稼ぎ手が増えたが手間も増えた の巻
拾った子供淫魔は、イゾルデのいる娼館で働く事になった。
もちろん裏方だ。
幸いにも読み書きや計算が出来るので、店には喜ばれた。
意外に給金も待遇も良いようだ。
しかし、ウメは嬉しくない。
「ええー、毎日送り迎えー!?」
「当たり前だろう。まぁ、この店の従業員に手を出すアホは居ないがな」
雇用条件などを審査するため立ち会う、と言い張ってついてきたイアンが言う。
ちらりとイゾルデを伺い、彼女が微笑むと相好を崩している。
しまりの無い顔しちゃって。
こいつ絶対イゾルデに会いたいがために、立ち会いとか言っちゃってるな。
「なら一人で通わせても良いじゃないですか」
「ここにアホがいる。街はともかく、物騒なのはお前の住んでる森だ」
「いやいや、部外者には危険ですけど、さすがにうちの者には安全設計ですよー?」
ウメが言うと、ナイチンゲールが嬉しそうな笑みを浮かべる。
「人が心配する気持ちはわからないでもないけど、サイズはどうあれ淫魔の男体だもの。その辺の人族には負けないわよ?」
イゾルデが朝から色っぽい仕草とハスキーボイスで言うと、イアンが顔を赤くして硬直した。
本当に仕様の無い役人だ。
「ただ、印しはあった方がいいわね。店と魔女の証両方があれば、滅多なことは起こらないわよ」
「そうだね。ちなみに店は指輪?」
「私たち商品はね。他の従業員はキーホルダーよ。アクセサリー類は仕事の邪魔になるから」
イゾルデが白魚のような手をヒラヒラさせて見せたのは、雇い主がわかる印籠代わりの指輪だ。
身の証となるのだが、近隣国では首輪や腕輪で隸屬の証となっている。
この国には奴隷制度はなく証の意味合いは違うが、隣国のそれと誤解されないように、ペンダントや指輪などの外しやすいアクセサリー型や証明書の型で携帯するものが多い。
証を持つものを傷つけた者は、その証を与えた者から問答無用で報復を受ける。
証を持つものに不満あれば、与えた者に申し出なければならない。
「じゃあ、私のもそのホルダーに一緒に付けて・・・」
「首輪が良いです!あ、腕輪でも足輪でも」
ウメに皆まで言わせずナイチンゲールが声をあげる。
何だかわからないが、ナイチンゲールが身につけるタイプの証を欲している事は分かった。
首輪はないわー、と思ったので、ウメは着脱可能な腕輪を作ってあげる事にした。
もちろん、材料費は給料から出すようにと申しつける。
ドン引きするイアンとは対照的に、ナイチンゲールは前のめりで大きく頷いた。
結局、慣れるまでは送迎をするという事で話はまとまる。
帰りはまだしも、朝なんて最悪だ。
今以上に早起きしなければならないなんて。
しかも毎日。
ナイチンゲールを置いて店を出たウメは、イライラの発散をすべく、街の中央の、ある場所へと向かう。
傷だらけの重厚な扉を、杖を使って思い切り開く。
バーン!
「たのもー!」
「ゲッ!ウメだ!」
「うわっ!また来やがった」
「おい!外に出るぞ!巻き込まれたくない」
慌てるムサイ男ども。
誰もかれもが身体か顔に傷を持ち、筋肉むきむきで臭そうだ。
どうみても歓迎されていないが、ウメは気にせずカウンターに向かう。
ここは冒険者たちのたまり場。
隣りのギルドと屋外通路で繋がっており、依頼待ちや情報収集のために登録者が集う休憩所となっている。
飲み屋と食堂も兼ねており、それらは一般開放されているので、ウメが出入るするのに支障は無い。
まぁ、普通の娘さんは決して入ってきたりしないが。
「何しにきやがった!」
「あ、ジル。ひさしぶりー」
鼻息も荒い男にひらひらと手を振る。
ジルは冒険者にしては見目の良い男で、ウメのお気に入りだ。
しかし相手からはとある事件以来、疫病神あつかいされている。
「ストレス溜まっちゃってさー。また発散に来たよ」
「「「来るんじゃねーーーっ!!」」」
早朝のすがすがしい空気を引き裂くように、おっさんどもの怒号が響いた。
2時間後、すっきりしたウメが鼻息交じりに建物を出てきた。
先ほど逃げ出した何人かの冒険者が、恐る恐る建物に戻る。
部屋の隅でちびちびと飲み物を飲んでいるジルを発見。
「おい、どうなったんだ?」
「・・・」
哀愁漂うジルの横を通り抜け、カウンターの横の扉に向かう。
人ひとり通れる程度の小さな扉からは、中庭と離れにわたる石畳があるのだが、そこには多数の倒れ伏した冒険者が。
「あの女、またやりやがった!」
「魔女の道場破り!」
「くっそ!また生存者なしか!」
「なんなんだよあいつ!魔女じゃねーのかよ!」
「・・・魔女って戦闘力高いのか?Bランクの冒険者より?」
「お、おい・・・カイゼル倒れてるぜ」
「か、カイゼル・・・おまえ・・・」
「え、あいつってAランクじゃねーの?・・・え?」
処女裳女魔女ウメに”DV女”のレッテルが張られる日も近い。