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26、裏では色々話が進みました

 蹴飛ばされ倒れこむオズウェルに、しばらくアシュレイの攻撃がとぶ。

「顔はダメェェエエ!」

一応ゲームにおいて主要キャラポジのオズウェルの顔をボコボコにするのはちょっとよろしくない。ファンが悲しむ。止めに入った私を、アシュレイは不満げに見た。

「こういう顔がお好みですか」

「そうではないけど! もう抵抗する力は残っていないわ。ね? やめましょう?」

 アシュレイが殴りまくるからもう意識を手放す寸前だ。前々からわかってはいたけれどアシュレイの鍛え方は少しシャレにならない。乙女ゲームキャラや漫画の王子様が持っているべき実力を超えている。オズウェルが一方的にやられているように見えるけれど、決してオズウェルが弱いわけじゃない。アシュレイが反則的に強いのだ。

「彼はお嬢様を殺そうとしたのにですか? 簡単に許すんですか?」

「その台詞は完全に貴方にブーメランね!」

墓穴を掘ってしまっているわアシュレイ。

「早く先輩やローナのところへ行きましょう。早くしないと夜が明けてしまうもの」

きっと役者の皆さんは舞台でお待ちかねだ。

 不満げに口を尖らせるアシュレイは黙ってオズウェルを肩に担ぎあげた。その細い体のそこにそんな力が……。

「すべてが終わった後でもっとしっかり、痛めつけますので」

そんな怖い顔はやめて。



***



 遡ること九日前。

 予行舞踏会の翌日は生徒が休養をとれるように休日になっている。

 そんな朝、生徒会に所属している女子生徒が私に伝言を持ってきた。生徒会長が呼んでいる、と。

 まだベッドでうつらうつらしている時間だった。扉の外に、昨晩、会長から伝言を預かっていたのを忘れていたと言って彼女は大急ぎで報告に来たらしい。生徒会は行事運営に忙しいから、帰ってきて疲れて忘れてしまっていても仕方なかった。

 むしろ、昨夜来られても多分部屋から出て行ってあげられなかった。

 久しぶりに見た無防備な寝顔に少し頬が緩んだ。今日が休みなのをわかっているせいか、昨日遅くまで二人で起きていたせいか、アシュレイの眠りは深い。起こさないように部屋を抜け出して、先輩に指定された場所へ向かった。

 そうして生徒会室に来た、わけなのだけど。

「……」

「待て! 逃げるな!」

踵を返した私を、先輩は持ち前の俊敏さで捕まえ、生徒会室へ戻した。

 グレイ先輩は絆されてしまったのだろうか。洗脳されているのだろうか。どの道、私に殺意を持ってこんな状況を作り出したとしか思えない。

 生徒会室にはグレイ先輩と私。それから先輩の後ろに、最大の脅威、ローナ・ランドルフが立っていた。

「まだ心残りが沢山あります」

「落ち着け」

落ち着いていられようか。

昨夜やっと色々とアシュレイとの問題も解決させたというのに、殺されてたまるか。まだ死にたくない。お父様にだってもう一目会いたい。

 頭が真っ白になる私の前まで出て来たローナが、深々と頭を下げた。

「すみませんでした!」

「……は?」

隣に出て来たグレイ先輩も同じだけ頭を下げる。

「兄として、こいつの愚行を止められなかった俺にも責任がある。すまなかった」

ええ。貴方が兄なことは知っていますけど、そこまで仲の良い兄弟だったんですか? 兄って言ったって、つい最近兄になったんじゃないですか。先輩が謝ることないじゃないですか。

 ローナは頭を下げたまま声をあげた。

「すべてお話します! あたしは、先輩にお詫びしないといけないから」

「あたし?」

そこからはローナが頭を下げた体勢のままこれまでのことを話し始めた。

 ローナが、転生者で元女性、それもグレイ先輩の妹だったこと。私が、というかセシルがレイラやアシュレイによくない存在であることはゲームで知っていたから、問題が起きる前に私を排除しようとした。と。普段の私たちを見てたならレイラに問題があることに気づいてほしい。彼もとい彼女は遠くからの傍観を楽しんでいたから知らないと言う。

 随分と正義感の強いことだ。私の事情を確認しないで、自分が殺人を犯すことでヒーローやヒロインを守ろうとするなんて。

「迷惑にもほどがあるわ!」

こっちは生きるか死ぬかひやひやしてたっていうのに。

「しかしこいつにも悪気があったわけじゃ」

「悪気がどうのじゃないでしょう! ごめんなさい。はいわかりました。なんて成立すると思ったんですか」

ゆっくり頭をあげたローナがうるっと目を潤ませた。そういう……、そういう私が美形に弱いのを利用とするこの世界の奴ら本当に嫌だ。レイラにしてもアシュレイにしてもローナにしても、その整った顔ですべて誤魔化せると思ったら大間違いなんだから。

「ごめんなさい! ごめんなさい! 憧れの世界で調子に乗っちゃってたんです……! 先輩が転生者なんて知らなかったんです……!」

だから、知らなくても殺生という発想がそもそもアウトでしょう。穏便な方向に持っていけるように頑張りましょうよ。

「俺の方からも叱っておいた」

ああ。じゃあローナの頭にある大きなコブは先輩の拳ですね。

「……もういいです。許します。……なんて言いませんよ。こっちは死にかけたんですから」

忘れもしないテストの日。レイラの魔力消費が絶妙のタイミングで働いてくれて助かった。

「だいたいローナ、貴方どうしてまともに魔法を習っていない一年生の段階で使える技が豊富なの?」

「はい! あたしは生まれた時から記憶があったので、オールディントン先輩を打つべく早々に修行をしてました!」

私を前に嬉々として言うなんてどこぞの変態ヒロインばりに肝が据わっているのね。

「いいこと? 私は簡単に貴方の謝罪を受け入れるつもりはないけどね、どうしても許さないってわけでもないわ」

 私自身ちょくちょく貴方のお兄さんを危険に巻き込んでいるし。責めるばかりもできない。

「妹さんなら、『ブラッディ・マインド』を完全攻略しているのよね? なら、血なまぐさい結末を迎えない方法がわかるのでしょう? すべての危険が去った後なら、お茶友達になれないとも限らないわ」

もし、ローナが隠しキャラなら、脅威は完全に消える。だけどもし、違うなら、

「ローナ、貴方は隠しキャラなの?」

「いいえ」

 死亡フラグは撲滅できていない。

「じゃあ、誰が……」

「オールディントン先輩を殺すのは……オズウェル・アークライトです」

 けたたましい音を立てて生徒会室の扉が開く。

 なんてタイミング。私の体はガタガタに震えている。自分を殺す相手を明かされた瞬間に大きな音をきくなんて心臓に悪い。

 扉に背を向けている私は誰が来たかわからない。ただ、ランドルフ兄弟の顔色がわかりやすく青くなったのでそれにつられる。

 すごく振り向きたくない。けどそうもいかない。なぜなら私のすぐ後ろまで、その人が歩きよってきたから。

「っは、説明を、していただけますか……っ」

「アシュレイっ?」

ぱっと後ろをむこうとすると、呼吸の荒いアシュレイに後ろに引かれて抱きしめられた。汗をかいているし、体が熱い。

「走ってきたの?」

「……っはぁ……、貴女のベッドで目覚めた時に貴女がいなければ焦ります」

やっと呼吸を整えたアシュレイは深々と溜息をついて顔を埋めて来た。まあ、そうよね。女子寮から帰るのも、一人じゃ大変だったでしょうと訊けば、歯切れの悪い返事をしながらすっと目を逸らされた。

 なんとなくわかった。この時間帯じゃ起きている人は少ない。すれ違っても二、三人程度だろう。その二、三人に、

「その綺麗なお顔で綺麗に笑って秘密にしてくださいとお願いしたのね?」

「……そんな目で見られるいわれはありません。一人で出るにはやむを得ずだったんです。お嬢様のせいですよ」

「かわいい女の子を手玉にとっていい気になっては駄目よ?」

「なっていませんよ……」

どうして少し嬉しそうなの。

「口角が上がっているわよ」

「貴女が嫉妬する姿は珍しいので」

 ランドルフ兄弟がヒソヒソ話している。

「貴女のベッドで目覚めたって」「女子寮に泊まったんだな」「不潔!」「にやけて言ってんなキモイ」「うるせえ馬鹿兄貴」

 貴方たち二人ともうるさい。

「寮内学内探しました……。さあ、説明していただけますよね? まさか早々に、浮気ですか?」

アシュレイがじとりと兄弟を見る。口角は上がっていても明らかに目が笑っていない。部屋の空気が下がった。私も兄弟も真青である。

「ち、違う! 断じて違う!」

「お、落ち着いてっ? アシュレイ! 僕たちは君のご主人様を守ろうとしてるんだ!」

本当ですか? 口に出さずに視線だけで問いかけてくる。すぐさま首を縦にふった。

「なら僕も、話を聞いてかまいませんよね?」

「そ……れは……ぁぅ……いい、の…かしら?」

ローナの口ぶりからして、私はもう殺されるのが決定しているようだ。アシュレイにも話して、護衛をしてもらった方がいいかもしれない。隠しキャラうんたらは誤魔化しつつので。

 でもいい……の?

 極力巻き込みたくはない。

 何かを察したのか、アシュレイが冷たい声で囁く。

「この期に及んで、僕を巻き込みたくないと一人で危険な目に合おうとしていませんよね?」

「うぅ……」

付き合いが長いと心で何か思うだけでも見透かされる気分だ。

「いい! いいよ! 聞いていいから僕と兄さんを睨まないで!」

ローナはアシュレイの鋭い眼光に耐えかねたのか、首をすごい勢いで振って話すことをアピールした。アシュレイがどんな人間かおおよそわかっているせいで怖いのかもしれない。

「結論から言えば、オールディントン先輩を殺すのはオズウェル・アークライトです。でも彼は、隠しキャラじゃない」

私を殺す、と聞いて、アシュレイが殺気だったのがわかった。でももういちいち気にできない。ピリピリしていて怖いわアシュレイ。

「オズウェルは、隠しキャラの従者です。まあ、登場シーンは少なかったんですけど、かっこいいってネットで話題になって、リニューアル版で攻略対象に昇格してたからモブではないですね」

リニューアル版なんていう気になる単語が聞こえたんだけど……。今、ローナがあまり話さないということは今回の件でそのあたりは重要ではないのだろう。でも気になるから問題が解決したらゆっくりじっくり教えてほしい。

 それにしても……従者? けど彼は、誰かに付き従っていたろうか? 特定の人物は思い当たらない。誰とでも隔てなく、かつ一線を引いて接していたから。

 それに、彼が私を殺そうとしているというのが信じがたかった。あれでもいいところがあるのを知っている。それはこの一年と少しの期間で見てきた。オズウェルは人を殺せる人には思えない。

「彼は主人に逆らえません。彼は主人を神格化しています」

アシュレイが首をかしげた。

「隠しキャラ? と呼ばれているのがどな方はわかりませんが、つまり、アークライト先輩にとって絶対であるその存在が、お嬢様を殺すよう彼に命令するということですね?」

だからね、目が怖いわ。

「そういうことだよ。モートン先輩には昨日の舞踏会の後で話す時間があったから伝えました。今後、隠しキャラはモートン先輩に接触します。そしてある程度モートン先輩と隠しキャラが親密になったころ、オールディントン先輩の部屋に命じられたオズウェルが先輩を殺しに来ます」

 痛い痛い痛い。アシュレイに締め付けられて骨がみしみしいっている。

「そこでまあ、言いにくいんですが、オールディントン先輩には隠しキャラやオズウェルの本性を暴くべく囮になってほしいなー、なんて……」

「アークライト先輩とその主人を処分すればいい話でしょう」


それはいけないわアシュレイ。お願いだから早まらないで。血なまぐさいのは嫌よ。犯罪に手を染めるのはよくないと思うの。貴方の手を汚すのは嫌よ。

 ローナは盛大な苦笑を浮かべた。

「それができればそうしているよ」

どうやらローナはまったく懲りていないらしい。私を殺そうとしたり他を殺そうとしたり。ちょっと危ない思考の持ち主だ。要注意人物だ。恐ろしい子。

「でも相手が悪すぎるんだ。オズウェルは別としても、その主人ってやつがさ」

「公爵家の力をもってしてもですか?」

「無理だね。そんなことしたらランドルフ家は没落どころか一族皆殺しにもなりかねないよ」

笑って言うことじゃない。グレイ先輩も思い切り顔をしかめている。貴方はもう一度お兄さんにきちんとお説教を受けなさい。

「君も、オールディントン先輩もよく知っている名前だと思うよ。オズウェルの主人の名前は、フリューゲル。フリューゲル・ロディルネッゾだ」

その名前は……。

 ああ……今度こそ本当に詰んだかもしれない、と思った。


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