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最終話、未来の幸福を祈りました

これにて本編完結です。

沢山の感想やブックマークありがとうございました!ここまでこれたのも皆様のおかげです!ありがとうございました!

 前々から気になっていることがある。

 果たしてあの子は、納得しているのだろうか、ということだ。


 私があの子の立場だったら色々と疑問を持つことだろう。

なぜ、私は自分が殺されることを予想できたのか。なぜ、ローナはフリューゲルの正体をつきとめられたのか。

 これはルフレもサラも、もちろんオズウェルもフリューゲルも疑問を持っていた。何を訊かれても信じてもらえないだろうから、兄弟もレイラも私も誤魔化してきたけれど。アシュレイは一度も何も訊いて来ない。

 なんとも複雑な気分だ。


 私とアシュレイは主従で繋がったまま、恋人同士でもある。

 ゆくゆくは……夫婦になるかもしれないわけで。

 

 隠し事をしたまま一緒に過ごすのはよくないように思う。


 ので、ずっと話すタイミングをうかがっているのだけど、なかなか隙を見せてくれない。


「ね、アシュレイ?もうすぐ長期休みも終わってしまうし、その前にどこかへ出掛けない?」

「行きたいところでもあるんですか?」


強いて言うなら二人になれる場所に。

 この家には構いたがりが多い。お父様がお世話のしがいのない人だから、使用人たちも目が回るほど忙しいという状況をなかなか見れないと言う。あの人は気づいたら全部自分で済ませてしまうような人だから。アシュレイと一緒で隙を与えない。

 だから隙だらけの私が帰ってくるとやたらと世話をやかれる。


 部屋の片づけをしなくちゃと思えば既に年配の侍女が済ませていたり。服を買いに行こうと思えば若い侍女たちに引き止められ、採寸からなにまでお世話になる。おなかが空腹を訴えるので軽食でも作ろうかとすると、狙ったようなタイミングでシェフが紅茶とクッキーを運んでくる。ああいけない、もうこんな時間。お風呂に入らなきゃと部屋を出ると屋敷中の人間がドアの前でスタンバイしていたり。

 私はダメ人間にされそうだ。


 使用人たちを構いたがりにしたお父様もお父様で対外構いたがりだ。

毎日私の部屋まで訪ねて来るし、毎日私にプレゼントをよこす。誕生日じゃ、ないんだけどな……。


 そんなわけでアシュレイと二人になれる機会はなかなかない。


「いいえ、特には。貴方はどこかない?」

「特には」

「そう……」


もともと願望とか欲の薄い子だものね……。

 庭はもう嫌というほど二人で歩いたし、折角だから我が家付近の街へ出て違った空気に触れたい。そこで勢いをつけたい。


「出掛けたいんですか?誰と、どんな状態で、どんなところへ出掛けたいんです?」

「それは誘導尋問ね」


そんな風に嬉しそうに訊かれたら恥ずかしくても言うしかない。というか、言いたくなる。


「アシュレイと、二人きりで、誰にも邪魔されないところへ」


珍しいわね、貴方のドヤ顔……。


「すぐに支度をしましょう。少ししたら部屋までお迎えにあがります」



***



「今すぐに着替えなおしてください」


部屋に迎え入れたアシュレイの第一声がこれだ。

 しっかりめかしこんだのに!

 服は派手すぎず動きやすく、でも可愛らしいものを選んだし、お化粧だって少しだけしている。あくまで少しだからケバくないはず。アシュレイにもらった髪飾りもしている。

 アシュレイを連れて歩くのは結構な気を使うのだ。女の子より綺麗な恋人と並ぶために相応の見た目でいないといけない。

 アシュレイに恥はかかせられないし私もいたたまれない。それにこれは所謂デート。オシャレした自分を可愛いと言ってほしいのは勿論で。


 アシュレイの言葉はそこそこ傷ついた。


「似合わない?」

「……」


否定してほしかったなあ……。


「外へ出るためにどうして綺麗な格好をするんです?」

「それは、だって…」


デートに気合を入れるのが女子というものだし。家にいるときは少しくらい油断して、外に出るときは綺麗にするというのは、世の中のほとんどの人共通でそうでしょう?


「僕でない人間に綺麗に見せようとする必要がありますか?街には人の目が溢れていますよ。お嬢様は……」


あ。

 これはあまりよくない流れだ。


「僕以外の男を誘惑するつもりですか?綺麗な服を着て花の香りを漂わせて、よそで楽しむための(おとこ)を探すんですか?貴女が忘れないように言っておきますが、貴女の従者はすっかり貴女に酔っています。綺麗に着飾って、いつも以上に美しくなって、嫉妬させないでください」


やっぱり。


「もっと!普通に!褒めてくれれば私は満足するの!やめて!」


本当にそういう顔で見下ろさないでほしい。恥ずかしいことを言わないでほしい。平常心を忘れそうになる。そんなことを言われたら格好を妥協するしか選択肢はないじゃない。


「早く出ないと時間はあっと言う間に過ぎてしまうわ」

「では早く着替えましょう。顔は洗って、服はこれを。髪はそのままでも」


アシュレイが指定してきたドレスを見て、私はあることに気づく。

 そういえば、よく考えれば、アシュレイが私に何かを選ぶときはある法則がある。気のせいかもしれないけれど……。

 もしこれが意図してのことなら、……まさか、アシュレイまで転生した前世持ちということになるのかも……。


「アシュレイ?あの……」

「なんですか?……このまま出ていかずに、着替えを手伝いましょうか?」


冗談に聞こえない声音で言わないで。しかも顔が綺麗なせいでうっかりきゅんとしてしまう。


「い、い」

「良い?」

「いいえ!そうではなくって!訊きたいのだけど…」


一度ペースを持っていかれると話を戻すのに時間がかかる……。


「私の気のせいかもしれないけれど…貴方が私に選んでくれるものは黄色が多いような気がして。何か理由があるのか少し気になったの」


乙女ゲームは全部がというわけではないけれど、各攻略対象にイメージカラーをあてていることが多い。この世界の元となるゲームにもあった。

 グレイ先輩は青。ルフレは紫。アレクは緑。ルドルフは赤。隠しキャラは黒。そしてアシュレイは、黄色。

 だけど見ていると、他の攻略キャラたちは特にその色に拘っている様子はうかがえない。グレイ先輩は転生者だからはぶいても。ルフレの持ち物は黒か白が多いように思うし、ルドルフは授業中持ち色の赤のような派手な色のものを持つ姿を見せない。アレクはどうだか知らないけれど、そこまで緑の印象が強くない。


 けどアシュレイが私に勧めたり、選んだり、贈ったりするのは黄色の割合がとても高い。単に好きなのかと思えば、アシュレイ自身の持ち物は黄色が多いこともない。むしろ寒色を好むくらいだ。


 アシュレイはすっと目を逸らし、言い淀みながら口元に手をあてた。


「一種の独占欲と言いますか……」


声が小さいのに唇の動きも見えないからはっきり聞こえない。聞かれたくないことを言うとき、人は誰しも声の音量を制御してしまう。

 まさか。とも思うが、私の周囲は最早反則的な量の転生者が溢れている。アシュレイが転生者だとしても、私が今日まで時間を共にしてきたのはアシュレイだから何をどうすることもない。ただ、前世があって、前世では他に愛し合った女性がいると言うなら、ちょっと複雑なだけで……。それを責めたりしないけれど。


「アシュレイも、前世の記憶があるの?」

「は……前世?」


理解不能、という顔をしたアシュレイが、徐々に残念なものを見るような目で見つめてくる。


「出掛けるのはやめて医者を呼びますか?」

「やめて!!」


そういう反応が来るから、公に転生者カミングアウトができないのよ!


「じゃあ、じゃあアシュレイはどうして黄色ばかり選ぶのっ?」


転生者なら、無意識にゲームが与えた自分のイメージカラーを選んでいたということで納得できる。そうでないならどうして?


「黄色は僕の色なので」

「やっぱり転生者じゃないの!」

「転生……?何かそういう類の本を読んだんですか?もしくはどこかに頭を打ちましたか?」


もう嫌だ!


「だって僕の色って…」

「それは……自分で思い出してください」


これ以上なにを。

 前世まで思い出してこれ以上何を思い出せばいいの?私がなにかしたの?


「医者を呼ぶのが嫌なら、せめて今日一日寝ていてください」

「なんともないから!本当に、気にしないで。お出かけなしはなしにして」


そこまで心配されるのは予想外だった。

 余計な疑問を抱くんじゃなかった。閃くんじゃなかった。イメージカラーはあまり関係なさそうだった!アシュレイは正真正銘この世界の人間だ。


「絶っっっっっっ対に、今のセシル………お嬢様には休養が必要です」


時々私を呼び捨てしようと頑張っているのがとても微笑ましいけれど、今はそれよりデート取り消しの危機だ。そこで改めて転生もろもろの話をするつもりだし。それにデートで浮かれている私もいるし。


「私はおかしくないの!だから心配しないで……」

「自覚がないなら尚のこと…」

「そうじゃなくって!本当に、私は本来なら、貴方を虐めてレイラも虐めて最後はシナリオに殺される運命を回避した転生者なの!」

「シナリオ…?さっきから何を言っているんですか」


ああ!もう!



***



 私が転生者であること。前世の私からしたらこの世界はゲームの中だったということ。私は本来、アシュレイの天敵になる存在で、アシュレイと結ばれる運命にあったのはレイラだったこと。

 レイラもランドルフ兄弟も転生者であること。

 だから、ゲームのシナリオ通りであることを知っているローナはオズウェルが私を殺しにくることも、学園に王子が紛れ込んでいることも暴いたこと。


 と、このあたりをざっくり説明した。


 ここでまた、ローナやレイラの中の性別の説明をしてもややこしくなりそうだし、乙女ゲームがどんなものなのか、という複雑な説明は全部はしょった。テレビゲームが普及している世界ならまだしも、そうでないこの世界には勿論ないわけで、そこから説明しないといけないから。ゲームの中の世界というのを、小説の中の世界とややねつ造気味に話した。そこはね、ほら、あまり重要ではないし。


 アシュレイは終始疑いの目で、途中何度かお医者様を呼びに出ていこうとしたのを私が必死で止めた。


 全部話し終えると、アシュレイは大仰な溜息をついた。


「信じて…くれた…?」

「正直、まったく信じていません」


ですよね。


「けどね、私の中ではこれは真実で、貴方に隠し続けたくなかったの。私はアシュレイと、この先もずっと一緒にいるつもりだから…」

「とりあえずはそうやって誘惑することをやめてください。話の途中で押し倒されたいですか」


しているつもりはないのだけど。


「あまり嬉しいことを言わないでください。幼少期からずっとおあずけをくらっていた身には、貴女の言葉一つ一つの刺激が強いんですよ?」

「また脱線しているわ!話を聞いて!」

「首まで赤くなっていますよ」


ほらまた話を戻すのに時間がかかる!ペースを持っていかれたら負けだ。


「だから!信じてくれなくてもいいけれど……聞いてほしかったの。物語とは関係なく、私も貴方も他の人たちも、もう決められた運命に逆らった個人で。たとえ運命で結ばれていなくても、私はアシュレイを愛しているから……」

「お嬢様……」


きゅっと抱きしめられて、涙が出そうになる。全部をさらけ出せた解放感とか、アシュレイに本当の意味で受け入れられた気がして、すっきりしたせいだと思う。

 片腕は腰に回されているけれど、アシュレイのもう片腕は私の頭をゆっくり撫でている。今まででは私がアシュレイの頭を撫でることの回数がずっと多かった気がする。身長も、他の攻略対象やお父様よりは低くても、一般男性としては十分な高さになって。これではもう私の小さくてかわいい従者はいなくなってしまったのだなあと思う。


「何人ですか?」

「……え?」


なんの人数がですか?


「もし仮に、前世というものが実在したとして、通算、何人の男に言い寄られましたか?何人に好意を寄せて、何人に愛を囁いて、何人にキスをし、何人に体を許したんですか?」

「……」


ふっと口元が緩んでしまう。

 アシュレイがあからさまに不機嫌になった。


「ごめんなさい…かわいくて…。残念ながら若くして死んだから…恥ずかしいのだけど、貴方が初めての恋人なの」

「そうですか。それなら前世や生まれ変わりやという内容はどうでもいいですね。王子殿下やアークライト先輩の件に疑問を持たなかったこともありませんが、すごく気になっていたわけでもありません」


そうよね。まったくなにも訊いてこないんだもの。


「貴女は子爵令嬢のセシル・オールディントンで、僕はセシル・オールディントンの従者です。それに変わりはありません」


アシュレイの言っていることは違うのではないだろうか。だけどこれを私から言うとまた完全にペースを持っていかれてしまう気がする。確実に持っていかれる。

だけどだけどだけど……


「アシュレイ・カーライルは私の従者で……ただの従者ではなくて……恋人でしょう?」

「すみません。そろそろタガが外れそうなので外で待っています」


部屋を出ていこうとするアシュレイに首を傾げて見せる?


「待っているって?」

「出掛けるんでしょう。僕と、二人きりで、誰にも邪魔されないところへ」


お医者様を呼ぶのも、私を寝かすのも諦めてくれたみたいだ。ということは、私がおかしくないとわかってくれた?じゃあ、私の転生話も、ひとまずは信じてくれた?

 じゃあ。じゃあ、デートは決行?


「すぐ着替えるから!待っていてね!絶対よ!」


釣り目でキツい顔立ちの私には黄色は似合わないかもしれないけれど。あの子の色に包まれるなら悪くない。


 私の従者はとてもかわいい。女の子みたいに綺麗な顔に、高くも低くもない声。しなやかな手。目を細めての笑みといったら、それは愛らしい。けれど誰より頼もしくて、誰よりも男らしい。無愛想だけれど、とても優しい。



 願わくば、この幸せが永遠に続きますように。



 私の隣には死ぬまであの子がいてくれますように。


 あの子の隣に、死ぬまでいられますように。






Fin


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