけど……」


 ゴローがふと気になっていたことを尋ねてみる。


「ああ、そうそう。多分これも知らないでしょうけど、わたしたちムリアンは女しかいません。あなた、メハジ村の出身でしょ? あのへんはムリアンの血を引く人間がほとんどなのです」


「何か壮大な感じっすね」


「人間といっても色々種類がありますけど。あなたは多分……チョービィカ系でしょうか」


「他にはどんなのが?」


「そうですねえ……レン、ヒィト、ヒューマン……後はロマヌスとかメリケンとか」


「…………」


 言葉の中にいくつか覚えのある発音もあった。


 ヒューマン――人間を意味する英語だ。

 まあ偶然音が似ているだけかもしれない。関連性はなかろう。


「魔法の発展したところじゃ、翻訳魔法って便利なものがあるから色んな面倒がなくって良いっていうけど。ある意味寂しい気もしますねえ」


 そんな言葉を聞きながら、ゴローは前世の記憶を強く反芻はんすうしていた。

 ぼやけた記憶ばかりだが、妙に生々しく克明なものもある。


 しかし現在では半分近くが霧に包まれたような、忘却寸前のものだった。


「おっと、申し遅れました。わたしはティタニア。この商館の主人」


 ムリアンの女性は、胸に手を当ててそう名乗った。


「はい、ティタニアさん。それで、自分はここで何をすれば……」


「この館の水道工事さ」


 今まで無言で窓の外を見ていたメドゥチが振り返り、言った。


「まあそういうことですね。正確には下水道工事を」


「確かに人手は要りそうですけど、自分は専門知識なんかありませんよ」


「それはこっちの領分だからいいのさ。肝心なところはあたしがやる。お前はゴーレムを思う存分操ってくれたらいい」


 と、メドゥチは軽く胸を叩くのだった。


「この館の便所を最新式の快適な奴に改良するんだ! すげえだろ?」


 そう言われても、ゴローにはよくわからない。

 村にいた頃の便所は溜めては捨てる汲み取り式で、溜まったものは村外れや森の近くに穴を掘って埋めた。


 そういう作業を何度もゴーレムにさせたこともある。

 バレンシアの家ではかなり快適で日本の水洗トイレに近かった。


 排泄したものは分解されて土に溶け、直接樹木や森全体の栄養になるのだそうだ。

 考えてみると、相当贅沢な造りかもしれない。





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