行き遅れ魔女の新しい朝 の巻
お久しぶりです。
現実逃避の為に追筆しはじめました。
ナイチンゲールと名乗った淫魔は、厳正なる役所審査により成体と判断され、保護不要の決定を下された。
つまり、保護院に押し込むことも出来ず、ウメの家に残っても養育費などの国の支援は望めないということになる。
ウメは台所に立つ元子供を恨みがましい目で見やる。
そんな視線に気が付いたのか、ナイチンゲールが振り向いた。
「もう少し待ってね、あとはスープを温めるだけだから」
青年淫魔がお玉を片手に、優しく笑いかけてきた。
やばい。キュンとときめく心臓に拳で喝を入れる。
料理はここに来て初めてやったらしいが、手先が器用で要領も良いため、たった5日で掃除や洗濯だけでなく、料理までこなし始めた。
既にその女子力はウメより高い。マジやばい。
ナイチンゲールが甲斐甲斐しく働くお蔭でウメはここ数日、お日様の香りのシーツで眠り、暖かい食事を朝晩食べ、カビやコケでぬるぬるしないお風呂に入っている。
天国すぎる。
イゾルデの娼館で魔力補給をおこなったのは5日も前になるが、元子供のナイチンゲールは16,7歳ぐらいの容姿を保ったままだ。
相変わらず腰は細いが、見つけた当初のようなガリガリな感じはなくなった。
肩幅が広いのも、胸板が厚めなのも、インキュバスのデフォルトなのだろう。
女を虜にする淫魔は、特に何もせずとも素晴らしい体を生まれながらに持つらしい。
コソコソのぞき見していたら振り返られ、慌てて目をそらす。
食事の支度が出来たと言うので内職のお守り袋作りの手を止め、小物を片付ける。
テーブルはこれしか無いので、仕事も食事もここで行わなければならない。
端切れをまとめていると、腰に巻いたエプロン代わりの布をとりながらナイチンゲールも片づけを手伝いはじめる。
何というか、布を腰から剥ぐという行為すら様になっている。
大き目の木の器を並べる手も、捲り上げた袖から出た腕も、成長段階にあるというのに、男らしく筋ばっている。
ウメの顔面に熱がこもる。眠れる乙女心が浮上してきたらしい。
早々に追い出さないとマズイ。
この見た目ならイゾルデんとこで働けるんじゃない?
あそこなら良い賃金がもらえるだろうから、身を養うぐらい簡単だろう。
・・・と、思うものの、どうやらナイチンゲールはそういった行為はあまりお好みではないようだ。
保護していた間もそういった行為は無かったし、街へ降りる原因となったウメ襲撃の夜以降、ナイチンゲールがそんな雰囲気を見せることは欠片も無い。
あの襲撃は捨てられないための捨て身の攻撃だったようだ。
淫魔にすら女扱いされない事に腹は立つが、万が一誘惑などされたら、処女魔女のウメなどひとたまりもないだろうから、助かるっちゃ助かる。
一方で、いっそ襲ってくれたら家を追い出す決心も付くのにともどかしい。
既に欲求不満の喪女じみてきた自覚があるだけに、焦りがつのる。
「あー、エヘン。あのさ、食事とか色々ありがとう」
「なに、急にどうしたの?」
麗しい顔で嬉しそうに笑う青年に、ちょっと怯む。
しかし意を決して、スプーンを置いて座りなおす。
「えっと、君も成体って認められたわけだし、街に仕事探しにいったらどうかな?」
「え?」
「ここじゃ仕事も無いし。お金は貸すから街で暮らしなよ。当座の借家賃と生活費は渡す。君なら10日もかからずに仕事も見つけられると思うし。あ、お金は返さなくていいから」
「・・・」
「えーっと、食事も兼ねるならイゾルデのとこもありだと思う」
「・・・」
「もちろん嫌なら受付とか裏方の仕事ができるように口利きするから。君は借金も無いし、オーナーに無理強いされることもない」
「・・・」
「・・・正直言うと、人と暮らすの慣れてなくてさ。家から出て行ってほしいんだ」
「・・・」
「・・・」
綺麗な眉間に、めっちゃくちゃ皺が入っている。
無言が重い。
ゲッ、なんか目じり赤くしてない?泣く?泣くの??
いやいや、泣かれてもこっちだって折れるわけには行かない。
「インキュバスとして必要ではあるのですが、私は食事のための行為が好きではありません」
「え、あ、そ、そう?」
「あなたにそれを強いるつもりもありません」
「そ、そうか。うん。・・・いや、でも私は人間で、い、一応、うら若い乙女なわけで」
「私の血の半分は淫魔ですが半分は違います。淫魔として暮らしたのは幼少期だけで、そちらの常識には疎い方です。どちらかというと人族の常識を持っています。決してあなたに厭らしい事などはいたしません」
いやらしいって・・・。
なんつーか、そういう言葉を彼が使うのが、もう既に淫靡な感じだよね。
「あなたが心配しているようなことは決していたしません。仕事は探します。ちゃんとお金も払います。・・・だから、もうしばらくここに置いてください」
目を潤ませて頼まれた。
うーん。まぁ、確かにいきなり知らない街に行けって言うのは厳しいか?
成体といってもなったばかりのようだし、世間慣れもしてない様子。
混血だからといって淫魔の性が薄まるとも思えないが、この5日間、彼がウメにそんな意図で触れなかったのは事実だ。
目の前の柔らかなパンを見る。
左右を見渡し、隅々まで掃除された明るい部屋を見る。
そして正面に座る麗しい青年を見る。
「はぁ~。わかった。じゃあさ、街になれるまでの数ヶ月だけね。もちろん、その間に仕事もしてもらうし、家探しもしてもらうから。」
「もちろんです、ありがとうございます!」
「そっちの物置部屋を適当に掃除して使って。悪いけど今日もここで雑魚寝ね。敷布と毛布は貸してあげる。それから私の寝室に入らないで。あと、私の分の洗濯もしなくていいから」
「はい!」
ナイチンゲールがほほ笑むと、溜まっていた涙がポロリと白い頬を転がった。
その姿にまたしても胸を締め付けられ、顔を赤くしたままパンを口に放り込んだ。
善行に照れるウメは知らなかった。この決定が、後々のウメを生殺しにするものだとは。
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翌朝、歯ブラシを咥えた裏庭にでたウメは、はたはたと舞う洗濯物を凝視した。
5日前に購入した真新しい男物の下着を挟むように、ウメの着古して色が変わったパンツと、ささやかな胸を覆う下着が干してあった。
あんぐりと開けた口から歯ブラシが落ちる。
「はぁ?!ちょっとーーー!?」
「なぁに?どうしたの?」
井戸のあたりからナイチンゲールが現れた。
上半身裸で。
「ちょっとーーーーーーーーーーっ!!」
汗なのか洗濯で濡れたのか不明だが、キラキラとした水滴を付けた魅力的な上半身が目に焼き付く。
慌てて両目を覆うが、時すでに遅し。
「なにやっちゃってくれてんのよーーーー!!!」
行き遅れをこじらせた処女魔女の、新しい朝が始まった。
ムーンライト版も書きたくなってきました。