少女の水彩画
お題
『頭痛薬』
『博物館』
『モノローグ』
「聞いて驚け、後輩よ。ついに俺の絵が中央博物館に飾られるぞ」
「……はい?」
クリスマスの鈴の音がもうすぐ聞こえてくるであろうこの日のの放課後、冷え切った美術室の中でだるまストーブがせっせと働いていた。
そのだるまストーブに当たって凍える手を温めていた後輩の奏は、俺の言葉にそんな素っ頓狂な返事をした。
「聞き取れなかったか? ついに俺の絵が中央博物館に飾られるぞ」
「いえ、聞き取れなかったわけじゃありません」
奏は長い黒髪を揺らしながら、手はそのままに顔だけこちらに向けてきた。
「中央博物館って、あの中央博物館ですよね?」
「ああ。かつてダ・ヴィンチのモナリザが飾られたわが県の誇る博物館だ」
「レプリカでしたけどね」
「たとえレプリカだとしても立派な芸術品に違いはないだろう」
「そうですけど」
若干不服そうに小鼻を膨らませる奏。
中央博物館とは、わが県最大の博物館で、歴史、鉄道、文化など展示品の種類は多岐に渡り、その半分は名誉ある数々の美術品で占められている。つまり、半分のスペースが美術館になっているというわけだ。
とはいえ、予算の都合上本物ではなくレプリカを借りてきて展示することも少なくない。別に偽装しているわけでもないので問題はないのだが。
「それで? そんな立派な博物館がどうして先輩の絵なんかを飾らなきゃいけないんですか?」
「なんかとは失礼な」
眉をひそめて言外に不快感を示すと、奏はすっと目をそらした。
まあいい。今の俺は気分が良いんだ。
鞄の中から一枚のチラシを取り出して、奏へと差し出す。
「奏は油絵ばかり描くから知らなかったかもしれんが、今度中央博物館が主催になって水彩画のコンペを開くんだ」
「確かに私は油絵が専門ですけど、これぐらいの情報なら知ってますよ。確か、人間国宝の篠山先生が審査員をするんですよね」
そう言いながらチラシを眺める奏。
「知っているなら話が早いな。そのコンペに参加したんだよ。だから、俺の絵が中央博物館に飾られるってわけだ」
「へえ……」
俺の話を聞いているのかいないのか、奏は視線をチラシの上を動かしながら、あ、油絵のコンペもあるんだ、などと呟いていた。
まったく、と俺が呆れていると、奏はあることに気づいたようで、あれ?と小さな声を漏らした。
「先輩、これ結果が出るのって来年の春じゃないですか。なのになんで絵が飾られるなんてわかるんですか?」
「そんなの、俺だからに決まってるだろう」
「……ああ、いつものヤツですか」
何かに思い至った奏は、そう言って急に立ち上がり、会話を打ち切ろうとした。
「ちょっと待て。急にどうした」
「どうしたも何も、いつもの根拠のない自信ですよね。ああ、呆れて頭痛くなってきましたよ」
「頭痛か? 頭痛薬ならあるぞ」
「なんで持ってるんですか……いりませんよ別に」
「そうか」
急に頭が痛いと言ったり、奏はどうしたんだ一体。
「まあいいや、そのコンペに出した絵、写真撮ってるからみてみろよ」
ポケットからスマホを取り出して、冷え切った手で操作する。
「いいですけど、またいつも通り風景画ですよね? どこの風景ですか?」
「いや、今回は趣向を変えて人物画にしてみたんだ。ずっと描きたかったからな」
「そうなんですか?」
絵をスマホの画面に表示して、奏に見せた。
そこに表れていたのは、長い黒髪の少女が、真剣な表情で絵を描いている様子だった。
「こ、これ私じゃないですか!」
「ああ。どうだ、よく描けているだろう」
「描けてるって言うか……なんで勝手に描くんですか!」
「なんでって、ちょっと前に何を描けばいいか訊いた時、描きたい物を描けばいいじゃないですか、って奏が言ったんだろ」
「言いましたけど、あんな雑談みたいな……しかもこれ、コンペにも出したんですよね!?」
「ああ、昨日手続きしてきた」
「だから昨日いなかったんですね……ああもう……先輩の事だから何言っても意味なかったんでしょうけど……」
「まあ、もう出してきたからな」
「そうじゃなくて……もう良いですよ、はあ」
なぜか溜息をつく奏。
充分良い出来だと思うが……何がまずかったんだろうか。
「良いか、見てみろこの真剣な表情を。多分この時、もう完成までまっしぐらに書き続けるだけだったんだろうな。一心不乱でキャンバスに色を付けて……おい、奏、どこに行く」
「ちょっとお花詰んでくるだけですよ、いいから先輩はそうやっていつもみたくモノローグを続けててください」
「いや、別に俺は一人で語り続ける趣味は無いんだが……」
「え、いつもの先輩のあれって独り言じゃなかったんですか?」
「お前との雑談のつもりだったんだが!?」
モノローグというお題から、あえて会話を中心にしました。
ファンタジー要素の無い話も好きです。