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8、帰省して従者が機嫌を損ねました

 一年間で長期休暇は二度ある。前回は寮にこもって苦手な魔法学を極めていたので帰らなかった。世界の歴史や、魔法についての理論を解いたり、倫理はそれなりに優秀な成績を収めたのだけど……。どうも実技は中の下ほどだ。

 ゲームに忠実に優秀になって命まで忠実に危機に見舞われたらまずいとは思うものの、私の人生はゲームの中のように永遠にその時間でストップしない。うまく生き残れば就職、もしくは主婦になる未来が待っている。子爵家の名に恥じることだって許されない。それは私のわずかなプライド。となればできる努力はしたかった。

 とは言えさすがに今回の長期休みまで帰らないというわけにはいかない。今回の長期休みを終えれば私は進級、アシュレイは入学となる。次に学園へ戻ってくるときはアシュレイも一緒だ。

 オールディントンの家へ向かう馬車から、流れていく景色をぼんやり眺めた。

 前の長期休みで帰らなかったことで旦那様はすっかりしょげてしまった、とアシュレイの手紙で読んだ。お父様は温厚な人で、その昔、お母様を強引に連れ去ったという話が疑わしいほどのんびりとしている。身内の贔屓目を抜いてもお父様はかっこいい。きりっとした目元に、年齢不詳の顔立ち。仕事をしているときはいつもの雰囲気をすっかり消したできる男になる。そんな冷たい雰囲気なのに甘い笑みを絶やさないものだから、お母様とはお似合いだった。お父様に似たせいで、女の子にしてはきつい目元が私のコンプレックスなのだけど。

 娘にはとことん甘いお父様。そのお父様がどんな風に私を出迎えるのかちょっぴり怖かったり。

 御者の男性が着きました、と言い馬車の扉を開けてくれると、馬車の前には頭を下げたアシュレイが立っていた。

「お帰りなさいませ」

「ただいま、アシュレイ。手を貸してくださる?」

手を伸ばせばアシュレイは柔らかく微笑んで手を差し出してくれた。

「旦那様も出迎えたいとおっしゃっていたのですが、急な仕事が入ってしまったようです。お嘆きになっていましたよ」

「それは残念ね。アシュレイの貴重な微笑みを、お父様は見逃してしまったわ」

馬車からおりて言ってみると、アシュレイは自分の頬に触れて、「笑っていましたか?」と不思議そうにする。言わなければよかった。見慣れた無表情に戻ってしまった。

「会いたかったわアシュレイ。また身長が伸びたのね」

「貴女をエスコートして、低身長ではかっこうがつきませんからね」

会いたかったのところを軽くスルーされた、なんていちいち気にしていたらキリがない。この子はもとからドライだから。

「昼食はもうお済みですか?」

「いいえ。早朝の出発だったから朝食も早くておなかが空いてしまったわ。アシュレイはもう食べたの?」

「いいえ」

「それなら久しぶりに一緒に食べましょう? お願いよ」

「お願いなら、仕方ありませんね」

近くに控えていた侍女に、食事の用意を料理人たちに伝えることと、できたら呼びに来てくれるように頼む。けれど彼女は首を横に振った。

「もう用意はできていますわ、お嬢様。カーライルが準備をするように調理場に言いに行っていましたの」

「まあ……、アシュレイは相変わらず従者の鏡のような子ね。主人の一手先を読むなんて」

私がいなくても、技量は鈍っていないようだ。尚の事私は自分の欠点を撲滅しないとアシュレイに愛想を尽かされてしまう。

 一年近く離れていた屋敷はところどころ模様替えが施されている。廊下に飾られている花や絵画は見たことのないものがいくつかあった。

 食事をするための部屋まで懐かしく思えて、出されたお料理も懐かしい味に思えた。

「私がおなかを空かせていることも、一緒に食べることを提案するのも、貴方にはお見通しだったのね」

スープをすくいながら、優秀すぎる従者に尋ねた。アシュレイは「長い付き合いですから」とだけ答えて食事を続ける。

 こうして誰かと食事をするのは久しぶりだ。友達はいなかったし、オズウェルのことは避けていた。それでもしつこいけれど。グレイ先輩は極力関わらないでほしいという私の要求を基本的には飲んでくれた。機嫌が悪い時やちょっと言い争いをしたあとはわざと人気の多いところで話しかけてきやがったけど。

 結局、先輩と協定を結んでから隠しキャラについてわかったことはなにもない。デメリットの方が多い気がしてきた。

「貴方とこうして食事をするのはとても癒されるわ」

「ならば前の長期休みも帰ってくればよかったのでは? お嬢様の口は調子がいいですね」

ん? 一瞬アシュレイの顔がとても不機嫌に歪んだような気がする。

「勉強なんて、帰ってきてもできたでしょう。僕も、帰ってきてくれたなら手助けができました」

いつも完璧なマナーを見せるアシュレイが、今はイラつきを表すように食器を鳴らしている。

「ねえアシュレイ? 貴方、前に私が帰ってこなかったのを怒っているの?」

「僕は従者ですよ? お嬢様に怒るなんて身分不相応なことはしません」

だけどさっきより食器のがしゃがしゃという音が大きくなってきたじゃないの。

「怒っていない?」

「はい」

「私の目を見て?」

「……会いたかったと言うなら、会いに来て欲しかったというのが本音です」

久しぶりにデレたっ。私が学園へ行く馬車に乗ったときも「行ってらっしゃいませ」しか言わなかったのに。手紙だってデレは微塵も見せなかったのに。

 それに「会いたかった」と私が言ったのをちゃんと聞いていたのねアシュレイ。

「ごめんなさい。貴方に見合う主人になりたかったのよ。寮にいればすぐに先生に質問にも行けたから……」

「お嬢様は僕を過大評価しすぎです」

「そんなことないわ。貴方は本当によくできた従者よ」

「期待が重い」

「う……」

 アシュレイは欠点を見つける方が難しいから、結局褒めるばかりになるのは仕方ない。強いて言うなら表情が乏しいけれど、それも時々無表情が崩れることにぐっと来るから欠点とは言い切れない。

「僕はお嬢様が思うほどできた人間ではありませんよ」

「それでも、学園へ来れば貴方はとても優秀な生徒になるわ」

あれだけ勉強も魔法も得意なのだから。

「どうでしょうね」

「大丈夫よ。私の従者なんですもの」

「だから、期待が重い」

「うう……」

 学園に入ってから、周りが大したことはないなと感じたのは、間違いなくアシュレイを基準に考える自分がいたからだ。きっとこんなことを言っていても、比べる対照が大勢いる学園へ行けばアシュレイは更に自分の実力が素晴らしいことに気づくだろう。

 これ以上話してもご機嫌斜めなアシュレイには適う気がしなくて、以降は黙々を食事を進めた。



***



 帰省して三日たった日。一通の手紙が届いた。

 たった三日って……こんなに早く手紙を出す用件があるなら長期休みに入る前に学園で伝えてくれればいいのに。

 アシュレイと書斎で勉強しているところに、興奮気味の侍女がその手紙を持ってきたのだ。それも一人二人ではなくて、六人ほどが頬を赤らめたり、胸に手を当てほうっとしていたり、若々しい侍女たちはまるで夢を見る乙女のように目を輝かせて手紙を受け取る私を見つめてくる。

 頭上に疑問符を浮かべる私同様、アシュレイも不審に思ったのか手紙を見た。

 表には


『親愛なるセシルへ』


 裏には


『グレイ・ランドルフ』


とある。

 先輩、この見出しは誤解を生みますよ。

 侍女の一人は頬に手を当てやや大きめな声をあげる。

「グレイ・ランドルフ様といえばランドルフ公のご子息ではないですか! お嬢様、どのような関係なのです?」

それに続けて答えるまもなく侍女たちの質問攻めは始まった。

「直々にお嬢様にお手紙だなんて、情熱的な方なのですね?」

「浅からぬ関係なのですよね?」

「旦那様へご報告されたのですか?」

「ご婚約なさる、ということは?」

「お嬢様はどのようなところに惹かれたのですか?」

盛大な誤解から入り婚約なんてとんでもない話までされている。あの人は情熱的どころか私に対しては態度が雑だし、お父様に報告するほど深い仲ではないし、どこにも惹かれていないし!

 公爵家の長男だからって有名で、社交界でも美男子だと評判だから侍女はなにかロマンチックな恋物語を期待しているんだろう。

「お世話になっている先輩よ。それ以上でもそれ以下でもなくね」

侍女の中からえーっと残念そうな声が上がる。それでも、「ランドルフ様は違うかもしれませんわ」「三日でお手紙を綴るほどですもの」と諦めきれずヒソヒソ話している。本当にあの人はなんでこんなに早く手紙をよこしたのか……。

 バタン、と隣で本を雑に閉じる音がして、侍女共々私も肩を跳ねさせた。

「アシュレイ……?」

指を机に叩きつけるなんて、苛立ちを表す定番の仕草をするアシュレイに、場の空気は凍りつく。視線を落とし机を指で打つアシュレイの姿は怖いけれど見とれるほど綺麗で、私は反応に困る。

「お嬢様が否定しているでしょう。無駄な勘ぐりは失礼にあたりますよ」

 アシュレイがうちに来てかれこれ十年近くたつ。若い侍女で彼より先輩にあたる人間はほとんどいない。彼女たちも例外ではなく、しかも私の従者であるアシュレイの怒りは買いたくないとすぐに謝って逃げてしまった。

「ランドルフ公のご子息と親しいんですか」

アシュレイの目は「お嬢様ごときが?」と言っている。仮にも主人にこの扱いはひどい。

「ええ、まあ、色々あって」

「色々とは?」

「密会をしたり?」

「逢瀬ですか」

今のは私の言い方が悪かった。

「趣味が合うからお話し相手になってもらっているだけよ」

「二人でですか」

 勘ぐるのは失礼にあたると言っていなかった?

「たいして親しくはないのよ。時々お話する程度で」

「親愛なる、とは?」

「社交辞令じゃないかしら?」

思わせぶりな書き出しでどれだけのお嬢さん方を惑わせたんだろう、あの先輩は……。

「開けて読んではいかがですか?」

「……アシュレイも読むの?」

「なにか問題が?」


それは完全なるマナー違反。

 だけど今のアシュレイは一歩も引きそうにない。手紙の内容はきっと隠しキャラのことかこの世界についての情報だろう。最近暖かくなってきましたねーなんて手紙をよこしてくる仲ではない。そもそも、あの人はそんな気の利いた手紙を素で書ける人じゃない。

「後で読もうかしら」

「後ろめたいことがあるんですか?」

「……」

 まずい文章があったら隠せばいい。アシュレイはどこか目が怒っているし、今のアシュレイをあしらう勇気は私にはない。

 封を切って手紙を開くと、けれど私の心配は無用だったとわかった。

「どこの国の文字ですか?見覚えがありませんね……」

アシュレイは首をかしげる。

 さすが先輩。なんて、こんな時だけグレイ先輩を賞賛した。伊達に優等生をしていませんね。

「お嬢様は読めますか?」

「ええ。勉強したことがあるから」

勉強したことなんてないけれど、私には読めるのよアシュレイ。



***



 セシル・オールディントンへ


 もしものことがあり他人に見られては不都合だろうと思い日本語で手紙を書く。お前なら読めるだろう。

 用件は三つだ。まず、アシュレイ・カーライルについて。お前はアシュレイ・カーライルについて警戒心を解いているようだが、あまり油断はするな。精神異常者になる可能性はゼロではない。家に帰ってほだされているお前が目に浮かぶので念の為に書いておく。

 次にオズウェル・アークライトについて。報告をする前に休みに入ってしまったが、調べた結果、あいつはどうも複雑な家庭環境で育ったらしい。設定は大切だとお前が言っていたため、隠しキャラの可能性がまた浮上してきた。

 最後に大切な知らせだ。俺の父、ランドルフ公爵が、俺が学園にいる間に養子をとっていた。俺も帰省して初めて知った事実だ。年はお前の一つ下。休みをあければすぐに入学する。容姿は整っている。俺の思いすごしであればいいが、もしかしたらこいつは隠しキャラ有力候補ではないだろうか。攻略対象の弟で、養子。なかなか重要な設定に思われる。

 義弟の件、俺一人ではわかりかねるため手紙を出した。

 返事を待つ。

 グレイ・ランドルフ



***



「お嬢様? なんと書いてあるんです? ……顔色が悪いですよ」

「養子……なんて……」

そんな設定のキャラ、私は知らない。

 しかもアシュレイと同級生になるということ?

「アシュレイ……」

「はい?」

「くれぐれも自ら危険に飛び込まないでね?」

確定ではないけれど、超超超危険人物とアシュレイが同じ学年になるなんて……。これでもし同じクラスになったら……生きた心地がしない。


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