地下街の熱闘
お題
『カレー』
『地下街』
『こたつ』
太陽が本格的にその実力を発揮し始めた初夏。
三野瀬高校の体育館裏には、焼却炉がある。
そして、その焼却炉のすぐそばにはマンホールがあるのだが、実はこのマンホール、誰でも簡単に開くことができるのである。
しかも、その先に広がっているのは陰湿な下水道ではなく様々な人で賑わう地下街が広がっているのだ。
地下街の入り口は別にここだけではなく駅前からは普通の入り口もあるのだが、三野瀬高校から行くならこのルートを使うのが一番早い。
というわけで、俺はホームルームが終わるなりすぐさま教室を飛び出し、この道のりで地下街へとたどり着いたのである。
なぜ俺がこうまで急いでこの地下街にやってきたかと言うと、地下街の一角で開かれる早食い大会にエントリーする為である。
「ふぅ……なんとか間に合ったな」
この大会、エントリーの締め切りがホームルームの終わるたった15分後なのである。近道を駆使してようやく間に合う時間だ。
簡単にエントリーを終えて1参加者の控室へと移った俺は、5番の缶バッジをつけながら改めて大会のチラシに目を通した。
俺がこの大会にエントリーする理由はただ一つ……優勝賞品の金券を獲得するためだ。
金券と言っても、使えるのはこの地下街の中だけなのだが、俺の目的のためにはこれで十分なのだ。
料理はまだ発表されていないが、これでも早食いにはそれなりに自信があるのだ。
「兄ちゃん、頑張るからな」
そう決意を新たにしたところで、役員が控室を尋ねてきた。
もう大会が始まる時間のようだ。
よし、行くか。
「さて! それでは只今より三野瀬地下商店街主催、早食い選手権を開催いたします!」
白いスーツを着たハイテンションの司会者が大会の開始を告げる。
ただ、俺の耳には……いや、殆どの参加者の耳にその声は届いていないだろう。
なぜかと言えば、皆、目の前に置かれたこたつとその上にならぶ料理に目を討ばれているからだ。
これでもかというほど香辛料の使用されたカレーに、ぐつぐつと音を立てながら煮えたぎる鍋だ。
一人用のサイズのためあまり量が多い訳ではなかったが、チゲ鍋だった。
改めて確認するが、今は夏だ。
「それではルールを説明いたします!」
そんな俺達参加者を無視して、司会者は進行を進めた。
「といっても、ルールは簡単。こたつに入り、各選手の前に置かれたカレー、そしてチゲ鍋をこの順に食べていただきます! そして、最も早く間食した選手の優勝です! ただし、料理はどちらも激辛となっております! 鍋の火は開始と共に消して構いません!」
このクソ熱い夏に激辛カレーに激辛チゲ鍋……しかも、こたつに入りながらか。
そうなると、これは早食い選手権というより我慢大会の方がニュアンスとして正しいんじゃないか?
続けて賞品や細かなルールを説明した司会者は、俺達を席に着くように……こたつに入るように促した。
言われた通り、こたつに足を入れて座ると、
「あっつ……」
という声が後悔の念とともにどこからともなく聞こえてきた。
もしかしたらその声を発したのは俺かもしれない。
「それでは、皆さん準備が出来ましたようですね。それでは、レディー……ゴー!」
そして、地獄の始まりを告げるゴングが地下街中に鳴り響いた。
何はともあれ15人の参加者は皆一斉に鍋の火を消した。
そして、多くの参加者がそうしたように俺はカレーを一口掬い口へと運んだ。
「~~~!?!!??」
その瞬間、俺はこの大会にエントリーしたことを激しく後悔した。
辛いなんてもんじゃない。
痛い。口の中がただただ痛い。
「うぅ……!」
けれど、俺は諦めるわけにはいかない。
家でのんきに本でも読んでいるであろう可愛い妹の為に、俺は何としてでも優勝しなくちゃならんのだ。
コップの水を一気に口に流し込み、少しでも辛さを軽減させる。あまり効果はなかったが。
とにかく、あまり考えても仕方がない。
ただひたすらに心を殺し、カレーを口へと運び、飲み込む。
俺は、それをただただ繰り返した。
試合が始まってから20分が経過したころ、ようやく俺はカレーを食べ終わった。普通のカレーなら5分もかからずに食べ切れるのに、思った以上に辛さの影響がデカかった。
「さあ、4人目にカレーを食べきったのは15番の高校生だ! まだまだ挽回できるぞ! ここから逆転成るか!?」
司会者のその声で、俺の今の順位を知る。
4位だって? それじゃ全然ダメだ。
ハンカチで大量の汗をぬぐった後、土鍋から食材を取り皿に移す。
……赤いな。
その目に刺激を与えるような赤に一瞬慄いてしまう。
というか、多分唐辛子のせいでホントに目にダメージが来てる。
でも、俺は覚悟を決めて白菜を口の中に放り込む。
先日妹が欲しがっていた大きな白いウサギのぬいぐるみを家に持ち帰る為、俺はなんとしても優勝してあの金券を手に入れなければいけないのだ。
口に入れた白菜は、やはりと言うか当然と言うか、俺の口の中に多大なダメージを及ぼした。
「辛っ……あっつ!!!!」
あ、絶対火傷したわ、これ。
「ただいまー……」
「お兄ちゃんおかえりー!」
ひりひりと痛む口をいたわりながら家のドアを開けた俺のもとに、てとてととかわいらしく妹が駆け寄ってきた。
「お兄ちゃん、げんきないの?」
「ああ……ちょっとな……。あ、そうだ、これいるか?」
そう言って俺が妹に差し出したのは、早食い選手権参加賞のお菓子の詰め合わせセットだった。
あの後、俺は口の中を火傷したことで急速に食べるペースを落として終わってみれば9位だった。
「おかしだ!」
「ごめんな……こんなものしかあげられなくて」
「え? おかしうれしいよ! お兄ちゃんもいっしょに食べようよ!」
屈託のない笑顔の妹に対して、不覚にも俺は目元を潤ませてしまった。
ぬいぐるみは、バイトを頑張って稼いで買う事にしよう。
そして、なんとなく俺は妹の頭をなでた。
「……いや、いいよ。兄ちゃん、おなかいっぱいだからさ」
今回は比較的お題を活用できたと思います。
無理矢理三野瀬高校を絡めたのは、まあルール上の都合という事で。