7、危険人物と同盟を結びました
セシル・オールディントン、人生で最大の危機である。
「ミス・オールディントン。時間をいただきたい」
わざわざ教室まで押しかけてきた話したこともない男子生徒。だけどよく知っている人物。藍色の髪に理知的な顔立ち。次期生徒会長様だ。
「……どなたですか?」
いえ、よーく存じていますがね。
「わたしはグレイ・ランドルフ。貴女の一学年上だ」
「知っていますが」
「うん?」
「あ、いいえ、なんでも」
どうして……っ! どうして急にこんなイベントが発生したの! アシュレイと隠しキャラ以外は、私からいかなければ話すことなんてないと思っていたのに! どうしてあのグレイ・ランドルフから接触してくるの!
「どんなご用でしょうか?」
「場所を移動したいんだが……」
人気のないところにですか。困ります。怖いです。私の返事など聞かず、グレイは私の手を引いてどこかへ連れて行く。オズウェルは止めようか迷っているようだったけれど、上級生相手に諦めたようだった。
助けなさいよ! グレイに比べれば貴方のほうが安全なんだから! 調査した結果、血が苦手なんてヤンデレ失格な弱点が出て貴方はもう安全要員なんだから!
***
グレイにつれてこられたのは空き教室だ。ここはたしか、いずれ主人公とグレイが密会をするグレイしか知らない穴場のはず。どうして私がこんなところに……。
王道紳士キャラはどこへ行っちゃったのよ。無理やり婦女子を連れてくるなんて。
「それで、ご用件は」
「単刀直入に言おう、セシル・オールディントン。できるだけ早くこの学園を出て行け」
なんだか目の色が変わった。この人は誰?
「なぜ?」
「信じてもらえるかはわからない。だがこの学園へ留まれば貴女は来年命を落とすことになるだろう」
「は?」
「正確には、殺される」
未来予知の魔法はまだ発見されていない。グレイが使えるなんて設定もない。それなのにどうしてこの上級生はそんなに確信を持って断言するの? 私が殺されるかもしれないと知っているのは、私のようなゲームプレイの経験がある人間だけなはず。
「俺を信じて欲しい」
あ、一人称が変わった。
「ランドルフ先輩、乙女ゲームはお好きですか?」
「俺は男だぞ? 好きだったのは妹だ。……ん?」
「私は先輩のルートはわりかし好きでしたよ。ネットランキングも先輩に入れました」
「ネット……って、まさか……」
これはもしや、死亡フラグが一つ折れた?
「十七歳没、元日本人です」
「日本……マジでか」
私の肩をがっしり掴んだグレイはちょっと鼻息が荒い。
「初めて会った……」
「私もです」
私以外の転生者に会うのは。
「私は偏見は持ちませんが、男性でもいるんですね。乙女ゲームにはまる方。しかもヤンデレとか先輩マニアック」
「ち、違う! はまっていたのは一つ下の妹だ! あいつ、俺の前でイヤホンもつけないでゲームしてやがったからな……。それどころか俺に熱弁をしてきた。おかげで多少の知識がある状態でこの世界に生まれたわけだが……」
「前世で、亡くなったのは?」
「十八。北海道出身」
「前世でも一つ年上なんですね。私神奈川です。知り合いだった線は薄いですね。私女子高だったし」
「花の都か!」
「なんですかそれ」
どんどん崩れていくグレイ像。日本にしかない言語ばりばり使うし、女子高を花の都って……。蓋をあければ女を捨てた女しかいませんよ。男子の目がないんだもの。
「ちなみに先輩はレイラ・モートンを見て監禁したいと思いました? 思ったなら近寄らないでください」
「思わねーよ! あのヒロイン、絶壁だしな」
「最低。男なんて最低」
オズウェルといいグレイといい。アシュレイだけが私の心の支えだ。
「つーか、お前ゲームプレイしたならわかるだろ! このままいったら来年死ぬぞ。誰ルートでも死ぬじゃねーか」
「先輩はご親切に忠告しに来てくれたんですね」
「そりゃ、人が死ぬことをわかってて無視はできねーだろ、悪役でも」
どうやらいい人らしい。
「とりあえず、ヒロインをいじめなければ私が死ぬ確率は減ります。ぶっちゃけ大丈夫ではないですけど、私はこの学園から出て行くわけにはいかないんです」
学園を出るということは、失踪するということ。失踪するならそれは当然内密に。誰にも、アシュレイにも黙っていなくてはならない。忠誠を誓ってくれたあの子を裏切るわけにはいかない。これ以上あの子の心に傷を作るのはあまりにも酷だ。
「アシュレイルートだとどの道死ぬと聞いたが?」
「先輩詳しいですね。やっぱりプレイしたんじゃないですか?」
「してねーよ! 妹がぼろくそ言ってたからな。セシルはうざいだの、殺されて当然だの」
「妹さんとは気が合いそうです」
ゲームプレイ時は私も思っていました。そんな時期が私にもありました。
「アシュレイは私を殺したりしませんよ。あの子はいい子だから。それに取り巻きに殺される可能性を潰すべく友達は作っていません」
「学園生活は楽しいか」
「魔法なんてファンタジーなものが使えるようになるだけで、気分はランランです。哀れまないでください」
私が恐れるべきは今や隠しキャラだけなんだ。ゲームをコンプリートしたプレイヤーだけが知る隠しキャラ……。ゲームを、知っている人? 人……?
「先輩!!」
「おう……?」
神は私を見放してはいなかった……!
「先輩の妹さんは隠しキャラについてなにか言っていませんでしたか?」
「隠しキャラ? そんなもんもいるのか」
「知らないんですか……」
「あいつの話なんてそこまで熱心に聞いてねーよ。かろうじてえげつねえ話は覚えてるけど」
だから私のことは覚えてたのか。
「なんですかそれ! 肝心なところで役立たずじゃないですか!」
「お前……っ! わざわざお前の命の心配をしてやった俺に対して!」
「それにグレイ様は先輩みたいに乱暴な口調じゃありません。もっと甘い言葉を囁きます」
「お前二次元に様をつけて呼ぶイタイタイプか」
これじゃあせっかく会えた転生仲間にも何も感動を覚えられない。強いて言うならグレイルートの危険が完全消滅したくらいか。最大の危険因子、隠しキャラについてはなにも解決していない。
「わかってるんですか? 先輩。隠しキャラは正体一切不明なんです。サタン的なラスボスが出てくる可能性だってあるんです。世界は滅亡してしまうかもしれないんですよ?」
「乙女ゲームでサタンはないだろ」
「甘いですね。ヤンデレはサタンよりもタチが悪いんですよ。愛ゆえの行動ですからね。愛は何物にも勝る偉大な力を秘めていますからね」
「妄想癖のせいで彼氏がいなかっただろう、オールディントン」
「デリカシーがなくて彼女がいなかったでしょう、ランドルフ先輩」
たしかに彼氏なんてできなかったけれどそれは女子高で出会いがなかっただけなんだから。言いわけじゃないから。
「まあ、俺よりはお前のほうが、この世界についての知識はあるんだろうな。俺はせいぜいお前とヒロイン、あとは攻略対象の容姿を転がっていた設定資料でちらっと見たのと、妹が話していた大まかな設定だけだ」
「そうですね……」
もうこの人と関わってメリットがあるとは思えない。もう教室へ戻ろうかしら。
「協力しようじゃないか、セシル・オールディントン」
「……と言うと?」
「こんな不安定な精神のやつらがはびこる世界だぞ? 互いに助け合えばいい。隠しキャラを探るにしても、人手は多い方がいいだろう」
それはまあ、確かに……。事情を知らない人に、隠しキャラを探しているんですとは言えない。この場合グレイは利用するのに丁度いい存在だ。
「先輩がどれほど役に立つかは甚だ疑問ですが」
「喧嘩売ってんのか」
「グレイ様はそんなこと言いません」
いないよりはマシかもしれない。お嬢様は最近性格がきつくなってきましたね、と、去年の今頃アシュレイに言われたときは焦った。たしかむやみに庭に肥料をまいたお父様をボロボロに言い負かせた時だった。今のグレイへのこの冷え冷えした心境はそれも影響しているかもしれない。
「となれば、先輩には死に物狂いで権力を手に入れてもらわないといけませんね」
行動しやすいように。順調に行けば彼は生徒会長になる運命だから心配もないか。
「お前は?」
「私は下手に目立って死亡フラグは立てたくありませんから」
「そうか……。俺は周りにいい顔してうまくやっているからな。もともとの設定通り生徒会長になるのも可能だろう。わかった」
知識の浅い先輩には言わないでおくけど、副会長になるアレクのルートではグレイの死亡フラグも立つ。ここで言ってしまったら彼は生徒会長なんてやらねえと言い出しかねないので言わずにおこう。当選してから言えばいいわよね。先輩が気をつければいい話なんだから。
「情報を交換する際はこの場所でいいな?」
「はい。できればここ以外の場所で話しかけて欲しくないのが本音です」
「それはどうして」
「ご存じでしょうが貴方は女子生徒の憧れの的です。容姿端麗、成績優秀ですから。親しいと勘違いされて下手に目立つのはお断りです」
顎に手を当てたグレイはなるほど、と呟く。絵になるなあ……。
「つまりお前への嫌がらせは人の気配のあるところで話しかければそれでいい、と」
「先輩性格最悪ですね」
協力関係なんて早々に切ってしまおうか。
「……予鈴、鳴りましたね。教室に戻っていいですか?」
「その前に連絡先を交換しておくか。なにかと不便だろう」
「携帯なんてこの世界にはないですよ」
「それもそうか……。何かあったら校内を探すしかないな」
人気がなくなったころを見計らって声をかけてくださいね。
「それじゃあ、また、ランドルフ先輩」
「グレイ様じゃないのか?」
「……」
「冗談だ。グレイでいい」
「そうさせていただきます」
ランドルフと教諭な攻略対象ルドルフとで名前もごっちゃになってしまいそうだし。
「そういえば……」
「まだなにか?」
「教室でお前と話していた赤毛。あれが隠しキャラってことはないのか?」
オズウェルのことね。彼もやっぱり、主要人物の私に接触しているオズウェルは怪しいと踏んだのだろう。
「今のところは可能性は低いですね。彼は別段、レイラ・モートンに関心を示していませんから」
「けど……なあ」
先輩の歯切れが悪い。まだ疑う要素がオズウェルにはあるのだろうか。
「すっげー、睨まれてたんだよなあ」
「オズウェルにですか? 誰が?」
「俺が」
私は気付かなかったけれど、先輩は確かに私が目を離した間オズウェルが自分を睨んでいたという。
それは、対抗意識を持っているってこと? レイラをものにするうえでライバルになりえる先輩を? けど……
「気のせいじゃないですか? グレイ先輩はまだレイラと知り合ってもいないんですから、対抗意識を持たれることもないかと」
「そうだよなあ……」
ただ単に、女たらしだから同じくイケメンの先輩に対抗心を燃やしたというのがせいぜいだろう。
「とは言え何事も慎重にいきましょう。可能性が低いとは言え、オズウェルが隠しキャラでないと断言できるわけではありませんから。お互い、生存のためにがんばりましょう」