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18、主人的には愉快な立場になりました

「おはよう、セシルさん」

 部屋の扉を開くと、にこりと微笑んだ小動物系女子……もとい、変態性犯罪者が立っていた。

 バタン。ガチャン。

 考える前に体が反応していた。鍵設置の部屋で本当によかった。

 閉められた扉を、外からレイラが控えめにノックする。

「昨日はごめんね? 私、気が動転してどうかしてたんだ」

「黙りなさいこの変態娘。そんなことを言って誤魔化せると思ったの?」

「そんな……、私はただ、謝りたくて」

「謝らなくていいから半径五メートル以内に入らないで」

扉越しにも聞こえる盛大な舌打ちをされた。

「脚触られたくらいでびーびーうるせえな」

 自分を偽るのをやめたらしい。もう死ねばいいのに。

「私はまだ穢れなき乙女なのよ!脚を触られたくらい? 十分重罪よ!女の敵!」

「自分で乙女とかさあ、言ってて恥ずかしくない?」

「今すぐバッドエンドを迎えてしまえ!」

 できればアレクルートで。アシュレイにこんなトンデモ娘は押し付けられない。グレイ先輩もこの変態と恋仲になるつもりはない。ルフレルートは潰れた。ルドルフルートは孤立エンドだけど、もうすでに友達のいないレイラにはノーダメージ。

 もうアレクルートで暴力エンドを迎えてしまえ。

「はあ? なに、バッドエンドって」

「言っても貴女にはわからないわよ。即刻ここから立ち退きなさい」

「せっかくここまで来たのに? ひどいよセシルさん!」

「もうかわいこぶっても騙されないわよ」

女子寮も、多分男子寮も、西棟と東棟に分かれている。

 私は西の一番端。レイラの部屋は一番東にあることはチェック済み。しかも私は二階、レイラは一階。一番遠い部屋までわざわざ来たということになる。なにがこの女をここまで駆り立てるのか。

「百合に偏見はないけどね、貴女の場合可愛さの欠片もないじゃない」

「可愛さを求められてもな。俺はそもそも男だから仕方ない」

「ああ……。俺は体を間違えて生まれて来たんだって言いたいのね」

私としては、好みは純粋な百合もしくはボーイズラブなので、心は男だぜあるいは女なのよは嫌いじゃないけど好みではない。

「そうじゃなくて、日本での戸籍は正真正銘男で……あんたに言ってもわかんねーだろうけどさ」

ああ、つまりじゃあ、生まれてくる前は男だったと……。日本で……。

 日本、で?

「今なんて言ったの?」

「あんたには関係ないことだって。それよりここ開けて一発やらせ」

「死ね」

やっぱり下心ありでここまで来たのか。

 いやいやそれよりも。

「貴女……貴方、出身はどこ? 日本の」

「はあ? 千葉だけど……言ってもあんたにはわかんねーだろ」

きた! このど変態娘に利用価値が見えてきた。

「それよりさー、早く出ないと遅刻すんじゃねーの? ここ開けろって」

開けたら無理やり入ってくるだろう。

 どうしよう。どうするのが正しいか。

 けど寮の門前ではアシュレイが待っているだろうし、レイラのことを一刻も早くグレイ先輩に報告したい。

「いいわ、レイラ・モートン。この際胸を揉むなり脚を触るなりすればいい」

 ただし。

「私に追いつけたらだけど」

 ドアを開けると同時に猛ダッシュ。アシュレイのところまで行けばレイラも無暗に手を出しては来れないだろう。

「じょーとー!」

 後ろからはものそい速さでレイラが追ってくる。昨日も思ったけど、あの子足速すぎる!

「捕まえたら最後までやらせろよな!」

「何を、とか訊かないから言わないでちょうだい!」

「背中の流し合いっこしようね、セシルさん」

「言葉尻にハートがつくような喋り方をしないで!」

「子供は何人欲しい?」

「意味深な質問をするな!」

 うわーっと騒ぎながらいよいよ寮を出て、あとは門まで行くだけ! というところで、

「はい、残念」

おなかに腕を回された。

 嘘でしょ……もうすぐそこだっていうのに……。

「今日はさぼって二人でゆっくりしようぜ?」

「は、は、放して!」

「追いつけたら何してもいいっていったよな?」

なにしてもいいとは言ってないから。

「私は! 見る専門なのよ!」

「女同士なんだ。減るもんじゃねーだろ」

「減るわ! 大事なものをほとんどすべて失うわ!」

モラルとか世間体とかプライドとか正常な人間性とか!

「騒いでないで行きますよ、お嬢様」

レイラの腕をていっ、と投げて、アシュレイが私の手を引いた。

「アシュレイ! 来てくれたのね!」

「門の前から騒いでいる主人が見えれば無視もできませんよ」

レイラが私を呼び止める。

「セシルさん! 約束が違うよ」

 他の人がいると猫を被るんだ……。ルフレにはばれてるから猫かぶりを放棄したのね。

「あれは取り消しで」

「きたねえ!」

「いいの? ミス・モートン。そんな口調で話してしまって」

「う……ぐ……」

 何かを察したアシュレイは、私とレイラの間に入って学園までの道を進んだ。



***



 さて、学校についてからの私の動きは華麗なるものだった。

 短い休み時間の間にわざわざ三年生の教室のある廊下を歩き、見つけたグレイ先輩にわざとぶつかって、

「会長、メモを落とされましたよ?」

 と言いつつ『昼休み、いつもの教室』と日本語であらかじめ自分で用意したメモを渡した。

 そして昼休み一つ前の短い休み時間には先にアシュレイのもとへ行って「今日はお昼休み先生に呼び出されている」と言っておく。

 さあ昼休み。

「ミス・モートンはいらっしゃる?」

レイラのクラスの教室に行き、うふっと笑う。

 教室の隅の方にいた数人の男子や、窓際にいた女子が小さく歓声をあげたりガッツポーズをしている。百合好きの人たちですね、わかります。

「どうしたの? セシルさん」

猫かぶりレイラが私のもとへ来る。

「食べてほしくなっちゃった?」

小声で囁かれて、ビンタしたくなった手をぐっと抑える。

 席に座っていたルフレが私を哀れむように見た後、手を合わせて拝んでいる。私、生きてるから。そういう扱いはやめてほしい。

「楽しいことをしましょう? ミス・モートン」

今度は私にとって楽しいことだ。

 レイラは驚いたように目を見開いたけれど、猫かぶりスマイルで「よくわからないけど、いいよ」と言う。

 小声で、「そっちに目覚めちゃった?」なんて聞いてくるから、「そうかもね」と答えておいた。

 人通りのあるところではレイラも襲ってこないだろう。目的地まで連れていければこっちのものだ。

「なあ、この辺、人があんま通んねえな。もしかして本気で俺に襲ってほしがってんの? それなら喜んで相手するけど」

「ええ。貴方ととても楽しいことがしたいの。今、私を誰より楽しませてくれるのは貴方しかいないわ」

空き教室の扉を開け、レイラを中へ誘導する。鼻歌交じりのレイラは気の毒なんて思わないけどまんまと騙されてくれちゃって……。

「結界を張ってください」

「は?」

私が言ったのと同時、魔法を使うときに放たれる光が教室に溢れる。

 前もって教室に入ってすぐに置いておいたロープを手に、口元を緩ませる。

「はい! 捕まえた!」

レイラをロープでぐるぐる巻きにして、ふうっと一息ついた。

「はあ!? なんだよこれ!」

レイラがじたばたする。

 ナイスです、先輩。いきなりの私の指示に反射的に結界をはってくれるなんて。さすが会長。

 って言っても、グレイ先輩には何も説明していない。

 先に空き教室でスタンバって、魔法でレイラが逃げられないように結界をはってもらった。そして光が収まりぐるぐる巻きのレイラを見た瞬間、先輩顔面蒼白。

「おい! なに爆弾持ってきてんだ! 俺の死亡フラグ!」

「まあまあ、落ち着いてくださいよ」

色々説明しなくてはいけないけどひとまず、

「あはははははははっ! 無様な姿ね? レイラ・モートン? なんて愉快なのかしら! どんな辱めを受けたい? 逃げられないわねえ? かわいそうにねえ? これから貴方はどれほどの羞恥に苦しめられるのかしらねえ? あはははははははっ!」

ほら。ね。私にとっては楽しいことよ。この変態を見下ろし高笑い。もう後悔しても遅いから。

「悪い顔になってるぞ」

 グレイ先輩は私の肩に手を置いて、ちょっと引いてる。そうかもしれません。今は割とゲームのセシルと似ているかもしれません。

「グレイ先輩、彼は千葉県民だったそうです」

「……彼?」

グレイ先輩がぎぎぎとレイラを見つめた。

「多分元男です。そして前世では性犯罪者として収容されていたに違いありません」

先輩ががくりと膝をつく。

「くっそ……!俺も」

「俺も女に転生したかったとか言わないでくださいね。女に転生すれば鏡見るだけで天国だとか妄想を膨らませないでくださいね」

「……」

図星ですか。

 一人取り残されているレイラに、手を上げて自己紹介をした。

「セシル・オールディントン、神奈川にて十七歳没。バイクを一生憎む」

「グレイ・ランドルフ、北海道で十八で事故死。卒業式まであと少しだった」

ぱぁあっとレイラの顔が明るくなる。

「マジで! マジで!? 初めて会った!」

いつかの自分たちを思い出すなあと先輩と二人でしみじみする。

「俺さ、学校行く途中急に心臓が痛んで、気づいたら赤ん坊になってたんだ! しかも女になっててさ……この世界、日本なんてねーし、魔法なんて使うしでもうわけわかんなくて怖くて不安で……」

わかるわかる。私の場合はある程度成長してから断片的に思い出したからそこまで不安にはならなかったけれど、もしそのパターンの転生だったら怖いなあと想像したことがあるから。

「だからいっそ開き直って、人生楽しもうと思ったんだよね! 女同士ならなんでも許されそうじゃん? せっかく女に生まれたんだし得する方向で生きねーとさ!」

 もうやだこの子。いちいち同情を誘ってはがっかりさせるのをやめてほしい。

「あーあ、サラとか、家柄の都合で俺に逆らえなかっただろ? 結構いけるとこまでやらせてくれると思ったんだけどな。クソ、イケメンなんて滅びろ。ルフレに邪魔されるし。セシル・オールディントンは俺に気があるっていうから、俺からいけば色々やらせてもらえると思ったのによー」

「本当にいい度胸してるわね」

 本人を前にそういうことを言う? そしてサラに純粋に恋をしていたのかと思ったらとんだ下衆野郎だし。

「お前中身いくつだよ。どんな中年オヤジだ…」

グレイ先輩は頭を抱えてレイラに尋ねる。

「俺もあと少しで卒業だったんだ」

「俺と同い年かよ」

「いや、俺は高校じゃなくて」

え、じゃあ

「「中学生かよ!!」」

親はどんな教育をしていたのよ! それとも中学生男子って実はこんなものなの?

「あと少しで中学生だった」

「「小学生!?」」

尚更親の顔が見たいわ!

 まあ、転生してから十六年は立っているからレイラの精神年齢はすっかり私たちと同じで、もう中身も子供じゃないんだろうけど……。

「クソ野郎の下衆野郎ですけど……そんなに若くしてなくなっていると思うとちょっと不憫ですね……」

「カス野郎だけどな」

トータルでいけばレイラも二十歳越えは軽くしているし今は私と同い年だし、子供扱いをするのは違うけども。

「その上この子、下手をすれば監禁か束縛か孤独か暴力か心中しなきゃいけませんしね」

「よく考えれば地獄だな。男が男に監禁、束縛、執着、暴力、心中。俺だったらショック死するな」

「いや、私は全然ありだと思いますよ。おすすめカップリングはグレイ先輩とアレクで、攻めは」

「言うな」

レイラが目をぐるぐるさせて苦笑いをしている。

「は? は? 男に……は?」

「あら? 貴方、ここがどこだかわかっていないの? 自分が主人公だってことも」

「主人公……?」

どうやらなにも知らないらしい。

 ここはヤンデレが蔓延る乙女ゲーム世界であること。レイラは主人公であること。ついでに私がライバルキャラなこと、先輩が攻略対象なこと。隠しキャラが未知だけど、最近ローナという怪しい人物が現れてきたこと。

 レイラの顔色はみるみる青くなっていき、見ている分には面白かった。

「な、なにが悲しくて男に惚れられなきゃなんねーんだよ!」

「どういう運命を背負って生まれてしまったからよ」

「そんな答え求めてねーよ!」

 私だって何が悲しくてライバルキャラなんかに生まれなきゃいけないのか。嘆きたいのは私だって同じなんだから。

「とはいえ、貴方が転生者だったのは好都合だわ」

「あんでだよ」

「だって、貴方が選択を迫られたとき私がうまく誘導して正しい選択をさせればいいでしょう? 物語は安全第一で進んでいく。主人公が味方なんてついてるわ」

「は!? なんで危ない男と接触する流れになってんだよ! 男の機嫌取りなんてごめんだ!」

選択の自由なんて、今の自分にないことをレイラは気づいているのだろうか?

「いい? レイラ。貴方、今の状況わかる? 私たちに従わないと言うなら、その縄ほどいてあげられないわよ? ここに閉じ込めておくわよ?」

辱めを受けさせるって、言ったじゃない。これは昨日、私のピュアな心を傷つけた報復なんだから。

「どうする? 明日の朝には縄をほどきに来てあげるけどぉ、それまで食事も水も与えられず……なにより……」

あははっと笑い声が漏れる。

「お手洗いに行けないわね?」

「えげつねえな」

「この乳だけ女!最低だな!」

「だまらっしゃい」

本当はグーで殴りたいくらい腹が立っているのに、これくらいの脅しで私を悪者扱いしないでいただきたい。

「どうするの?私たちに協力する?それとも明日の朝、恥ずかしい姿をさらす?」


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