4、喧嘩をしたので髪をばっさりいきました
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最近従者が冷たい。
「貴方変わってしまったわ、アシュレイ」
「お嬢様が常識に欠けているだけです」
頭を抱えながらアシュレイは大仰なため息をついた。
「お嬢様は今年でいくつになるんです?」
「嫌だわアシュレイ、私の年齢を忘れてしまったの? 私は貴方の年くらいちゃんと覚えているわ」
「自ら口にして自覚してもらおうとしたんですよ。もう十二でしょう? いつまでも子供の気分でいられたら困ります」
十歳をこえたくらいから、アシュレイはすっかり思春期に入ってしまった。早すぎやしないか。せめて十五歳くらいまではかわいさを保って欲しかった。
ここ数ヶ月で声変わりも始まり、身長も私より高い。アシュレイは攻略対象キャラで最年少なことと一番低身長を気にすることになるけれど、それでも普通かそれより若干高いかくらいだ。他の攻略対象がでかすぎるだけ。
「十二なんてまだまだ子供よ? それにねアシュレイ、子供の間にしかできないことはたくさんあるの。今のうちにいろんなことに挑戦しないと」
「十二といえばあと三年で学園に入学。大人の一歩手前ですよ」
「あと三年もあるじゃない! ね? 一緒に寝ましょうよ」
「三年しかです」
およそ主従関係にある相手とは思えない蔑むような目でアシュレイが見下ろしてくる。見下ろすこと自体無礼とされるのに、その目はあんまりだ。
「だって……」
「お心遣いには感謝します。だけど僕はもうなんともないんですよ。貴女がもう十分に傷を癒してくれました」
毎年この日はアシュレイのご両親の命日だ。一年目に迎えたこの日、アシュレイは悪夢にうなされて、だからそれから、この日はアシュレイと一緒に寝るようにしていた。多少はアシュレイの気を紛らわすことに成功したから、意味は成していたはずだ。
「それに貴女と寝台を共にすると悪夢こそ見なくても寝不足に悩みます……」
「え? なに?」
「なんでも」
枕をかかえてアシュレイの部屋に来てしまったから、もう戻るのも格好がつかない。
「最近冷たいわ、アシュレイ」
「たんに年頃なんです」
「お願い」
「その『お願い』がいつでも通用すると思わないでください。自分の身を守るために警戒心を持ってもらわないと、僕だって貴女を傷つけないとは限らないんですよ」
どうしてここで死亡フラグを再確立しようとするのよ。
「え?アシュレイは私を傷つけるの?」
「それはまあ、僕も男ですから」
「世の男性に謝るべきだわ。男だから犯罪行為に走るなんて言ったらこの世は荒れまくりよ。男性だからって殺人鬼になると決め付けるのはいかがなものかと思うわ」
「別に殺人鬼になるとは言っていませんし、なにか大いなる勘違いが生まれているようですがこの際どうでもいいです」
死んだ目で空を見つめるアシュレイの隙をついて、私はアシュレイのベッドに潜り込む。
「お嬢様!」
「私に枕を抱えて無様に部屋へ帰れと言うのアシュレイ」
稀なアシュレイの大声を録音したかった。ボイスレコーダーがない世界はなんと不便な。音声を保存する魔法もまだ使えない。
「貴女が僕を異性として見ていないことはわかりましたよ……」
観念したのかアシュレイもベッドに入るけど、落ちるんじゃない?というくらいベッドの縁スレスレにいる。
「もっとこっちへ来ればいいのに」
「ここからは理性との戦いなんです。放っておいてください」
どういった意味かはわからないけど、よく理性なんて言葉を知ってるわね。
「おやすみアシュレイ、いい夢を」
「ええ、どうも。……僕が今晩眠れるかはさだかではありませんが」
***
鈍い痛みと重力の向く方向に違和感を感じて飛び起きると、ベッドから落ちていた。というか、落とされた。アシュレイの足は明らかに私を蹴落とした状態でフリーズしていた。
時計は二十二時を回ったところ。眠り始めて一時間ほどでまさかこんなに痛い目に合うとは。
「アシュレイ……」
「すみません、お嬢様」
返事をしたってことは寝ぼけてたわけでもないらしい。
「私になにか恨み事があるの?」
「これは不可抗力と言うか……お嬢様の寝相が悪いので……」
「明らかに貴方が蹴飛ばしたように思われるのだけど……」
「落としたのは僕なんですが……。お嬢様がこっちへつめてきたから……」
だからってなにも落とさなくても。
「近かった……距離が……顔が……花の香りが……悪くなか……けどタガが外れそうで……」
なにやらぶつぶつ行っているけど全然聞こえないし。
「……お嬢様、今さっきの謝罪は取り消します。悪いのはお嬢様です」
「どうしてそんな結論に至るの!?」
痛い目を見たのは私なのに。
「僕は一緒に寝ることを拒否しましたよね。その上でお嬢様は言い分を通したんですから、痛い目をみても文句は言えないはずです」
「でもなにも、謝罪を取り消す必要はないでしょう?」
「自分が悪くもないのに謝るのはどうかと思うので」
上目遣いで、お嬢様もそんな従僕はお嫌いでしょう?と聞いてくるアシュレイはあざとい。きっとこの子は自分の容姿がとてつもなくいいことを自覚してるんだわ。だからこんなにあざとい。
そして私はこの綺麗な顔に何度負けてきたことか。
「ただ頭を下げる従順な下僕を手元に置く趣味は、お嬢様にはないでしょう?」
「それはそうだけど……。でもっ! 蹴り落としたのだから謝ってくれてもいいでしょう?」
「すると、非があったのは僕だけで、お嬢様は一切悪くないと言うんですか? 人の部屋に押しかけてきて謝罪の言葉一つなしですか」
「それとこれとじゃ話が」
「一緒です」
反論の余地も与えてくれないアシュレイは、未だ床に座り込む私を腕を引いて起こし、ベッドに寝かせた。代わりに自分はベッドの下に一枚だけ畳んでしまわれた毛布を取り出して床に寝転がる。
「まさかそこで眠るなんて言わないわよね?」
「なにか問題でも?」
「どれだけ私と一緒が嫌なの……?」
「そうではなくて……。……お嬢様は少し面倒くさいですね」
上体を起こす私を再び横にさせ、アシュレイは毛布にくるまりなおす。
ベッドの上からアシュレイをじっと見ていると、視線が痛いからよそを向けと怒られた。天井を見つめ、何度か目を閉じ眠ることを試みたけれどだめだ。それに、アシュレイのベッドを占領してアシュレイを床で寝かせるのは心苦しい。自分の部屋へ戻ればいい話だけど、暗い屋敷の廊下を一人で戻るのは勇気がいった。
「私が床で眠るわ」
「どこの世界に主人を床で寝かす従者がいるんですか」
それもそうなのでなにも言い返せない。
「アシュレイは最近冷たいわ」
「最近そんなことばかり言っていますね」
「だって冷たいんだもの。前はもっと、私を頼ってくれることもあったわ。生意気だったけど」
天井を見つめたまま、少し寂しい、姉心のようなものをわかってもらおうとしてみる。
「僕はもう、子供から抜け出そうとしているんです。お嬢様に世話をやいてもらったり、お嬢様に頼ったりするのは卒業する時期なんですよ。僕はお嬢様の従者なんですから、頼る側ではなくて頼られ守る側にならなければいけないんです」
「そんな悲しいこと言わないで。かわいいアシュレイでいてほしいわ」
ひとり立ちを思わせることを今から言わないで欲しい。
アシュレイは不服そうに、機嫌の悪さを隠さない口調に変わった。
「前々から言おうとは思っていましたけど、その『かわいい』をやたら言われるのはとても不愉快です。僕は男です」
「それは……貴方を見ているとつい口をついてしまうから……ごめんなさい」
「フォローになっていませんが」
アシュレイが寝返りをうつ気配がした。
「お嬢様はなにかと鈍いですね」
それについムッとして、「なにかとって、具体的になによ?」と問えば、アシュレイはいつもより深いため息をついた。
「男の気持ちがわかっていない。それだけならまだしも、男に対する危機感がない。もう一度言いますが、僕は男ですよ?」
「わかっているわ。だから、かわいいと言ってしまうことについては素直に謝ったでしょう?」
「自分がどうして蹴り落とされたのかもわかっていないじゃないですか。僕が言いたいのはそういうことではなくて……」
「……」
「お嬢様?」
「……」
「寝てる……?」
***
アシュレイの機嫌がとても悪い。
朝起きて挨拶をしても目を合わせてくれないし、私を部屋まで送るとつんとした態度でさっさと戻ってしまった。その後も全然目を合わせてくれない。
「もう! なにを怒っているの?」
「別になにも」
「だったら私の目を見なさいよ!」
「命令ですか?」
「……っ」
今まで命令を出したことなんてなくて、なるべく対等であろうとした。私が彼に持ち出すのはお願いと提案と約束だけ。アシュレイの意思で決めて、是と答えが出たときだけ彼の力を借りたり、頼みをきいてもらってきた。命令をしたら、これまで築いてきた微妙な主従関係も崩れてしまうようで、私は一度だって命令したことはない。
それをアシュレイもわかっているから、そんなことを言うのだ。私は命令を出さないと。そしてこれはお願いだと言えば、アシュレイは拒否をするんだろう。
「命令なら、聞き入れますが」
「……」
「命令ですか?」
「もう、いいっ!」
だばぁっとだらしなく涙を流す私を見て、アシュレイはいつかのようにぎょっとした。ここ何年かは泣くことなんて滅多になかったから、アシュレイだって私が泣くのを見て動揺したんだろう。
「セシルお嬢さ」
「もう知らないっ」
伸びてきたアシュレイの手をとっさに払って逃げた。部屋に行って一人になったら余計寂しくなるし、屋敷をうろついてこんな顔を迂闊に見せたくない。
思いついたのはお母様の部屋で、ノックをして返事も待たずに入ると母は目を丸くして驚いた。
「どうしたの、セシル?そんなに泣きはらして」
いらっしゃい、と手招きするお母様に私の涙腺は完全に崩壊して、横になる彼女にしがみついて泣いた。
「アシュレイが……アシュレイがひどいのっ」
今朝から機嫌が悪くって、さっきは意地悪に言及してきたのだと話すと、私の頭を撫でるお母様はうーんと小さく、可愛らしく唸った。
「セシルは何も心当たりはないの?」
ない、と言えば嘘になる。きっと昨日のどこかで彼を怒らせたんだろう。床で寝たせいで身体が痛くなったから? 私がいつまでも話し続けてなかなか寝かせてあげなかったから? だけど、アシュレイの部屋へ押しかけて彼を床で寝かせたなんてお母様には言えなかった。主人としてそんな情けない話はない。
口ごもる私に、お母様は言いにくいことなのだと悟ってくれたらしく、クスっと笑って私の髪を梳いた。
「アシュレイばかり悪いのでないなら、貴女も謝らなくてはね、セシル? このまま気まずいのは嫌でしょう?」
「だけど原因もはっきりとはわからないし、アシュレイはとっても怒っているのよ」
お母様のおかげで冷静になってきた頭で、私もアシュレイに対して自分勝手が多かったことに反省する。
「貴女なりに誠意を見せれば、あの子もきっと許してくれるわ。あの子はいい子だもの。セシルもよく言っているでしょう?」
「私なりの誠意……」
目に見える誠意って、なんだろう。お母様が髪を梳いてくれる様子を見て、はっと思い立つ。
「わかったわお母様!私、鋏を借りてくる!」
たたたっと部屋を出て行く私に、
「鋏……?」
お母様は首をかしげたという。
***
「アシュレイっ!」
「お嬢様? さっきはその……すみませ……んでし……その髪は……!?」
書斎で学んでいたアシュレイを見つけ声をかけると、アシュレイは椅子から落ちかけた。
「大丈夫?」
「お嬢様、髪が…!!」
私の髪の毛先に触れて、アシュレイは震えている。
「これは誠意の象徴と言うか……本当は剃るべきだったんだけど、さすがに勇気が出なくて。ごめんね?」
「剃……っ、なんてことを……。お嬢様の髪が……」
髪をばっさり切った。腰ほどまであった髪を肩につかないほどのショートにした。切ってから気づいたけど、この世界には頭を丸めるなんて風習なかったかもしれない。まあ切ってしまってから気づいても遅い。
「貴方とこのまま気まずいのは嫌だから……髪に免じて許して欲しいなって、思って」
「そんなことのために髪を? お嬢様の綺麗な髪を犠牲にしたんですか?」
そんな泣きそうな顔をされるなんてちょっと予想外だ。
「僕は、至極自分勝手で身の程知らずな理由で勝手に怒っていただけです。謝らなければいけないのは僕で……僕のいるところで何も意識しないで簡単に貴女が眠ってしまったことが……悔しくて……。けど僕はただの従者で、お嬢様に意識してもらおうなんて身分不相応で……」
「じゃあもう怒っていないの? よかった」
「……僕の話、聞いてましたか?」
「つまり要約すると、もう怒っていないってことでしょう?」
「もういいです」
私の毛先に触れながら、アシュレイは小さく肩を落とした。
「髪……」
「アシュレイより私の方が短いわね」
「僕も切ります」
「気にしてるの? ダメ。私、貴方の金色の髪好きだもの」
「お願いですか?」
「そう、お願い」
アシュレイはわかりました、と言ったあと、そのかわり、と続けた。
「また伸ばしてください。僕もお嬢様の髪が好きです」
「それなら、伸ばそうかしら」
アシュレイはしばらく私の髪の毛先を名残惜しげに弄んでいた。