28、死亡フラグを撲滅しました
今日で振替休日も終わりなので一気に二話更新を…したのですが……明日学校に行ったらまた休みだなあと気づきました。
やっぱりどこから仕入れたのか謎の手錠を取り出したローナはそれをオズウェルにつけ、全員で中庭へ向かうことになった。鎖のままではオズウェルは歩けないから。
中庭へ向かう最中、サラに大まかな説明を聞かされる。
「あの馬鹿女、言い過ぎなのよ!ショックでロディネットが倒れてしまったの!草の上に倒れたから大丈夫だと思うんだけど、ウッドがレイラを叱りながら介抱してるわ」
あの子は私の体調を崩すことに関して天才かもしれない。そして今頃、あの子の護衛を任されたルフレも最高に体調が悪くなっていることだろう。
「おい!フリューゲルに何をしたんだ!」
走りながら、オズウェルはやや取り乱し気味である。そんな風に怒鳴られる筋合いはない。
「レイラと話し合わせただけよ!」
私たちはただ、夢ばかり見ている王子様に現実を突きつけようとしただけだ。
レイラにフリューゲルを呼び出させ、自身がどんな人間であるか語らせる。女の子が大好きです。男なんて糞くらえです。趣味はスカートめくりです。女子の裸を覗くために日夜鍛錬しています。等々事実を語って、フリューゲルがレイラに失望するようにしろと言った。
残酷な結末になるだろうとは、そういう意味だ。フリューゲルは女性不審に陥るかもしれない、ということ。だったけど、あの変態主人公はやりすぎてしまったらしい。
隠しキャラのフリューゲルのタイプは、少々わかりにくいヤンデレだ。
“理想追求者”
それが彼なのである。
自分の理想を追い求め、手段を択ばない。王様になる器としてはなかなかいいものかもしれない。理想を追い求めたために、おそらく彼は真面目に勉強してきたわけだし、捕えようによってはプラスな一面だ。
しかし、今回彼が追及した理想は、自分の愛するものだけで構成された世界。だから、レイラの周りは徹底的に排除という結論に至ったのだろう。彼が求めるのはレイラ単体ではなく、レイラを含め自分の大切なものしか存在しない環境。そして、彼女に相応しい理想的な自分。だから自ら私に手を下そうとせず、従者伝いというわけだ。
「あの子は一体何を言ったのよ……」
「少なくともあたしやセシルじゃ口にも出したくないような言葉ね」
吐き気をおさえるようにサラが口元を抑える。じゃあ放送禁止用語の嵐だったのは間違いないのね。それどころでもないのかしら。
理想ばかりもとめて現実を見ない王子様に、けれどレイラだけで向かわせるのは心配だった。そこで護衛をつけることになったのだけど、最早アレクに暴言を吐いた日以来レイラは自分をさらけ出し、校内の多くの生徒に避けられている。
が、私にはいるのだ。友達はいないけど……。私に恩がある生徒が。
「ねえサラ、貴女私にとても大きな恩があるわよね?まさか私のお願いを断らないわよね?」
そう詰め寄れば、サラは唸りながら、けれど頷くしかなかった。
レイラは大喜びだったけれど、まあ、女子だけで向かわせるのも忍びない。ありがとう、ルフレ・ウッド。貴方がお人よしで本当によかった。でも心から申し訳ないのでいつかお詫びをさせてほしい。
レイラが危険人物と接触するの。命の危機ということにはならないと思うんだけど(向こうはレイラに好意を持っているから)、心配だから守ってあげてほしいの。
良心をたっぷり抱えるルフレは、顔をしかめながらも、無視することもできないと聞き入れてくれた。ただ、あの女と深く関わりたくはないから事情は話すな、と。
ルフレがいればサラはいなくてはいいのでは?という意見も出たけれど、何か会った時の伝達役にと彼女も巻き込んだ。大正解だったようだ。
ルフレがいることでサラのモチベーションも上がったし、うまくいっていた。
失敗といえば、ルフレがいることでレイラの機嫌が少し悪くなったこと。
もしかしたら、その不機嫌のせいで汚い言葉を連呼したのだとしたら、なんだか虚しいけれど。
「あのクソガキ!!」
「ちょ、兄貴!他の人がいるとこではかっこいいグレイ様を崩さないでよ!」
「お前にグレイ様とか言われると気持ち悪いんだよノロマ!走るのおっせーな!!」
兄弟げんかをしていないでさっさと走れ。
あのクソガキ、という意見については激しく同意です。
「お嬢様」
「なにっ?」
「失礼します」
走っているところを抱きかかえられるのはとても怖い。私を抱えたアシュレイがそこそこの速度で走るのもすごく怖い。
「怖い!下ろして!」
「お嬢様のペースに合わせていては朝が来てしまいます。大人しくしていてください」
そりゃあ私は遅いかもしれないけど!朝が来るまでにはたどり着けるわ!!
中庭が近づくに連れ、言い争う声が聞こえる。内側からの扉を開けると、レイラとルフレが取っ組み合いの喧嘩をしていた。二人に足元には、瞼を閉じた我が国の王子殿下が倒れている。
それを見つけたオズウェルはすぐさま駆け寄ろうとしたけれど、手錠につなげられた鎖を引っ張りローナが止めた。そう簡単に共謀者たちを近づけたくはないけれど、ローナの所作は手馴れていて、どんな生活をしてきたのか心配になる。
「お前のスカした態度が気に食わないんだよぉぉぉ……!」
「言いがかりをつけるな痴女がぁぁぁ……!!」
本当は仲がいいのよね?いいんでしょう?お互いの頬をつねったりひっかいたりで随分仲良さげな喧嘩だ。言いすぎたレイラを叱っていたルフレが反論され、エスカレートして論点が行方不明の喧嘩になったというところだろう。
「レイラ!彼に何をしたの!」
アシュレイから急いで離れて二人の間に割って入ると、レイラがパァッと顔を輝かせた。
「セシル!聞いてよ、俺は悪くないんだ!」
いや、確実に貴方が悪いでしょう。何をしたのよ。あと胸に顔を埋めるな。
「ヒューの奴!友達だと思ってたのに!なんか迫ってくるし!」
「…一応聞くわ。どんな話の切り出し方をしたのかしら?」
「いきなり呼び出してごめんなさい。私の勘違いだったら恥ずかしいんだけど、ヒューは私のこと、……その……友達として見てくれているわよね?」
もじもじ芝居がかった様子でレイラはその時の自分を再現しているようだ。本当に、顔はかわいいのにねえ……。
それにしても、出だしは問題なかったようだ。なら、どうして?
ルフレが頭を抱えながら溜息をつく。
「堂々と嘘をつくな、そんな気色の悪い声で話していなかったろう」
「ウッドの言う通りよ!『なー、お前さ、俺のことエロい目で見るのやめてくれない?』なんて早々に酷いことを言ったのよ!向こうの影に隠れてしっかり聞いたわ!」
レイラのマネがお上手ねサラ。
「なるべく穏便に済ませるよう慎重に、という手筈だったわよね?」
レイラのつむじを人差し指でおさえながら、優しい微笑で尋ねてみると、レイラは「げ!」という顔をした後同級生二人を睨んだ。悪いのは貴方でしょうが。
「けど!けど!あいつそれでも怯まなかったんだ!『俺は真剣にお前を愛している。だからよく考えてほしい』って!でなんか顔が近かった!!」
「うわぁ……言われてみたい…」
「同意しますオールディントン先輩!」
ねー、とローナと顔を見合わせるけど、レイラは不満なようでぶくっと頬を膨らませる。
だけどサラだって頷いている。女の子なら憧れるシチュエーションだ。しかもそれをイケメンに言われるなんて、嬉しくない子はいないだろう。
真剣に愛している。だからよく考えてほしい?そんなセリフを言われたら考えるまでもなくOKを出してしまいそうだ。
「真剣に愛してる…ですって。言われたことある?私はないわ」
「僕もないですよー!」
「あたしもいつか言われてみたいわ…ウッドに……」
私とサラだけならまだしも、そこにローナが混ざって盛り上がるのは異様な光景かもしれない。男性陣数名はややいぶかしむような目をしている。
「お望みなら、言いますが」
「アシュレイ、後できちんとお話しましょう。貴方は場所をわきまえての発言がどうにも苦手みたいだわ」
空気になりかけているグレイ先輩の冷やかしの目や、レイラに引っかき傷をつけられたルフレの生暖かい目が耐え難いの。
「おい!フリューゲルは無事なんだろうな!」
「問題ない」
声を荒げるオズウェルに、即答したのはルフレだった。
「精神への攻撃を受けただけだ。この痴女にな。一体どこで覚えるんだ、あんな言葉」
それにしても倒れるほどの暴言なんて恐ろしい子だ。彼が王子で綺麗な世界で育ったことを差し引いても酷かったのだろう。
「ミスター・ウッド、巻き込んでしまってごめんなさい。貴方は彼女の言葉にショックを受けなかったの?」
「今更か?」
ああ、もう免疫がついたってことね。同情するわ。
「いつ目をさますかしら?」
「じきだろう。俺も数分で目が覚めた」
ああ、貴方も初めてレイラに接したときは倒れたのね。同情するわ。
言っているうちに、倒れたいたフリューゲルの瞼が開いていく。こうしてはいられない。
「サラ!早くこの危険物をどこかへ連れて行って!」
レイラの服の襟を掴んでサラに差し出すけれど、すごい勢いで払われてしまった。
「危険物ってなんだよ!俺のおかげでことが穏便に済んだんだろ!」
貴方のおかげで王子殿下が卒倒したのよ。
「なんであたしがコレと行動しなきゃいけないの!」
「貴女……私に恩があるのを忘れた?誰のおかげで楽しい学生生活を送っているの?」
「うぅ…っ」
あんたがこんな人間だとわかっていたら頼る相手をもう少し考えたのに。とでも言いたそうね、ミス・コスグローブ。もう遅いのよ?私は性格が悪いのよ?
しぶしぶレイラを連れながら中庭を出るサラに、ルフレも付いていく。よかったわね。結果オーライじゃないの。
「フリューゲル!」
「オズ…?」
手錠をつけたオズウェルは、なんとかローナを振り払って主人の元へ行き膝をついた。後ろ手に手錠をつけられるオズウェルの憂いを帯びた顔にその体勢はなかなかシュールだ。フリューゲルは上体を起こして、オズウェルをまじまじと見ている。
今までローナ(隠しキャラ候補)に気を取られていてわからなかったけれど、王子らしい上品な顔立ちをしている。
「無事でよかった…!」
「オズ、どうしたんだ、その格好!?傷だらけだ」
心配するような声でオズウェルを労わるフリューゲルは、後ろにいる私を見ると顔をこわばらせた。
まあ、そうよね。彼の計画が成功していれば今頃私はこの場どころかこの世にいないもの。
「セシル・オールディントン……。そう…やはり貴女には見通しだったか」
「やはり、というのは、私を評価してくださっていたのでしょうか、殿下」
フリューゲルは頷いて、オズウェルに笑いかけながら言う。
「ああ。同じ教室で貴女は異質だった。堂々として、オズが貴女を想うのも納得できた」
「……彼が、私を想ってくれているとわかっていて、殿下は彼に、私を殺すよう命じたのですか?」
だとしたらあまりにも、残酷ではないだろうか。
恐れ多いことに少し責めるように見つめると、フリューゲルはオズウェルから視線を離して私に笑った。
「オズに人は殺せない」
それにはオズウェルも目を見開いて彼を見返している。
「オズは罪人だ。だから知っている。人一人を殺すのにどれだけの苦しみがあるのか。オズが貴女を殺さずに帰ってくるのは想定していた。俺は牽制をかけようとしたんだ。オズを使って貴女を傷つけ、その後忠告するつもりだった。レイラ・モートンに近づくなと」
その点では、私たちが考えたことは全く的外れではなかった。レイラへの想いが彼を動かしていたことは変わらない。
「オズは貴女を殺せないだろうが、多少傷つけては帰ってくるだろう。オズは従順だ。だから脅すついでに言うつもりだった。『俺はオズに貴女を殺せと命じた。だがオズは貴女を殺さなかった。貴女はオズに生かされた』と」
それは、どういう意図で?と訊く前に、フリューゲルは話を続ける。
「貴女にはよく懐いた犬がいつもついてまわっていたから、オズに勝算があるとは思えなかったがね。……本気で殺すつもりはなかった。と言っても、貴女を傷つけようとしたのは事実だ。結局はすべてが俺にいいようになればとしたことに変わりない。罰は受ける」
「レイラのことはもうよろしいのですか?」
「貴女は少々、意地が悪いな。危険な目に合わせた俺が言えないが」
正直ぶん殴ってやりたいくらい腹が立っていますが、王族相手に暴力沙汰もいけない。お願いよアシュレイ。私も我慢するから、貴女も懐の短剣に手を伸ばすのをやめて。そんなことしたらいよいよ私たちは心中しなくちゃいけなくなるわ。生きて幸せになりましょうよ。
「しかし、殿下。我々は貴方に罰を与えられるような地位にありません」
学園に報告してももみけされるのは明確。痛めつけたら私たちはリアルに首が飛ぶ。この男、わかっていて『罰は受ける』なんて言ってるんじゃないでしょうね。
「ああ。だからできることは限られるが……貴女の気が済むまで、こきつかってくれて構わない。どんな辱めもうけよう」
今、いけないことを考えた私を、アシュレイにはどうか許してほしい。
おそらくローナも私と似たようなことを考えたのではないだろうか。どんな辱めも?たとえば女装とか?たとえばオズウェルとホ●的なポージングを取ってほしいとか?同じ顔をしている。ローナも私と同じ風ににやついている。口に出す勇気はないけれど。
「では一つ。今後私たちと良好な関係を築いてください。ランドルフ公爵家。モートン男爵家。ウッド伯爵家。コスグローブ家。そして、我がオールディントン子爵家。我が家と、我が友人たちの家の繁栄を、次期国王たる貴方がお約束ください」
それぞれの家をつぐ彼らは信頼するに値する人物たちだから。陰謀によってこの先、誰かの家が没落しませんように。
「俺は平等の元に貴族の在り方を監視しなくてはならない……が、ばれなければ問題もない。貴女に従おう」
あああああああああああ……。
なにをいい子ぶっているのだろう。土地の一つ二つもらっておいた方がお父様も喜んだだろう。いや、爵位を要求すればよかった。お父様に、一つか二つ上の爵位をあげてと。
だけれどお父様は誠実な人だ。こうして土地や爵位を手に入れても喜ばないだろう。第一、お父様は欲が薄い。真面目に働いていたら爵位が手に入ったが、妻がいればいい。娘がいればいい、という人だ。あの人への贈り物はそんなものより手作りのお菓子の方が喜んでもらえるだろう。
「それから、貴方がたは卒業するまでこの学園に身を置くこと」
数少ないお友達に去られてしまうのは少し寂しい。まあもちろん?今まで通りに接するつもりはない。私はオズウェルの弱みをにぎっているのだから、これからはこき使いまくってやる。
それから、フリューゲルについてはこのまま転校をすることを彼のお父様は理由も聞かずお許しくださらないだろう。だから。
「お二人とも。特に、フリューゲル殿下におかれましては、レイラ・モートンの監視役に徹してくださることを心より感謝いたします」
あのトンデモ娘の監視役に抜擢だ。
「な……っ」
「あら、殿下?ご気分が優れないのですか?顔色が悪いようですわそういえば先ほど、殿下はおっしゃいましたね。どんな罰もお受けくださると。いえ、ただの確認です。お気になさらないでくださいませ」
このくらいの罰は、痛くも痒くもないでしょう?子爵令嬢から王族への、ささやかな抵抗だ。




