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オズウェルの悲劇

あけましておめでとうございます。


…ヤマもオチもないお話です…

 従者の仕事がどれだけ過酷なのかというのは、仕える主人による。

 また、その主人の人柄によって苦労する方面はそれぞれだ。

 アシュレイ・カーライルなどは、主人の性格がアレなだけに日常生活で胃をキリキリと痛めるだろう。奴が幸せなら別にいいのかもしれないが。

 対し、グレイ・ランドルフの従者は主人の不幸体質故にそれが感染し、最早笑い事ではなさそうだ。

 あの女は従者をつけていないそうだが、もしいたらストレスで仕え始めたその日に倒れるだろう。レイラ・モートンなど。


 そう考えると俺は恵まれている。

 生真面目で、性格もいいし、生まれながらに勝ち組で運もある。それが俺の主人だ。いいや、だったはずだ。

 俺の仕える王子殿下は主人として欠点のない……


「何をしてるんだ」

「見ればわかるだろう!」


欠点のない男だったはずだ。

 少なくとも、四つん這いになって茂みに身を隠しながら歩く男ではなかった。


「凡人の俺には理解できそうもない」

「お前も隠れろ馬鹿!あの女に見つかるだろう」

「フリューゲル王子殿下ともあろう者が無様な姿だな」

「お前は俺を過大評価しているなオズ。背に腹は代えられないだろう。それから学園内でその名を口にするな」


あの女とは、どちらのことを言っているのか。

 生粋の痴女のことか、悪魔の化身のことか。


 レイラ・モートンは俺の主人の立派なトラウマになった。果たしてレイラ・モートンがどんな言葉をフリューゲルにぶつけたかは知らないが、あの後フリューゲルは三日ほど食事をとれなくなっていた。

 女は皆汚いとの錯覚まで植え付けられ、若干女性恐怖症になりつつある。

 その上世話係まで押し付けられ、まあこいつもさすが王族、よくここまで回復したものだと思う。

 救いと言えば、レイラ・モートンはルフレ・ウッドを目の敵にしてそちらに気を取られがちなことか。ウッドには悪いがおかげでこちらは助かっている。

 がしかし。俺たちにレイラ・モートンのおもりを押し付けた根に持つ性悪女は、俺たちが楽をするのをよしとしない。わざわざご丁寧に、俺たちの元へレイラ・モートンを連れて来ることもしばしば。


「レイラ・モートンは教室でウッドと戯れているよ。セシルの方は、ローナ・ランドルフと何やら楽しげに談笑していたから、心配ない」


 一度深い溜息をついたフリューゲルは、何でもないような顔で立ち上がり、そうかと一言。


「別にいいじゃないか。中身はともかく、容姿はお前が一度惚れたほどだ」

「俺が女性に求めるのは慎ましさと気品だ。節操ないお前の基準で言うなよ」


なるほど。レイラ・モートンは人柄を除けばいい女のようだ。

 城に住むフリューゲルの周りは欠点ない、気品のある女しかいなかった。目は肥えている。にもかかわらず、そのフリューゲルに品のある女だと認めさせ、なおかつ惚れさせたとなると、彼女の仕草や姿勢に欠点がなく、加えてそれだけの愛らしさがあったということだ。

 なんて勿体ない女なんだ。


「お前はかたすぎるんだよ。王族なら一人や二人、体の関係を持つ相手がいてもいいはずだ」


もちろん、何かと面倒なので内密にだが。


「そんな不誠実なことはしない。それに間違って子供でもできたらどうする。いや、子供ができることに間違いかそうでないかは関係なく、生まれてきてはいけない子供などこの世に一人として存在しないのだが、しかし俺が子供を作るとなると国全体の問題にも発展しかねないしそれに」


硬い。

 王位を継いでからも側室をつくる気はないと言っているが、この分だと正室も受け入れるかどうか心配だ。


「そんなもの、隠し子として何人でも育てればいいだろう。金に不自由はないんだから」

「お前はつくづく最低だな」


別に俺がしているのでもする予定なのでもない。いっかいの従者だ。できるはずもない。

 ただある程度女遊びに興じないと、俺の主人は最終的に男を相手にするタイプに転身するのではないかと不安がよぎる。

 いや、もう既に


「お前男の方が」

「気をつけろ。不敬罪で牢屋行きだぞ」


まだ大丈夫らしいが、これ以上頻繁にレイラ・モートンと接触すればなくはない話だ。


「あのぅ……」


背後から女の声がして、フリューゲルの肩がはねた。こんな状態で玉座につけるのだろうか。

 振り向くと、幸の薄そうな、庇護欲をくすぐるような女子生徒が縮こまって立っていた。見たことがある顔だ。一言二言交わしたこともある。


「なんでしょう、ミス・ディーノ」


カミラ・ディーノ。噂では、人身売買の常習犯が逮捕された際、無事保護され、今の主人に仕えているという俺の同業者だ。一つ先輩にあたる。


「うちの坊ちゃんがたを見ませんでしたでしょうか…。旦那様が理事長室にいらしているので、お呼びしなくてはいけないのですが……」

「貴女の主人でしたら、申し訳ありませんが存じません。弟君の方でしたら、中庭にいましたが」


さがり眉のカミラ・ディーノは一瞬ものすごく愛らしい笑みを浮かべ、それから慌ててお辞儀をする。


「ありがとうございます、ミスター・アークライト。このご恩は必ずお返しいたします。失礼します」


俺にもフリューゲルにまでお辞儀をしたカミラ・ディーノはひょこひょこ走り去っていく。特別かわいいわけでもないが特定の層には人気が強そうだ。

 さあ俺たちも昼飯に屋内へ戻ろう。と、フリューゲルに向き直る。


「可憐だ……」

「嘘だろ……」


熱っぽい視線でカミラ・ディーノの後姿を見送る、だらしない顔の主人。なにがどうして。


「彼女はオズの知り合いか」

「ああ、そうだけど」

「名前は」


 女性に求めるのは慎ましやかさと気品ではなかったのか。前者はともかく、校舎は元奴隷出身の彼女では足りないところがある。

 さては初恋があの痴女だったために、逆に、他のまともな女が皆魅力的に見えているのか?逆に……。

 それはそれで問題だ。

 ある程度女に慣れるのも必要だが、これまでクソ真面目に生きて来た人間が、見極めずずる賢い女にひっかかりその上女に溺れたら駄目になる。国は潰れる。

 カミラ・ディーノは問題のない女性だが、彼女に手を出した場合的に回したくない人間を敵に回すことになる。


「彼女はセシル・オールディントンの友人だよ」


 それは事実だ。最も、彼女のことを説明するには他の人材を使う方が効率的だが、目を覚まさせるにはセシルの名前を出すのが丁度いいだろう。

 案の定、セシルの名前を聞いた瞬間フリューゲルも正気に戻った。


「そうか……では性格は……」


 うっかり口にできないのはどこで誰が聞いているかわからないだろう。


「勘弁してくれ……。仮にも王子が、軽い気持ちで女に手を出すようなこと」

「さっきと言っていることが変わっているぞ」


お前のせいだ。




***




「寝不足ですか。隈ができていますよ」

「……どういう風の吹き回しだ、お前から話しかけてくるなんて」


おそらくセシルに用で教室に来ただろうカーライルが声をかけてきた。フリューゲルもいない。セシルもローナ・ランドルフとどこかへ行った。


「いえ別に。お元気そうで何よりです。傷心は癒えましたか」

「人の傷口をえぐって楽しいか」


真顔なあたり傷つける気満々なのが腹が立つ。しかも当事者のくせになんなんだこいつは。


「いえ。純粋に心配しています」

「そうか。お前友達が少ないだろう」

「そうですね。かろうじて一人います」

「だとしたらそいつはよほどメンタルの強い奴なんだろうな」


一応本気で気を使っているらしいがデリカシーを知らないのだろう。見た限りでは猫を被ることも知らなそうだし、明らかなコミュニケーションの不足。本人が不満でないならいいが、セシル・オールディントンが行動範囲を制限したせいだろう。


「それで、随分とお疲れのようですが」

「おかげさまでね。お前のご主人と愉快な男爵令嬢のおかげで俺の主人のネジが一本抜けたよ」


妙に惚れっぽくなってしまった。カミラ・ディーノにとどまらず、目に留まったまともな女にすぐ目を奪われる。


「貴方の主人といえば、先ほどモートン男爵家の痴女に捕まっていましたが」

「クソ…っ、いい加減にしてくれよ…っ」


 教室を出ようとする俺にカーライルが何かをよこしてきた。


「は?アメ?」

「疲れには糖分がいいというので。僕は好みませんが」

「なんで今更いい奴の鱗片を見せるんだ」

「不憫で」


それはアレか。俺がお前に蹴り飛ばされたことやお前のおかげでふられたことも含めてか。




***




カーライルの言う通り絡まれていた主人を奪還し、教室に戻ろうとすればまたフリューゲルの目が女を追う。

 俺の知る誠実な主人はもういない。


「おい!ヒュー!いい加減にしろ!!」

「何がだ」

「女でいいなら誰でもいいと思っていないか」

「ふざけるな。レイラ・モートンやセシル・オールディントンのような女に俺が揺れるとでも言うのか」


 それ以外には簡単に揺れているだろうが。

 だいたいその言い方では後者に惚れた俺の目は節穴と言っている。否定しないが。


「女なんて卒業してからゆっくり見繕えばいいだろう!お前には俺がいるんだから我慢しておけ!」


自分で言って頭を抱えたくなった。決してそちらの趣味があるのではないし俺は女が好きだ。言い方が悪かった。俺がお前の執務をサポートして色事も応援してやるから卒業までは耐えろと言いたかった。

 やめろ。そんな目で見るな。自分の従者をそんな目で見るな。俺だって相手が男なんてお断りだ。


「お前自身がそういう趣味か」

「ちが……、おい!おい、待て!そこの奴!ローナ・ランドルフお前!止まれ!!」


通りすがりのローナ・ランドルフが厭らしい笑みでかけていく。

聞かれた。あの顔は、広める気だ。


「俺は!健全な男なんだって!」


 翌日、学内の視線が俺に集中しているように思えた。

 気にするな、ただの噂だ。そう言って俺の肩を叩く主人に、初めてわずかな殺意を覚えた。


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