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僕の名前を呼んでくれ

お題

『自然』

『ごはん』

『トイレ』


キーンコーンカーンコーン……。


 昼休みの訪れを告げるチャイムが鳴り、ガタガタと音を立てながら生徒達は席を立つ。生徒達の6割ほどは学食を利用する生徒達で、ワイワイと騒ぎながら教室を出ていった。

 教室に残った生徒達も、自前の弁当を鞄から取り出して、皆友人と席を囲んで昼食を取ろうとしていた。


「で? 今日こそ話しかけるんだろ? (まこと)


 そんな言葉を僕にかけたのは、僕の友人である颯太(そうた)だった。


「う、うん……」


 そう言って頷く僕の視線の先には、長い茶髪を緩やかな風になびかせる橋川(はしがわ)さんがいた。

 一人ポツンと席に座っている橋川さんは、登校時に買っておいたのだろうコンビニ袋を鞄から取り出している最中だった。


「何を弱気になってんだ。まずは昼飯を一緒に食べる所から始めようって言いだしたのはお前だろ?」

「そうだけど……」


 何を隠そう、僕は橋川さんに惚れている。

 その麗しいルックスもそうだけど、定期テストで常に上位を取っていく頭脳の良さや、文化祭などで率先して仕事をこなす姿勢にも憧れている。僕だって成績は悪くない方だけど、橋川さん二勝てたことは一度もない。

 しかし、悲しいかな、僕と橋川さんの間にある接点なんて何一つ存在せず、強いてあげるとしてもせいぜい同じクラス、というだけのものだ。

 いっそもう告白してしまおうか、とも考えたが、その旨を颯太に相談したところ、


「いや、まともに知り合ってもいないのに告白されてオーケーする奴はそうそういない。お前も、橋川さんがそんな人だとは思わないだろ?」


 とのアドバイスをいただき、まずは仲良くなるところから始めることにしたのだ。

 とはいっても、橋川さんはどこかの部活動に入ってるわけでもなさそうだし、クラスでも誰かと仲良さげに話してる場面を目撃したことはない。故に、橋川さんの趣味も分からない。

 というわけで、とりあえず昼飯を一緒に食べよう、と考えたのだ。橋川さんはいつも一人で食べてるしね。

 ただし、そう決意したのが既に三日も前の事。

 この三日間、何度か話しかけに行こうとしているが、いつも怖気づいてしまう。


「ね、ねえ颯太。とりあえず今日も屋上に行かない?」

「またそれか! いい加減じれったいわ! ほら!」

「え? ちょ、ちょっと!」


 今日も諦めようとしたところ、颯太に押されて強制的に橋川さんの席の前まで来てしまった。


「……何?」


 怪訝な表情でこちらを見上げる橋川さん。あ、上目使いも可愛い。

 じゃなくて!

 なるべく自然に、怪しまれないように……。


「は、は、は、はしぎゃわさん!」


 噛んだ!


「いいいいい、一緒にごはん食べない?」


 言えた!

 やっと口から出せたその言葉はきっと橋川さんにも届いたのだろうけど、どもりながら伝えた提案の返答は、


「……どうして?」


 とまあ至極当然のものだった。

 もちろん、それはそうなんだ。大して仲良くもない男子に急に『一緒にごはん食べない?』なんて言われていいよ!とはなかなか言いづらいだろうし、もし言えるんだったら多分橋川さんは一人で昼飯なんか食べてない。

 ただ、ごはんに誘った理由を馬鹿正直に言うことは出来ない。

 『橋川さんが好きだからです!』なんて言ったらそれこそどんな目で見られるか……。


「あ、いや、えーと……」

「いやあ、いつも真は俺と食べてるんだけどな? 今日はちょっと俺が用事あるからさ、せっかくなら橋川さんと食べたいんだとよ」


 と、助け船を出してくれた颯太。

 ……けど、微妙にフォローになってない気がする。


「ねえ、用事って、わざわざそんな」


 小声で颯太に耳打ちする。


「いいさ、別に。どの道お前のためだ。なあに、俺はちょっとトイレで時間でも潰してくるさ」

「ごめんね……」

「いいってことよ」


 ひそひそ話をする僕らに、橋川さんが話しかけてきた。


「なんで私と?」

「ん? 真のやつ、一人で教室で食うのは嫌だけど、既にグループになってる人たちのところに行くのはもっと嫌なんだと」

「なら、私じゃなくてもあっちで食べてる男子たちにお邪魔させてもらえばいいじゃない」


 そう言いながら橋川さんが教室の前方の方を指差す。


「あー……」


 これには、颯太も口を閉じてしまう。

 確かに、颯太の説明ではそっちの方がよっぽどましな提案である。


「で、でも! 僕は、橋川さんと食べたいんだ!」

「……そう」

「あ、えっと、いや、橋川さんがどうしても嫌だって言うんなら、良いんだけど……」


 橋川さんの表情をうかがってみるが、あまり優れた様子ではない。

 ……これは駄目かも……。


「ご、ごめんね! 変な事言っちゃって! は、橋川さん、じゃあね」


 そそくさと退散すべく弁当を持って立ち去ろうとしたその時、


「待って」


 と、橋川さんに呼び止められた。


「別にかまわないわよ。邪魔するわけでもないでしょうし」

「……いいの?」

「ええ。『一緒に食べない?』なんて初めて言われたから、ちょっと戸惑っちゃっただけだから」

「あ、ありがとう!」

「いいわよ、そんな。一緒に食べるだけでしょう?」


 ……やっぱり、橋川さんは優しいな。

 仲良くなって、絶対に告白しよう、うん。


「ところで、名前を聞いてもいいかしら。申し訳ないんだけど、人の名前を覚えるのは苦手で……」


 なんと。

 橋川さんの中では、僕はクラスメイトどころか名もないモブAだったらしい。

 まあ、それも無理からぬことだろうけど……僕、存在感ある方じゃないし。

 まあいいさ、いつか、橋川さんにとって絶対に忘れられない名前にして見せるから。


「真。椎名(しいな) 真だよ」


 そう言って、僕は弁当の風呂敷を広げた。

ラブコメを書きたかったけどコメ要素が無かった。

橋川さんを狙う男子はきっと多いはず。

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