第一章:霧雨
雨。それは、お空の涙。誰かが悲しんでいるから、空も悲しみ、雨が降る。
笑顔は太陽。雨を温かく照らしてくれる。悲しんでいる子には、優しい笑顔で温めてあげて。
窓際に座っている高校三年生の氷川春弥は、思い出深い絵本の一説をふと思い出した。幼少期に、母親に何度も読んでもらった絵本だ。
立て続けに、やわらかい挿絵と表紙絵が思い出される。
「おい、春弥!よそ見すんなよ。ここ、理解しんと赤取るぞ」
授業中にも関わらず、ただ雨の降る夏の世界を眺めている春弥に、先生が注意した。
春弥は小さく頷き、黒板に向き直った。周りの席がひそひそと騒がしくなった。
先生は、相変わらずよく分からない数式を黄色いチョークで黒板に書き込む。
「はいじゃあこの公式を使って、練習二十二番、解いてな。終わった人からもうテストあるからテスト勉強やら課題やらやってな」
黒板にチョークを打ち付ける音が止む。自然と外の音が耳に入ってきた。
それにしても、どうして雨の音はこうも心地のいいものなのだろうか。目を瞑ると、まるで美しい自然が耳から流れこんでくる、そんな気分になる。
ふと、すぐそばに何かの気配を感じた。なんかやばいぞ、そう春弥は察する。
目を開くと、案の定、目の前に先生が立っていた。
「やる気ないんなら授業受けるなよ、前回のテストの成績覚えとんのか?なあ。お前ほんとに頑張らなやばいでな」
春弥にしか聞こえないような小さな声で、先生は言った。周囲の生徒を気遣ったのだろうか。
「すみません」と春弥はとっさに謝罪した。先生はさらに、七限後職員室まで来い、と相変わらずの低いトーンで付け足した。
先生が立ち去った後、例の如くざわついた。先生は威圧するような目つきで教室じゅうを嘗めまわし、ざわつきを鎮める。
春弥はひどく後悔した。いつもこうだった。雨が降った日は、いつもの様に外に気を取られ、授業がままならなくなる。
雨に、何か特別な思い入れがあるのだろうか。しかし春弥自身はただ雨が好きという感情以外、何も感じてなかった。