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グレイの従者

苦労話…のはずなのですが…。全然苦労していないしオズウェルの方が苦労をしているような状態に。

むしろ、幸せになってしまった。アレクの話を書けたらグレイの苦労話になります…

初めて会ったときのあの人は、まだほんの子供だった。

 汚い私を抱きしめて、可哀想にと呟いた。それから、俺のところに来いと言ってくれた。

 あの人が八歳。私も八歳。

 売り物だった私は、あの人の従者になった。




***




 私は、従者として無能だ。身体能力は所詮女なので男には劣る。頭の方も、努力はしているけれど、主人の方が上だ。

 オールディントン子爵令嬢の従者は有能と有名だし、爵位を持つ家の子の従者が無能なんて話にならない。まして公爵家。最高爵位を持つ家の、次期当主の従者が役割をほとんど果たせないなんて。

 それをわかっていても従者をやめない私は卑怯者かもしれない。

 頼まれた書類を主人に手渡し、確認を頼む。

 私が鈍くさいのをわかっている主人は簡単な仕事しか任せない。


「ああ、問題ない。助かったよ、カミラ」


まるで妹にそうするように、グレイ坊ちゃんは私の頭をぐりぐり撫でまわした。


「いえ…。お役に立てず申し訳ありません、坊ちゃん…」


困ったように笑った坊ちゃんは、撫でる手を余計大きく動かした。


「俺は助かったと言っているだろう。お前はもう少し自信を持て。…それから、そろそろその坊ちゃんというのはやめられないか」

「そう言われましても…十年近くそう呼んでいますから」


私が謝ると、坊ちゃんはくくっと喉で笑った。


「責めているわけじゃない。少し気恥ずかしいと思っただけだ。お前の呼びたいように呼べばいい」


坊ちゃんはお優しい。

 行き場のない私を引き取ってくれただけではなく、俺の従者なのだから、と、私に色々な知識を与えてくださった。

 欠点のない人だ。容姿も眩しいくらいによくて、頭もいいし、魔法も勉強も天才的だ。公爵家の息子として恥じないようにと努力を惜しまない坊ちゃんはあまりにも勿体ないご主人様だ。

 その坊ちゃんが、外では猫かぶりで、私にしか見せないような顔をしてくれるのがたまらなく嬉しい。このごろは、私にだけではなくなってしまったけれど。ただの従者がこれ以上我儘を言ってはいけない。


「では会長とお呼びしますか?」


めでたく生徒会長になったのだ。今こうして生徒会室にいる間だけでもそう呼んだ方がいいかもしれない。


「それは少し、水臭いな」

「嫌ですか?」

「ああー…この件は保留だな。カミラ、そこの戸棚に菓子が入っているから出してくれ。それから紅茶も二人分頼む」


会室には私と坊ちゃんしかいない。初めの頃はアレク・フェベンシー様も入り浸っていたけれど、このところはめっきり来なくなった。仕事をさぼりたいがためだ。


「どなたか呼んでいるのですか?あ、ローナ坊ちゃんですか?」

「あいつのために買う菓子なんてあるか。ここにいるのは俺とお前だけだろう」


では二つ中一つは私のお茶ということになる。


「そんな、従者が主人とお茶なんて恐れ多くて…」

「それを言うなら、主人の誘いを断るほうが失礼だな」


得意げに笑う坊ちゃんには勝てる気がしなくて、二人分、お茶をいれ、お言葉に甘えて座った。

 坊ちゃんが買ってきたマフィンにはせめて手を付けないようにしていると、口に押し込められた。


「俺一人で食ったら太るだろう」

「いえ、坊ちゃんはよく動きますし、食べすぎるくらいが……」

「お前とお茶をしているんだ。一緒に食った方がうまいだろ」

「そういうものですか…」

「そういうものだ」


一つ食べ始めたら、もっと食べろとどんどん勧められる。坊ちゃんの方が食べていない。


「も…おなかいっぱいです」

「なんだ、小食だな」


重いのでそうでもない。

 紅茶を一口飲んだ坊ちゃんは嬉しそうに笑って、あしを組む。その姿さえ絵になる。


「あ、ええと、おいしかったです。ごちそうさまでした」

「そうか。なによりだ」


一層嬉しそうに笑った坊ちゃんは、また紅茶を一口飲む。


「お前の入れる紅茶は絶品だな」

「いえ、茶葉がいいだけで…」


何が楽しいのか、坊ちゃんはずっとにこにこ笑ってこちらを見ている。時々、こういう場面になるが、決まって、どうすればいいかわからなくなる。

 気の利いた話のふり方もできない。


「そ、そういえば、先日旦那様がいらっしゃっていましたが、何かあったのですか?」


 理事長室に来た旦那様は息子たちを呼んできてほしいと私におっしゃるので、お二人をつれて私はすぐに退出した。わざわざ学園に来るほどではよほどのことがあったのだろうと思ったが、その後坊ちゃんがたはなんら重い空気を纏っていなかった。


「いいや。大した話はしていない」

「そうですか」

「ああ」


会話が終わってしまった。


「カミラー。カミラいるー?」


助け舟を出してくれたのかと思うほどいいタイミングで、ローナ坊ちゃんが会室に入って来た。


「これから先輩と街に買い物に行くんだけど、一緒に行かない?」


ローナ坊ちゃんの後ろには、最近知り合ったセシル・オールディントン様が手を振っている。

 念のためグレイ坊ちゃんを確認すると、複雑そうな顔をしていた。無能な従者がよそのお嬢さんに失礼をしてしまうことを心配しているのかもしれない。


「ええと、私は、いいのですが…よろしいですか?グレイ坊ちゃん」

「お前が行きたいなら行ってこいカミラ。ただし、何か嫌なことをされたらくれぐれも逃げるように。その二人は捨てて行っていい」


そんなわけには。身分としては私が一番下なのだから。


「それではあの…行ってきます」



***




 セシル様はクスクスと口元をおさえて笑った。いかにもな、貴族の令嬢らしいしぐさ。街を歩けば、道行く人が彼女を見る。

 ローナ坊ちゃんも、それは綺麗なお顔立ちでやはり視線を引き付ける。

 私一人だけ場違い感が酷い。


「鼻の下が伸びていたわ」

「へっ?わた、私ですか…?」

「いいえ、貴女ではなくて……」


セシル様は、いけない、と呟いて口をむっと引き結んだ。何を言おうとしたのか。

 彼女と知り合ったのは本当につい最近だ。グレイ坊ちゃんと仲が良いことは知っていたけれど、何故かなかなか会わせてもらえなかった。

 それが先日、突然ローナ坊ちゃんに紹介され、渋い顔をしたグレイ坊ちゃんは「フラグは折ったしまあいいだろう」とぼやいていた。

 フラグとは…?


「ねーえカミラー、カミラはどんな服が好きなの?」


甘えた声を出したローナ坊ちゃんは上等な仕立て屋を指さしながら言う。

 ローナ坊ちゃんは今年養子として旦那様が引き取ったのだけれど、人懐こくて親切で、打ち解けるのはあっという間だった。グレイ坊ちゃんとなんて特に、本物の兄弟のようだ。


「あ、あんな店の服どんなものがあるのか知らなくて…」

「じゃあ色々見て決めましょう」

「え、決め…?」


何がなんだかわからないうちに店に引っ張られ、上等な服を着せられていく。お二人で、あれでもない、これでもないと色々私に着せていく。

 忙しくて何かを訊くこともできずされるがままになる。


「やっぱり青かな、兄さんの持ち色だし」

「カミラにも似合うしね。青ね」


最後はふんわりとしたデザインの青のドレスを着せられた後制服に着替え、着替え終わったころにお二人の元へ行くと、包装された服を渡された。


「あの、これ……」

「プレゼント。友情の証に」


愛らしく笑ったセシル様は女性にしては強めの力で服をぐいと私の胸に押し付けた。


「そんな、い、いただけません!こんな高価なもの…」

「駄目よ、もらえるものはもらっておかないと。後で返せと言われたらその時は素知らぬ顔をすればいいの」

「渡す本人がこんなせこい人間じゃ怖くもなるよね!」

「ローナうるさい」


疑っているのではなくて、私は何も返すことができないから。


「気にしないで。やっとできたまともなお友達だもの。……あ、お友達じゃない?」

「いえ!いえ!そう思っていただけて光栄です。私も、そう思っております。ただその、一方的にもらうのはどうしても…」

「年上なのに敬語を使っていないことへの賄賂と思って」


 そんな、いち従者に敬語をぬくことはいけないことではないのに…。上と言っても一つだけだし。

 ローナ坊ちゃんを見ると、こちらも貰っておけと言う。

 なかなか引かない私に、では今度何かお菓子を作ってくれればいいからというセシル様のお言葉に甘えてしまった。

 お買い物というのはそれだけで、その後はお喋りをしながらのんびり歩いた。


「はぁっ、かわいい。つらい。子供のときのアシュレイに負けないくらい可愛い」


歩きながら、セシル様が目元を覆った。


「アシュレイ…?あ、ええっと、ローナ坊ちゃんの同室の…」

「先輩の従者だよ」

「そうなんですか!」


優秀と有名な従者がローナ坊ちゃんと同室とは……


「酷い話だわ。こんなに可愛い子を隠していたなんて、グレイ先輩ってば」

「そりゃ嫌ですよー。あの兄さんが子供の頃から大事に大事に可愛がった従者ですよ?先輩みたいな性悪に知られて死亡レースに参加させられたらたまったもんじゃないですよ。ほら先輩って、性悪だから」


性悪って二回言った。


「貴方最近遠慮がなくてどうかと思うわ」

「正直なだけですよー」


舌を少し出した坊ちゃんは、思い出したように私の持つ服を指さす。


「それ、ちゃんと兄さんの前で着るんだよ」

「え」

「それで、ちゃんと、好きですって言うんだよ」

「え!?」


抱きしめていた服を落としかけ慌てる。


「当然じゃないの。そのために買ったんだもの」

「そ、え、え?え?」

「だってカミラ、兄さんが好きでしょ?ゆくゆくは結婚したいでしょ?」


け、け、


「無理です!だって坊ちゃんは坊ちゃんで、私は従者で、というか、え、えと、どうして知って…うぅっ」

「見てたらわかるよお」

「多分本人にもばれてるわよねえ」

「本人にも!?」


こういう場合、本人にはばれていないものなのでは。


「そ、あ、この、このことは、どうか秘密に…。あの、だって、身分に差がありすぎます…」

「秘密にしなくても周知のことだよ?」

「そんなこと」

「あるわよ」


逃げ場が、ない。


「じゃ、だって、そうしたら、どうしたら…好きって、知られたら…」


従者でも、いられなくなる。

 グレイ・ランドルフという人は、私なんていなくても何も困らない。一人でなんでもできてしまう。私が傍にいられるのは、身寄りのない私への同情を抱いてくれているから。立場もわきまえず好意を寄せているなんて、知られたら……


「う、うぅぅ…っ」

「泣かせた!先輩が泣かせた!」

「私!?カミラ、泣かないで。どうしたの?大丈夫大丈夫」




***




「…お前ら、何をした」


目を腫らせたカミラは、ローナに背負われ帰って来た。すやすやと寝息を立てている。


「いや、僕たちがしたってより、兄さんが?」


生徒会室にベッドがあるのが幸い。カミラを寝かしじっくり聴取を行う。


「そうですよ。グレイ先輩がはっきりしないから…」

「この間父さんが来たときあんなにはっきりきっぱり言っておいてさあ、まだけじめつけないの?」

「余計なお世話だ」


自信があるわけではないが、カミラは俺を好いてくれている、と思う。ただ、やはり口に出すとなると気恥ずかしいものがある。

 しかし残された時間は少ない上もう後には引けない。


 数日前、父が訪ねて来た。俺かローナへ見合い話。

 ローナは別に受けてもいいと言うが、やはり家をつぐ俺のほうにおさめたかったらしい。しかし俺にはいずれはと思っている相手がいる。それがまあ、カミラだが。

 私はカミラを愛しています。彼女以外は考えられない。

 父にそう言ったはいいが、まだ恋人でもなくただの主従だ。こんなにはっきり言っていては父も当然すでに恋人関係にあると思ったのだろう。俺がオールディントン家、フェベンシー家と良好な関係を築いていることもあり、あっさりと許しは得たが……。

 卒業したらすぐに結婚。それが条件だった。カミラに逃げられては面子が潰れるからだそうだが……。


 果たしてカミラがそれを受け入れるか。


 ただの告白だって勇気がいるってのに。しかも前世今世を含めて初めての告白だ。さらにプロポーズも込み。卒業と同時に結婚はなかなかだぞ父よ。


「くそ可愛いな。お前らとじゃ月とスッポンだな」


腫れた瞼を撫でてやる。悪いことをした。泣くほど思いつめるとは。


「見てる側からしたら早くくっつけだけどね」

「ねえ」


それは少し前のお前にも返してやろうセシル・オールディントン。


「お前らと違ってカミラは繊細なんだ。突然プロポーズしても驚かれるだけだ」


ままならない。


「ん…ぁ……あ、あの、グレイ、坊ちゃん?」

「ああ、起きたかカミラ。頭は痛くないか?」

「はい……あの…」


よし、外野を追い出そう。

 早い。追い出そうとしたときには既に消えている。こんな時だけ空気の読める奴らだ。


「坊ちゃぁぁぁあ……っ」

「泣くな泣くな。どうした」


 いや、どうしたじゃないだろ俺。


「あの…!あの!もう、うぅ…っ、仕方ないので、言ってしまいますと、す、好きです。今までお世話になりましたぁぁぁぁ…っ」

「なんでだ」


どうして別れのあいさつになった。


「俺もす」

「おげんぎで…っ」

「俺もお前がす」

「ありがとうございまじだぁぁぁ…っ」

「泣くな聞け」


カミラをなだめるのに三十分。

俺のプロポーズを聞いてカミラが気絶すること四十分。

後日カミラが青いドレスを着せて見せてくれたその時、愚弟と性悪令嬢に今までにないほど感謝をした。


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