魔術師の朝は遅い
お題
『クレープ』
『ポシェット』
『林』
朝。
「ハッ、ハッ、ハッ……」
始業時刻まであと5分を切っているにもかかわらず、私は教室は愚か校舎内にも入っておらず、ひたすらに林の中を走っていた。
理由は簡単、寝坊である。
私の家はちょうど学校の真裏にあるのだが、校舎と私の家の間にはとてつもなく大きな林がある。この林ももちろん三野瀬高校の敷地である。
当然この林を迂回するルートもあるが、急いでいるならこの林を突っ切った方が早いのだ。
私の持ち物は、肩からかけている『商売道具』の入った黄色いポシェットと、勉強道具の入ったカバンだ。もっとも、勉強道具のほとんどは学校においてあるから荷物はあまり重くはないのだけれど。
「あー、ダメだこれ間に合わない! ワープしよう!」
そう言って、私は足を止めて近くの木に右腕をついて荒くなった息を整える。
完全回復は出来ていないが、何度かの深呼吸でなんとか頭は動くようになった。
ポシェットの中を漁って縦に細長い白い紙と黒の筆ペンを取り出した私は、近くにあった平らな岩を台にしてその紙に魔法陣を書き始める。
「やっぱ、ちゃんとした机じゃないと書きづらいな……えー、林の中をワープできれば良い訳だから……」
魔法陣の中心に、林の出口の座標を書き込み、簡易的な転移魔法の魔法陣を完成させる。
本来、転移魔法はもっとサイズを大きくして書き込みの細かい魔法陣が必要なのだけど、三野瀬高校に漂っている魔力を考えれば、このサイズでも問題ないはずだ。
「あと3分か……何とかなるでしょ!」
魔法陣を書いた紙を、手ごろな太さの木にバシッと叩きつける。
すると、木の幹が歪み、暗い闇の広がるワームホールが出現した。
手早く荷物をまとめて、そのワームホールへと飛び込む。
すると、視界が一気に開け、どこかの林の端……というより、出口に到達していた。
私は、勢いよく林から飛び出した。
「よし! これならギリギリで間に合……あれ?」
そこにあったのは、私が登校するはずの校舎ではなく、未だ開店前のクレープ屋だった。
このクレープ屋、見覚えがある。
……というか、先週末に友人とここに来た覚えがある。
「やっべ、ここ北公園じゃん!」
なぜか、校内の林ではなく北公園の林にワープしてしまったらしい。
「なんで? 座標の位置は間違ってなかったはずなのに……」
考えられることと言えば魔法陣そのもののミスで、もしかしたら岩の上で書いたから線がガタガタになって転移魔法がうまく作用しなかったのかもしれない。
やっぱり魔法陣はちゃんとした机で書かないとだめだな……。
「あ! そうだ、時間!」
慌てて腕時計で確認すると、時刻は既に始業時刻を過ぎていた。
「……今日はもういいや。ゆっくり歩いてこう」
北公園からなら、大体一時間目の途中くらいには学校に着けるはずだ。
「とんだ遠回りになっちゃったなあ……」
思っていたより山の無い話になりました。
日常のワンシーンをそのまま切り取ったような感じです。




