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閑話 グレイ・ランドルフの受難

 明日に待つ予行舞踏会について、色々と思うところがあった。が、ゆっくりと考える暇もなかった。

 生徒会の仕事は実は忙しい。ヤンデレ予備軍と戦いながら(現段階ではまだヤンデレの被害を受けていないので一人相撲をしている気も否めないが)、生徒たちの要望、教員からまかされる書類、行事運営などの仕事とも戦っていたせいだ。

 アレク・フェベンシーにはやたらと懐かれてしまった。やることの遅いあいつの仕事まで代わりにやってやったせいで、便利な人認定をされてしまったのかもしれない。学園内にいる間は俺を殺すかもしれない相手に終始くっつかれているために内心びくついていてろくに考え事もできない。

 よって、寝る前に机へ向かう時間を削って、俺は今考え事をしていた。

 セシル・オールディントン。まずあの女についてだ。

 この際アレクのことを教えず俺を生徒会長にしたてあげたことは水に流してやろう。どの道俺が生徒会長になるのは必然だった。三年で公爵家の子供は俺とフェベンシー公の息子、つまりアレク・フェベンシーだけになる。学園側としては権力のある家の子供に重要な役を務めさせ、親に媚びを売りたいんだろう。アレクは責任の伴う役目は向いていない。俺を生徒会長にした学園の判断は正解だ。

 話は戻ってセシル・オールディントンだ。お世辞にも性格がいいとは言えないが、あの女はおそらく馬鹿だ。

 散々振り回されただろうにレイラ・モートンをついでに助けると言い出すとは、正気を疑う。利用するとは口ばかりで脅しもかけない(一度えげつないのがあったが)で面倒をみているからよくやる。

 人がいいのかなんなのか。

 ただ確実なのは、セシル・オールディントンはアシュレイ・カーライルに誰よりも残酷であることだ。

「あの子とはずっと一緒に育ってきたんです。かわいい弟のようなもので、だから信用しているんです」

だそうだが、あれはどう見てもセシルを姉のようとは思っていないだろう。

 むしろ、今のところ俺としては最も身の危険を実感させる人物はセシルの信用しているご自慢の従者だ。アシュレイルートじゃ俺は死なないと聞いたが、あれだけ殺意をはっきり向けられたら信用なんてできるわけもない。

 廊下ですれ違うだけでも射殺さんばかりの眼差しで俺を睨みつけてくるのだからたまったものではない。

 少し注意して見てみれば、アシュレイ・カーライルの行き過ぎた執着心は簡単に目の当たりにできる。好意の度が過ぎている。セシルの傍に可能な限り立ち、周りに牽制をかけている上、主人に虫がつこうものなら調べ上げて潰す。この手口が巧妙で、相手の弱みを前もって掴んでそれを脅迫に使うらしい。親の不正、カンニング行為、些細な窃盗、自分の家よりも権力のある家の子供の悪口を言ったこと等々。おかげで外見の良い方なセシルの周りに男の影はほとんどない。どうして俺がこんなことを知っているかといえば、ちょくちょくアシュレイが男子生徒を脅している場面を見かけるからなのだが。

 助けてやれなんて無茶を言うな。これ以上あいつに目をつけられるなんてごめんだ。

 とにかくそんなわけで、アシュレイ・カーライルの好意は部外者の俺にもわかる。

 だというのに、当事者が気づかないはずがない。

 わざと、気づかないようにしているように見える。なにがあいつをそうさせるのかはわからないが、あれだけはっきり愛情表現をする相手に一切向き合わないのはなかなか残酷だ。信用しているだとか大切にしているだとか言うわりに、アシュレイ・カーライルに対する距離を一番とっている。

 まあもっとも、セシルが信用ならない相手というわけでもない。アシュレイのことはさておき、あの女が馬鹿なことに変わりはない。同郷のため多少の情もある。乗りかかった船。責任を持ってあの間抜けな協力者と生き残ろうと思う。

 次に、ローナのことだ。

 セシルが命を狙われ、身元もはっきりしていない状態でなにを言うのかと思われそうだが、どうも、悪人のように思えない。

 ローナの芝居がうまいのかもわからない。それを考慮してもやはり俺はローナを疑えない。

「初めまして、兄さん」

 長期休みに帰れば見知らぬ人物が俺を出迎えた。

 父は孤児院にて、見目もよく賢いローナを気に入り養子に迎えたという。俺がいない間にというのだから、公爵様のやることはぶっ飛んでいる。家族に相談するものじゃないのか? そういうことは。

 しかし実際、父がローナを気に入ったのにも頷けた。要領がいい。加えて愛嬌がある。

 セシルは怯えているから言わないが、会話もよくする。

 俺としては、自慢の義弟になりつつある。そういう油断が命取りになることはわかっている。いずれにせよ、ローナが隠しキャラなのかそうでないのかはじきにわかることだ。疑いが晴れたら償いではないが兄弟仲を深めたい。それまでは油断せずにいこう。

 最後に、オズウェル・アークライトについて。

 正直、俺としてはローナよりも怪しいように思える。

 調べ上げたオズウェル・アークライトの素性。調べれば調べるほど謎が深まる。アークライトという貴族は聞いたことがない。結果、オズウェル・アークライトは中流階級の出だった。家族はどうしたのか。何故中流階級が上流階級の子供を集めた学園にいるのか。

 ランドルフ公爵家の情報網をもってしても、わかったことは少ない。

 オズウェル・アークライトの家族は七年前一家心中を図った。両親とオズウェル・アークライト、そして弟の四人家族だったようだ。しかし結果としてオズウェル・アークライトだけが生き残った。

 だがその後の奴についての情報が一切つかめない。一体奴の身に何がおき、なぜこの学園にいるのか。オズウェル・アークライトを保護したのは何者なのか。

 最高爵位を有するランドルフ家でも掴めない情報となれば、なにか大きな力が作用しているのかもしれない。秘密組織。暗殺集団。サタン(は冗談にしても)。どれが敵にまわっても最悪だ。ラスボスに相応しい要素をオズウェル・アークライトは十分に備えている。

 更に、あれだけセシルにちょっかいを出していながら奴はまだアシュレイから脅迫を受けていないようなのだ。未だ奴がセシルと距離を取らないのが何よりの証拠だ。どこで入手するのか不明のアシュレイ情報網でも捕まえられないオズウェル・アークライト。黒に近い灰色だ。

 しかしこれをセシルに言うべきか迷い、結局言えていない。

 オズウェル・アークライトが複雑な家庭環境だと言葉を濁して伝えたが、それまでだ。

 本人は否定しているが、セシル・オールディントンにとってオズウェル・アークライトは数少ない親しい友人。悲しい学生生活の中で唯一セシルの親しい友人を奪っていいものか、悩ましいところだ。

 親心のような複雑な感情が渦巻く。

「……風呂でも行くか」

 寮の各部屋に取り付けられている他に、大浴場もある。考えすぎて頭が痛い。ここの所働きづめでゆっくり休みたい。

 大浴場を使う生徒は少ない。金持ちは他人と風呂に入るのが嫌らしい。風呂は日本の文化、日本人の心だというのに。まあこの世界じゃ、富士山がバックにある風呂なんて存在しないが。そもそも富士山を知っている人間がいない。

 俺が爵位を継いで金を自分の意思で使えるようになったら必ず銭湯を再現する。




「……」

「……」

「……やあ、アシュレイ」

「……どうも」

 なんでだ!

「君もここをよく利用するのか?」

「いえ」

なんでよりにもよってアシュレイがいるんだ。

しかも。しかもだ!

 どうして今日に限って俺たち以外誰もいないんだ!

 いつも他に四、五人はいるだろうが! 俺が一番会いたくない人間じゃねーか! 気まずいことこの上ないし無言で殺気を放たれている。風呂で裸で死んだ状態を発見されるなんて冗談じゃねーぞ!

 疲れを取るための風呂で疲れる一方か、ちくしょう。

「アシュレイは綺麗な髪だな」

「……」

やめろ!

 無言で殺気を放たれるのに我慢できなくなって振った話をスルーしてんじゃねえ! たしかに男に言われたら気色悪かったろうが。

「そういえば明日の君のパートナーは誰が務めるんだ?」

「セシルお嬢様ですがそれがなにか」

 すげえ早口だった。そんなに俺と話したくないか。俺も話したいわけじゃないけどお前がその殺気をしまってくれない限り無言状態は怖いんだよ。

「そうか。羨ましいな」

「……」

墓穴を掘った! 自分でもわかった!

 一切羨ましいとは思っていないがここはそう言う流れだと考えなしに口走ってしまった。できれば俺はプロポーション抜群のおしとやかなお嬢様系が好きなのであって! 間違ってもリアルお嬢様なのにしとやかさの欠片もないあのじゃじゃ馬娘と組めることを羨ましいとは思っていない!

 アシュレイの目つきがより険しくなってきた。

 俺は無実なんだ。お前の敵ではないんだ。

「わたしも明日は参加したかったんだがな。生徒会の仕事で立て込んでいて」

いや駄目だ。なに言ってんだ俺。これじゃあ捕えようによっては、俺が参加できないのをわかってるからセシルは妥協してお前と組んだんだぜ、と言っているように聞こえる。

「しかしアシュレイは優秀だと彼女がよく言って」

「ファーストネームで呼ばれるほど親しくなった覚えはありませんが」

お前の主人のがうつっただけだ。気にするな。そもそも言いにくいんだよ、カーライル。セシルとの会話でいちいち直すのもめんどくさいし、カーライルと言うとセシルも時々「え?」という顔をする。普段アシュレイのファミリーネームを使うことがないからか。

「そうだな。すまない、カーライル」

「いえ」

少しは目を合わせろよ。

 いや合わせるな。殺気に淀んだその目を俺と合わすな。

 なんでこいつはさっさと上がらねーんだ。後から来た俺が文句を言える立場じゃないか。

「普段使わないのに今日は何故ここへ来たんだ?」

「来てはいけませんか」

言ってねーよそんなこと。

 湯をすくいながら、アシュレイはしかし急に自分から喋り出して俺としてはぎょっとしている。

「お嬢様が、寮の大浴場の感想を聞かせてほしいとおっしゃったんです。お嬢様は入れないそうですから」

そうだったな。いたわ。むこう(女子寮)には羊の皮を被ったオオカミが生息してたわ。誰とは言わないが。

「お嬢様なりの心遣いなのでしょう。庶民出身の僕にはここを使いづらいだろうからと、お嬢様のご要望という理由を与えてくださったんです」

随分と柔らかい表情をするじゃないか。このまま俺の存在を忘れて、大好きなお嬢様のことだけ考えてろよ。その間に暖まってあがるから。

「それは邪魔をして悪かったな。わたしは上がるからゆっくりすればいい」

「結構です。僕は十分暖まったので出ます。お気遣いなく」

そうしてくれ。俺は心労がたまりにたまって間接的お前に殺られそうだ。

「あの」

「ん?」

 出ていくのかと思ったアシュレイが一度振り返る。今度は何だ。

「お気づきでしょうが僕は貴方が大嫌いです」

最後に爆弾を落としていこうとするな。それ以上喋らないでくれ。嫌な予感しかしない。これ以上俺の胃痛を悪化させないでくれ。

「お嬢様に近づくすべてを好めません。お嬢様に触れようとする男は旦那様を除けば全員消えればいいと思っています」

 胃が痛い。吐きそうだ。そんな憎悪にまみれた目をした人間、お前以外見たことがない。

「僕は彼女を愛しています。だから……」

初めて笑いかけられた。

 アシュレイ・カーライルはセシル・オールディントン以外の人間に笑いかけないものと思っていたが。

「忠告しておきましょう。セシル・オールディントンに必要以上に接触したら……後悔していただくことになりますよ」

それはお前が俺を後悔させるってことか。

 あれか。俺の父は不正もしていないし、俺も弱みはないしで、直接的に殺すぞ的な脅しをかけてきたのか。

 それならよかったな。おかげさまで俺は体が震えてきた。効果は抜群だ。

 笑顔の方が怖いってどういうことだ。整った顔の笑は圧力をかけてくると余計怖い。本質を知っているとなお恐ろしい。そろそろ俺の胃には穴が開く。

 アシュレイが出て行って、やっと今度こそのんびりできると息をつくと、また人が入ってきた。

「あれ? 会長」

「……っ」

オズウェル・アークライト……っ!二番目に会いたくねー奴じゃねーか!

「あ、兄さんも来てたんだね!」

「ローナ……」

今日に限って

「珍しー、先客がいる。んー? あー、グレイかー」

「アレ……ク……」

 今日に限ってどうして俺の生死を左右する人間ばかりが来るんだ。

「俺を休ませてくれ……っ」

この後数十分もの間、愉快な危険人物たちの話相手をすることになった。



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