その11、青い髪の乙女
その11、
ゴローは森の中を進んでいた。
自分の足で歩いているのではない。
作ったばかりのゴーレムに乗り、ゆるゆると進んでいるのだ。
季節は巡り、春。森の様子も優しくなってきている。
様々な野草の新芽をつんで帰るのが今回の課題であった。
「運搬にはゴーレムを使うように」
使ってもよい、ではなく『使え』というのがミソである。
今までバレンシアがゴローに課した修行内容。
それは何度も土や石ゴーレムを作っては壊し、壊しては作るの繰り返しであった。
「この程度のゴーレムは一瞬で十体以上作って同時操作できないとね」
あと、造詣がいい加減すぎ! と、バレンシアはゴロー製のゴーレムを批評した。
「ゴーレムはただ人間を真似ていればいいってものじゃない。作り物の利点も兼ね備えてこそ意味があるの。ほら、ここの造作が甘い。これじゃ鈍足になるわけだわ……」
こんな具合に山盛りになった土に何度も魔法をかけていくのだった。
魔力そのものは余裕があっても、同じ作業の繰り返しは次第に苦痛となっていく。
しかし、そうなってきて初めて修業は本格化するらしい。
一日中ゴーレムにかまける毎日で、しまいには夢の中でさえゴーレム漬けだった。
(簡単じゃない。少なくとも全然ラクじゃない……!)
ボウッとする頭でそんな愚痴を垂れながらの過酷な日々。
それにどうにか慣れてくると、今度は違う形状のゴーレムを造らされる。
四つ足で歩く獣のようなゴーレム。
犬のようなモノ。猫に似たモノ。ネズミのような小さいモノ。
これは人型と違ってかなり難しかった。
人型は自然自分の肉体と通じることもあり、最初からイメージできる。
しかし、四つ足のものはそうはいかなかった。
どのように動かし、どのように形を成すのか。
そのへんを事前に学習し、しっかりと頭に収めておかねばならない。
「動物型ができるようになれば、飛行できるものね。ま、これは難しいからちょっと先の話かしらねえ」
と、笑うバレンシア。
だが彼女の感覚で言う『ちょっと先』とは果たしてどのくらいやら。
それ以前にまだ動物型ゴーレムをマスターしてもいない。
現在乗っているゴーレムもどこかぎこちなく、オモチャっぽい造形と動作。
師匠たるバレンシアのような、本物そっくりの動物型ゴーレムには到底及ばない。
驚いたことに。
最初にバレンシアと共に乗ってきた馬は本物ではなく、彼女が作ったゴーレムなのだ。
そういえば臭いがしなかった気もするが、鳴き声といい感触といい――
本物としか思えない……そんな代物だった。
「造るのにはちょっとばかり時間がかかったわ」
そう言うバレンシアだったが、その時間を具体的に聞いてみると、
「十年よ」
であった。
さらに、工業製品のように大量生産できるというものでもないらしい。
というか、バレンシアにはそういう発想自体なかったようだ。
それなら普通に馬を育てたほうがはるかに確実だろう。
「しかし、ああいう細かそうな作業は向いてない気がするなあ……」
ゴーレムから降り、新芽を探しながらゴローはつぶやく。
雑に作ったゴーレムに力仕事をさせる。
そういうもののほうが、ずっと良い。少なくとも楽だった。
しかし、その作業の途中でゴローは手を止めて、その場に立ち尽くす。
視線が静かに移動して、少し離れた木陰のあたりをさまよい出した。
何かの気配を感じるのだ。
魔力の渦が静かに、動いているのをゴローの感覚はキャッチしたのである。
そういうものは、瞑想漬けの日々で鍛えられていた。
だが、魔法使いは普通魔力を外に漏らさないようにする。
余計な力が漏れだせばその分自分が弱まるし、無暗に放出された人体の魔力は外部の諸物に影響を与えてしまう。
大抵は良い影響を与えずに、ろくでもないことになることが大半だとか。
「しかし、どうもなあ……」
感じられる魔力はわずかなものだが、何かこちらを引き寄せるような感触がある。
罠かもしれない、とゴローは思った。
そう思いはしたが、結局ゴーレムを先行させるという形ながら、魔力の感じる場所へと進むことにしたのである。
すると、木陰に何かがいた。しかし、動く様子はない。
さらに接近してよく見ると、それはどうやら人間であるらしい。
青い髪をした、若い女だった。
「何じゃこりゃ……」
ゴローはゴーレムの一体を人型に変形させ、助け起こさせる。
もしかしたら罠かも知れない、という不安もあったし、見知らぬ女性に触れることに抵抗も感じていた。
助け起こした瞬間ナイフを突きつけられたり、後でチカンされたと訴えられても困る。
(まあ、ここは現代日本じゃないから、そんな心配はいらんと思うけど――)
内心自分に苦笑しながら、ゴローは女性の様子をうかがった。
顔色は悪いが、特に外傷はない。
青く長い髪をしており、つるんとしたおでこの端正な顔の女、いや女の子。
素直に美少女と言ってよろしかろう。
「う……」
そうこうしているうちに、少女からうめき声が漏れる。
ゆっくりと首を起こしながら、ゴローを見た。
「子供……」
少女は言った。まあ確かにゴローは子供だ。十歳にもならない。
もっともそう言う少女もせいぜい十五、六くらいにしか見えないが。
前世の基準で言えば未成年、子供である。
「大丈夫ですか?」
「ああ、ちょっと腹が減ってるだけだ……」
少女はノロノロと体を起こし、首を振りながら言った。
ゴローは持ってきた保存食と革製の水筒を差し出す。
森の中を移動する場合必ず非常用の食糧や水は用意する。
これはバレンシアに教えられたことだ。
森や山では、移動中不意に急激な空腹や虚脱感に襲われることがある。
こうなってしまうともう自力で歩くことはおろか立つことすら難しい。
そういった事態に備えて、簡単に食べられる非常食の形態は必須なのだ。
少女は保存食を貪り食い、水を飲む。そこには遠慮の欠片もなかった。
「助かったよ、礼を言う。あのままじゃ行き倒れになるとこだった」
飲み食いを終え、人心地ついたらしい少女は、頭を掻きながら礼を述べる。
「あんた、この近くの子かい?」
目を開いた少女の瞳は鋭く、野生的な香りのするものだった。
しかし、ゴローに対する口調は穏やかで屈託のないものである。
純情ヤンキー。ゴローの脳裏に何故だかそんな言葉がよぎった。