不安感
まだ肌寒い季節だった。俺は駅のホームにいて電車を待っていた。だがそのことはどうでもよかった。無関心だった。
俺が関心を寄せていたのは、いや寄せざるをえなかったのは心の中にどうしようもなく沈殿した不安感である。今は全てが不快に感じる。肌寒さも夕暮れもどうでもよい電車を待つこの時間も。
俺の心はもがいていた。だが不安は底なし沼のようにもがけばもがくほど強く俺を飲み込んでいった。まわりのことはもはや、ほとんど目に入らなかった。
突然、通過した列車の轟音が俺をびくつかせた。圧倒的なパワーで通り過ぎてゆく特急列車。もしあの高速回転している巨大な車輪に飛び込めば人体は木っ端微塵に分解され、元の形は保てないだろう。だがそうすれば、俺の不安も消えるのだろうか。俺の心に少し希望の光が灯った気がした。
だがそうは言っても俺に電車に飛び込むというような勇気があるだろうか。できない、と思ってるからできないのだろうか。できる、と思えばいいのだろうか。
どちらにしろ電車はまだ来ない。依然としてベンチで不安感と一緒にいなければならない。なんとかしたい。そう思った瞬間、反対のホームのベルが鳴った。
そうか反対のホームがあるじゃないか、そこに飛び込めばいいんだ!俺は考えることを放棄した。ヨロヨロと立ち上がり、ホームの下に降りて、俺を轢き殺すであろう電車の元へ駆け寄った!
電車は俺をバン!と跳ねたのち俺を地面に叩きつけ、俺の左足首の上に乗っかり、骨まで食い込んで停車した。
しまった、この電車は通過じゃなかった。急ブレーキを踏んだせいもあってこの位置で停車したのだ。しかしどちらにせよ俺の不安はなくなった。よかったよかった、ほっと一息つこうと思ったが俺の口から飛び出したのは不安などよりずっと耐えがたい痛みによる強烈な叫び声だった。