19、ヒロインは我慢できませんでした
悔しそうに協力することを了承したレイラの縄をほどき、さっそく初めの会議に入る。
「いいこと? 先に言っておくと、この先もし私や他の女性に不埒な行為を強行すれば、この監禁男に閉じ込められることを覚悟なさい」
親指でびっとグレイ先輩を指してレイラに忠告する。舌打ちしながらレイラは頷く。
先輩はものすごく不服そうに私を睨んでいる。いや、先輩がそういう性癖でないことはわかってますから。ただほら、公式設定って説得力があるから。
「今日の放課後、昨日のテストの結果として魔法を習うためのクラス表が張り出されるでしょう? そこでルフレとアレクイベントが発生します。ゲームで初めてルフレが出るシーン。そして、アレクについては出会いイベントとなります。一応グレイ先輩との出会いもここなんですが、先輩、今更レイラをそういう目で見れないでしょうし子芝居は入れなくていいです」
乙女ゲームっていうのは、ただ相手に好かれそうなことを言えば好感度が上がるなんてそんな単純なものじゃない。そもそも、どの選択肢が愛想よく見えるかわからない場面もあるし。例えるなら、悩んでいるときヒロインが独り言を言う場面にて、『溜息をつく』『どうすれば……』『なんとかなるよね!』みたいな三つがあったとして、それぞれ好感度が違ってくるんだからもうわけがわからん。
「ただこの出会いイベントに関しては、好かれそうないい子ぶりっこをすればある程度好感度が上がります」
「つまり俺にへらへら笑って男の機嫌を取れと?」
「そう」
顔に嫌だって書いてあるわね。
「いいのよ。ご機嫌取りは今回だけ。微妙にでも好感度を上げれば、もう隠しキャラは出てこない……はず。それ以降は関わらないようにしてもいいのよ? とりあえず隠しキャラが出て……来なければ……あれ?」
本当にそれでいいの?
一段階好感度を上げて、とりあえず嫌われなければ今回の私たちのミッションはクリア。それ以降は好感度をあげずに適当な相手とノーマルエンドになればいいと思っていた。そうすれば隠しキャラは出てこないと。
だけど……ローナ・ランドルフはすでに現れている。そして私は命を狙われている。
「もう手遅れ……? で! でもとりあえず適当な相手とノーマルエンドを迎えればいくらか今の状況も改善される……はずよ!」
「“はず” ばっかだな。あんた本当に大丈夫?」
「うぅ……」
変態娘にうさん臭そうに見つめられるのはなかなかこたえる。
しかし冷静になるとわからなくなってきた。どうして私はローナに狙われたのか。物語が歪んできているのはわかっている。私がアシュレイを苛めていなかったり、レイラを苛めていなかったり。
だけど、それは身を守る術として歪ませた。だから、筋書にある危険を避けることはあっても筋書にない危険が襲ってくるなんておかしな話だ。
なぜ、ローナは私を狙ったの?
「レイラ、貴方、ローナ・ランドルフとの面識は?」
「好き好んで男と仲良くなんてしねーよ」
じゃあ……ローナが私を狙ったのはレイラには関係のないこと?
だったら私は個人的な恨みをローナに買っているの? 一切、心当たりはないのに。
「んんんん?」
「こんなのを頼りにして大丈夫なのかよ」
「どちらかと言えば大丈夫でないことは察しろ」
レイラはぶつくさ文句を言う。先輩もフォローできてないし。
「けど同郷の仲間は守るわ。貴方を他キャラのバッドエンドには持っていかせないように努力はするし、ローナが狙っているのは今のところ私だけだから貴方やグレイ先輩はそれほど心配しなくてもいいわ」
私は常に危ないけど。泣きたい。
「今からあんま生き残れる気しないんだけど」
「気のせいよ! 今は自分たちにできることをしっかりしましょう!」
***
放課後教室まで迎えに来たアシュレイと一緒に、廊下に張り出されているクラス分け表を見に行った。
「当然ですね」
「褒めてくれてもいいと思うの」
「僕の主人が、優秀でないわけはありませんから」
Aクラスに列なる私の名前を見つけたアシュレイは満足そうに頷いた。喜んでいただけて何よりだ。なにもしていないけど。日頃の行いが招いたタナボタだけど。
「あれだけしごかれたのだから、成果を見せて貴方をぎゃふんと言わせたかったわね」
「お嬢様を思ってこその厳しい指導ですよ」
あの程度でねを上げられては困ります、って。あの程度なんて一言じゃ済まされないほどスパルタだったくせに。
「モートン先輩は……Bクラスですか」
どこか安堵しているようなアシュレイ。
「魔法はもともとの才能が左右するところがありますし、あれだけ魔力の大きい人なら妥当ですね」
「そうね」
噂をすれば、レイラが私に近いところで、周りの視線を気にするか弱い子アピールをしながらクラス表を見ていた。本当はそんなにおどおどする可愛らしい子じゃないでしょうに。
中身は健全な男子高校生でしょうに。いや、性犯罪者か。
そしてレイラに近づく影。麗しの生徒会副会長様だ。
「ねー、君がレイラ・モートン?」
気だるげな喋り方がやたら可愛らしい。こっちに関わってこなければとても目の保養になる。アレク・フェベンシー様のご登場だ。
ちょっと長いかなあ、くらいの微妙な長さの黒髪。身長が笑えないくらい高い。最近気づいたけど、アレクを廊下で見るときアシュレイがムッとしていることがある。きっと身長を意識しているんだなあとひしひし伝わってくるので、わざとらしくフォローしても機嫌を損ねる気がして何も言わないようにしている。
かわいいわー。大型犬のようだわー。あれと雰囲気が似ている。牧羊犬。暴力さえふるわなければ癒し要員だ。
「え……?そうですけど……」
口元に片手をグーにして当てて怯えるレイラ。人見知り設定でいくと言っていたっけ。
しかし、本性を知っているだけにイラッとくるのは私だけか。
あ、私だけじゃなかった。
丁度レイラの前の方に立っていたルフレがレイラの存在に気づき、レイラのその猿芝居に、口元を覆い「おえぇ」っとなっている。そしてレイラから離れていく。もうルフレの好感度を上げることは諦めよう。不可能だ。
「こんにちは、ミスター・ウッド」
私の隣まで逃げてきたルフレは、私に気づき、口元を覆っていない方の手をあげ私に挨拶をした。
「無事でなによりだ、オールディントン嬢」
アシュレイが、「お知合いですか?」と尋ねてくるので、ただの顔見知りだと言っておいた。伯爵子息のためにアシュレイもルフレを知っている風だったけれど、私が彼と知り合いだとは知らなかったみたいだ。
一度しか話していないから当然と言えば当然か。
「おかげさまで、まだ獣の餌食にはなっていないわ。お気の毒に、貴方はBクラスなのね。決してBクラスを貶めているのではなく、特定の人物と同じクラスなことにお悔み申し上げるわ」
「お前ほど不運でもない。俺が男であるかぎりはな」
まったくその通りね。あれは女の敵だもの。
「よろしいの? 貴方のお気に入りが副会長に目をつけられそうだけど」
「オールディントン嬢はすごいな。立って目を開けたまま寝言を言えるのか」
そこまで言うほどレイラが嫌いなのか……。しかし、
「嫌よ嫌よも好きのうちと」
「純粋に嫌な時も嫌だと言うだろう」
無表情のルフレはすっと目を細め私を睨んできた。
あのクーデレ無口なはずのルフレがここまで嫌悪感を露わにしていれば、もうここでの好感度アップはほぼ100%無理だろう。
さて、と視線をレイラに戻す。
ルフレもやはり気になるのかレイラの方へ視線を向ける。
「へー、どんなごつい奴かと思ったらかわいいこだねー。俺も昨日のテスト見に行けばよかったなー」
そういえばアレクは昨日のテストを見に来てはいなかった。
「面白そうだね君」
アレクがレイラの頬に手を当てる。
頬がひきつってるわよレイラ。もっと頑張って笑いなさい。
「う……」
レイラがさっと俯く。
震えている。
ああ。まずい。
「ぅ面白くないわ!野郎が俺に触んじゃねえ!」
「馬鹿!」
後ろにいたアシュレイの胸にさっと顔を埋めて思い切り叫んだ。条件反射だったもので、恐る恐る顔を上げてみるとちょっとむっとしたアシュレイに見下ろされた。
「馬鹿に馬鹿呼ばわりされる覚えはありません」
それは私が馬鹿ってこと? たしかにアシュレイに比べればそうかもしれないけど……。
「クソ! 無駄に綺麗な顔しやがってよ! より取り見取りだろ! 俺以外の適当な女見繕ってケツ追いかけろよ! 俺自身は何一つ面白くねーってんだよ!」
「馬鹿ぁ……!」
目元をおさえて、今度は横にぶっ倒れそうになると、隣に人がいることを忘れていたせいでルフレの顎に思い切り頭突きをしてしまった。
顎をおさえたルフレは眉を下げ、
「俺はお前になにかしたか?」
と尋ねてきた。
「ごめんなさい、眩暈がしたもので」
レイラとアレクを見ると、アレクは空をあおいでいた。
「外見がよくても中身がこれじゃねー。さすがに引くなー今の暴言」
ですよね!
ケツ追いかけろは女の子にはあるまじきだもの。中身が女の子ではないから仕方ないと言えば仕方ないけど。
「君のせいでグレイも避難の手引きとか迷惑したらしいしー、あんまいい印象はないなー」
あら。グレイ先輩はアレクと仲良くなったのだろうか。
そういえば前に、懐かれている相手に避けられる方法はないかと訊かれた。あったらレイラに使っていると跳ね返したんだっけ。
そうか、懐かれたのか。自分を殺すかもしれん相手に。
生徒会は一人分、会長が推薦して役員にしていい枠があるけれど、他は学校に決められる。アレクと距離をおくのは先輩でもどうしようもできなかったんだろうなあ……。
「早く魔力を操れるようになってねー。俺とグレイが迷惑すんだから」
これじゃあ……これじゃあ先輩とアレクがそういう仲になる話になりそうですね!とか言って殴られる自分が目に浮かぶので先輩には言わないでおこう。
人だかりはレイラにしばらく目を奪われていたけれど、「やっぱりあの女気持ち悪い」という女子の声、「やっぱりオールディントン子爵令嬢と」という男子の声とが聞こえてくる。
どうしてここで私とレイラの噂をむしかえすんだ。
「とうとう化けの皮がはがれたな」
ルフレは鼻で笑っている。
もっと仲良くしてもいいんじゃない? どれだけ酷い仕打ちを受けてきたのだろうか。
「お嬢様、顔が真青ですね。帰りましょうか」
「ええ……」
アシュレイと一緒にこの場をあとにしようとしたら、右腕をひしと掴まれた。
「やっぱ俺には無理だ!」
頭が痛い……。
「ミス・モートン……放していただける?」
「生理的に無理だって! こうしよう! あんたが俺にご褒美をくれるってんなら、あんたの言いなりになるからさあ!」
やめろ!
聞き方によってはただれた関係のように思われる!
「だから見捨てないでくれよ!俺……俺、本当にあんたに出会えてよかったと思ってるんだ。今までは本当に不安だったけど、あんたが現れてくれたから……!」
なんだか私が悪いことをしている人みたい。
それに、そんな風に今までの不安を暴露されると手を振り払えない。
「だから一回寝てくれたら何でも言うこと聞くから!」
今すぐ放せこの変態。
「寝るって、どういう意味でかしら」
「一線を越えよう」
できれば視界に入らないでほしい。どうして同情をひいてはがっかりさせるのが好きなんだ。それともなに? 同情をひいた後なら何でも許されると思っているの?
「死にたいんですか?」
「それは私に言っているのアシュレイ!?」
「どうしてですか。モートン先輩に言ったんですよ」
そう……レイラにね……。
「それもあまり褒められないわね。命は大切にしましょう?」
間違っても心中という発想のない子に育ってほしい。というか、ここまではっきり物騒な発言をしたアシュレイは初めてでご主人様の脚はガクガク震えているのよアシュレイ。
「だそうです。命は大切になさってください、モートン先輩。主人に手を出されては、たとえ主人に止められても僕は貴方を消さなくてはいけない」
ぞくっとするほど怖いのに、レイラは私から離れない。
「っせーな! お前後輩だろ! 従者だろ! こっちは取り込んでんだよほっとけ!」
「そんな勇敢さがあるならもう少し頑張って誘惑しなさいよ!」
両手で顔を覆って思わず叫んでしまった。
周りが、何を言ってるんだあの人は、という目で見てくる。勝手に口が動いたんだから仕方ないでしょう!
アシュレイはゲーム上心中エンドのヤンデレ予備軍だって前もって言ったでしょうに! どうしてそんなに勇敢なの! この世界に生まれてからもう十六歳でしょう! もう貴方は小学生じゃないでしょう! 考えて行動しなさい!
アシュレイがふっと不敵に笑んだ。
「お嬢様と寝る……ですか…」
悪い顔をしているわアシュレイ。どうして貴方まで私を逃がすまいと腕を捕まえているの? 私に不都合なことを言おうとしていない?
「思えば僕はどれほどお嬢様と寝台を共にしたでしょうか。いい思い出ですね、セシルお嬢様?」
うわあ……。
「それを私に肯定しろと?」
私がアシュレイによろしくない奉仕をさせているみたいな言い方……。周りの視線が痛い。ようは、言い方からして寝台を共にしただから……子供の頃は一緒に寝たりもしましたねということだろう。アシュレイのご両親の命日に。
ただ腕を圧迫されている。否定をするなとか、余計なことは言うなとか、そんな念を送られる。
「んだよ! 初めてじゃねーなら俺とだっていいだろ!」
「そんな予想外の返しをされても……」
アシュレイはこっそり舌打ちをしてからレイラの手を私から放した。
「帰りましょう。こういうタイプは苦手です」
何度も寝てますよ発言に怯まないレイラに調子を崩したアシュレイはさーっと私を連れて場を後にする。
ルフレがまた私に手を合わせて拝んでいた。