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9、従者が好みのタイプを語りました

 なんて書いてあったんです、とアシュレイはしばらく私に訊き続けていたけれど、それも書斎に駆け込んできた人によってやめざるをえなかった。

「セシル! 出迎えてやれずにすまなかったね」

 外出着のままのお父様は息が苦しくなるほど私を強く抱きしめてため息をついた。ここまで走ってきたのだろう、肩が上下に動いている。

「お久しぶりです、お父様」

 お互いの頬にキスをしたところで腕から開放されると、お父様はにこりと笑んだ。

「投げ出したくもあったが今回はランドルフ公との仕事でね。そうだ、聞くところによればお前はランドルフ公のご子息と親しいそうだね」

 ガタリと音を立ててアシュレイが椅子から立ち上がった。勢いよく立ち上がったせいで椅子が倒れてけたたましい音がした。

「お帰りなさいませ旦那様」

 お父様を睨みつけているようにも見えるアシュレイは、お父様が着たままの上着を受け取るとまたじっと私を見て何か言いたげにした。アシュレイにはさほど親しくないと言ったばかりなのに、ランドルフ公爵までが私のことを知っているほど先輩と私は親しいのではないかと思われたかもしれない。

「ランドルフ公のご子息とはただの先輩と後輩の仲です、お父様。偶然公との話の中で先輩が私の名前をだしただけですわ、きっと」

 どうしてあの人は私の名前を父親の前で出したんだろうか。どんな話の流れだったんだ。

「いいや、息子がお前に恋文を出していたと公がおっしゃっていたんだよ」

 お父様の視線が私の手元の手紙に移った。あの人は父親の前で平然と手紙を書いていたのだろうか。そんな迂闊なことはしないか……。大方、書いた手紙を侍従に預けてから封に書いた『親愛なるセシルへ』を見られたのだろう。

「そんなに大切そうに手紙を抱きしめて……」

ません。父の目はあまりよくないようだ。

「お前もいつか、わたしのもとから離れて行くんだね」

 そうかもしれないけれど私がお父様から先輩のもとへ行くことはありません。

 アシュレイの視線が痛い。あれだけ先輩のことを否定しても納得してもらえなかった挙句、お父様が加わったことでアシュレイからかけられる疑いが膨らんでいく。私は嘘なんて(ちょっとしか)ついていないのに。

「こんな手紙……」

 日本語で書くというファインプレーはよかったものの、有力情報が入っていたのはよかったものの……アシュレイに疑いを持たれ、お父様に勘違いをさせる手紙なんて。

 三枚にも渡っていたため低い音がする。ビリビリと。

 破られる手紙をお父様もアシュレイも呆然と眺めていたので無視をして、屑箱に放り入れた。

「なんてことのない内容でした」

お父様はつまらなそうな顔をしたけれど、アシュレイはやはりまだ納得していない様子だった。



***



 庭へ出ようと誘われて、私はアシュレイと久しぶりに庭園を歩いた。私がいない間もアシュレイがしっかり管理してくれていたのは一目瞭然で、春に入りつつある今は花々が咲きほこっていた。

 水まきや雑草を抜くなら簡単な物体浮遊魔法を使えばいい、というお父様に、子供だった私たちは手をかけるからこそ意味があると言って自力でそれらをしていた。

 本当は、幼い私は初歩のその魔法を使うのもやっとな力しかなく意地をはっていただけ。アシュレイはきっと、そんな私を気遣ってくれていた。

 私が魔法をある程度使えるようになってからも手作業をやめなかったのはその時の意地の延長線だった。それをわかってくれているのだろうアシュレイも相変わらず庭の手入れに魔法は使っていないようだった。今だって、歩きながら、雑草を手を汚しながら抜いている。

「よかったんですか?」

消えそうな声で、アシュレイは呟いた。声変わりが途中のアシュレイの声は多少聞きづらくはあるものの、なんとか私の耳に届いた。

「なにが?」

「手紙です」

目を合わせないアシュレイは不機嫌と言うより心ここにあらずという様子だ。

「大切なものはしまっておかなければ、なくなってしまいます。お嬢様にとっての “想い人からの初めての手紙” はあれしかないのに、捨てて、手放せばもう見ることもできなくなりますよ」

「想い人ではないし、手紙は破いてしまったわ」

「はり合わせれば修復は可能です」

要点はつかんだ……というか、あんな重要な情報は頭にしっかり入ったし、あの手紙を取っておく必要はない。あの場で父とアシュレイに見せつけながら破り捨てなくても、どの道読み終えたあの手紙は処分するものだった。

「しまうほど大切なものではないわ。もちろん、お父様や貴方からの手紙は一通たりとも欠かさず大切に保管してあるけれど」

時々読み返していたと言えば、アシュレイは少しだけ目を見開いた。

「旦那様も厳重に保管なさっていますよ」

「でしょうね。親バカだもの」

金庫に、とアシュレイが言ったのは聞こえないふりをした。愛情が重いとか、それはお父様に失礼だろうから。私はなにも聞いていない。

「僕も……。……主人からの手紙をむやみに捨てられはしませんから」

「ありがとう」

「立場上しかたなくですよ」

「それでも嬉しいわ」

もうこんなことをする子供ではないとわかっているけれど、長いあいだの癖でアシュレイの頭を撫でた。

 アシュレイは眉間に皺を寄せて私の手を掴んでおろさせたので、不愉快だったのかもしれない。丁度思春期とか反抗期と呼ばれる時期だから。

「もう子供ではありません」

やっぱりそうよね、と謝ろうとすると、身体がすごい勢いで引かれて驚いて一瞬息を止めた。私の腕を引いたアシュレイの力はもう子供扱いできるようなものではなくて、線が細くてもこんなに力があるのかと感心する。

「安易に触れられては困ります。もう僕は、貴女をねじ伏せて汚すこともできる。非力な子供ではないんですよ、お嬢様」

ねじ伏せて汚すなんて、そんなに怒ったのだろうか。庭でねじ伏せられればそれは汚れるだろう。

「ただでさえ、この一年貴女の姿を見れない間には思いが募っていたんです。いつ自分が壊れるか、僕にはわかりません」

前回の長期休みに帰って来なかったことをそんなに怒っていたのか。父は「こいつめー」と言うようにデコピンをするに終わったというのに。

 目の前にあるアシュレイの顔は、今にも噛み付いてくるばかりに苦しげに歪んでいる。

「アシュレイ、どうか機嫌を直して?」

「大切なものは大切にしまっておかなければ後悔をします。だけど僕にはどうしようもできなかった。たった一年我慢をすればまた傍にいられると耐えました。叶うのなら片時も目を離したくなかった。それでも僕には大切なものをしまう箱が……閉じ込める空間がなかったから、耐えたんです」

どんどん話が脱線していって、なんの話をしているのかわからなくなった。

「間違いだったんでしょうか? 一瞬でも目を放せば他人に奪われるかもしれないなら」

腕をぐぐっと強くつかみながら、アシュレイは私の首に顔をうずめて絞り出すような声で話す。

「閉じ込める手段もない僕は、誰かに奪われる前に壊して、壊れて、大切なものと自分自身の時間を止めればよかったんでしょうか」

「アシュレイ? どうしたの? 震えているわ」

捨てないで。

耳元ではっきりとアシュレイの声がした。

「僕を、捨てないでください」

「どうしたっていうの? 捨てるなんてことあるはずないわ。貴方が望む限り、私は貴方の傍にいるわ」

 ゆっくり私から離れたアシュレイは目を細めて複雑そうにしている。

「そのうち、傍にいるだけじゃ満たされなくなる」

今度はさっきのようにきちんとは聞こえなくて、アシュレイ自身も今呟いたことを私に伝えようとしているようには見えなかった。大した内容ではないのかもしれない。

「そんな悲しそうな顔をしないで、アシュレイ。綺麗な顔が台無しよ」

「……かわいいは不服と言ったこともありましたが。綺麗も似たようなものですよ」

 また頭を撫でようとするとバチッと音を立てて手を弾かれた。結構痛いわアシュレイ。

「ランドルフ公のご子息は……」

「まだ言うの? 顔を合わせれば挨拶をする程度の仲よ。疑うなら確かめてみなさい。休みを開ければ入学するんだから」

アシュレイは土から出てきたミミズを花壇に放りながら、無表情で淡々と話を続けた。

「いつかお嬢様が書いたような女性をあてがって、お嬢様は僕を厄介払いしようとしたのではないですか?」

「……?」

アシュレイの手紙に書いた内容なんて、季節の変化や食べ物の話や勉強の進度くらいだ。色気のある話もなければ友達のいない私が女の子について書いたことなんて記憶にない。

「黒髪で、小柄で、小動物系」

「あ……、あー!」

レイラ・モートン!!

「よく覚えているわね。自分で書いたのに忘れていたわ」

「一字一句、余すところなく記憶していますよ。自分の主人の手紙ですから」

主人にもらった手紙をそんな丸暗記する従者なんてアシュレイくらいだというのが私の思うところだ。

「あれは……、その、深い意味はないの」

「ではどういう意図で?」

そんなこと言えるはずもない。いざあのかわいらしい少女を目の当たりにすると貴方がもし恋愛脳の狂人になったらと心配になってしまったから、なんて。

 どう答えたものか。

「貴女がどんな女性に興味があるのか気になったのよ」

 嘘じゃない。それも少しはあったのだから。弟のようにかわいいアシュレイの女性の趣味が偏らないか心配するのも私の役目だもの。

「!」

「アシュレイ?」

アシュレイの頬が少し緩んだ気がする。あくまで気がするくらいだけれど。

「それはお嬢様が僕に関心を持ったということですか?」

「ええ、そうね」

 持った、というか、昔からアシュレイのことは大切にしているし関心どころか愛情を持って接してきたつもりだけど……。本人には伝わっていなかったのだろうか。

 無表情ながらアシュレイの纏う雰囲気はどんどん明るくなっていく。さっきまでの不機嫌が直っていっているようにも見える。

「そう……ですか。では例の女性はあくまで例に過ぎず、お嬢様はただ僕の好みを知りたかった、と。僕のことを知りたかったということですね?」

少し声のトーンが上がっている。私が頷くと更に雰囲気が柔らかくなった。

「そうですね……。髪は茶、背は平均よりも高くて、喋るときははきはきとして、無自覚に天然で行動力があって」

それ、もう手紙で聞いたわ。だけどつらつら喋るアシュレイになんとも返せない。めずらしく饒舌だし。

「それから目はタレ目よりつり目がいいです。肌は白い人が綺麗だと思います。努力を怠らない人は素敵です。家族を大切にする人は魅力的ですね。感受性の豊かな人には惹かれます。誰かのために涙を流す人がとても好ましい。心の綺麗な人が好きですね」

「そう……」

意外と条件が多いのね。胸云々を言わないところが、私の知っている他の男性たちと比べて素晴らしいところだ。

「あとは……それから……」

「もういいわアシュレイ。よおくわかったわ」

 そんなに条件がたっぷりあったら理想にぴったり合う人なんて世界に一人いるかいないかくらいじゃない。

「つまり貴方のおめがねにかなう女性はそう簡単にいないということね?」

「あとは脚の綺麗な人が」

 胸に触れなくても脚は条件に入るのね。ちょっと悲しいわアシュレイ。やっぱり男の子なのね。

「胸は」

「言わなくていい!」

私のかわいいアシュレイが消えてしまう。聞いたら最後、私のかわいいアシュレイは学園の無礼な同級生やデリカシー皆無の先輩と同列になってしまう。

「よくないと思うの、アシュレイ。外見で人を判断したらいけないわ」

「……? 外見で判断と言いますか……基準の人物が決まっているだけで……。お嬢様がタレ目だったら別に僕はそちらが好きと言いますか……」

「なにをブツブツ言っているの? アシュレイ」

 顎に手を当てたアシュレイは、うーん、と悩む仕草の後で、眉間に皺をきざんで首をかしげた。

「セシルお嬢様は、僕の言いたいことがわかっていますか?」

「……?」

「わかっていないんですね」

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