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6、入学して男友達ができました

 拝啓、アシュレイ・カーライル様


 たった数ヶ月だというのに、もう随分と貴方に会っていない気分です。風邪などひかれていませんか?この頃は寒くなってきたので、貴方やお父様の体調が心配です。

 さて、学園での生活ですが、可もなく不可もなく、というのが現状です。設備は充実しているけれど、貴方がいないとやはり慣れません。貴方がいかに優秀な従者であったか身にしみます。私は知らず知らず貴方に随分と世話をさせていたみたい。少しは自立しなくてはいけませんね。来年、貴方が入学してくるまでに成長しておくので覚悟しなさい。

 なにはともあれ、貴方の顔が見たいものです。次の長期休みは帰ろうと思っていたのですが、事情によりできなくなりました。詳しくはお父様への手紙に書いたのでお父様に聞いてください。

 今年の冬も、貴方が体調を崩しませんように。


 敬具


 追伸

 黒髪、身長は小柄、声は高めでドジっ子で小動物系の内気な女の子は好きですか?お返事待っています。



***



 入学して二ヶ月と少したった。

 今のところ、私の身に危険はない。そもそも、主要人物との接触は一切ない。姿はどのキャラも確認できたけれど、どうやら今年中はハプニングはなさそうだ。

 『ブラッディ・マインド』のゲームは主人公が二年生になってからスタートする。とある事件をきっかけに、ヒロインが学内でちょっぴり有名人になり、おかげで攻略対象たちと接点を持っていくのだ。それまではヒロインと接点を持つのは二年生で担任になるルドルフと同級生のルフレだけ。ルフレには入学式でヒロインに一目惚れをしたという設定がある。その他の攻略対象は事件までヒロインのことを認識もしていない。

 セシルも他の攻略対象と同様だ。そのある事件以来周りにちやほやされるヒロインに嫉妬して、意地悪をする。典型的なプライドの高い女。超面倒くさいタイプだ。 まあまあ、私はそんなことしませんがね。

 とは言え、やっぱり気になるもので、話したことはないにせよ、すれ違いざまついヒロインや攻略対象、あとはサポートキャラという主要人物に目がいくのは仕方ない。

 ヒロインの名前はレイラ・モートン。彼女の友達がそう呼んでいた。やっぱりデフォ名なんだなあ……。デフォ名というのはデフォルトネーム、期設定でつけられた名前のことだ。

 アシュレイへの手紙で追伸に綴った通りの女の子。正直あの小動物系キュートなヒロインは幼少期のアシュレイばりに私のハートを射抜く愛らしさだけど、彼女と関わるわけにはいかないので近づかないでいる。本当は抱きしめたい。とても。

「また君の自慢の従者への手紙か? ミス・オールディントン」

 ペンを置いた私に背中から声をかけてきた男をじとりと睨む。

「マナーがなっていないわ、ミスター・アークライト。のぞき見なんて紳士のすることじゃないでしょう?」

「俺を紳士だと思ったことなんてないだろ? 教室で書いてれば覗きたくなるのが人間のサガさ」

「オズウェル、何度も言うようだけれど、私に不必要に絡まないでいただける?」

大人な態度でつとめようとにこりと微笑むとその男……クラスメイトのオズウェル・アークライトは悪戯っぽく笑った。

「冷たいことを言うじゃないか。俺は未だに学内に友達のできない君の唯一の友人だろう?」

「なった覚えはないわ」

 私の決意は固い。取り巻きに刺される運命を回避すべく、友達も取り巻きも作らず孤立しなければならない。爵位のある家の子だけあって、始めは声をかけてくるお嬢様お坊ちゃんがいたけれど私がある程度の距離を保った接し方をすればどの人もそれ以上親しくなろうとはしなかった。

 どの人も知り合いだけど友達ではない。程よい距離。

 がしかし、このオズウェル・アークライトだけは違う。友好的で友達も多いこの男は私にまでやたらちょっかいを出してくる。面倒見のいい性格なんだろう。正直私は、オズウェルとあまり関わりたくない。

「いい? オズウェル。私はイケメンと接点を持ちたくないのよ」

「イケメンってなに?」

「美形のことよ。いい男って意味」

「つまり君は男の趣味が偏っているってことか?」

「馬鹿言わないで! イケメンは好きよ」

 前世は女子高で、この学園に入学時は共学ってだけでも「うきゃーっ」と大はしゃぎになった。イケメンだって見ればテンションは上がる。けどイケメンはあくまで観察対象であって、間違えてヤンデレの嵐に持って行かれたら大惨事だ。こっちは命がかかっている。

 更に何が怖いって、正体不明のイケメンは隠しキャラの可能性がある。むやみに接触していいことがないのは確実だ。隠しキャラについてわかっているのは一つ。イケメンであること。そうでないとプレイヤーはやる気が出ない。そうでないと乙女ゲームは成り立たない。他の攻略対象は顔が知れているから避けられるものの、そうでない隠しキャラを避けるにはイケメン総体を避けなくてはいけない。さよならバラ色学園生活。一瞬のバラ色のために人生を棒にふることはできません。

 そう! だからオズウェルとも関わるべからず。前髪が目にかかるくらいで長いかな、と思われる赤毛のオズウェルはアシュレイよりずっと背が高くて、けれど無邪気さのある顔立ち。見るからに活発で、魔法以外の実技でも素晴らしい身体能力を見せている。運動ができる男子はどの世界でも三割増でかっこよく見える。

 正直とても疑わしい隠しキャラ候補の一人だ。

「要約すると俺の顔が好きだけどかっこよくて話すたびにあがっちゃうから気をつけてくれってこと?」

「どうしてそうなるの……。うーん、つまり……うーん……。わかってもらわなくてもいいわ」

 説明のしようもない。

「けどクラスにこんな美人がいて話しかけない手はないだろ?」

「心にもないお世辞をどうもありがとう。けどどうかしら、隣のクラスにはとびきりの美少女がいるわ」

 あのレイラ・モートンがね。

 オズウェルは驚いたように目を見開いた。

「まさか、レイラ・モートンのことを言ってるのか?」

 チェック済みなのか。ますます隠しキャラの線が濃くなってきた。

「どうして彼女のことってわかったの?」

「そりゃ君、一部じゃ噂だぜ。他人に関心を示さない麗人、セシル・オールディントンが、レイラ・モートンに熱い視線を送ってるってさ。好きな奴は好きらしいな、女同士の色恋が」

「!?」

 そんなまさか。そんな趣味あるわけがない。

「大いなる誤解よ!」

「まあ、だろうとは思うけどね」

 立ち上がる私を、オズウェルはまあまあとなだめる。

「いいんじゃないか。おかげでイケメン? は、君のお望み通り君に近寄りがたくなったんだし」

 私に近づくもの好きなイケメンはオズウェルくらいだ。こいつに勘違いさせておけばよかった…!ああでも、この男は私がどんな性癖でも絡んできそう……。面倒見のよさ故に。孤立する子はほっとけないというありがた迷惑な性格だから。

「そういう問題じゃないわ。友達はできなくたって世間体は気にするの! 百歩譲って他人にどう思われても気にしないとするわ。けど来年にはアシュレイが入学するのよ?あの子がそんな噂を聞いて万が一にでも信じてしまったらどうするの!」

「アシュレイ? ああ、いつも言っている従者」

 主人としての威厳を失うどころか変な距離を取られてしまう。

「……私、そんなにいつも従者の話をしている?」

「そうだな。俺は邪険にされそうになると『最近従者はどう?』と聞けば君が態度をころっと変えて相手をしてくれることを実証済みだ」

 そう言われれば、どうしてオズウェルと話すことが多いのか謎だった。毎度うまく跳ね除けているはずなのに、どうも話す機会は多い。共通の話題はないはずなのに。

 そうか、無意識であの子の自慢をしていたのか。

「セシルは従者にご執心らしい。妬けるね」

「やむを得ないわ。だってとてもいい子なのよ。プラチナブロンドの髪はさらさらで、結んでいるのがちょっとだけ勿体ないの。少し子供っぽい顔立ちをしていてかわいらしいのだけどそれがコンプレックスらしくてね、トレーニングもしているみたいなの。力は強いんだけど筋肉はつきにくい体質みたいでね、それを気にするから余計かわいいのよ」

 ああ……本当だ。随分な従者自慢を始めてしまっている。

「かわいがるのはいいけどさ。主従で恋仲になるには周りもよくは思わないぜ?」

「恋仲……? あの子は弟のようなものよ」

「へえ! じゃあ俺にもチャンスはあるってわけだ」

「そういう軽い発言が多い人にチャンスを与えるつもりはないわ」

 果たしてこんな発言を何人にしているんだか。

「なにを言ってるんだよセシル。美人にアタックするのは男としてのマナーだろ?」

「貴方はそういうことを言うから恋人ができないのよ」

 どれだけかっこよくても浮気性の男を本気で好く女はいない。せいぜい遊びで関係を求める女くらいがオズウェルにはお似合いだろう。

「君の従者は来年入学してくるのか。ならそれまでに少しでもミス・オールディントンの心を俺に向けさせないとね」

「無理じゃないかしら」

軽薄な男は好きじゃないから。

「やってみなくちゃわからないさ」

「無理よ。断言します」

「手厳しいな」

 笑ったときに見えるオズウェルの歯は白い。クラスに一人はいるわよね、こういう中心人物になる人気者。

 あ。

「……オズウェル……」

「ん?どうした?そんなに深刻そうにして」

 どうして気付かなかったんだろうか。もし、オズウェルが隠しキャラか疑わしいなら、本人に聞いてしまえばいい。だって親しくなったわけだし、聞くところによればオズウェルはレイラを知っている。そうよ。この際だから聞いてしまおう。すべてのイケメンに警戒するなんて気が滅入る。一番接点が多い危険人物を把握できれば、精神的負担は大分減る。

「貴方、レイラ・モートンにあれやこれやしたいと思わない?」

「いかがわしいな、言い方。君、やっぱりそういう趣味?」

「違う!」

 そりゃ、かわいいものは好きだけど。レイラだって、ゲームをしているときは乙女ゲームなのに最終的にこのヒロインを攻略したい! と思いもしたけど。百合だって嫌いなわけじゃないけど。でも私自身は違う。

「貴方がよ! 彼女を見てこう……ぐっとくるとか、ない?」

「かわいいよね彼女。俺は美少女より美女が好きだけど」

「今すぐ私の胸から視線を外さないと殴るわよ」

 拳を握って見せるとオズウェルは一歩下がった。

「まあとにかく、彼女のことはなんとも思っていないよ。神に誓おう、ミス・オールディントン」

 ああ、でも今更だけど、乙女ゲームってしょっぱなから主人公に恋している対象キャラは一人かせいぜい二人な気がする。他はゲームを進めながら徐々におとしていく、ような。そして数少ない枠はルフレに埋められている。じゃあオズウェルも隠しキャラだったとしても、この先レイラに恋をするとか? なら、彼の可能性はゼロにならない。

「うーん……」

「レイラ・モートンとは時々話すけどな。あんまりタイプじゃないっていうか、女としては見れないかな」

「レイラ・モートンとは接触歴があるの?」

 それでまったく惚れていないなら、オズウェルが隠しキャラな線は限りなく薄いかもしれない。出会いエピソードは大切だけど、聞いてみると単に係で一緒になっただけだと言うし。

「それならオズウェルは安心ということ……?」

 私がぼそりと言ったのを聞き取ったのだろうオズウェルはふふん、と鼻で笑った。

「男はみんな狼だぞ? 安心なんてするもんじゃない」

「そういう意味ではないし、その点については心配ご無用よ。私は貴方に心を許すつもりはないから」

 そうよ。隠しキャラじゃないからと言って、男性にすぐ尻尾をふるような女ではないんだから。

「だいたいね、男をひとつにして言わないでよ。アシュレイは貴方みたいに軽薄じゃないわ」

「かわいそうにアシュレイは、君のその信用を裏切るまいと頑張って自分をおさえているのか」

「貴方とアシュレイを一緒にしないでよ!」


 アシュレイはそんな不純じゃないんだから。



***



 拝啓、セシル・オールディントン様


 お嬢様のことです。持ち前の頑丈さで風邪などものともしていないでしょう。

 次の長期休みは寮にこもって魔法の勉強に専念するそうですね。その分野は昔からお嬢様の苦手分野でしたね。がんばるのは結構ですが、適度な休息も取るように。

 先日いただいた手紙の追伸へのお返事ですが、突拍子もないうえに理解不能だったので返すかどうか迷うところではありましたが、主従という立場をわきまえてお返事いたします。

 髪は黒より茶、身長は平均よりやや高め、喋るときははきはきとし、天然なことに無自覚で、無駄に行動力のある女性の方が好ましく思います。つけたすならば、たとえば喧嘩で仲直りをするために突飛な行動に出るような女性は見ていて面白く、好感が持てます。

 では、次に会うときまでセシルお嬢様に何事もおこりませんようお祈りしています。


 敬具

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