20、主人は言及に激しく動揺させられました
オズウェルの様子がおかしい。
昨日まで、私の容体は本当にもう大丈夫なのかとしつこく聞いてきたくせに、今日は一日中元気がない。
昨日のクラス発表はやっぱりというかオズウェルもAクラスになれたので、落ち込むことは何もないはずなのに。
「女性にこっぴどくふられでもしたの?」
「ん?」
授業を終えてオズウェルに声をかけると、首を傾げた後で苦笑された。
「君から話しかけてくるなんて珍しいな。嬉しいよ」
「嬉しいならそういう顔を見せたら? 今日の貴方は辛気臭くて見るに堪えないわ」
オズウェルはやっぱり苦笑して俯いた。
「ふられるなんて日常茶飯事だな。君はいつもそっけないから」
「軽口は健在ね」
ここのところ、同情をさそった後で突き離す詐欺に出会ってしまったからつい身構える。けれど今のオズウェルは本当に落ち込んでいるようだった。
「女関係とは別に、人間関係で色々あってね。あまり気にしないでくれ」
「……相談くらいなら乗るけど」
ぼそっと言うと、オズウェルがまじまじと私を見た。
「何よ」
「いつになく優しい君に驚いてしまって。どうしたんだ? ついに俺の魅力に気づいた?」
「別に……借りを返そうとしただけよ」
レイラとペアを迫られたとき、私が困っているのを見かねて助けてくれたのには感謝している。
「俺さあ……」
「なによ」
「君が……。……いや。なんでもない」
「あまり抱え込むのは体に悪いわよ」
「いつになく優しいな。君が冷たいときは弱っているふりをしよう」
発言が軽い……。
今の元気のなさは演技のようには見えないけれど。
「と、いうわけで心配なの」
「わざとですか? わざと僕に他の男の話をしているんですか?」
帰り道にアシュレイとの会話でオズウェルの話題を出す。だけど正直一番気になっているのは……。
「ところで貴方はなぜ当然のように一緒に帰っていこうとしているの? レイラ」
「少しでもセシルさんと一緒にいたいなーって思って」
「もう猿芝居はいいわ。学校中のほとんどが貴方の本性を知ってしまったんだから」
当然のように私たちに並び……というか私の腕に自分の腕をからませながら、レイラは帰路を共にしている。なぜ?
「いいじゃん。あんたすげえ代物持ってるし、一緒にいるだけでも癒しだ」
「素直に喜べないし、私の胸を見ないで」
もう見られるだけでこの変態の脳内で辱められているんじゃないかという気さえする。
「なあ、後でセシルの部屋に行っていい? 女子会」
貴方は女子じゃないでしょう。
「おい後輩。目つき悪いぞ、先輩に向かって」
レイラに言われたアシュレイは、舌打ちをしてそっぽを向いた。
「貴方と一緒にいると、私には何かと不都合なんだけど…」
セクハラをしてくるレイラをあしらって、攻略キャラたちに私がいじめっ子だと思われたらたまらない。他の生徒や教師にも百合疑惑をより深めさせてしまう。デメリットばかりだ。
「俺の機嫌取らないと、言うこと聞いてあげないよ?」
「なかなか性格が悪いわね、レイラ。……いいわ。貴方とは色々作戦を練らないといけないし、寮についたら部屋に来なさい」
同盟を結んでいるのだから手を出しては来ないだろう。出したらすぐに見限ってやる。血祭りにあげてやる。
「お嬢様……彼女はあまり、信用できる人物ではありませんよ?」
ぎょっとしたアシュレイが私の正気を確認する。
「いざとなれば逃げるから大丈夫よ」
レイラは得意げに私にしがみついてアシュレイを鼻で笑った。
「ところでお嬢様。旦那様からまたお話があがっていますが」
「そう。断っておいて」
「はい」
レイラが何の話かと訊いてくる。
「先輩には関係のない話です」
「お前に訊いてんじぇねーし。セシル、なんの話?」
この子は絶対に、この愛らしいレイラの容姿に私が弱いことを知っている。だってこんなにあざとい。上目づかいなんて。
「縁談よ」
お父様は私をその気にさせるべく、アシュレイに私の縁談話を手紙でして、それとなく私に相手のいいところを推してほしいと頼んでいるそうだ。~家の~様はこれこれこういう実績を上げているそうですが、お嬢様はどう思いますか、と訊くように言われているらしい。その上で、私がいい反応を見せれば相手に会わせるということになっている。
もちろんアシュレイは、この企みを私に言わないようにお父様に口止めをされているけれど、「僕の主人はセシルお嬢様なので」と言って普通に教えてくれた。
なお、お父様は私がアシュレイに種明かしされていることを知らない。
「興味ないもの。今は、恋なんて」
「あー。いつ死んじゃうかわかんないもんな」
アシュレイが怪訝な顔をした。
「どういうことです?」
「言葉のあやよ。気にしないで、アシュレイ」
不安そうに私を見つめるアシュレイに、明るく笑って見せる。大丈夫。頑張って生き残るから。
「忘れないでください。お嬢様が命をおとすようなことがあれば僕は後を追います。くれぐれも、命を粗末にされませんように」
「何にも勝る脅迫ね。長生きしないと」
「とはいえ、そんなことがないように僕が貴女を守りますが」
私の髪を梳くアシュレイを、レイラがじっと見ていた。
***
「あんたさあ、あれわざと?」
夕食を終えたレイラは私の部屋でゴロゴロ転がりながら溜息をついた。他人の部屋でその態度は改めるべきだ。
お父様への手紙を書きながら、
「なんのこと?」
訊き返す。
「アシュレイ・カーライル。どう見たってあんたに気がある」
手が滑って黒いインクをこぼしてしまった。
急いでぼろきれでふきながらレイラを咎める。
「何を言っているのよ。ありえないわ、くだらない」
インクが染みた手紙は捨てて、汚い机をごしごしと力いっぱいこする。
「あの子は私の従者よ。それに攻略対象のアシュレイが、悪役の私に気を持つなんてあるはずがないわ」
「関係なくない? 俺がこんなんな以上。それに、ゲームじゃセシルはあいつをいじめてたけど、今のセシルは良好な関係を築いてきたんだろ」
「そうだけど……」
「縁談を断っておけってあんたが言った時のあいつの顔みた? 当然って顔で、でもだらしなく頬を緩めてた」
さり気なく太ももに手を当てるな。
「私とあの子は姉弟のような関係で」
「セシルだって満更じゃなさそうだったけど」
そんなことはない。アシュレイはずっと幼いころから一緒にいて、家族のような存在で。
「私はあの子を、そんな風に気持ち悪い見方していないわ」
「それって、もしあいつがセシルを異性として見てたら気持ち悪いってこと?」
「そうじゃなくて!」
「なんで必死になってんの? 本当にアシュレイがセシルを意識してないって思ってるなら、そこまでムキになんなくてもよくねえ?」
にやぁっと、レイラが人の悪い笑みを浮かべる。
「なあんだ、あんたにもわかりやすい弱点があるんだ? 大好きなアシュレイを人質にすれば、あんたは俺の言いなりになってくれる?」
「変な誤解をしないで。だいたい、女の子の非力な貴方じゃ、アシュレイを人質にするなんてできっこないわ」
とてもじゃないけど、アシュレイは女の子一人にどうこうできる相手ではない。校内でも指折りの身体能力所持者であるオズウェルをひねりあげるほどだ。しかも躊躇しないあの性格。アシュレイを相手にするのは最早自殺行為だ。
「力はなくてもあいつをつつくことはできるよ。あいつの弱点だってもう確認済みなんだから」
白くて細い指を、レイラは私の鼻先につきつけた。
「一応言っておくけれど、私やアシュレイやついでにグレイ先輩に害を加えようものなら、貴方を生贄にするわよ?」
「どうやって?」
「隠しキャラが出た瞬間、貴方を献上してあげる」
「うぅ……」
インクを吸い取ったボロ切れをレイラの顔にべしっと投げた。インクくさい! と喚くレイラを無視する。
「せっかく二人そろったんだから、これからのことを話し合いましょう。やってくれたわね、レイラ。昨日のアレク出会い編で好感度を上げていれば、私たちが生き残れる確率は上昇したのに」
「けーどさ。もう怪しい奴は出てるんだろ? グレイ先輩の義弟の……ローレン?」
「ローナ」
それを言われたらおしまいだけど、それならせめてできることはやって、状況を悪くしないように努めなくてはいけない。
「今は私たちにできることを最優先でやるの。まだチャンスはあるわ。貴方の担任。ルドルフがいるじゃない! なんとかルドルフ・マクラクランとノーマルエンドを迎えるだけの仲になれば……」
「はは! 無理無理」
なに、今の笑いは。
「あのセンセーに俺がなんて呼ばれてっか知ってる? 悪魔だよ悪魔」
「どうして……」
「なんか知んないんだけどさー、あの人急に教員生活が辛いって俺に愚痴をこぼしてきたんだよね」
ルドルフはレイラに悩みを相談するうちに心を開いていくのよ馬鹿! まさかもう初めのお悩み相談が行われたの?
「いつの話?」
「今日」
こんなに早くイベントが発生するなんて! 今日についてはオズウェルに気を取られてレイラのことをすっかり忘れていた。
「女子生徒が自分に媚びるのが嫌なんだと。けど俺はセンセーに媚びないから話しやすいって」
そうそう。ゲームでもそうだった。
お前は他の女と違うな的なことを言われるんだ。
「イケメンが贅沢な悩み抱えやがってさ。『器のちっせーこと言ってんなよおっさん。うぜぇうぜぇ。女子にモテる俺かっこいいみたいな心境? 痛いわー。爆発しろ』ってつい言ったら、『お前は悪魔か!』って言われてさー。今日ずっと悪魔って呼ばれてた。これは明日からも続くわ、この呼び名」
「貴方って子は!」
一番好感度を上げるのが簡単な初期イベントに何をやらかしてくれているんだ!
こうなったら他のところで好感度を上げるしかない。
けど悲しいことに今のところ攻略対象たちのレイラへの印象は最悪。
グレイ先輩→判定不可
ルフレ→むしろマイナス
アレク→0
ルドルフ→むしろマイナス
今の好感度はこんなところか。まだアレクは望みがあるかもしれない。第一印象は悪くても挽回はできるだろう。
ルフレはもう手遅れ。ルドルフも、それだけ傷をえぐってしまえばもう望み薄。
アシュレイは……
「アシュレイは……ダメよ、レイラ」
「セシルお嬢様が嫉妬しちゃうから?」
「私の大切な従者を、貴方みたいな変態に任せられないからよ!」
しつこい。
アシュレイはそういうのではなくて……。
「なんか必死だね」
「……なにがよ」
「アシュレイがあんたに気があること、必死で否定したがってんの。なんで?」
そんなことはない。私は単純に事実を述べているだけだ。
アシュレイの気持ちを否定もなにも、そもそもアシュレイは私なんかを好いてはいない。主人としては慕われているだろうけど。
第一、アシュレイが私に気があったとしても私にそれを否定する理由はない。受け入れるかは別として。わたしは客観的事実を述べているだけ。
なのにレイラはまるですべてお見通しとでも言うように、静かに怪しく笑って私を見据えてくる。
「なによ」
「別に? 目が泳いでるなって思って」
レイラの手がすすすと私のおしりに伸ばされる。
「変なところを触らない! 貴方と二人じゃ会議もなにもできないわ! 出て行って、この痴漢!」