3、従者の悪友
この頃つくづく思う。
「お嬢様は苦痛に歪む顔がお綺麗ですね」
「う…っ、うぇ…っ、おぇぇ…っ」
右手にフォークを持ち、左手でお嬢様の後頭部をおさえる。ピーマンを口に押し当てられたお嬢様は嫌々と首を横に振るが、知ったことではない。口の中に押し込んでやる
向いで食事をとるランドルフ兄弟は肘をついてその様子を見ている。育ちはいいはずなのに行儀が悪い。
「まさか噛まずに飲み込んだりしませんよね?お嬢様のために作ったものですよ?残したりしませんよね」
「う…っ、うぅぇぇ…っ、おぅぅ…っ」
食べやすいように味付けてあるのだから、多少の苦味くらい我慢してほしい。コーヒーやビターチョコレートは平気なくせに、どうしてピーマンは駄目なのか…。これには彼女の両親も頭を悩ませていた。まさかもうすぐ十七になる今でも食べられないとは思ってもいなかったが。
ボロボロ涙が出ているが、食べればいい話だしお嬢様のためだ。報復だけが目的ではありませんよ?
「なんか可哀想になってきた」
「こういうのを自業自得と言うんです。ローナ、君も覚えておいた方がいいですよ。悪事を働くと自分の身にも返ってくるんです」
首を竦めたローナはまたすぐに自分の食事に戻る。
ローナの隣のランドルフ家の長男は、口の中の物を飲み込んでから話をきりだした。
「それで、わたしに話と言うことだったな」
「……そのわざとらしい口調は崩していただいて結構ですよ」
お嬢様やローナと話すときはもう少し砕けた口調だ。おそらくそれが本来のグレイ・ランドルフだろう。
咳払いをした会長は手を組み仕切りなおす。
「それで。話は」
「キャンベル伯爵令嬢の件です」
今食事をしているのは生徒会室だ。ローナに頼んで会長を呼び出してもらった。ここのところローナは自分と会長の食事を自分で作って持っていたので、食堂以外の場所に呼び出しても問題はないと思った。
兄弟で仲が良すぎるのはいいが、度を過ぎると勘違いされそうなので友人が心配だ。だが今の問題はそれではない。
今朝は驚愕した。
お嬢様がモートン先輩を伴って寮から出て来たのだ。モートン先輩はわかりやすく不機嫌で、お嬢様にしっかりしがみついて最後まで離れなかった。
昨日、モートン先輩はキャンベル伯爵令嬢に随分とキツい言葉を浴びせられたらしい。「いくら可愛くてもあんな女ごめんだ!」と。そしてお嬢様は謝罪と登校同行を求められそれをのみこんだ。
驚愕だ。あの、レイラ・モートンが負けたのだ。あの、強かさで言えば敵う者はいないレイラ・モートンが。
そのことを話すと、ローナは面白そうに笑い、会長は苦笑した。
「モートン先輩を負かすなんてただものじゃないね」
「あいつもいい薬になったんじゃないか。これに懲りてまっとうになればいいな」
「問題はモートン先輩ではありません」
確かにあの痴女の暴走は目に余るものがあるが、今はそれではない。
昨日あしらわれたキャンベル伯爵令嬢は今日、やたらつっかかってきた。プライドを傷つけられたのに加えて何故か僕に興味があるようで非常に迷惑している。
「ああ、だから彼女、君を探し回ってたわけだ」
「僕が一体何をしたと言うんですか…」
休み時間ごとに追いかけられたのではたまったものじゃない。うるさい女性は苦手だ。
「それで、公爵家の時期当主の俺に、キャンベル伯爵令嬢を黙らせろ、と?」
「はい。さすが会長」
「こんな時だけ持ち上げられてもな」
こんな時のための権力者の知人だ。やたらと爵位にこだわっていたのはあのご令嬢だ。なおかつ会長は上級生で生徒会長。権力主義のご令嬢も黙るだろう。
「無理だよー。兄さんは女の子に甘々だもん。気が強い女の子にはしっかり尻に敷かれるしね」
「黙れカマ」
「カマじゃねーっつってんだろクソ兄貴」
それはまあ…わからなくもない。見ていると、お嬢様は会長をうまく転がしている。
「頼るなら僕だよ!ストーカーの才能なら誰にも負けないから。彼女の弱点もきっちり調べ上げるよ!」
「と、弟君は言っていますが、教育はどうなっているんですか?生徒会長」
胸を張って言うことではないだろう。むしろ隠すべきだ。会長は頭を押さえている。
「ストーカーの経験でもあるの?…っうぇ…っ、お水が欲しい…」
水なんて飲まずに味わってくださいね。無農薬のピーマンですよ。
「ないですけど、僕はもともとストーカー要因だったんです。ほら、リニューアル版あるって言ったでしょ?他キャラのストーリーは基本一緒だったんですけど、僕とアークライト先輩が追加されて。僕はストーカー気質で、アークライト先輩は自傷癖持ちなんですよ」
「じゃあストーカーをするために生まれて来たのね」
「見方によってはそうですねえ」
お嬢様とローナが何を話しているかはわからないが、あまり会話に加わりたくないような気がする。お嬢様がこういう目をしているときはろくな話をしない。
「それで、話は戻しますが。ではローナが解決策を見つけてくれると?このままでは僕の胃がストレスで血まみれになります。一刻を争います」
「ついこの間までのお前に同じことを言ってやりたい気分だな。一応俺からも警告にはいくが、レイラでも敵わなかったんだ。見込みは薄いぞ」
なにもしないよりはいい。
「ありがとうございます。お嬢様、いつまで食べているんですか」
「だって…!貴方が手の込んだ嫌がらせをしてくるから…!」
「残すんですか残しませんよね残すわけないですよね。一口が小さいから遅いんですよ。ほら、最後の一口」
「無理!多い!無理!むぐ」
あと数分で休み時間が終わってしまう。無理やり押し込んで席を立つ。
「ではよろしくお願いします」
が、宣言通り、会長はすぎるほど役に立たなかった。あっさりすり抜けられ、ローナの報告を待つしかなくなった。
***
それまではキャンベル伯爵令嬢に対応するしかなく。
「やっと捕まえたわ!アシュレイ・カーライル!さあ、観念してあたしの従者になりなさい」
「急ぐので失礼します」
逃げ切れるはずもない。四日目にして捕まった。
「ちょっとお!所詮庶民のあんたが、あたしになんて態度なの!」
「学園内においては僕と貴女は同級生です。出自をどうのと言われる筋合いはありません」
第一、この頭の悪いご令嬢一人、その気になれば黙らせられる。伯爵家を抑えるくらいは…。ただ、あまり派手な行動はオールディントン子爵家に迷惑をかけかねないのでひかえたい。
ミス・キャンベルも運がいい。オールディントン家は彼女が思っている以上の力を持っている。もし旦那様が娘に暴言を吐かれている場面を目の当たりにすればただでは済まなかったろう。
もちろん僕としても痛い目を合わせてやりたいが、お嬢様はそれを良しとしない。
結局、旦那様の目がない場である…つまりは運と、お嬢様の慈悲のおかげで彼女は平和に過ごせているわけだ。
「少し見目がいいからって生意気よ!庶民は庶民らしく這いつくばりながら生きればいいの!あたしみたいに選ばれた人間に従いながらね」
なるほど。これは酷い。
モートン先輩は女好きでも短気だ。長期戦に持ち込まれればこのご令嬢にイラついても仕方がない。
絵にかいた我儘お嬢様か。時々想像する。うちのお嬢様もこれくらいわかりやすい我儘を言ってくれる人だったら。……結論としては、もしあの人にこんな口汚い上腹立たしい言動をとられては、勢いのままあの人の頭を叩く自分しか想像ができない。そして泣きながら、「出来心だったの!」と謝ってくる彼女。つまり間の抜けたあの人に高度な我儘は言えない。想像さえできない。つくづく面倒くさい人だ。
「僕が命令を受け入れるのは親愛なるセシル・オールディントン様だけです。選ばれた人間とそうでない人間がいると言うのなら、僕の目に見える僕の主人こそが、この世で最も尊い特別な人です」
靴を舐めろと『お願い』されても頬をつねるが。『命令』されたなら喜んでしてみせよう。今まで一度だって『命令』をしない主人を、誇らしいような、物足りないような気になりながら仕えて来た。
従者として認められていないのではないか。
彼女の真意はわかっている。対等であろうとつとめているのだろう。『命令されたい』というマゾヒズムの混じる思考も持っていない。
ただ、僕は従者として必要とされたいとも思う。この先彼女は永遠に『命令』を出さないのかわからないが、自分の役目をもう少し全うしてから、彼女と夫婦になりたい。
「生意気な口をきかないで、たかが子爵令嬢の従者が!あたしを誰だと思ってるの」
「アリシア・キャンベル伯爵令嬢。何度も言いますが僕は急いでいます。貴女の金切り声を聞いて不快になったまま、友人に八つ当たりをしてはいけません。一刻も早く視界から消えていただけますか?」
キャンベル伯爵令嬢は怒りでぶるぶる震えている。
ぬかった。情報収集には気をはっていたが、お嬢様の周りの人間にばかりだった。脅したときの相手の顔などはなかなか面白いものだ。
この我儘令嬢の蒼白になっていく顔も見てみたかった。さぞ爽快だろう。
もっとも一番見ていて楽しいのは愛する人の苦しく歪んだ顔だ。あの顔を僕が作ったと思うと愉快で仕方ない。そうだ、明日の彼女のお茶のお供は野菜ケーキにしよう。緑ベースで。
「あんた、誰に口を聞いてんのよ!」
「ご機嫌が麗しくないようですね。では関わりたくないのでこれで」
追いかけて来そうなので曲がり角をうまく使って通路を適当に歩く。最終的に目的地に着けば問題ない。
六度ほど角を曲がれば撒けた。
目的地は生徒会室である。
「お待たせしましたローナ」
「ううんー。入って入って」
何故同じクラスなのに別々でここに辿りついたかといえば、キャンベル伯爵令嬢に捕まった僕をローナがあっさり見放したからである。そのため謝りはしない。
「ホントはさ、オールディントン先輩も呼んで色々教えてあげたかったんだけど。面白そうだし君にだけ話してあげるよ」
生徒会室には僕とローナしかいない。もともと、仕事をサボりがちのメンバーが留守にし、会長ばかりが利用しているため、会長が席をはずしてくれれば内緒話にはうってつけの場所だ。
そして会長はローナが頼んでお嬢様をここに近づけさせないように足止めしている。そんなことをしなくても、僕が間に入らなければレイラ・モートンが立ちふさがるので会長は必要ないのだが。
今は昼休みでそれなりに時間はあったが、伯爵令嬢との追いかけっこで残りわずかとなった。早く本題に入ってもらわねば。
「アリシア・キャンベル伯爵令嬢。美しい物をこよなく愛する権力主義者。幼少期から我儘放題で育ち、学力もあまり高い方ではない。えっとね、好物とか血液型とか体の黒子の数とかも調べたけど、聞きたい?」
「いえ、特には」
本当にストーカーまがいのことをしたのか。ランドルフ家の子でなければ牢屋にぶち込まれそうだ。
ローナの行動は全体的に女性の敵になりかねないが、その顔と巧みな話術で人気が高いらしい。世の女性は目をみがくべきだ。
「そっかー。じゃあ、ここからは面白い話。ミス・キャンベルが愛する美しい物の中で、もっとも愛しているものがあるんだ」
それからローナはキャンベル伯爵令嬢の宝物の話を愉快そうにする。
「では僕は、ミス・キャンベルの完全な被害者というわけですか」
「言ってしまえばそうだね」
「君はそれを面白いと?」
人の不幸を喜ぶのはどうだろうか。
「面白いのはこっからだよ!ねえアシュレイ、ミス・キャンベルと君は仲良くなれると思わない?」
「思いませんが」
「そう?僕はうまくいくと思うよ。お互い腹をわって話せば、オールディントン先輩だってぎゃふんと言うよ」
「お嬢様が?……ああ、そういうことですか」
悪知恵の働くことだ。会長が人望や努力で家を支えるなら、弟のほうは姑息な手段と裏取引で兄を支えるだろう。ある意味バランスはとれているかもしれない。
「君の暇つぶしにされるのは癪ですが……たしかに、面白いかもしれませんね」




